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賽は投げられた

 ヘカティア大陸に沿岸部には多数の兵が待ち構えている。魔族はしもべとして魔物を従え、四方から迫る敵に備えている。また、協力関係にある妖精族や獣人族、巨人族もそれぞれ戦力として、魔王軍の指揮下に入っている。


「これから来るのは魔王様の敵よ。あなた達、気を引き締めて戦いなさい」


 城の南に部隊を構える元四乱狂華・ファレノプシスは他種族の連合軍を率いて、きたるべき戦闘に臨んでいる。四乱狂華の座を奪われて以降、彼女はひたすら自己の研磨に努めてきた。それでも四乱狂華の地位には届かなかったが、その実力は大幅に上がっている。


 そんなファレノプシスの軍より更に南に展開されているのは、藤川秀馬と永井真弥が率いる魔族の軍である。既に戦闘は始まっていて、兵の数だけで見れば負けているが、ステータスが勝る魔族側が優位に立っていた。


「永井さん、下がってて良いよ。魔族を率いて人間と戦うなんて辛いでしょ?」

「ううん、大丈夫。こんなことを藤川君だけに押し付けるなんて出来ないもの」


 秀馬に気遣われ、しかし真弥は小さく笑って申し出を断る。彼らの下についている兵士達は、人間である彼らの部下になることを不満に思っているが、魔王の命令だということで渋々従っている。自軍が人間を次々と葬っていく様子を、二人は複雑な心境で眺める。隊長という立場上、積極的に前線に立つ必要は無いが、不利な状況になれば戦わざるを得ない。出来れば自分達は戦いたくない、しかしそれは人間の敗北を意味するというジレンマに苛まれる。


(ここから逃げたり、魔王軍と戦うという事が出来れば、どんなに楽な事か)


 そんなことを思いながらの秀馬の視線の先で異変が起こる。いつの間にか自軍の兵達がハイペースで倒れているという事に。そんなことが出来る人間はこの世界でも限られている。その人間は、秀馬達にとって一番戦いたくない相手である可能性が高い。


「…………ぁぁぁぁぁぁっ!」


 前方から叫び声らしきものが秀馬の耳に届く。その発生源は遠く、戦場のあちこちで鳴る音の中に紛れている。しかし秀馬はそれが、何故か特別に思えた。疑問に思い、ふと横の真弥に眼をチラリと向けると、その眼は驚愕に見開かれていた。


「永井、さん?」

「そんな……」


 真弥が困惑する理由が分からず、秀馬は改めて前を見る。しかし、その理由は分からない。この戦場を縦横無尽に駆け巡り、剣の一振りが生み出す風圧でまとめて魔族を討つ戦士がそこにいる。身長こそ際立ったものは無いが、剥き出しになっている腕はたくましく筋肉が付いていて、歴戦の猛者といった風格を漂わせている。顔立ちには日本人らしい特徴が見られるが、野性味を感じさせながらも甘さも見られるその顔に見覚えはない。彼のクラスメイトが五年や六年の間に顔が変わったのだろうとは思うが、それが誰だか分からない。だが、真弥はその人物を分かっている。それが誰なのか聞こうとした所で、その人物が声を上げる。


「真弥! それに藤川!」


 自分達の名前を呼んできた事から、その者が元クラスメイトだと確信する。そして彼の知る限り、真弥を名前で呼ぶ男子生徒は一人しかいない。だが、その生徒と目の前の人物はあまりにも雰囲気がかけ離れていて、結び付ける事が出来ない。だが、真弥は確信していた。そしてその名を口にする。


「卓也!」


 そこにいたのは古木卓也であった。秀馬の知る彼は肥満体型で常にオドオドしている気弱な少年であり、名前を聞いても目の前の男とは同一人物だとは思えない。だが真弥は声を聞いた時から分かっていた。


「卓也、どうして……」

「二人ともここは退いてくれ! 俺は魔王と話がしたいんだ!」


 戸惑う真弥に卓也は要求を出す。だが、秀馬の立場としてはその要求を呑む事が出来ない。彼らの親は人質にとられていて、余計な行動をすれば殺されるからだ。


「そういう訳には行かないんだよ。ぼく達は戦わなくちゃいけない。君だって事情は分かっていただろう」

「そんなの関係ない! 俺は……うっ」


 反論する卓也は不意に呻く。右胸にはギザギザの葉が刺さった。だが彼の強靭な筋肉に付けた傷は浅い。


「真弥……?」

「ゴメンね卓也。こうなった以上、私はあなたと戦わなくちゃいけないの」


 感情を押し殺した顔で真弥は言った。



 ◇



 そこから東でも戦闘は繰り広げられている。エルフリード王国軍を中心とした部隊は敵の大軍と戦う。エルフリード陣営には司東煉やフレッド・カーライル、緑野星羅といった面々が含まれ、魔王軍側には草壁平子、山田龍、柳井蛇、宍戸由利亜、そして振旗二葉がいる。


「振旗さん、御無事だったようで何よりです」

「うふふっ。御堂さん、ずっと私の事心配してくれてたのね。ありがとう」

「あの時、地下道を通ってこの大陸に潜入する事を提案したのは振旗さんでしたね。そして妖精王さんとの戦闘終了後の混乱の中でいつの間にか姿を消していました。振旗さん、あなたは自分の意思で魔王軍に参入したのではありませんか?」


 妖しく笑う二葉に小雪が追及する。


「酷いわねぇ、これでも心を痛めてあなたと対峙しているのに」

「そうでしたら、演技でも落ち込んでいるような態度を見せて欲しいものですが。あなた達は人質を取られて魔王軍に協力する事を強いられているのではありませんでしたか? そういえばあなたのお父様は天振学園の理事長でしたね。まさか、この世界にもいらしているのでしょうか?」

「うふっ、白々しいわね。本当は分かっているくせに」


 周囲の激闘の中で言葉の応酬を繰り広げる二人。そこに星羅が口を挟む。


「ねぇ、二葉ちゃん。やっぱりあなたは分かってたの?」

「分かってたって?」

「あのまま教室にいたから私達がこの世界に来るハメになったってことを分かっていたのかな? しかもその様子じゃ、自分から魔王軍に入ったらしいじゃん。一体全体何を考えているのかなーって思う訳よ」


 星羅はあからさまに責める視線を二葉に与える。二葉は笑みを崩さずに言葉を返す。


「あなたって随分と偉そうね。自分には全てを知る権利があるみたいな事思っちゃってるタイプ。思えばあの世界にいた頃からあなたはそういう人だったわね。正直鬱陶しかったわ。いや、今も鬱陶しいけれども。身の程を知るっていう言葉を知らないのかしら?」

「そうやって上から目線で……!」

「そりゃそうよ。私はあなたの上位存在なんだから」

「本当にムカつく人。今改めて分かったよ、あなたとは絶対に仲良くなれない」

「うふふっ、同意見よ。とにかく私達は敵同士。せっかくだから、この戦いを楽しみましょ」


 二葉は鞭を構え、そう言った。星羅は答える。


「そうだね。泣いて許しを請うまで容赦しないよ」

「出来る物ならやってみて」



 ◇



 逆に西側では、ラフトティヴ帝国軍を中心とした部隊の戦闘が行われている。ラフトティヴ皇帝、シュレイナー・ラフトティヴが自ら指揮を執っているこの戦場では対巨人用魔動人型兵器ヴェルダリオンが戦場を所狭しと走る。それに対して、魔王軍側も巨大人型兵器を使用している。五年前に魔王軍へと加入した高橋梗が持ち込んだ、ヴェルダリオンの簡易版である『ヴェルダオン』を基に製造された兵器『クンバカルナ』である。その数は四機。当初は魔族の将軍クラスの者が操る機体として製造予定であったが、魔王軍の技術をもってしても人族以外には起動させる事が出来ず、やむを得ず勇者達に与えられた。それを操るは黒桐剣人、数原椿、土屋彩香、そして高橋梗である。彼らは少数でありながら、ラフトティヴ軍のヴェルダリオンを圧倒する。


「チッ、よくもこんな事を。オレはそんな事に使うためにヴァルダオンを造った訳じゃねぇんだぞ!」

「知った事かよ、翔。俺は死にたくないんだ。お前だってそうだろ? どっちについた方が死ぬ確率は低いか、お前なら分かんじゃねぇのか?」

「すまん、分かんねぇわ。だって魔王軍になんか入ったら、国見や姉御を敵に回すんだぜ? 魔王なんかよりずっと怖ぇよ」


 この期に及んで勧誘してくる梗に、翔はきっぱりと返しながら乗機が握る剣を振り下ろす。梗は機体を後方に跳ばせて回避する。


「お前はバカだ!」

「バカはお前だ!」


 互いに叫びながら、互いの剣を打ち鳴らす。甲高い金属音が戦場に響き渡る。機体の出力は梗機に軍配が上がり、翔機はたたらを踏む。


「くっ……」

「大体、何で国見なんかの言う事を聞いてんだよ。アイツは勝手に俺達の兄貴面してきて、偉そうなんだよ! 妙に大人ぶってて生意気なんだよ! とにかくムカつくんだよ!」


 思いを叫びながら、剣で翔機を押し負かす梗。


「黙れよ。何にも知らねぇ癖に! 国見がどんな気持ちで……」

「どんなもこんなも関係ねぇよ。お前がアイツの腰巾着だってんならブッ殺すぞ」

「ああもう!」


 翔は舌打ちし、かつての親友と対峙する。


「藍……どうして来たの? 私がどうなってるか分かっていたんでしょ!?」

「そりゃあ、アンタを助ける為に決まってんでしょ、椿。たまにはねーちゃんらしいコトもしなきゃだしな」


 少し離れた所では、数原藍と数原椿の姉妹がそれぞれの機体を向け合って会話をする。彼女達のユニークスキル『繋がりコネクト』は声に出さずとも意思を疎通させる事が出来る。しかし彼女達は今、声に出して話をしていた。


「助けに来たって、そんなの無理よ。私が余計なことをしようとした瞬間、お父さんとお母さんが……」

「だから、魔王をブッ殺せば助かるんだろうが! だから、邪魔すんな」

「ああもう、邪魔しなかったらダメなの! 何で分かんないのよ……」


 その姉妹喧嘩は周囲に響き渡る。そして姉妹の機体を通した魔術による大規模な戦闘は派手に爆風を引き起こしていた。



 ◇



 そこから北に向かった所では、西の大陸から来た妖精族の軍が魔法を惜しみなく使う戦闘が繰り広げられている。妖精側の指揮を行っているのはサリエル・レシルーニアである。そして敵対するのはパッシフローラが率いる魔族と魔物、そして巨人族の軍である。サリエルの的確な指示は効率よく敵兵を崩していく。だが、パッシフローラの時間遡行魔法が猛威を振るい、続々と復活し、消耗戦を強いている。


「うーん、やっぱり大将を崩さなきゃダメね」


 サリエルはうんざりした様に呟く。その双眸は遠くで余裕の笑みを浮かべるパッシフローラを見据える。そこまでの間には敵味方多くの兵士が押し詰めていて、すぐに王手を取るのは難しい。妖精族である彼女は翼があり、飛んでいく事自体は可能であるが、魔法による対空攻撃の危険性がある。聖騎の契約妖精である彼女はかなりの魔法耐性を持っているが、パッシフローラを囲う巨人の物理攻撃への不安がある。


「何か雰囲気変わってなぁーい?」


 パッシフローラの様子に違和感を覚えたサリエルは呟く。外見からはまったく変わった印象を受けない。だが、何かが違う気がした。一見穏やかな笑みを浮かべているだけに思えるが、激しい気迫を身に纏っているような感覚を覚えた。


「ここは本気で行くべきかしら……。後に力を温存させたいところだけど、小手先で勝てる敵じゃなさそうね」


 一度出し抜いた相手とはいえ、決して油断できる相手では無い。そう思い直したサリエルは今まで召還していた五柱の魂に加えて、新たに十柱を追加する。


「私も噂の魔王様とやらに一度会ってみたいのよね。その為にも……こんな所で立ち止まる訳にはいかないんだから」


 決意を口にして、サリエルは十五の妖精族の魂に同時に攻撃命令を出し、戦場を血に染めんとする。



 ◇



 そして東では獣人族の部隊による戦闘が展開されている。敵対するのは四乱狂華アルストロエメリア率いる、格闘戦を得意とする魔族・魔物の部隊である。獣人部隊に属するノアは鬼神の如き神速と剛腕で迫りくる敵を薙ぎ払い、時に喰い、その圧倒的な実力の前に敵の戦力と士気を順調に削っている。


「ほう、相変わらずやるではないか。流石は私の好敵手だ」

「お前か」


 ノアの戦いぶりをアルストロエメリアは賞賛する。そして二人は互いに歩み寄る。


「あれから私は鍛錬に鍛錬を重ねた。礼を言おう……貴様の存在を知らないままであれば、私は自分の強さに満足し、怠惰な日々を送っていたであろう。だが、貴様の存在は私を高みへと導いた」

「下らん」


 獰猛に笑うアルストロエメリアの言葉をノアは一言で切り捨てる。だが彼女はそれに気分を害することなく、言葉の意図を読み取る。詰まる所彼女の好敵手は言葉では無く剣を求めているのだ。戦いを愛する自分達にとって事ではなく戦いこそが対話手段である。彼らは無言で互いの武器を――爪と刀を構える。


「行くぞ……!」

「ふんっ……!」


 アルストロエメリアは跳躍し、ノアは羽撃き、二人は空中にて激突した。



 ◇



 ヘカティア大陸各地に戦乱が巻き起こる。この作戦の立案者の一人である神代聖騎は予想以上に作戦が進んでいる事に違和感を覚える。彼は大陸に近付く時点で敵の迎撃が来る事を想定していた。だが敵は海には来ず、ご丁寧にも大陸に到着するまで手を出さなかった。


(これはワナか、それとも自信の表れか。個人的には後者のような気がするけれども)


 聖騎は現在、自分の専用機の中にいる。機体名は大規模破壊用航空人型魔動兵器パラディオン試作機・リートディズ――通称、破空魔兵パラディオン零号機・リートディズ。聖騎が考案し、アジュニンが設計し、ローリュートをはじめとした技術者たちの手によって完成したその機体は、従来のヴェルダリオンに飛行性能を追加した機体であり、上空からの高威力攻撃によって敵単体ではなく広域の敵を一掃する事をコンセプトとしている。ヴェルダリオンは搭乗者が体を動かす事により、その動きをトレースして機体も動くという操縦方法であり、リートディズもそれを踏襲している。だが、独自の方法によって機体の飛行を可能とした。


 その姿は見る者に死神を連想させる。大鎌『ヘル・イマギニス』、ローブの中に隠された飛行用バックパック『ノガード・グニゥ』、傘型神御使杖エンジェルワンドオーブリューの技術を基に開発した、魔粒子を吸収しやすい素材で作られたローブ『ライヒハートの神御衣かんみそ』、そしてこの機体の最大の特色となるのが、機体内部に設置されたコックピットである。普通のヴェルダリオン内部には異空間が存在して、そこに物は存在しない。だが、聖騎のリクエストを基にアジュニンが考案したコックピットには椅子と、彼の世界にあるようなコンピュータが存在している。操縦自体は直立した状態ではないと不可能である。だが、これは機体の動力部に接続したアジュニンが取得した情報を内部で確認する為のシステムである。そして同時に、アジュニンの短い起動可能時間を克服する為の機能も備えている。アジュニンの異空間干渉システムと『ライヒハートの神御衣』を組み合わせることで異空間から空気を収集し、それをアジュニンのエネルギーに変換する。


 そして聖騎の思考はアジュニンにダイレクトに伝えられる。


『カミシロに同意。その上で敵の考えを推測……結果、順調にヘカティア大陸に辿り着いた対魔王軍を殲滅する事により、より一層の絶望感を与える事であると予測』

「余裕があってこそ出来る事だね。それ程までにヴァーグリッドの強さは絶対だ。彼のステータスを見た僕達だからこそ、それが分かる。まあ、勝算が無ければこんな作戦を展開しない訳だけれども」


 聖騎は椅子に座り、落ち着いた表情で呟く。そこには何の表情も浮かんでいない。


『現在、一部個所を除いて敵軍が優勢と報告』

「予想通りだね。だけれど、僕達の出番はまだだ。彼女・・はまだ出てきていないんだよね?」

『肯定。個体名マイジマ・ミズキは現在厳重な警戒態勢へと突入中』

「僕と君にとって、彼女を容易に倒せることは分かりきっている。でも、ただ勝ってはダメだ。こちらの手札を無駄にひけらかす事は控えたい。だから、まだ時を待つ」

「了解」


 聖騎が顔を隠し続けた五年間、アジュニンは数少ない、聖騎の姿を見続けてきた者である。そもそも機械である彼女には聖騎も心を許す事が出来る存在である。相変わらず正体は掴めないが、関係ない。


「賽は投げられた。もう後戻りは出来ない。だからこそ、慎重に事を進めなければならない。……まあ焦る必要は無いさ。フリングホルニとの連結作業も完了したし、行こうと思えばすぐにでも目的地には向かえるのだからね。今日、僕は全てを終わらせる」


 聖騎は静かに呟いた。

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