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オペレーション・ブレイブ

 翌朝。ラートティア大陸北端の海は大変混雑していた。旧ディルーマ帝国の北は海に面しているのだが、この海は世界で最も荒れている海だと言われていて、並の船乗りには渡るのは難しい。しかも今回は大勢の兵士を送らなければならないのだから、航海は困難を極める。だから海底に足が付く巨人や、対巨人用魔動人型兵器ヴェルダリオンによって兵士を運ぶ方法を用いた。ビルの様に幾つもの階層がある巨大な箱を造り、そこに兵士が入り、巨人やヴェルダリオンがそれを運ぶという方式である。無論これはぶっつけ本番では無く、巨人やヴェルダリオン乗りは安定して箱を運ぶための訓練を十分に積んだ。それでも揺れを全く無くす事は不可能であるが。また、魔術師や弓兵はこの箱から攻撃をする訓練をした。また、箱は水に浮くように設計されており、もしもの事があってもすぐには沈まない。


 なお、ヘカティア大陸に攻め込む部隊は北上する『人族連合軍』だけではない。西のシュヌティア大陸からは妖精族の、東のエルティア大陸からは獣人族の、南のバルゴルティア大陸からは巨人族の部隊が同時に攻め込んでいる。ロヴルード帝国に国際連合を設立後、魔王軍と戦う為の戦力として他の種族と協力するべきだという意見が出た。そこで各国は各大陸に使者を送り、同盟の締結を目指した。獣人族とは顔役であるレウノが以前から人族との親交があり、ロヴルードの権力者である面貫善と仲が良かったことから、妖精族とは元々サリエル達レシルーニアが妖精族の中でもかなりの実力者であった事から上手くいった。獣人も妖精も一枚岩では無く、魔王軍への協力を宣言する派閥もあったが、十分なだけの戦力は集まった。だが、巨人族と友好関係を結ぶのは骨が折れた。


 巨人は古来から魔族との結び付きが強かった。そして彼らは知能が低い故に、魔族に良い様に扱われている事に気付いていなかった。知恵のある巨人ミーミルはそれを何とか言い聞かせようとしたが、人族の改造により魔法を使えるようになった結果、肌色が青に変色した彼は受け入れられなかった。しかし三年かけて何とか、協力者をそれなりに集められた。人族にも魔族にも利用されている彼らは、彼らと対等な存在として扱われる事を目指して、歩み寄ってきた人族と手をとって、未だ傲慢に接してくる魔族に拳を振るう事を決めた。


 東西南北、四方から攻める軍の周囲には様々な種類の妖精族が飛び交っていて、彼らが通信役となることにより意志疎通が可能となっている。北の巨人は普通に歩き、西の妖精は空を飛び、東の獣人は人族同様に箱に乗ったり、飛んだり、泳いだりと多種多様な手段で移動している。


 彼らの目的は魔王ヴァーグリッドの討伐、及び強いたげられている人々の解放である。後者の目的を果たす為に地下の洞窟を通って、少数精鋭の別動隊が動いているのだが、それは置いておくとする。前者は文字通り、魔王城のどこかにいるとされているという魔王を見つけ出し、殺害するという、言葉にすればシンプルな目的だ。だが、それはかなりの困難を極める。


 下級の魔物や雑兵の魔族程度ならば、この世界の平均的な兵士でもかなり苦労すれば倒せなくはない。だが、ある一定以上の強敵となると歯が立たない。それも、四乱狂華が相手となれば尚更である。そして、彼らを圧倒的に凌駕する強さを持つのがヴァーグリッドである。実際に彼の強さを知る者は存在しない。故に、大昔の出来事が誇張されて伝えられただけであり、実際の強さはそれほどでもないと主張した者もいた。だが、その主張は有り得ないと一蹴された。敵の強さが未知数な以上、侮るのは愚行である。


 とにかく、四乱狂華クラスの敵に対抗できる戦力は限られている。その筆頭が、エルフリード王国が召喚された勇者達である。北上している部隊の中には十五人の、勇者という称号を授かった者達がいる。元々の規格外な才能に努力を重ねた彼らは、一人一人が最低でも小国の軍隊に匹敵する武力を持っている。だが、この場における『勇者』は彼らだけではない。


 この戦争の作戦参謀であるパラディンは、戦地に赴く誰もが勇者だと言った。ステータスカードの文字など、所詮誰とも分からない何かに勝手に書かれたに過ぎない。ヘカティア大陸などという恐るべき魔境に足を踏み入れんとしている者を勇気ある者――勇者と呼ばんして何と呼ぶか、というパラディンの演説は兵士達の士気を高めた。


 この世界を支配する悪を滅する為の勇者達の進撃――作戦名『オペレーション・ブレイブ』は今ここに展開されている。そして、巨人が運ぶ箱の一つに、司東煉も乗っていた。


「なあ、小雪」

「何でしょうか、煉君」


 戦地に赴く煉は、彼にしては珍しく声を震わせて、傍らに立って外の景色を見ている御堂小雪に話しかける。一方で小雪は普段通りの落ち着いた様子で答えた。


「確かに最上階であるここは見通しが良い。遠くの様子を見るのにこれ以上良い所もないだろう。しかし、しかしだ――」

「煉君、その話は四回目です。そろそろ回りくどい言い方はやめませんか? もっとはっきりと、ここは高くて揺れるから怖いと言ったらどうですか?」

「だから、そういう訳ではないと言っているだろう! 俺はもしも敵からの攻撃を受けて落下した時の危険性を考えてだな――」

「大丈夫です。最上階だろうと最下階だろうとそんなに変わりません。揺れは上階と下階とで変わるでしょうがね」


 喰ってかかる煉を、小雪は涼しい顔であしらう。そんな二人のやり取りに鳥飼翼が割り込んでくる。


「何だ何だ、司東は高所恐怖症なのか?」

「違う!」「そうです」


 翼の問に二人は対照的な答えを口にした。その答えに翼はニヤリと笑う。


「へぇー、そっかそっかー。にしても、ここにいたくないんだったら一人で勝手にハシゴ降りれば良いんじゃねぇの? あ、御堂ちゃんを危険に巻き込みたくないからっていう答えは禁止な」

「……」

「煉君は一人で下に降りるところを人に見られたくないんですよ。ですので、降りたがっている女の子に付き添うっていう体で降りようとしているんです」

「へぇー、結構ヘタレなトコあんのな。これは意外。でもよ、男としてそれはどうよ?」


 全てを暴露した小雪に翼はからからと笑う。ごまかす事に、もはや意味が無いと悟った煉は答える。


「……だから、こんな事はコイツにしか言えないんだよ」

「気心の知れた仲だからこそって訳か。そういやお前ら幼馴染なんだっけか?」

「はい。本当に小さな頃からの、家族ぐるみの付き合いです」

「なるほどなー。それで二人揃って天振学園に来るんだからすごいよなー。オレが言うのもアレだけど、受験って結構キツかったしさ。そんなとこを揃って受けたのは偶然? それとも一緒のトコに行こうって話し合ったんか?」


 その質問をした瞬間、翼の目の色が僅かに鋭くなった事に二人は気付く。煉は言葉を選んで答える。


「地元の先輩が天振学園に行っていて、良い所だと話していたのを聞いて俺達も行こうと思ったんだ。お前はどうなんだ?」

「ああー、オレは家から近くて、卒業者の進学先も良いトコばっかだったって事で何となく受けたな。でも授業が思いのほかキツかったからさ、中等部が終わったらちょっとレベルが低い高校に行くつもりだった。ま、それは叶わずにこんな異世界に来るハメになったんだけど」


 煉が話を逸らすと、翼は自分の事について語った。


「何というか、行き当たりばったりだな」

「ああ、オヤジにもよくそう言われてたよ。『学校キツいからやめたい』って言った時も怒られる前に呆れられたくらいだ。ロクに考えず目先の甘い蜜に釣られて、バカを見るのがオレの人生だ」

「この先も苦労しそうだな、お前」

「まったくだ。あーあ、ホントなら今頃大学にでも行って、夢のリア充ライフを満喫出来てたかもしんねーのにな。なあ、あの時さ、学校にさえ行ってなければ、オレ達今頃呑気にやってけたのかな?」


 不意に翼は遠い目をして、そんな事を呟いた。その呟きは煉と小雪にとってグサリと刺さるものがあった。何せ、彼らを止めようと思えば止められた位置にいたのだから。彼らの中には「そろそろ自分達の事情を仲間達に話しても良い頃だろうか」という思いがあった。しかし話す機会が見つけられず、今に至っている。本当は今すぐにでも全て話して罪悪感から解放されたいという気持ちがあったが、それ以上に自分達へ非難の目を向けられることを恐れていた。唯一、自分達と同じく事情を知っていたフレッドとは情報を共有したが。


「ああ、そうだろうな」


 僅かの逡巡の後に煉は短く答えた。彼は答えるまでに間が出来た事を訝しむ翼の目に気付かなかった。

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