決戦前夜(1)
ロヴルード帝国の建国から五年。この世界の人類はほぼ結託して、魔族が支配する北の大陸――ヘカティア大陸への進行を決定した。「まだその時ではない」「急ぎすぎだ」などといった意見も多数挙がったが、ロヴルード帝国皇帝メルン・アレイン・ロヴルードなどによる「一刻も早く魔族を倒して世界を平和に導くべきだ」という意見に圧され、近いうちに戦争を行う事を決定した。その準備として、一旦各国の軍をラートティア大陸北端にある旧ディルーマ帝国に集結させた。
ディルーマ帝国はかつて魔王軍との前線となっていた大国であった。各国が兵や物資を支援したことにより栄えた国であったが魔族には苦戦を強いられ、およそ百年程前から急速に衰え、六年前には完全に魔王軍の支配下に置かれた国である。だがこの国は一年前、激戦の果てに人族が取り戻した。この際に戦闘の中心となったのは、エルフリード王国北部を拠点とする冒険者ギルドの連合であり、その中でも特に『ファルコン騎士団』と名乗るギルドの活躍は目覚ましいものがあった。ファルコン騎士団のメンバーにはかつてのディルーマ皇族の姫が所属していた事が判明し、大層話題になったという。
その旧ディルーマ帝国の領地は現在、各国によって分配され、支配下に置かれている。ディルーマの皇族は件の姫を除いて皆殺しにされている。その姫も国の長になるつもりはなく、領地を治める能力のある人に治めて貰いたいという旨の発言をし、誰が治めるかを各国首脳が話し合った末の結果である。
ロヴルード領旧ディルーマ帝国にある、昔この土地を統治していた貴族、少し前までは魔族が使用していた古い屋敷にはメルンが家臣を引き連れて訪れていた。直属の家臣や兵を率いる将軍はこの屋敷に宿泊し、兵士には町の宿屋を使用している。しかし宿屋の数は圧倒的に少ないため、簡易的な寝床を幾つも建設している。これは他の国の領地も似たようなものである。ともあれ屋敷の一室を使用している神代聖騎は、メルンの部屋に呼び付けられていた。なお、現在の彼はローブに仮面のパラディンモードである。
「一体何でしょう、話とは」
ソファにどっしりと腰を下ろす主に対し、テーブルを挟んで置いてある椅子の横に立って聖騎は問う。皇帝となって五年が経ち、二十二歳となった彼女は少女から大人の女性へと様変わりしていた。本当にこの人は自分と一つしか歳が変わらないのだろうか、と聖騎はしみじみと思う。そんな彼女は苛立ちを前面に出した顔で言う。
「マサキ、公じゃない所では私には敬語を使わない約束だったと思うけど? それに、この五年間私の前では顔も見せてくれないし」
「どうでも良いでしょう。私はもう帰りますので」
聖騎はそっけなく答え、踵を返そうとする。その背中にメルンは言葉を投げつける。
「ねぇ、その靴私にもよく見せてよ」
「……!」
その指摘に聖騎は固まる。彼の靴はローブに隠れて外からは見え辛くなっている。そして聖騎はそれを、意図的に隠している。
「ねぇ、見せてよ。これは皇帝としての命令だよ?」
「たかが靴の為に命令なんて――」
「たかが靴も見せられないような人を、私は信用できない。見せられないんだったらこの屋敷を出て行ってもらうから」
食い下がる聖騎へと、立ち上がったメルンは歩み寄る。そして眼前まで迫る。聖騎は諦めたようにローブをまくって靴を見えるようにする。
「やっぱり」
その靴は底の部分が厚くなっており、履いた者の身長を高く見せる効果があった。聖騎としては今すぐにでもここから逃げ出したい気分になる。
「分かっていたのですか?」
「まあね、歩き方に違和感あったし。というかさ、マサキって人に自分の事をどう思われても気にしないタイプだったよね? なのに身長を誤魔化そうとするなんて、どういう事?」
「いろいろあるんですよ。そういうお年頃なんです」
「だーかーらー、そういうタイプじゃないでしょって。本当にさ、何を隠してんの? なんか急によそよそしくなって顔も見せないようになったと思えば、ギラギラしたオーラを出すようになっちゃってさ。サリエルも言ってたよ? 急に研究に対する熱意がすごくなったって。お勉強を教えてた子供達も妙に静かになっちゃってたし」
「……」
メルンの指摘に聖騎は沈黙する。五年前に知った自分の出生の秘密は、そうそう打ち明けられるものではない。無言で退室しようとする彼の襟首をメルンは掴む。
「まだ話は終わってないよ」
「僕はこの戦争を勝利に導きます。結果はきちんと出して見せます。それが、あなたから公爵の爵位を授かった僕の存在意義です。馴れ合いなど必要ありません」
「そう。でもせめて少しは愛想を良くして欲しいな。自覚は無いかもだけど、あなたの威圧感って結構すごいよ?」
「僕の存在が不快なら、すぐに解放するのが賢明だと思いますが」
「あー、はいはい。本当に子供だね。私と会ってから全然成長してないんじゃないの?」
聞き分けのない子供に接するような態度のメルン。その言葉は聖騎にとって図星だった。仮面で顔は隠しているものの、体をビクリと動かしてしまう。その反応をメルンは見逃さない。
「分かりやすーい反応だね。あなたがそんな反応をするなんて珍しいけど、それだけの事って訳だ」
「まさか……気付いていたんですか?」
「まぁねぇ。極力話す事を抑えてたみたいだけど、声が変わってないのは分かったし。身長をそんな靴で誤魔化してるし。その上全然顔を見せてくれなかったし」
「だからといって、そういう発想が出てくるなんて……」
「そうだね。何かおかしいなーとはずっと思ってたけど、マサキが歳をとってないっていうのは中々思い付かなかった。でもね、私達の身近には歳をとらない妖精族がいる。それで、もしかしたらって思ったの。マサキは実は人間じゃないのかなって」
メルンの推理に聖騎は、諦めたように頷く。そして仮面を外して顔を露にする。そこにはメルンと出会った六年前から変わらない、中性的な顔である。とても二十歳を超えているようには思えない。
「……そうだよ。どうやら僕は人間じゃないらしい。知ったのは最近だけれどね」
「最近っていうのは五年前の事?」
「ああ……もうそんなに経つのか。……詳細も話した方が良いかな?」
「全部ぶちまけちゃって。他の人には話さないから。ウロスやフェーザにも話さない」
表情が虚ろな聖騎に、メルンは笑顔で話を促す。聖騎は半分投げやりな気持ちになる。
「正直、信じて貰えるか分からないんだけれど……」
「大丈夫、私は人がウソをついてるかを見抜くのが得意なんだから」
「分かったよ。部屋の外で聞いている人もいないようだしね。実は五年前――――」
聖騎は五年前、バーバリー・シーボルディや天原考司郎から聞いた話を語る。突然部屋の中にバーバリーが現れた事。彼女が自分の母親の化身だという事。魔王ヴァーグリッドをはじめとした魔族は自分の母親にこの世界の敵として創られた存在だという事。そしてヴァーグリッドは自分の父親であるという事。自分は魔族の血を半分継いでいる故に、魔族としての特性も持っているという事。故に自分は普通の人間よりも成長が遅く、かつ人の不幸を本能的に望む存在だという事……等々。その中にはメルンには理解できない話も含まれたが、聖騎は根気強く説明に努めた。メルンもなんとなくであるが理解できた。
「――――まあ、以上かな」
「……うん、想像以上にすごい話だった。……でも私には分かるよ、あなたが本当の事を話してくれたんだって」
「これは君が権力を盾に迫ってきたから話しただけだよ。僕はもう二度と自分語りはしない」
「分かってるから。人を見下してるあなたは人から同情されるのを嫌ってる。でもね安心して、あなたみたいなクズ、同情なんてしないから」
「恩に着るよ」
自分の境遇を知ってなお、「クズ」だと評した主に少し驚きつつも、感謝の言葉を述べる。
(ま、本当はちょっと同情してるんだけどね。だって、これからずっと生きていくのなら、顔を隠し続けなくちゃいけない。もしも魔族の血が流れてるなんて事がバレたら、殺されかけないし。しかも魔王の息子だったら尚更。下手すれば公開処刑されるかも。……そんなマサキを重用した私も一緒にね)
そんなことを考えながらメルンは聖騎を見る。女性としてはかなり長身の部類に入る彼女は、元々中学生男子の中でも小柄だった聖騎を見下ろす形になる。
「それでさ、もし魔王を倒せたとして、その後はどうやって生きていくの? 元の世界に戻ったとして、あなたに居場所はあるの?」
「それこそ君が気にする必要は無いよ。ああ、でも僕の正体がバレたら君にも害が及ぶだろうね。僕は君がどうなろうが関係無いけれど」
「あなたねぇ……」
悪びれた様子の無い聖騎にメルンは呆れた声を出す。それをよそに聖騎は今度こそ退室を試みる。今回は無言だった。だが、それをメルンは呼び止める。
「待って」
その声も無視して聖騎は去ろうとする。それを背中から押し倒し、組伏せ、背中に腰を下ろす。
「がはっ」
「待ってって言ったでしょ。これは勅命よ」
苦しげに声を漏らす聖騎に座しながら見下ろして、メルンは告げる。
「権力と暴力を惜しみなく使って家臣に勅命か。まるで暴君だね」
「暴君で結構。あのね、私は世界で一番器の大きな君主を目指してるの。魔王の息子? 上等、むしろ大々的に知らしめてやっても良いくらいなんだから。だって、魔王の息子を従わせる皇帝ってカッコいいじゃない!」
「格好良いって……君が僕の事を気にしなくたって、民衆は認めない」
「認めさせてやんのよ。世界一の君主なんだから、民の価値観の一つや二つ、変えてやるんだから」
メルンの力強い宣言に、彼女に文字通り尻に敷かれている聖騎は反論する。
「人の価値観なんてそう簡単に変わらない! 僕が何回自分の価値観を変えようとしたのか、君は知らないからそんなことが言えるんだ。……僕は人間の敵にしかなれない。僕は人間の幸せを祝福できない。僕は人間の不幸に笑いを抑えられない。だから、僕は人間と共存ができないんだよ」
「そんなの簡単じゃない、今までだって――」
「それは僕が自分を抑えてきたからだよ。人の恐怖に歪んだ表情が大好きで、新しい人に出会う度に『ああ、この人はどんな声で泣くんだろう』なんて思っているんだよ。他国の工作員を見付けた時なんて嬉しかった。法の下で人を傷付ける事が許されているんだから。お陰で拷問のノウハウも手に入れられた。人間は命を作る時に快感を得るけれど、僕は命を壊す時に快感を得てしまうんだ。だから分かる。人の価値観なんて変わるものじゃない。君は近しい相手……ウロスやフェーザを心の底から殺したいと思える? 出来ないよね? 価値観を変えるというのは、そう言うことだ……いたたたたた!」
聖騎が奇声を上げたのは、上に乗るメルンに関節を極められたからだ。
「おりゃー」
「痛い痛い痛い痛い!」
激痛に聖騎はバンバンと床を叩く。一しきりやって満足したのか、メルンは彼を解放する。
「ふぅー、スッキリしたぁ」
「なん、で……」
「うるさい。……っていうかさ、確かに無理だよ。今すぐウロスやフェーザを今すぐ殺したいなんて思えなんてさ。だって、キッカケが無いもん」
「キッカケ……」
ピクピクと痙攣する聖騎はメルンの答えを反芻する。
「そう、キッカケ。確かにあなたの言う通り、人の価値観なんてそうそう簡単に変わるもんじゃない。でもね、ふとしたキッカケさえあれば、案外あっさり変わるかもしれないよ。魔族を敵視する私達も、そして人間を好きになれないあなたも」
「そう簡単に言うけれどさ……」
「大丈夫、だってあなた寿命長いんでしょ? 生きてればキッカケなんて見つかるよ。それまで私が権力をフルに活用して何とか守ってあげるからさ。探してみなよ」
そう言ってメルンは微笑む。それはさながら、姉が弟に向ける様な笑顔だった。
「探してって言われても――」
「ゴチャゴチャうるさいの。まあ、オススメなのはアレね」
「アレ?」
「恋をする事。それだけで今までの価値観なんてひっくり返っちゃうんだから」
メルンはウインクしながら言う。
「恋……ね。それは僕も一度挑戦したことが有るよ。僕が人に興味を持ったらロクなことにならないからさ、持たないように考えていた時期があったんだけれど、その時期の中で一回だけね」
「それは意外。でも挑戦って?」
「僕の世界の創作物には、生粋の戦闘マシーンだった主人公が恋をした事によって人間らしい心を手に入れる話があったんだよ。だから、まずは形から入るという事で、適当な女の子に告白をしたんだ。最初は何とも思わなくても、いつかは変わるかもしれないなんて思ってね」
「本当にクズさだけはブレないね。それで?」
「その子は承諾してくれたよ。それが半年くらい続いたのかな? 一緒に遊んだり、お昼ご飯を食べに行ったりなんてこともした。でもね、ダメだったよ。僕はその子の泣き顔が見たくて仕方が無かった。でも実際に泣かせてしまえば面倒な事になるのが僕の世界だったからね。禁断症状が出る前にその子には別れを告げた」
「あー、それは御愁傷様。その子からしたらたまったモンじゃないけどね。その子もこっちに来てるの? 私の知ってる子?」
「うん。来ているはずだよ。多分」
「多分?」
メルンが聞き返すと、聖騎は気まずそうに答える。
「その子の顔も名前も、覚えていないんだ」
「おいクズ野郎」
「いや……でも確か中一……僕がこの世界に来る二年前の時の話で、その時からクラス替えはしていないから来ているよ。うん」
「くらすっていうのは学友の事だっけ。まあいいや。私の予想があっていれば、その子、絶対あなたの事恨んでるよ」
呆れ顔のメルンはゴツンと聖騎の頭を殴る。痛みを訴えるそこをさすりながら、聖騎は立ち上がり、仮面を被り直す。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。リートディズの最終調整もしたいしね」
「不謹慎かもしれないけど、あなたのお話は面白かったよ。また今度聞かせて欲しいな」
「それはどうだろうね。今日ほど口が軽い日は二度と来ないと思うけれど」
聖騎はそう言って廊下に続く扉を開ける。そして部屋を出る直前に立ち止まり、振り向く。
「今日は口だけじゃなくて、気持ちも少しだけ軽くなったよ」
「それは良かった。じゃあじゃあそんな慈悲深い私に感謝すると思って、これからも励みたまえよ。カミシロ・マサキ君」
「あははっ、仰せのままに」
おどけた様に胸を張るメルンに対し、聖騎は仮面の中の顔を笑顔にする。無論それはメルンには直接は見えないが、彼が控え目な笑みを浮かべている事は想像がついた。
(そういえば、マサキの笑い声って久しぶりに聞いたかも)
そんな事を思いながら、彼女はベッドの上に横になる。明日はヘカティア大陸に向けて軍を進める。皇帝である彼女はそこには向かわない。だがそれでも、戦地に赴く兵士達を見送りたいと思った彼女はわざわざここまで来た。だが、彼女が何より懸念していたのが聖騎の精神状態だった。彼が何か思いつめている事は分かっていた。このままでは潰れる、そんな予感が彼女には有った。
「それにしても恋、か」
彼女は先程の会話を思い出して苦笑する。聖騎には知った顔をして語った彼女だが、実は彼女自身恋をしたという経験が無い。聖騎への話は彼女の母親の受け売りである。思い人と少しでも近くにいたいと思い戦場に出た経験を持つメルンの母アルン・アレインの話は、幼いメルンに夢を持たせた。彼女は聞いていない話だが、その想い人は戦場で命を落とし、それでも彼の分まで戦場で戦う事を決意したアルンは、貴族だったギザ・ラクノンに権力と暴力を盾に無理矢理メルンを孕まされた。
「婚約しちゃった私は、もう恋なんて出来ない。だからせめて恋する資格があるマサキには経験してほしいな、なんて思うのは嫉妬深い私にしては珍しいかな?」
独り言を呟く彼女の朝は早い。すぐに眠って、明日は兵士達を見送るのだ。
「それじゃあ、おやすみ」
誰にともなく呟いて、彼女は眼を閉じた。
◇
ヴァーグリッド城。明日人族の連合軍が攻めてくる事は魔王軍も掴んでいた。その上で何も手を出さず、待ち受けるというのが彼らの方針であった。その中の一室にて、振旗二葉は一人窓から、夜空に浮かぶ三日月を眺めながらため息をつく。
「はぁ……ついに明日ね。最後に顔を見たのは六年くらい前かしら?」
彼女はわざと二年遅れて学園に入学した過去がある。故にクラスメイトは全員二歳年下であり、自分は周りより大人びた容姿をしている。だがそんな彼女の姿はその当時からまったく変わっていない。水と同化し、自分の体を思う通りに制御出来なくなったバーバリー・シーボルディを治した彼女はその見返りとして、ヴァーグリッドのステータス改変スキルにより、魔族となった。聖騎の様な半魔族ではなく、正真正銘の魔族である。それに伴い彼女のステータスは種族補正により大幅に上昇した。加えて魔族の身体に引っ張られ、思考も魔族寄りになっている。故に、人を愛せない体になりつつある。当初それに対する違和感はあったものの、今では十分に受け入れている。
「うふふっ……私をバカにした事、絶対に許さないんだから」
元々妖艶な美しさを秘めていた彼女は、闇属性魔法を使用する証である黒みがかった肌により魔性の美を手に入れていた。それをもってして、彼女は人族、魔族問わず様々な相手と体を交えてきた。その相手は異性に限らない。彼女の暴力的なまでの美貌は老若男女誰もを惹きつけるものだった。
「私は誰よりも美しい。私を見た誰もが私に興味を持たざるを得ない。それなのにあの男は……。この私と付き合うなんていう贅沢な立場でありながら、私をなんとも思わなかった! この屈辱を晴らす時がついに来る……!」
二葉が天振学園に入学して間もない頃、クラスの一部の男子に妙なちょっかいをかけられた事が有った。彼女はそれを不器用な故の歪んだ愛情表現だと看破し、その上でスルーしていた。自分の想いを直接言葉に出来ない様な男に興味は無かった。だがある日の放課後、誰もいなくなった教室に呼び出したクラスメイトの鈴木亮に押し倒されかけた。その時現れたのが神代聖騎であり、所持していた携帯電話――天振学園は中等部でも携帯電話の持ち運びは許可されていた――によって撮影されていた映像を武器にして脅し、彼女を救った。亮が「オレを裏切ったのか!」という捨て台詞を吐いて退散した――この事が原因で聖騎は亮や、彼と早くから仲良くなっていた佐藤翔や高橋梗に絡まれるようになった――後すぐに、聖騎は二葉に告白した。その告白はあまりに適当なものだったが、神代聖騎が神代怜悧の息子であることは最初から知っていた彼女はそれを承諾した。その際に聖騎は、学園の誰にも付き合っている事は内緒にして欲しいと条件を出してきた。怪訝に思いつつも二葉は頷いた。携帯電話の番号とメールアドレスを交換し、その場は解散となった。
聖騎と二葉が会うのは主に休日となる。町外れのゲームセンターに行ったり、ショッピングモールで買い物や昼食をしたりと、中学生としては典型的なデートをした。話をした限りでは、聖騎は自分の母親が何をしているのかも分からない様子だった。また、どんなことに興味があるかを聞いてみた所、延々と北欧神話について語り出し、苦笑いを浮かべた事もあった。しかし年下の可愛らしい少年との交際は、二葉にとって楽しいものだった。
だが徐々に彼女は違和感を覚えていく。その違和感の正体に最初は気付かなかったが、やがて気付く。聖騎が自分に対して興味を持っていないという事に。彼女は一度口付けを迫った事がある。その時聖騎は承諾したものの、唇と唇とが触れ合う寸前になった所で顔を背けた。そこには照れ隠しの色など欠片も無く、本気で気持ち悪いと思っているのをなんとか隠そうとしている事だけが分かった。謝る聖騎に「気にしなくて良いわ」と答えた二葉だが、そのプライドはズタズタだった。それから数日後、聖騎からはメールにより別れを告げられた。その時以降、彼女は自分の容姿が醜いのではないかという疑惑を持った。
だが、彼女はそれを認めたくなかった。そこでSNSに自分の顔を公開した。ネット上の相手はそれを絶賛した。その反応を心地よく思った彼女は毎日の習慣として画像を投稿し、コメントを投稿した人間のリクエストに答え続けた結果、挙げ句の果てには際どい姿さえも世界中に見せる事となった。やがて匿名掲示板に晒され、それがアフィリエイトブログにも取り上げられた結果、児童ポルノとして問題になりかけたが、父親の振旗葉一郎の取り計らいにより揉み消された。だが葉一郎は二葉に何かを言うことは無く、コロニー・ワールド計画に没頭していただけった。家族や使用人も特に何を言ってこない中、唯一双子の姉である振旗一葉だけは叱ってきたが、自分よりもずっと優秀で、中三でありながら父の研究の手伝いもしていた彼女に劣等感を持っていた二葉は「放っておいて」とだけ返した。ともあれ彼女は自己主張の場をネットからリアルに変えた。学園の同級生や高等部の生徒をたぶらかし、それを自信に変えていった。彼女は特別化粧や服装に力を入れた訳ではない。聖騎と付き合っていた時からほとんど変わっていない自分は美しい。間違っているのは聖騎の方だ。間違っている人間には裁きを与えなければならない。そう思うようになった。だから――
「うふふっ、皆の前で全部バラしてあげるんだから。あなたが全ての元凶である神代怜悧と、人々を長年苦しめてきた魔王ヴァーグリッドの子供だっていう事をね。その時が、終わりなんだからっ!」
甘美な声を漏らして微笑む彼女。その奥歯はギリギリと鳴っていた。