人を憎みし炎華(2)
自分達が苦労して倒したドラゴン。それを赤子の手を捻るように次々と片付けたハイドランジアの強さに、勇者達は驚愕する。これは神代聖騎も例外ではない。そして彼にはもう一点、驚くべきことがあった。
(僕の幻術が効いていない!?)
聖騎はファレノプシスの時と同様、ドラゴンとハイドランジアに幻覚を見せていた。それによってドラゴンはハイドランジアを敵と認識して襲いかかったのだ。そしてハイドランジアには、聖騎達が彼女の背後にいるという幻覚を見せた。それにもかかわらず、彼女はドラゴンの死骸を正確に、正面の聖騎達の方へと投げた。聖騎は彼女の顔に注視する。炎を出したときには開いていた目は閉じていた。それを確認した後、聖騎は彼女の左手の杖に注目する。彼らが持つ魔術を使うための片手で持てる短めな杖『神御使杖』とは違い、身体を支えられるような長い杖を見て聖騎は気付く。
(そうか、あの子は目が見えないのか。それ故に幻覚なんかに惑わされない。後天的に見えなくなった人は夢を普通に見るらしいけれど、先天的な人は夢を視覚的に見ることは出来ないと聞いた事がある。でも、そうだとしたら動きに迷いが無さすぎる。あの戦い方は僕達、そしてあのドラゴンが見えてるとしか思えない……!)
聖騎の思考の最中、ハイドランジアは言う。
「あなた達の中で誰か一人を差し出してくれれば許してあげる。ただし、その一人にはとってもひどーい目にあって貰うかもね!」
勇者達は既に戦意を喪失している。目の前の相手には勝てないし、逃げることも出来ない、そう判断していた。そして誰を犠牲にするかを考える。しかし、誰かを犠牲にするという事に迷いはあった。それを理解していたハイドランジアはニヤニヤと笑いながら発言する。
「あぁー、そうだ! みんなで一斉にいらない人を選んで指をさしてみてよ! あたしの合図にあわせてね。それじゃあいくよー、いっせーの!」
勇者達は直感的に悟る。彼女の言う通りにしなければ自分がやられると。彼らは迷う。そして迷った結果、一人が指を震わせながら犠牲となる者を示す。そしてそれに便乗するように、他の者達も続々と同じ人物を犠牲者として選ぶ。
(やれやれ、残念でもないし当然だね)
自分が多くの票を集めているのを見た聖騎は内心で苦笑する。既に過半数の者が彼を選んでいる。ハイドランジアはにっこりと笑う。
「選んでない人もいるっぽいだけど票はまとまったみたいだねー。えーっと……どこだどこだ……?」
彼女は目を閉じたまま、ダウジングをするように左手の杖をゆっくりと動かす。そしてその先端は聖騎に向けられた。
「ふむふむ……お姉ちゃん、いやお兄ちゃんかな? 意思表示してる指はぜーんぶお兄ちゃんに向けられてるけど、ずいぶんと嫌われてるんだねー」
意地の悪い笑みを浮かべるハイドランジア。聖騎は答えようと思ったが、叫びによってそれは遮られた。
「そんなことは無い! それにそもそも誰かを犠牲にするなんて間違ってる!」
声の主は真弥だった。
「へぇー、カッコいいねお姉ちゃん。でもね、ここでは間違ってないよ。この場でいちばん強いのはあたし。つまりここではあたしがルールなの」
「そんな……無茶苦茶よ! お願い! 私達はあなたに何もしないか――――」
真弥の言葉は、ハイドランジアの手から飛んできた炎の塊によって遮られた。真弥と、その近くにいた数名の勇者が吹き飛ぶ。
「きゃあ!」
「あーのーねー、あなた達がどうしようとあたしにはなーんにも影響は無いの。お姉ちゃんはちょっとおバカさんっぽいからもう一回言うね。ここではあたしがルールなの。お姉ちゃん達にはあたしに何かを言う資格はないの」
ハイドランジアは嘲笑する。真弥はユニークスキル『癒し』を使って自分を含めた吹き飛んだ者達を回復させる。するとここで声が上がる。
「何つーか、気に食わねーな」
咲哉のものだった。ハイドランジアは面白がるように笑う。
「アハハ、仕方無いよお兄ちゃん。お兄ちゃん達は弱いんだか――おっとっと」
咲哉は魔術で炎の玉を飛ばすも、ハイドランジアは軽々と避ける。
「俺は生意気な奴が一番嫌いなんだよ。たとえそれがガキだろうとな」
「あちゃー、あたし嫌われちゃってる」
「そういえば俺はまだ『いらねー奴』を選んでなかったな」
咲哉はビシッと右手の人差し指をハイドランジアに向ける。
「いらねーのはおめーだよ。だから、今からおめーをブッ殺す」
元の世界において、その腕っぷしで市内では不良として恐れられていた咲哉。彼の両親を含めた並の人間は怯えるその眼光がハイドランジアへと放たれる。
「へぇー、お兄ちゃんもカッコいい!」
ハイドランジアはまったく臆する事なくパチパチと手を叩く。 すると再び咲哉の攻撃が飛ぶが、これを難なく避ける。
「チッ」
「でもね、お兄ちゃんじゃあたしに敵わないよ」
「それなら、敵わせるさ!」
その言葉の直後に詠唱した秀馬が風の槍を放つ。しかしこれもハイドランジアには当たらない。その場で跳躍し、そして着地した彼女は言う。
「お兄ちゃんもあたしに勝つつもり?」
「本当は小さな女の子相手にこういうことしたくないんだけどね。神代君を失う訳にはいかないんだよ」
「へぇー、カミシロくんっていうんだ。くんを付けてるってことはやっぱりお兄ちゃんなんだねー。嫌われてるのかと思ったけどそうでもないのかな? それとも、みんなに嫌われてるカミシロお兄ちゃんに味方していい人アピール?」
「黙ってくれるかな? とにかくぼくは、君の思い通りにはさせないと考えているということだよ……ウィン・ゴド・レシー・ファイテーヌ・ト・ワヌ・ラヌース・ストラ」
風の槍を再び飛ばす秀馬。しかし案の定ハイドランジアに避けられる。だが秀馬はその瞬間後ろ――仲間達がいるところ――を見る。
「この通り、ぼくや国見君だけではあの子を倒せない。でもね、あの子は大切なぼく達の仲間の一人を見捨てろと言ってるんだ。みんな、改めてぼくが聞く。この場において、いらない人は誰だと思う?」
真剣な眼差しを秀馬は仲間達に向ける。凛としたその視線は、まるでカリスマという言葉を具現化したかのように、仲間達に思わせた。ハイドランジアの圧倒的な強さを目の前にし、絶望した彼らだが、秀馬がいれば大丈夫、そう思わせるものが有った。そして一人がハイドランジアを指差し、他の者も続々と同じく彼女に人差し指を向ける。真弥も咲哉も、不良生徒も優等生も中間層も、そして聖騎も自らの意思を示す。それを確認した秀馬は満足そうに頷き、あらためてハイドランジアを睨み、指をさす。
「みんなありがとう。それじゃああの子を倒して、みんなで帰ろう」
その言葉に「おお!」「うん!」などといった声が次々とあがる。
「つまり、そういうことだから遠慮なく戦わせて貰うよ。えーっと……」
「ハイドランジアだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんたちが戦いたいっていうんだったらあたしも容赦しな――」
彼女の言葉が終わる直前、彼女に向かって様々な魔術攻撃が飛ぶ。炎の槍、冷気、雷の渦、闇の球体、その他諸々……。ハイドランジアは右手を突き出し、巨大な炎の壁を作る。その壁は全ての攻撃を無効化する。
「やれやれ、お兄ちゃんたちはせっかちだねー。それじゃ、あたしもちょーっと本気出そうかな」
ハイドランジアは右手を前に押す。すると炎の壁は聖騎たちの方へとかなりの勢いで飛んでいく。勇者たちが防御魔術を詠唱しようとするも間に合わない。爆煙が彼らを包む。
「へぇ、やるじゃん」
爆煙が消える。すると一人の少女が両掌をハイドランジアに向けていた。彼女は壁を作り出す能力を持つ『防ぐ者』の草壁平子である。平たいイメージの名前に日本人らしい平たい顔、そして平たい胸が特徴的な彼女は普段大人しいが、仲間を守るために勇気を出して前に出た。
「みんなは……私が守る」
「へぇー、なかなかやるじゃん。じゃあ、これはどう?」
賞賛と同時に、ハイドランジアは大波のような炎で勇者達を飲み込む。
「くっ……!」
平子は呻きながらも壁を強化。壁は炎の波を食い止めるが、じりじりと熔けて擦り減っていく。そして呆気なく消えた。
「えっ」
平子の呟きと共に、聖騎達勇者35人は炎に呑み込まれた。