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目的に向けて

 ノアとマスターウォートの戦闘を、聖騎はそれほど離れていない所から見ていた。側には秀馬達や真弥、ローリュートなどもいて、戦闘結果を見ていた。とはいえ戦闘の詳細は分からなかった。ノアはずっとマスターウォートの中にいて、それは外からは見えないのだから。だがこの戦闘の勝者がノアである事は誰から見ても明らかだった。聖騎はゆっくりと達磨になったマスターウォートの目の前に歩み寄る。


「くっ……殺せ!」

「いやぁ、無様だねぇ。魔王様の側近がこんなになっちゃって」


 そんな言葉を吐きながら、聖騎は頭を何周か撫でた後にポンポンと叩く。


「貴様……!」

「おやおやぁー? そんな態度をとっちゃって良いのかなぁ? ねぇー、良いのかなぁー?」

「うわぁ……」


 心底舐め腐った聖騎の態度に美奈がドン引きする。同時にその態度を意外だと思った。元の世界にいた頃から神代聖騎という少年は感情を表に出さない、いつも何を考えているのか分からないという印象だった。人目を引く容姿で、かつ成績はトップクラスの優等生だったとはいえ、特にこれと言った感情を抱く事も無かったのでそれ以上の感情は無かった。


(異世界生活で性格が変わったのか、それとも本性なのか。もしかして私も気付いてないだけで変わってたりするのかな)


 そんな一抹の不安を抱いている美奈は、マスターウォートに靴を舐めさせようとしている聖騎を眺める。すると善が呆れたようにため息をつく。


「なぁ、何か見てて虚しくなるんだけどよ」

「なら君も靴を舐めさせてみると良いよ。なかなか気持ちの良いものだよ」

「オレにはジジイに靴を舐めさせて喜ぶ趣味は無ぇよ!」

「そうなんだ。じゃあ舐める方が趣味?」

「そっちでも無ぇよ!」


 そんな言い合いをしながら、聖騎は脱いだ靴でマスターウォートの頬をペチペチと叩く。頬には泥が付く。次に聖騎は再び靴を彼の口の前に持ってきて舐めさせようとするが、睨むだけである。


「ほうほう、随分と立派なプライドをお持ちの様で。お手」

「楽しそうなトコ悪いけど、何時まで遊んでるつもりなのよ?」


 マスターウォートの目の前で掌をヒラヒラと見せる聖騎に声を掛けたのはローリュートだ。


「これのプライドが折れるまでのつもりだったけれど……中々上手くいかないんだ。ちょっと待って」

「待ってたら多分日が暮れるでしょ? お姫ちゃんが勝ったって事は遂に皇帝になる訳で、色々とやる事もあるんだから遊んでる時間は無いはずよ」

「うん、そうだね。それじゃあえーっと、『癒す者ヒーラー』、一応君の身内みたいな事になるんだよね? 悪いんだけれど、連れ帰ってくれないかな?」


 真弥を見て言う聖騎に練磨が反応する。


「連れて帰れって……魔王の所にか?」

「人質がいるはずだし帰らざるを得ないよね。もっとも、タクシーは故障中だから陸路と海路を通って行くしかないんだけれど」


 空間魔法を使うサンパギータは機械天使アジュニンに撃破されている。本来ならば彼女がマスターウォートや真弥を運ぶと共に情報を魔王のもとに届ける役割であったが、それが出来ない今は地道に進むしかない。とはいえこのリノルーヴァ帝国は獣人の引く獣人力車による人や物資の運搬業が盛んである。それに乗せて貰えば、ただ歩くよりは何倍も効率は良い。


「だからって、このまま永井を魔王のとこに行かせたらどんな目に遭うか分かったもんじゃないぞ」

「でも人質が――」

「それが分かってんなら、どうしてこんなことをした! このジジイも半殺しにして、シウルとかいう王子様も殺して、そのツケを永井に払わせようとしてるって……どんだけクズなんだよお前は!」


 練磨は聖騎の胸ぐらを掴む。だが聖騎はニヤリと笑う。


「それなら、何もかも魔王様の思い通りにしろと? 僕は嫌だなぁ」

「だからってな……」

「あっ、彼女と一緒に魔王様の所に行こうだなんて考えない方が良いよ。今の君達が行ったって、結局は人質を取られて魔王軍の配下にさせられるだけだから。……まぁ、君達というよりは僕達、な訳だけれど。いや、君たちなりに人質を解放して、ひいては魔王を倒せる方法があるのなら止めはしないし、場合によっては手を貸さない事も無いけれど」


 聖騎の言葉が鼻についたのか、練磨は舌打ちする。確かに彼は仲間達と共に真弥に同行する事を考えていた。だが確かに自分が行ってどうするのか、という想いもあり、見事に図星を突かれた形になる。


「いや、俺には何の策も無い。だが……!」

「何の策も無いのなら何もしないで欲しいんだけどなぁ。正直君達を敵に回したらかなり厄介だし。……別に金輪際魔王様に近づくなと言っている訳じゃない。いずれは倒さなくてはいけない相手だし、その為の準備の一環として、僕はメルン様をこの国の皇帝にする手伝いをした。……だいぶ前に僕は言ったね? 『この世界の人間は僕達に遥かに劣るから戦力としてあてにならない』みたいな感じの事を。でも、この世界を見回って分かった。彼らは決して戦力として軽んじられる存在ではないと。だから僕はこの国を自由に動かすだけの権力を手に入れた。そして他の国にも呼び掛け、世界中から戦力をかき集めて魔王様のいるヘカティア大陸に攻めこむ事を考えている。差支えなければ君達にも協力してほしいと考えているんだけど」

「だがお前はロクでも無い事を考えているのだろう?」

「そうだね。……まあ僕だって協力しろって強要はしないよ。ただ、僕の敵になるのならば、その過程がどうであれ容赦はしない。それだけは覚えていてほしいな」


 練磨と聖騎の言い合いに、周囲は何も言えない。そんな中で真弥が言った。


「大丈夫だよ、百瀬君。私一人で行くから」

「永井さん……せめてぼくだけでも」

「いいよ、藤川君。神代君が何を考えているのかは分からないけど、私と一緒に来て魔王様の言いなりになるよりはいいと思う」

「だけど……」

「それじゃあみんな、またね!」


 真弥は明るく笑い、マスターウォートを抱いて歩き出す。否、走り出した。一時でも早くこの場から離れる為に。聖騎達は何も言わずにその背を視線で追った。


「藤川君……行ってあげて」

「でも……」

「なんだかんだ言って、やっぱり永井さんは一人じゃ不安だと思うから。それに、放っておいたら藤川君、絶対後悔するでしょ」


 焦燥感に駆られる秀馬に椿が微笑む。


「……悪いね。ぼくはぼくのやりたい事をやらせてもらう!」


 そう言って秀馬は走って行った。


「椿、アンタ良い女ね。好きな男に別の女を追うように言うなんて」

「伊藤さん……私はそんなんじゃ……」

「そんなアンタもアンタで、藤川君の事は放っておけないんでしょ?」


 美奈の指摘に椿は苦笑する。


「やっぱり、バレてた?」

「バレバレだよ。まだ間に合うけど、どうするかはアンタ次第だよ」


 美奈はウインクする。椿は何も言わずに頷き秀馬を追った。


「ふぅん、そう来たか」

「止めなかったのか」

「僕は君達に何かを強要するつもりなんて更々ないよ。ただ手伝ってくれれば助かるなと思っているだけで。それで、君達はこれからどうするのかな?」


 聖騎は残された練磨、善、美奈、美央に向けて質問する。マスターウォートの支配下にあった彼らはこれからの予定など考えていなかった。そんな彼らに聖騎は言う。


「予定が無いのなら、しばらくこの国に留まって貰えないかな。色々と手伝ってほしい事もあるし。例によって、強要はしないけれども」


 練磨たちは聖騎の言葉を吟味する。現時点で予定の無い彼らはとりあえず協力する事を決めた。



 ◇



 そんな彼らの姿を遠くから眺めている者がいた。


(俺の助けなんて無くても、何とかなったか)


 その者は赤い髪に赤味がかった肌、そして背中には羽を持っていた。彼は妖精族としてこの世界に来た面貫仁。善の兄である。善を助ける為にここに来た彼だが、何もせずともマスターウォートから解放された弟達の許に行くべきか行かざるべきかで迷っている。


「ねぇー、君。何をしているのかしら」

「!?」


 突然背後からかけられた声に仁は振り向く。そこには銀髪黒肌の妖精族の女がいた。名前は彼も知っている。


「サリエル・レシルーニア」

「ふむふむ、私の名前を知っているのね。それで君はどうしてここにいて、何をしているの?」


 サリエルの質問に仁は正直に答えるべきか迷う。彼が何も言えないでいるとサリエルは言う。


「大方あの中に顔見知りがいて、話しかけるかかけないかで迷ってるって感じなんだろうけど……もしかして恋する乙女?」

「違う。違うんだが……」

「はっきりしないわね。何なら私が声を掛けてあげるけど」


 怪訝に思いながら、サリエルは提案するが仁は首を横に振った。


「いや……俺は遠くから見守るだけで良い。正体を晒して余計な心配をかけたくもないしな。何かあればこっそり助ける。それだけでいい」

「晒したら余計な心配をかける正体って何よ。すごく気になるんだけど」

「あっ……何でもない」


 うっかり口を滑らせた仁をサリエルは問い詰めるが、彼は答えない。サリエルは目を吊り上げる。


「気・に・な・る・ん・だ・け・ど!」

「……分かったよ」


 彼女の放つ異様な怒気に負けた仁は、自分の境遇をかいつまんで話す。話を聞き終えて、サリエルは興味深そうに笑う。


「へぇ……。それでこれからどうするの。ゼンとかいう子はしばらくこの国にいる事になるようだけど」

「俺もここを拠点として活動するつもりだが、色々と情報を集めることになるだろうな。羽があるこの体はどこへでも飛べるし、何より食事を取んなくても生きてけるのはすごい」

「食事は良いものよ。私もマサキといっしょに活動するまでは何も食べずに生きてきたけど、何でこんなに楽しい事をしないできたのかって後悔してるぐらいだもの」

「楽しい、か……。そんな事を考えた事も無かったな」

「まぁ良いわ。それじゃあ君も私達に協力してくれるかしら?」


 サリエルの提案に仁は頭を悩ませる。彼女が目的の為ならば手段を選ばないという事を知っている。協力者になったとして、いつ裏切られるか分からない。だが――


(手段を選んでらんないのは俺も同じか)


 異世界で苦難に遭う弟を助ける為、そして魔王軍に捕まった両親を救う為、彼は人間の姿を捨ててまでこの世界に来た。目的を果たす為には何だってする。


「ああ、協力してやるよ」

「上から目線ね。まぁ良いけど」


 言葉の割には特に悪感情は無さそうにサリエルは頷く。すると仁は人差し指を立てる。


「だが一つ条件がある。俺がお前に協力している事は他言無用で頼む」

「良いわ」

「軽いな……まぁ助かる。本当にそうしてくれるんならな」

「私を信じるかどうかはお任せするわ。こればっかりは私が何を言おうと無駄だもの。でもあえて言うわ。私は約束を守る」


 仁はサリエルを信じきれない。だがそれでもとりあえずは納得するしかないと思った。


「ああ、頼む」

「ええ」


 互いに思惑を持ちつつも、二人の妖精は頷き合った。

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