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邪神降臨

 時は遡る。ノアはマスターウォートが操る死体の兵士を次から次へとその胃に収めていた。


「クソ不味いな。もっとマシなものを出せ」

「人の道具をタダで食べておいてその言い分は無いだろう」

「仕方ないだろう。喰わなければコイツらは止まらないのだからな」


 マスターウォートを食そうとするノアを大量の死体兵が阻む。両腕や尻尾で払っても続々と起き上がる。だから食べないとそれらを排除する事が出来ない。


「ならば、見逃してくれると嬉しいのだが」

「生憎だが、そういう訳にもいかん」


 ノアは跳躍し、飛翔する。羽を力強く動かし、死体達を吹き飛ばす風を生み出すと同時に目標へと一気に近付く。するとそれを一体の巨漢の死体が止めた。


「ふん……他の奴よりはマシなようだ」

「これは、本来ならばこの国の皇帝になっていたはずの男だ。生まれながらの武勇の才能に努力を重ねたこの男の強さは、これの子である私や君の主を凌駕する」

「俺に主などいない。いるのは協力者だけだ」

「案外面倒な奴だな。何となくだが、お前は細かい事を気にしないものかと思っていたぞ」

「知った事か。そもそもお前の主は魔王じゃないのか?」

「現時点での立場での話だ。とにかくだ、これは件の男の肉体を我が死体によって強化したものだ。そのような舐めた態度をいつまで続けられるかな?」


 憎まれ口を叩くノアは、巨漢――ギザ・ラクノンの死体を睨みつける。大剣を担ぐその姿は威風堂々としていて、見る者に威圧感を与える。だがノアは動じない。


「ふんっ」


 ノアは前方に大きく跳ぶ。同時に右腕を振り上げ、ギザへと襲い掛かる。


「ぬるいわ、小僧」

「……ッ!?」


 ギザはノアの一撃を剣で軽くいなし、体勢を崩させた。そして彼の口からは言葉が放たれた。驚くノアにマスターウォートは得意気に言う。


「驚いたか。私はお気に入りには話す機能も足している。この言葉は私ではなくこれ自身の言葉だ」

「どうでもいい」


 ノアは心からどうでも良さそうに言い、素早く体勢を戻す。そして今度はそれなりの力を込めて、再びギザに向かう。そのギザは剣を振り上げてゆっくりと歩む。ノアは左腕で斬撃を受け止める。しかし受け止めきれず、斬られた左手からは血が垂れる。


「くっ……」


 顔を歪ませるノアだが、そこで終わらない。空いた右手をギザの左腕中央部に叩き付ける。へし折るつもりであったが、腕は想像以上の抵抗力が有った。


「だが!」


 ノアは左手の力を抜かないままに右手の力を増す。鋭い爪を食い込ませると、ギザの左腕は容易く折れた。同時に、両手で剣を支えていたギザのバランスが崩れ、剣を落とす。


「小癪な」

「痛みに気付かなかったのか、間抜けめ」


 生まれた隙をノアは見逃さない。長い尻尾をギザの身体に巻き付けて、ガッチリとホールドする。そして身体を横に回転させて、ハンマー投げの要領でギザをマスターウォートへと飛ばす。


「はぁっ!」

「なんと!」


 マスターウォートもギザの重量な身体が宙を舞うことが予想外だったのか、目を見開いて驚く。彼が行動を起こす間もなく、その顔面にギザが直撃した。


「バケモノめ、これを顔色一つ変えずに投げるとは」

「それを食らって顔色一つ変えない奴が言う言葉では無いだろう」

「あぁ、失敗したな。私の強さは隠しておくつもりだったのだが、アレに反応して避けたとしても、今のように食らっても、私が強い事がバレてしまうという状況だった。まったく、やってくれたな」


 ギザが直撃してもなお一ミリも動かないマスターウォートの首。一方でギザはそれに当たった背骨を折り、再起不能となる。その光景を見て、ノアの口許が緩む。


「なるほど。お前、中々美味そうだ」

「私の事は殺さないのではなかったか?」

「チッ。まぁ、お前の頭と胴さえ残しておけば問題ないだろう」

「フフフ……食べられるものなら食べてみれば良い。来たまえ」


 マスターウォートとノアは互いに距離を取り、構える。ノアは地面を蹴って前に跳び、マスターウォートは彼が振り下ろした腕を、自分の腕をクロスさせて受け止める。間髪入れずにノアは尻尾を横から払う。ゴン、という固い感覚が有った。


(見た目はただの爺の癖にクソ頑丈だな。それなりに楽しめそうだ)


 内心でそう思うノアは地面を蹴り、空に上がる。するとマスターウォートの執事服の背中部分が破れ、中からはコウモリを思わせる翼が飛び出した。そして彼もノア同様空を翔ぶ。


「フフフ、驚いたか? 私は空だって飛べるんだ」

「得意気に言う事でも無いだろう」


 ノアとマスターウォートは悠々と空を舞う。ノアは一度距離を取ってからの強襲を考えていた。しかしマスターウォートはそれを追い、彼に距離を取らせない。


「チッ」


 舌打ちしたノアは翼を動かす速度を上げる。何とか距離を生み出す事に成功した彼は、クロールで泳いでいた水泳選手がターンして背泳ぎをするように身体を後ろに回転させ、後方から迫るマスターウォートに爪を突き立てる。


「はぁぁぁぁぁっ!」

「おっと」


 マスターウォートはギリギリのタイミングで右に回避する。だがノアは勢いを殺さぬまま再び縦に回転し、腹を下にしてマスターウォートを襲う。今回ばかりは避けきれず、マスターウォートの背中に右手の爪が突き刺さる。


「がぁっ……」


 吐血するマスターウォート。しかしノアもノアで右手に痛みを覚えた。それほどまでに敵の筋肉は硬かった。爪の一部が割れて血が垂れる。


「くっ……ううっ!」


 だがノアは止まらない。マスターウォートの翼の付け根に牙を突き立て、顎に力を込める。マスターウォートはもがく。


「やめろ……ぐっ!」


 ノアは獲物を放さない。翼を加えたまま両手両脚でマスターウォートを固定し、目指すは地面。高速で落下して叩き付け、一気に勝負を決めようと目論む。だがマスターウォートも火事場の馬鹿力で抜け出し、着地する。その際にかじられていた翼は千切られた。


(逃がすか)


 ノアも呆けてはいない。空中で左足を曲げ、右足を突き出した体勢になり、着地したマスターウォート目掛けて蹴りを食らわせる。空気抵抗を減らしたノアの巨躯はマスターウォートの右肩に落下する。


「ぐぁっ……」


 如何に頑丈な身体であっても、勢いを武器にしたノアの体重には耐えられないマスターウォート。ゴキッ、と鈍い音を立てて鎖骨が破壊された。死体と違って痛みを感じる彼の身体は激痛を主張する。


「うっ……」


 だが、ノアは動きを止めない。呻くマスターウォートの右肩に噛み付き、ギリギリと牙を擦る。


「があっ……は、放せ!」


 空いている左手でマスターウォートはノアを叩く。何度も叩く。それでもノアは止まらずに、結局右肩を噛み千切る事に成功した。マスターウォートは支配下の死体を操り、弾丸の様にノアへと飛ばしてぶつけたが無意味だった。


「ぐちゃ……うむ、まぁまぁの味だ。悪くない」


 マスターウォートの右腕を咀嚼するノア。様々な死体を潰し、何重にも重ねて作られたそれは歯応えがあった。


「ぐっ……もはや、出し惜しみをしている場合ではないか。…………はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 マスターウォートは気合いの入った叫び声を上げる。すると地面に転がる死体達は蠢き出し、彼の許へと集まっていく。死体はここにあるものだけではなく、東西南北様々な場所から海を越え山を越え飛んできて、マスターウォートの身体に貼り付く。


(何だ……?)


 異様な光景にノアは疑問を持つ。同時に、身体が震える。


(よく分からんが、俺の目の前では凄まじい物が造られようとしている。……楽しそうだ)


 震えの正体は、巨大な未知の強敵に対する武者震いだ。戦闘狂である彼の哀しき性か、幾つもの死体により形作られる巨大生物への変型を邪魔する事無くただ見ている。やがて、この世界の成人男性の平均身長の二倍を誇るノアが見上げる程に巨大な生命体が生み出された。


『この姿を見た以上、生きて帰れるとは思わないことだ……』


 それから発せられた言葉は、幾つもの声が重なっているように聴こえた。老若男女の様々な声は不気味なハーモニーを奏でる。だが、ノアはあくまで愉しげだった。


「見かけ倒しでは無いことを期待するぞ、デカブツ」

『その余裕、いつまで続くか楽しみにしている』


 互いに挑発の言葉を投げ合い、戦闘が始まった。

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