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人を憎みし炎華(1)

「素晴らしいですな、神代氏の幻術は」


 洞窟の中で『観る者ウォッチャー』山田龍が感嘆の声を上げる。


「いやいや、これは君達のユニークスキルが有ってこそだよ」

「しかし、それでも素晴らしいですぞ。視覚、聴覚、嗅覚など、相手の感覚を騙す『騙しチート』の能力……そしてそれを巧みに操る貴殿自身も」

「褒められたって何も出ないよ?」


聴く者リスナー』柳井蛇からの称賛も受ける聖騎は謙遜しつつも疑問を口にする。


「それにしても、さっきあのお姉さんは魔王軍の『シランキョウカ』とやらの一人とか言っていたけれど何者なんだろう」

「そうですな……魔王軍でも屈指の実力を持つ四人の戦士のうちの一人……というのがアニメやゲームでよくあるパターンですな。シランキョウカを漢字で表すならば『シ』には漢字の『四』が当てられたりするのでしょうな。まあ、普通にカタカナ語なのかも知れないですがな」


 龍が解説する。そこで聖騎は疑問を抱く。


「一応この世界では僕達のものとは違う言語が使われているんだよね……?  実際にはどんな風に言っているんだろう」

「まあ、実際の発音を我々が耳にする機会は無いと思われるので、気にするだけ無駄な気もしますな」

「それもそうだね」


 頷きながらも聖騎には腑に落ちない点があった。


(ファレノプシスっていう言葉に聞き覚えが有るのだけれど……何だったかな。思い出せない)


 しかしそこで思考を中断する。洞窟の奥深くまで進んだ聖騎達勇者一行は辺りの魔物をしばらく狩っていた。魔物は主にコウモリや、口から炎を出すトカゲとネズミで、上にいたものより一回りほど体は大きい。しかし、ドラゴンを倒したことによる急激なレベルアップをした彼らの敵ではなかった。ドラゴンを倒した際に上がったレベルは個人差があったため、あまりレベルの上昇が出来なかった者が前衛として戦った。後衛に回った者は回復魔術が得意な属性の魔術師が少なかった為、自分自身を回復しながら戦っていた。


 魔術には火、水、風、土、金、雷、氷、木、光、闇、無といった11の属性が存在し、各属性ごとに得意な分野がある。例えば闇属性は全属性でトップクラスの攻撃力を持った攻撃が可能であるが、攻撃以外の用途に使うのは難しい。逆に光属性は攻撃力が全属性の中で最も劣るものの、回復、能力付与、防御など幅広い使い方が出来る。他の属性の説明については、今は割愛する。回復が得意な属性としては光属性の他に水と木が挙げられ、現にこの3つの属性を操る魔術師が今回は中心となって前衛で戦っていた。


 しかし例外はある。光属性である聖騎と木属性である龍、蛇は勇者の平均値よりもレベルが高い。そんな彼らは後衛に回り、『観』と『聴き』の能力を共有して卓也の動向を観察し、卓也を探していると言ったファレノプシスに聖騎は『騙し』を使ったのだ。そして彼らは現在の彼女の様子も見ている。凍り付いた彼女に氷龍ボレアスが噛み付こうとしていた。


(哀れだね。自分のしもべに食べられる最期だなんて)


 聖騎は内心で呟く。ファレノプシスの頭にボレアスの歯が触れるのが見えた瞬間、大きな地響きが鳴った。幾つかの短い悲鳴を聞いた聖騎が音が聞こえる右斜め下前方を向くと、地面が徐々に割れつつあった。


「まずい! みんな、退避だ!」


 秀馬が叫ぶ。それを聞かずとも勇者達は引き返す。今回ばかりは咲哉達不良グループも例外ではなかった。しかし、細い通路を一斉に走ることで道は詰まり、転倒する者がいた。それに躓いた者が同じく転び、バタバタと将棋倒しのように連鎖する。


「おさない! かけない! しゃべらない! もどらない!」


 後ろでそれを見ていた真弥が叫ぶ。 それを聞いて勇者達は慎重に、しかし急いで戻っていく。聖騎は『ウォッチ』、『聴きリスン』を解除した龍、蛇と共に後ろの方で早歩きをする。彼らの後ろには秀馬や真弥をはじめとした優等生グループがいるのみだった。


「んん、地鳴りが更に大きくなりましたな」


 ユニークスキルの影響によって人より少し聴力が高い蛇が口を開く。それを聞いた聖騎が振り向くと地鳴りは更に激しくなり、地面を突き破って赤い閃光が飛び出した。


「何だ!?」


 秀馬が驚きの声を上げる。そして聖騎は突然現れたものに視線を注ぐ。その正体は一人の少女だった。炎のような赤い髪を持ち、それと同色の衣服を身にまとい、肌も少々赤みがかっている少女は、さながら炎の妖精を見る者に思わせるものだった。小学校高学年程度の幼い容姿に、利発そうな顔立ちをした彼女は左手に持った長い杖をクルクルと弄びながら嗜虐的な笑みを浮かべて言う。


「こぉんにちはぁ、えーっと、勇者様達だったっけ?」


 目を閉じながらの彼女の口調は明るい。それにも拘らず、どこか邪悪な雰囲気を漂わせていた。


「は、はい」


 彼女にただならぬものを感じた秀馬は警戒しながら答える。


「アハハハ、そんなにオドオドしなくて良いよ? 別にとって食おうとしてる訳じゃ無いし……一人を除いてね」


 楽しげに笑う少女。その言葉に秀馬は引っ掛かりを覚える。


「一人を除いて?」

「うん。ここから先にお兄ちゃん達を進ませるわけにはいかないの。本当なら全員殺々コロコロしちゃっても良いんだけど、心優しいあたしはお兄ちゃん達の中の一人を差し出してくれれば許してあげちゃうって言ってるの」


 少女は依然として笑っている。そこには狂気があった。怪訝に思いながら秀馬は問い掛ける。


「それは本当なのかい? 正直信用できないな。そもそも君は何者だい?」

「そうね、せっかくだから教えてあげる。あたしは魔王軍『四乱狂華』の一人、ハイドランジア。とっても強いよ! 別にあたしのコトを信じなくてもいいけど、みんなまとめてコロコロしちゃうよ?」


 ハイドランジアと名乗った少女は首を横に傾けてペロリと舌を出す。しかし目は閉じたままである。それを不思議に思う間もなく、聖騎、龍、蛇の3人は彼女の発した『四乱狂華』という単語にピクリと反応する。


「そんなこと言われたって……誰か一人を犠牲にしろだなんて、出来ないよ!」

「へぇー、それじゃあどうするの?」

「逃げる!」


 秀馬は迷わず決断する。そして仲間達に退避を再び促そうとする。しかしハイドランジアが口元を歪ませる。


「させるわけないじゃーん」


 その言葉と同時に、洞窟の奥から10体の赤いドラゴンが突然出現した。彼らが先程倒したものと同じ姿で、大きさも同等であった。そして、狭い通路に突然現れた圧倒的な質量は天井を崩す。暴雨のように巨大な岩石がいくつも落下し、聖騎達を襲う。そしてその対象にはハイドランジアも含まれる。


「あちゃー、こうなったかー」


 ハイドランジアはまったく動じる様子も見せず、右手を真上に向ける。


「防御はあたしの趣味じゃないんだけどねー」


 軽い口調で呟くハイドランジア。開眼し、彼女の右目が赤い光を放つ。そして右手からは炎が膜状に広がり、ドームを作り出した。ドームはハイドランジアのみならずドラゴン、そして聖騎達をも覆った。炎のドームに触れた岩石は次々と燃えて無くなっていく。やがて落石は止み、それを感じたハイドランジアは炎のドームを解除する。彼女の視線の先には、腰を抜かして尻餅をつくか、あるいはあまりの出来事に立ち尽くしている勇者達がいた。ハイドランジアはあからさまに嘲笑する。


「アハハハハハハ! これでもう分かったでしょ。あたしの強さを。ねーねー、これであたしの言うことを聞いてくれる気に――――」


 彼女の言葉を遮るように、2体のドラゴンが彼女に向かって近付き、炎を吐いた。ハイドランジアは少し驚くも、右手から炎の塊を撃ち出して冷静に2体を殺す。次の瞬間、別の1体のドラゴンが彼女の背後から突進する。彼女は跳躍し、ドラゴンの頭部にかかとを落とす。頭蓋骨が砕けたドラゴンは糸が切れた操り人形のように地面にへたりこむ。


「これはどういうことかなー?」


 多少の怒りの色を声音に滲ませ、しかし表情には笑みを浮かべたままハイドランジアは問う。圧倒的強さによって忠実なしもべとなっていたドラゴン達が自分に攻撃した理由は勇者達にあると考えたからだ。しかし、その問に答える者はいない。その代わりか、残り7体のドラゴンがまとめて彼女へと炎を吐く。ハイドランジアは小さな体にもかかわらず頭蓋骨が砕けたドラゴンの尻尾を掴んでその巨大を振り回し、風圧によって炎を消す。そして瞬く間に1体ずつドラゴンを倒していった。


「最後に、もう一回言うけど――」


 彼女は全身の骨という骨が砕けたドラゴンの死骸を秀馬達の目の前へと投げつけ、言葉を続ける。


「あたしの言うこと、聞いてくれるかな?」


 無邪気な笑顔の奥にある気迫は勇者達を圧倒した。

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