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哀雨

 強靭に肉体を強化された死体ラグエル。サリエルが操る魂による強力な魔法を全て受け止める。


「ふぅーん、見た目に反して筋肉が結構あるのかしらぁー。ちょっと見てみたいかも」

「折角なら触れてみるか? 何なら抱いてやっても良いぞ」

「そうねぇー、たまには死体とっていうのも良いかもしれないかもね」

「なら、まずはその攻撃をやめて貰おうか」

「イヤよ。そっちだって殺す気満々でしょ?」


 サリエルとラグエルは軽い口調で話しながらの戦闘を繰り広げる。傍目から見ればサリエルが一方的に攻撃していて優位に立っているように見えるが、ラグエルは異常なほどの身体能力でそれを回避し、当たっても大したダメージを受けていない様子である。現に今もサリエルは水魔法により攻撃をしているが、それは単に地面を濡らすだけにとどまっている。


「しかし芸が無いものだ。最初は色々と見せてくれたと言うのに、今は水しか出してこないじゃないか」

「色々出したり引っ込めたりもめんどくさいのよ」

「ふむ、そんな覚悟で戦場に出るか。舐められたものだ」


 ラグエルは翼を羽撃かせてサリエルと対峙する。サリエルは辺り一面に豪雨を降らせて範囲的に攻撃するがラグエルを濡らしこそすれ、ダメージは与えない。一方サリエルは周囲にバリアを張って濡れないようにしている。


「無駄だという事が分からないか?」


 ラグエルは不思議そうなニュアンスの声を出す。だが表情はどこか胡散臭い印象をサリエルに与えた。


「そうね、脆弱な妖精族のせめてもの足掻きだとでも思ってくれればいいわ」

「全然足掻いているように見えないのだが」

「それを判断する頭はあるのね。さっきからずっと気になってたんだけど、どういう仕組みで君は私と話しているのかしら。脳ミソは動いているの?」

「ふん、良いだろう。折角だから冥土の土産に教えてやるとするか」


 ラグエルはサリエルのバリアなどいつでも壊せる、とでも言いたげな余裕の表情で語り出す。


「知っての通り俺は死体だ」

「ええ」

「マスターは死体を操る能力者。ではどのように操っているのかと言うと、脳ミソから無理矢理信号を送らせて、俺達を動かしている」

「それで、感覚はあるの? 私とこうして話をしているという事は少なくとも聴覚は生きているんだろうけど、私の事は見えてるの?」

「視覚も聴覚も生きている。というより、生かされていると言うべきか。マスターが生かすと指定した器官により俺達は情報を集めて、それを基に戦闘を行っている。だが、痛覚のような戦う上で邪魔になる感覚は無い。故にどれほどダメージを受けても全力で戦える」

「なるほど、厄介ね」


 そう言うサリエルだが、それほど厄介そうな表情をしていない。


「何だ、その余裕の表情は」

「へぇ、表情から内心を読み取る程度の知能はあると。でも、君は所詮使い捨ての駒なのね」

「どういう事だ……ん?」


 サリエルの言葉に疑問を抱いたラグエルは腕を動かそうとして、思うように動かない事に気付く。


「貴様、何をした」

「やっと気付いた? でも遅かったわね。まぁ、温度を感じる機能が無いんだから仕方ないんだろうけど」


 ラグエルの体は豪雨の中こっそりと召還していた冷気使いの妖精族の魂によってじんわりと凍り付いていた。彼の体を濡らす水分は凍り、動きを封じている。


「君がもしも使い捨ての駒では無ければ、痛覚も生きていたでしょうね。でも、それが無い君はここで体が完全に動かなくなるまで暴れる事を強いられていた……って、もう聞こえていないか」


 全身隈なく凍り付き、地面に落下したかつての側近の姿を見て一言。


「運が無かったわね、ラグエル」


 今まで戦っていた偽物の人格ではなく、仲間だった本物の人格に向けて呟く。バリアを解除し、自らが生み出した豪雨の中にあるその顔は濡れていた。


「君の魂は今、別の世界にあると信じてるわ。また会いましょ」



 ◇



 敗走中のメルンに矢をたっぷりと持ったフェーザが合流する。ウロスはシュルの状況を彼女に説明する。


「なるほどね。アイツらしい」

「だから私達は彼の分もメルン様をお支えしなければならない」

「だね。って事でこの状況もどうにかしなきゃいけない訳だけど」


 フェーザとウロス、そしてメルンは背後から異臭を漂わせながら迫る馬とそれに乗るシウルを見る。騎乗の彼は言う。


「待て、メルン!」

「……チッ、来やがったか」


 フェーザは戦闘態勢に入る。だがそこにシウルは言葉を発する。


「メルン・ラクノン! 只今より君に決闘を申し込む」


 馬を止めたシウルは降りて言う。それにメルンも足を止める。


「決闘?」

「そうだとも。この戦争は私と君との一対一の戦闘により終結させる。これよりこの戦場で流れる血は、私か君のどちらかのものだけだ」


 突然の申し出にウロスもフェーザもわずかな兵も戸惑う。そんな中メルンは堂々としている。


「悪くない申し出ですね、お兄様」

「私を兄と呼ぶな。私達は兄妹では無い、敵だ」

「分かりました、シウル様。しかし優雅に馬でパカパカ走ってきた貴方様と違って、私は結構疲れているのですが。そんな相手に一対一の試合を申し込むだなんて、姑息じゃないですか?」


 メルンはシニカルに笑いながら毒を吐く。シウルもその妹の態度に何を言う訳でも無く、手持ち無沙汰に騎乗を続けている真弥へと振り向く。


「ナガイさん。彼女の回復を頼む」

「……良いんですか?」


 真弥は困惑する。彼女はシウルのサポートを頼まれていて、もしも彼が死ぬようなことが有った場合、責任を取らされる。その責任は、彼女自身ではなく彼女の仲間や家族の命で取らされる。そんな彼女の心配顔を読み取ったシウルは言葉を重ねる。


「君にも色々と事情があるのだろうという事は分かる。だが、ここで正々堂々と戦わずに就いた皇帝という地位に、私は誇りを持てないだろう。君は私をわがままだと思うだろう。……だが、ここで私が勝てばいいというだけの話だ。安心して欲しい、私は子供の頃から彼女と剣を合わせてきたが、一度も負けた事が無い」

「……」

「私が皇帝になった暁には、全力をもって君の手助けをすることを約束しよう。だから今は、私のわがままを聞いて欲しい」


 シウルは極めて真剣な表情で真弥を見詰める。この人の誠意には答えたい、そう思わせる魅力が彼の中には有った。真弥はしばしの逡巡の後に答える。


「分かりました」


 真弥は右手をメルンに向けて掲げ、ユニークスキル『癒しヒール』を発動する。メルンの傷と疲労が見る見るうちに癒えていく。


「メルン様、御無事ですか?」

「うん、急に体が軽く感じるようになったよ」


 真弥のしたことに不信感を覚えたウロスが声を掛けると、メルンは笑って返す。


「ありがとう。……では、始めるとしようか」


 シウルは真弥に礼を言い、腰の剣を引き抜く。メルンも弓を背中に背負い、代わりに剣の柄を掴む。両者は互いに睨み合い、言葉も無く激突した。

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