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悪であるが故に

(流石に勇者複数を一人で相手にするのは、一筋縄では行かなかったか)

 

 諸手を挙げる聖騎の眼前には練磨がいて、それを囲むように五人が立つ。善と秀馬は消耗が激しいが、椿の回復魔術で治療中である。


(ここは気付かれないように奥の手を出して……)

「あれ、もしかしてぼくの能力が何だったか忘れた?」

(……そうだった。彼は既に克服しているのか)


 魂を召還してこの場を切り抜けようと模索した聖騎に秀馬が言うと、聖騎は歯噛みする。


「余計な事は俺がさせない」

「何もする気はないさ。だからこの格好に免じて解放してくれるかな?」

「あっ……解放するか!」


 自分を脅す練磨に聖騎はプライドを捨てて微笑み、ハニートラップを仕掛ける。彼の美貌に練磨は一瞬グラつきかけたが、すぐに思いとどまった。それを残念に思った聖騎は背後から激しい殺気を感じ取る。


「神代ぉぉぉっ! 練磨を誘惑しようとしやがって、ブッ殺してやるっ!」

「み、美央、落ち着いて!」

「放して美奈! 私にはやらなくちゃいけないことがあるんだから!」

「えっと、百瀬君! どうにかして!」

「ちょっ、えっ」


 急に暴れだした美央を美奈が羽交い締めにする。それに練磨は慌てる。突然の騒動に解放される機会かと思った聖騎だが、背後に迫った気配に諦める。


「これ以上何もさせないから」

「これ以上何もしないよ」


 椿は聖騎の首筋にレイピアをスッと置く。ゾクゾクとした感覚に聖騎は身を固める。彼の戦意が消えた事も読んだ秀馬は言う。


「神代君、君は何をしようと考えているのかな?」


 聖騎はその問い掛けに戸惑う。


「そんな事、君には答えるまでも無いんじゃないかな」

「今の状況が分かっているのかな?」


 聖騎の答えに秀馬は冷たく返す。自分の目的をここにいる全員に共有させようとしているのだろうかと考える。


「決まっているじゃないか、僕は元の世界に――」

「百瀬君」

「おーけい」


 秀馬が練磨を呼ぶと、彼は聖騎の右肩に刃を軽く入れた。


「ぐっ」

「ぼくが聞きたいのはそんなことじゃないよ」

「くっ……そんなことを言っている場合じゃないんじゃないのかな。君達はエセ好々爺を助けに行かなくてはならないんじゃなかったかな」

「黙ってろ」


 練磨は刃をもう一度入れる。聖騎は苦悶の表情を浮かべる。


「なるほどね。ところで『読む者リーダー』、君は僕が『騙しチート』を失っている事を知っているんだよね?」

「他でもない君の心が教えてくれたよ。この期に及んで能力を使わないのを見れば、他のみんなも分かると思うけど。それで答えは……うっ」


 聖騎に言葉を促そうとした秀馬は急に呻く。


「ふ、藤川君!?」

「何をした?」


 椿は慌てて、自分の胸を抱えて倒れた秀馬の元へ駆け寄り、練磨は聞く。その瞬間聖騎は背後に倒れる。その直下から黒の翼龍が生まれ、聖騎を乗せて空に行く。


「簡単な事さ。彼は僕の心を読んでいる。つまり僕がイメージしたものは強制的に彼へと流れ込む。幻術というものを使いこなすのには想像力が必要だからねぇ」


 秀馬は能力を解除する。だが聖騎が見せたイメージは頭から離れない。自分の腹を切り裂かれ、飛び出た臓物に蝿がたかり、卵を産み、続々と孵化した幼虫が肉体を貪っていく。その様子を詳細に一瞬で考え付いた。


「あっ……ああ……」

「藤川君! 大丈夫……?」

「うわぁぁぁ……く、くるな! あぁぁぁぁっ!」


 秀馬は心から恐怖に震え、地面に転がる。椿はそこに近寄り、彼の表情を見て怒りを覚える。


「許さない……」


 神御使杖を構えて呪文を詠唱し、光の槍を黒の翼龍に向けて放つ。だがそれは龍に触れた瞬間に、吸い込まれた様に消失した。


「逃がすか」


 練磨は瞬間的に聖騎の上方に跳ぶ。その時美央が悲鳴に近い声を上げる。


「逃げて!」


 聖騎と翼龍の周囲には魔粒子による黒の靄が再び出ていた。その粒子の一粒一粒が練磨の体を破壊する。


「死んではいないはずだよ。それじゃあね」


 身体中から血液を流して、練磨は落下する。それには見向きもせずに聖騎は龍と共に飛んでいく。



 ◇



 兵を逃がす為の殿を努めるシュルは腕が上がらず、衣服もほぼ破れ、傷が無い所を探す方が困難という状況に陥っていた。視界は霞み、耳もほぼ機能せず、足元もおぼつかない彼に残っていたのは気力だけだった。


「……とおさ、ね、え……よ…………」


 だが、その気力もたった今尽きた。腕をブラブラと揺らしながら、それでも地面に仁王立ちしたまま気を失った。


「ほう、かなり頑張ったようですね。こちらの想定以上の被害が出ました」

「あれだけの死体を相手によくぞここまで……敵ながら尊敬するよ。もしも味方だったなら、どれだけ心強かった事か」


 堂々とした猿の獣人の立姿に、死体の馬に乗るマスターウォートとシウルが言葉を送る。


「さて、これは――」

「待て」


 能力によりシュルを人形にしようとしたマスターウォートをシウルが止める。


「何でしょう」

「私は彼の覚悟に敬意を送りたい。彼の覚悟を汚したくない」

「随分と甘い事を仰る。目的の為に手段は選ばないのではありませんでしたか?」


 マスターウォートは呆れ顔でシウルを見る。


「それでもだよ」

「……分かりました。所詮これが一つ使えるようになったところで戦力が大幅に上がるわけでもありませんしね」

「では我々はメルンを追うとしようか」

「待て」


 シウルの言葉に対して上から声が掛けられる。緑色の異形の獣人、ノアがそこにいた。


「これはまた、厄介なのが」

「カミシロからの伝言だ、エセ好々爺。お前には死ではなく屈辱を与えるとな」

「それは怖いな」


 マスターウォートは特に表情も崩さずに答える。その刹那、ノアは彼へと肉薄する。その鋭利な爪は死体の兵を幾重も貫いてマスターウォートへと届く。だがその皮膚は厚く、爪を通さない。


「やれやれ、身体を弄っていなければ死んでいたぞ」


 軽口を叩くマスターウォートにノアは答えない。その背中には数体の死体が迫る。


「ふん」


 ノアは一切振り向かずに尻尾で振り払う。長い尻尾はブンブンと空気を斬り裂く。


「死角無しか、困ったものだ」

「ふん、お前など食ってしまえば終わりなのだが、殺してはいけないのが面倒だ」

「その命令はカミシロのものだな。つまりは、私からのプレゼントに気付いたという事だ。教えてくれるか? 奴はどんな表情をしていた?」


 マスターウォートは馬を操り背後に下がる。


「知るか」

「意地の悪いものだ。まあ良い」


 皮肉気に笑うマスターウォート。その隣のシウルが口を開く。


「教えてくれ、君は何故メルンの味方に付く?」


 その問にノアは面倒臭そうに答える。


「俺はカミシロに協力しているだけだ。あの女の味方になったのは結果論だ」

「ならば何故カミシロ君に?」

「お前に言う事では無い」


 ノアはきっぱりと言い捨てる。それにシウルはモヤモヤした感覚を覚える。


「聞いてくれ、ノア。私は君が望む物なら何でも与える。君のような強い戦士はメルンやカミシロの味方にさせてはいけない! 私は最大限の敬意を君に示す。だから私の夢に、平和で強いリノルーヴァ帝国の為に力を貸して欲しい! その力は正義の為に振るわれるべきだ! 決してあんな悪の為のものではない!」


 シウルはただ、必死だった。自らの目的を果たす為にはなりふり構わない。だからヴァーグリッドがノアにしたような上から目線でも、聖騎のような対等の立場でもなく、皇帝になろうとしている男でありながら頭を下げて謙遜の意を示す。彼の言葉にノアは笑う。


「フフッ……悪、か」

「人にとって様々な正義が有る事は分かっている。それでも私は、メルンやカミシロの正義を理解できない。彼らは私にとって悪だ。だから――――」

「いや、お前は何も分かっていない」


 言葉を遮って言われ、シウルは虚を突かれる。


「どういう……」

「正義――カミシロはそんな事など考えていない。奴は完全な悪だ。そして俺が奴に協力するのも、奴が悪であるが故だ」

「そんな……どうして……」


 人は誰でも正義を持っている。それがシウルの価値観だった。暴君と呼ばれた彼の父親でさえ「力こそが正義」という考えを持っていた。彼はこれまでに金や食べ物などを盗む泥棒を何人も見てきたが、それにすら家族の為だという理由があった。だから、自ら悪を行うという聖騎の価値観が彼には理解できない。


「お前、俺の望む物なら何でも与えると言ったな? ならば、それが何だか分かるか?」

「……いや、分からない。教えてくれ! 私はそれを君に用意してみせる。だから……」

「世界だ」

「えっ……」

「カミシロは世界を敵に回すような事をしようとしていると言っていた。だから、それを阻止する為に世界中から強敵がやってくると。そして俺はその強者達を喰う。だが、お前にそれ以上の物が用意できるのであれば、協力してやっても構わない。さぁ、どうする?」


 ノアの言葉にシウルは何も言えなくなる。するとノアは嘆息する。


「まあ良い」

「ほう、強敵を望むとの事だが、それこそカミシロと戦うのはどうかね?」

「ふん、奴はそれほど強くない。魔王に比べればな」

「そういえば以前貴様はヴァーグリッド様と戦っていたな。何も出来ず無様に倒れていたが、それでも戦う気か?」

「ああ、その為に俺は強くなる」

「ほう」


 マスターウォートの胸から突如二本の触手が伸びて、ノアを縛り付ける。


「シウル様、急いでメルン様の元へ。ナガイはシウル様にお供を」

「恩に着るよ、マスターウォート」

「分かりました」


 二人は頷き、恐らくかなり距離を離されたであろうメルンを追う。シウルは自分の馬の後ろに真弥を乗せる。するとノアは力づくで触手から解放される。


「これは痛い……良いのか? シウル様達を行かせて」

「俺への命令はお前を倒す事だ」

「手厳しいな……ならば倒してみるが良い」


 新たな触手四本が伸びた。

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