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濃霧注意報

「随分としつこいね」

「ハァ……諦める気にはなったかな?」

「いいや。しかしよくもまぁそこまで頑張るものだね」


 聖騎の闇魔導は立ちはだかる秀馬を容赦なくいたぶる。その猛攻は秀馬を近寄らせずに地面へと叩き付ける。それでも秀馬は額からの流血も気にせずに立ち上がる。


「頑張るさ……頑張るしかないんだから!」

「そんなに頑張ってまで成し遂げたい事が、魔王軍のお手伝いかな?」

「それは……がぁっ!」


 質問の答えが返ってくる前に、聖騎は闇の槍で秀馬の腹を貫く。


「やめて! 神代君」

「それはそっちの彼に言ってくれるかな? 僕は邪魔に対処しているだけなのだから。それとも君も、魔王軍の手駒になって僕を邪魔するのかい?」


 悲痛に叫んだ椿。彼女を含めた勇者五人は迷っていた。もちろん魔王軍に与するのは嫌である。だが、言う事を聞かなければ真弥の家族に危機が迫る。だから彼女達はただ立っていた。


「クソッ、どうすりゃ良いんだ……」

「邪魔さえしなければ何だっていいよ」

「うるせぇ! さっきからお前のしゃべり方がうぜぇから、ホントにお前の言う事聞いて良いのか迷ってんだろうが!」

「僕は昔から話し方を変えていないつもりなんだけどな」

「ああそうだったな! お前は元の世界にいた頃から気に入らねぇヤツだった!」

「落ち着けって」


 激昂しかける善を練磨が諌める。だが彼も聖騎に良い感情を持っていない様子だ。


「……ッ、見て!」


 周囲から死体の兵士が続々と近付いてくる事に気付いた美央が声を上げる。聖騎も視線を周りに向ける。


(全然気づかなかった。今の僕の第六感では、意思の無い死体の接近には気付けないのか)

「ノア、仕事が増えたよ」

「チッ」


 聖騎の言葉に舌打ちしつつもノアは腕を休めない。


「仕方ない。一時休戦としようよ。それとも、アレらは君にとって仲間だから戦えない?」

「……」

「まぁ良いか……あれ?」


 迫りくる死体の群れの中、聖騎は見覚えのある少女の顔を見付けた。その顔の下にある体には四本の腕があった。だがその腕と脚はどこかちぐはぐで、本来の持ち主のものではないものを無理矢理繋げたような歪さが有った。その少女の顔の持ち主は――


「ミオン……」

「えっ」


 聖騎の掠れる様な呟きに思わず秀馬が聞き返す。だが聖騎はそれに答えない。


「あはははははは! あはははははははははは!」


 突如狂ったように笑い出した聖騎に秀馬達は戸惑う。


(そうだ……少し考えれば分かる事だ。死体を操る能力者がお墓でする事なんて一つしかない。自分の道具にするために荒らして、色んな死体の腕やら脚をくっつけて、そして僕の目の前に送り付けたか……良い趣味をしているね)


「――クッ、ククク……、ノア!」


 どうにか笑いを抑え込む聖騎は、ニヤけた表情を崩さずに言う。


「何だ?」

「ここはもう良いよ。あのエセ好々爺の所に行って」

「良いのか? お前が行かなくて」


 ノアにしては珍しく聖騎に反論する。


「構わないよ。ただ、絶対に殺さないで欲しい。彼には死ではなく、屈辱を与える」

「ああ」


 ノアは頷く。すると事態に気付いた秀馬が反応する。


「させるか……なっ」


 その瞬間、黒いもやが辺り一面に発生する。視界は闇に覆われ、秀馬はノアを追えない。その隙にノアは高く舞い上がる。


「ゴホッ、ゲホッ」


 秀馬は咳き込む。すると周囲からも同じように咳ばらいが聞こえてきた。


(何だ……この霧は)


 やがて靄は晴れる。すると周囲一面に砂のようなものが舞っていた。そして誰もが苦しそうに咳払いをしていた。だがそれよりも驚愕すべき出来事が起きていた。あれだけいた死体の姿がどこにもいない。状況に戸惑う秀馬は体の至る所にチクリとした痛みを感じる。見てみると服も所々破けていた。


「ゲホッ……これは一体?」


 戸惑いながら秀馬は聖騎を見る。オーブリューを広げて上方から来る砂を防いでいるが、下から来るものは避けきれずに咳き込んでいた。


(いやぁ……初めて使ってみたけれどこうなるとはね。まだ改良が必要か)


 聖騎はオーブリューによって辺り一面に漂わせた魔粒子を超高速で振動させ、死体の群れを斬り裂いて、粒子レベルまで分解させたのだ。この時、生きている生物の気配を察知できる彼は自分や元クラスメートの周囲の魔粒子だけを動かさないように努めたが、完全には上手くいかずに傷をつけてしまった。


「君が……やったのか?」

「そうだとしたら?」


 戦慄しながらの秀馬の問へと、聖騎は曖昧に答える。


「いや、それはどうでも良い。ぼくはアイツを追わなくちゃ……」

「そうされると色々と面倒なんだよね。煩わしいなぁ」

「そうやって、上から目線で!」


 秀馬は怒る。だが聖騎の意識はそこにはなかった。


(ミオンの姿でも見せれば、僕が動揺するとでも思ったのかな?)


 聖騎が砂にした中にはミオンの顔もあった。


(いや、僕は動揺などしていない。これは単に、エセ好々爺のしたことを下らないと思っただけの事だ)


 そんな聖騎を見て、秀馬も疑問を抱く。


(あの四本腕の女の子を見た瞬間、様子が変わった? あの子は一体……?)


 そこで秀馬はユニークスキル『読みリード』の事を思い出す。相手の心を読むその能力で以前聖騎の内心を読んだ時、その邪悪さに心を壊した。だが今は強い意思の下で彼の前に立っている。彼にユニークスキルを使うのにはかなりの抵抗がある。だが同時に、強い好奇心も湧いた。


(……やる、か)


 秀馬は決意する。ユニークスキルを発動し、聖騎の心を覗き込む。


「…………うっ」


 秀馬を襲うのは猛烈な嫌悪感。聖騎の心に眠る邪悪で卑劣で傲慢で外道な考えが渦巻く。ひたすらに潔癖だった頃に覗いた秀馬には到底堪えられないものだった。だがこの世界でそれなりの時を過ごして、様々な悪意に彼は触れた。自分の利益の為ならば手段を選ばない貴族や、人類を滅ぼそうとしているという魔族との関わりは、彼を大きく成長させた。


(でもそれはぼくだけじゃない。神代君もこの世界で色々な人と関わったんだね。すごいや、妖精族や獣人族、巨人族の仲間が出来て、この国の皇帝候補の側近だなんて。そして、さっきの女の子は……)


 秀馬は聖騎の記憶の中を漁る。膨大な情報の中から必要なものを探すのは骨が折れる。それに夢中になっている所に椿の声が上がる。


「藤川君!」

「えっ……」


 その声が何故上がったのか、疑問に思おうとする寸前に秀馬を闇の魔粒子の奔流が襲う。


「があぁっ!」

「今、何をしていたのかな?」


 胸を打たれ、それにより倒れて地面に背中を打った秀馬を聖騎は無表情に見詰める。


「……君の想像通りだと思うよ」


 その答えに対して聖騎は何も言わない。ただ攻撃を加えるだけだ。自分の心の中を覗かれるというのは聖騎にとっても気分は悪い。それを行った秀馬を聖騎は許さない。「死んだ人間は二度と苦しめない。だから簡単には殺さない」がモットーの聖騎は秀馬相手に全力を出していなかった。


(でも、遊びは終わりだ)


 聖騎はオーブリューに強く念じ、集中する。そしてイメージするのはハリネズミの背中のように隙間なく針が存在し、秀馬を串刺しにする光景。事実として闇の魔粒子は無数の針を形成し、秀馬を襲う。


「させっかよ!」


 そこに善が立ち塞がった。彼は炎の壁を展開し、針を燃やし尽くす。


「面貫君……」

「なに、気にすんな」


 秀馬の呟きに善は笑って振り返る。そして再び前を向く。


「おい神代。お前が何を考えてっかは知んねーが、仲間を殺そうとするとかふざけんじゃねぇぞ! それに永井にしてもそうだ。オレは敵を倒す事よりも仲間を守る事を優先する」

「それで、無様に魔王軍にペコペコすると?」

「そりゃあ、オレだってやりたかねぇよ。でも仕方ねぇだろ。仲間が危ねぇんだから。仲間を平気で見捨てられるようなお前にはわかんねぇだろうがな!」


 善は吠える。想像以上の声の大きさに思わず耳を塞ぎつつ、聖騎は答えを言葉ではなく攻撃で示す。だが、炎の壁は突き破れない。


(何だアレは。僕の攻撃が届かないなんて。でも……)


 聖騎は自分が出す闇の針を通して、炎の壁の存在を感じ取る。炎を構成する魔粒子の動きを読み取り、僅かな隙間を探る。針をより極細なものにして、その隙間に通す。そしてそれは善の肉体を貫く。


「がはっ!」


 善の姿勢が崩れ、同時に炎の壁も崩れる。聖騎は間髪入れずに針を善に次々と飛ばす。彼を倒せることを信じて疑わなかった聖騎を不意に頭痛が襲う。


「うぅっ……」

(何だ……)


 頭を押さえ、そして気付く。これは美央のユニークスキルによる心の揺さぶりであることに。それに反撃しようとした瞬間、彼の目の前に練磨が現れ、喉元に剣が突き付けられる。


「チェックメイトだ。最初からこうするべきだったのかもな」

「さっすが練磨! カッコいい!」

「いや、これは美央が隙を作ってくれたお陰だ」

「それじゃ、これは私達の愛の勝利だね」

「ああ、そうだな」

「静かにしろバカップル」


 互いを誉め合う練磨と美央に美奈がツッコむ。そんな彼らの会話に不快感を覚えながら、聖騎は諸手を挙げた。


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