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止まらない屍

 生者と死者の軍勢の戦い。結論から言えば死者が優勢だった。メルンの兵は決して弱くはないし、忠誠心も高い。だが、いくら攻撃を与えても動き続ける死者は純粋な腕力のみならず、心理的な暴力によって兵士達を呑み込んでいく。辺りに漂わせる腐敗臭もより一層士気を奪っていく。彼らの思いは「どんなに頑張っても勝てる気がしない」という一つの感情に統合されていた。


「チッ、頭やっても心臓やっても死なねぇなんてめんどくせぇ」

「軽口を叩いてる暇があれば手を動かしなさい」

「うっせぇ、分かってんよ」


 思わず愚痴をこぼすシュルにウロスが命令する。それを受けて面倒臭いと思いつつシュルは拳を振るう。


「結局足元をチマチマ狙うのが最適解なんだろうなぁ。矢、足りるかな」

「予備の矢を運ばせますかい?」

「うん、一応お願い」

「あいよ」


 矢で死者兵の足を次々と射抜き、地面に固定しながらメルンは隣のフェーザに矢を頼んだ。フェーザはやぐらへと羽ばたく。それを見送りつつ、メルンは味方を巻き込まない最適の角度で矢を放つ。そこにマスターウォートの声が届く。


「諦めませんか? 死体を操る私を相手にして、あなたが勝てる見込みはありません。あなたが失った味方の数だけ私の味方が増えるのですから」


 彼の言う通り、敵に殺された兵士は続々とマスターウォートの支配下に入っていく。死んだはずの味方が立ち上がり、自分達に襲い掛かるという光景は、兵士の士気を限界まで低下させる。そして加速度的に兵士は数を減らしていく。だが、メルンは退かない。


「そんな気は無いよ」

「ほうほう、一人安全な後方で弓を弾くだけのお姫様は言うことが違いますね。シウル様は慈悲深きお方。本来ならば敵兵の死も可能な限り避けたいとお思いなのですが」

「そんなこと、魔王軍の人に言われても説得力がないんだけど。どうせろくでもないこと考えてるんでしょ」

「その言葉、そのままお返ししましょう」


 憮然とした態度のマスターウォート。その雰囲気は柔和な老紳士を思わせる。そんな彼を見てメルンは思う。


(多分、アイツさえ倒せればこの死体も止まると思うんだけど……あの女の子、邪魔だなぁ)


 マスターウォートの前に立つ永井真弥。かつての明るい表情はどこへやらと、無表情にポツンと立っていた。人を見て善人か悪人かを見分けることが得意なメルンは、彼女をかなりの善人だと見抜いた。


(あの子、結構芯が強いんだろうな。生半可な説得なんか聞いてくれないだろうし。でも見た感じ、何かに迷っているように見える。魔王軍に手を貸すのは不本意だけど、そうするしかないって事かな。前にマサキが言ってた、家族を人質に取られてる子達って所かな。だとしたら、マサキ並に強いかも知れない。これは厄介だね。見事にお兄様も守備範囲に置いてるし)


 思考を巡らせつつも腕は止めない。着実に敵兵を行動不能にしていく。その後、異様な出来事が起こった。足を固定された死体が胴から上と下とにブチブチと音を立てながら分離し、胴だけとなった死体が、他の胴だけの死体と結合する。そうして生まれた脚を持たず、腕を四本、頭を二つ持つそれは二本の腕で器用に立ち上がる。その異形の何かは、続々と立ち上がる。


「フフッ、驚きましたか? 私は死体を自由自在に操る能力を持っています。この程度のことなど造作もない」

「あーもう、めんどくさい!」

「そこに動かせる肉体がある限り、彼らは動き続けます」


 その光景の前に、兵士達の姿は残りわずかとなっていた。シュルやウロスも死んではいないこそかなりの傷を負っていた。メルンは潮時だと判断する。


「撤退! 自分の命優先でとにかく走って! 仲間のことは今は忘れてがむしゃらに逃げて!」


 その命令に残りの兵は反応し、一目散に逃げ出す。無傷な者は誰一人いない。腕を失った者や腹部に大きな穴が開いている者もいた。それでも彼らは必死に走る。そして彼らを導くように、メルンは先陣に立って走る。


「追わせますか?」

「うん。出来る限りメルンは生け捕りにして欲しい」

「了解しました」


 マスターウォートは頷く。彼は死体が壊れない限り、普通の人間には無茶な動きをさせる事も可能である。脳のリミッターなど機能しない死体は正に人間離れした速さで走る。


「やっぱ、殿しんがりは必要か」


 数少ない兵士が逃げる中でシュルがそんな事を言い出す。するとウロスは答える。


「確かにそうですね。私も付き合いましょう」

「いや、お前はメルン様に付けよ。オレ一人で十分だ」

「しかし……」


 敵の数は膨大である。シュルはこの世界の獣人の中でも高水準の強さであるが、ノアのようにずば抜けている訳ではない。相手の大軍を一人で相手にするには心許ない。ウロスはそう思った。


「大丈夫だって。さあ、行けよ……な?」

「……ッ!」


 ウロスは気付く。シュルは既に死ぬ覚悟が出来ていると。そしてウロスが自分の覚悟を悟った事にシュルも気付く。


「メルン様の野望、絶対に叶えさせろよ?」

「……はい」

「それともう一つ。オレは何が有ろうと、それこそ死んでもメルン様に拳は向けたくねぇ。絶対にだ」

「向けさせません。私が絶対に守ります」


 シュルの言葉の裏に込められた「死体になって操られたら止めて欲しい」という意思を汲み取ったウロスも覚悟を決める。


「健闘を祈ります」

「なぁに、そう簡単にゃくたばらねぇよ。さっさと行け」


 痛む体に鞭打ってウロスは走る。そしてシュルは振り返る。見渡すばかり敵だらけであり、中には親交のあった獣人兵だったものの姿もあった。だが、彼の覚悟は揺らがない。


「どんだけやれっかは知んねぇが、やってやんよ!」


 シュルの雄叫びが響き渡った。



 ◇



「さぁーて、あらかた片付いたけど……どういう事かな」


 一方サリエルは兵士達を率いて、敵兵と戦闘していた。彼女の軍略は一流で、戦場の全ての兵を思い通りに操り、数に勝る相手の殲滅にほぼ成功し、投降した敵兵は捕虜にした。そんな彼女の目の前には見覚えのある顔が立ち塞がっていた。


「久しぶりだな」

「君は私にタメ口なんて使ってなかったでしょ?」


 そこにいたのはラグエル・レシルーニア。ここ数十日の間姿をくらませていて、サリエルもその行方を案じていた。


「ああ……そうでしたね。失礼しました」

「いやいや良いよ、わざわざ言い直さなくたって。さて……まあ正直大体予想は付いているんだけど、あえて聞くわ。何をしにここに来たの?」

「ふん……少々お前達が邪魔なのでな、片付けさせてもらうぞ」


 妖精族は同族相手とは言葉を使わずとも意識を共有できる。だが、今のラグエルとサリエルにはそれが出来ない。死体を操るマスターウォートがここにいる事も踏まえれば、今のラグエルがどういう状況にいるのかはサリエルにとって明白だった。


「それはこっちの台詞よ。……バラバラにしてあげる」


 サリエルはあらかじめ用意しておいた炎を操る妖精族の魂五柱に攻撃命令を送る。たちまち生まれた炎の波は目標を呑み込む。だが、ラグエルは動じずに立っていた。


「どうした、そんなものか」

「なるほど……よく分からないけど体は強化されてるようね。一筋縄ではいかなそう」

「死体の一番の弱点は炎だからな。それに備えてこの肉体には他の生物の皮膚を何層も覆って強化してある」

「開き直ったわね」


 攻撃が効かないという状況でもサリエルの表情には余裕が見える。


「私の大切な仲間の体を弄った罪、償ってもらうわ」

「殺した生物を操るお前に言われたくないが、頑張ってみろ」


 その雰囲気の裏腹でサリエルの内心は怒りに燃えていた。

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