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兄と妹

「あの小僧と獣人め。私の兵士を作業感覚で片付けるとはな」

「君は何をしにあそこに行ったんだマスターウォート。カミシロに煽られたと思えばこうやって逃げて」

「私はただ貴方様に、彼らを紹介出来れば良かったのです。彼らも私の顔を見たことにより、改めて今の立場を思い出したはずなので、さぞかし頑張ってくれるでしょう」


 シウルに疑わしげな視線を向けられたマスターウォートは、周囲に死体の兵達を展開させる。今ここで支配下に置いた者達の他に、これまで集めてきた死体もいる。


「それではこちらも、破壊工作を始めま――」


 マスターウォートが言いかけた瞬間、一本の矢が彼の眉間目掛けて飛んでくる。


「ぐっ……」


 見事に突き刺さったそれを、顔を歪めながら抜き取る。真弥はユニークスキル『癒しヒール』により彼を回復させる。そしてシウルは冷静に言う。


「見事な腕だね、メルン」


 彼の視線の先からは一台の車が走ってきた。獣人力車と呼ばれるそれを犬と猿の獣人が引っ張っている。上には雉の獣人が飛んでいる。そして車の屋根には桃色の髪の少女が弓を構えている。そしてまた一本矢が放たれる。高所から撃ち出されたそれは何にも阻まれる事なく目標を撃ち抜く……はずだった。


「……」

「あぁなるほど、そう来たか」


 マスターウォートの目の前に一本の大木が現れる。魔王ヴァーグリッドから貰い受けた木属性魔法を真弥が発動させたのである。矢は大木に阻まれた。それを確認したメルンは溜め息をつき、体勢を崩さぬまま言う。


「これは一体どういうことでしょう、お兄様。よりにもよって魔族と手を結ぶなんて」

「同じくらい胡散臭い存在と手を組んでいる君には言われたくないよ、メルン。紹介しよう、彼はマスターウォートだ」

「お初にお目にかかります、メルン・ラクノン様。兄君にはお世話になっております」


 マスターウォートは深々と頭を下げる。その横の真弥は直立不動で表情を消している。


「そのおじいさんは魔王軍でも割と偉い人だって聞いていますが、お兄様は魔王軍の犬にでもなるつもりですか?」

「メルン様、その表現はやめて欲しいです」

「ごめんウロス。とにかく、魔王軍の言いなりになるつもりですか?」


 メルンの啖呵に犬の獣人ウロスが苦言を呈する。メルンは言葉を訂正して、改めて問う。


「目的の為ならば、私は手段を選ばない! 私からも聞くよメルン。どうして皇帝になるとなど言ったんだ。父上が姿を消した今、その後を次ぐのは長男である私が順当だろう。私は昔から当主として相応しい存在になろうと努力してきた。まだ未熟かも知れないが、それでも君よりは相応しいと自負している。答えろ、君は何故私と対立する道を選んだ!」


 シウルはいつもの柔和な顔をくしゃくしゃにして、思いを妹にぶつける。


「何故か、と言われれば、マサキにやれって言われたからですかねー」

「ふざけるな……! 戦争をして、誰が一番迷惑なのかが君には分かるか!?」

「民でしょうか?」


 シウルの問にメルンは答える。その答えにシウルは怒気を強める。


「それが分かっていながらどうして……どうしてこんな無駄な戦いを! 今ならまだ間に合う。私を皇帝だと認めてくれ。私に至らぬところが有れば、私の隣で正してくれればいい。母親こそ違うものの、私達は兄妹だ。何が悲しくて、民を巻き込んでまでこんな戦いをしなくてはならない!?」


 シウルの主張は至極真っ当なものだった。君主として民を想い、国をより良くするという確固たる意志があった。だからこそ彼は恥じる事無く、思いの全てを吐露する。


「そうですか……お兄様はそこまで考えておられるのですね。お兄様は昔からカッコよくて、優しくて、何事にも真剣で……みんなから慕われる自慢のお兄様でした。それは今でも変わりませんね」

「メルン……」


 兄の主張にメルンは優しげな微笑みを浮かべた。その変化にシウルは希望を抱く。だがその希望はすぐに打ち砕かれる。


「でも、だからこそ妬ましい」


 柔らかな表情のまま紡がれたその言葉の意味をシウルは理解出来なかった。


「どういう事かな……メルン」

「そのまんまの意味ですよ。お兄様は完璧です。それ故に妬ましいんです。平民出身のお母様から生まれた私と違いお父様の正妻である貴族の長子として生まれ、強い上に頭が良くて、ついでに顔も良くて、他のお兄様やお姉様達が平民の子である私をバカにする中で唯一私を助けてくれて、民の事を誰よりも考えていて……そんなお兄様に私は昔から嫉妬していました」

「……」

「私はその感情を誰にも明かせずに封印してました。こんな事を思ってしまう自分がどうしようもないクズだと思って、大ッ嫌いで、そんな自分を押し殺しつつ、いずれはどこかの貴族に嫁いで普通に生きていくんだろうなって漠然と考えてました。でもねお兄様、私はマサキに会ってから変わりました」


 メルンはそこで言葉を区切る。シウルは呆然とその続きを待つ。


「マサキは人を人とも思わないような外道で、卑劣で、お兄様とは全然違う人。でも私は気付いたんです。私もあの人とそれほど変わらないってことに。そして思ったんです。私も自分の好きなように、自由に生きたいと。人一倍嫉妬深い私は、この世界の誰にも嫉妬をしたくないんですよ。誰よりも高い地位で、誰よりも良い暮らしをして、誰よりも力や富を持って、誰よりも慕われ、そして誰よりも妬まれたい。それがあなたと敵対する動機です。シウルお兄様」


 詰まるところ、メルンは自らの欲望を満たす為に皇帝になりたいと言っているのだ。もしも彼女が民の事を考えていて、その方向性が自分と違うのであればシウルは納得出来た。だが、言葉通りに受け取れば彼女の目的は私利私欲の為だ。


「目を覚ませメルン! 君はそういう事を言う子では無かったはずだ! 良く聞け、君はカミシロ君に洗脳されている。彼の都合の良い様に利用されているだけだ!」

「違いますよ。これは私の本心です。……そういう事を言う子ではない? それはそうですよ。私には元々力が無かった。言いたい事を言える立場じゃなかったんですから。でも、今は違う……違うんですよ。今の私には力がある。世界を手に入れられるかもしれない力が」

「そんなものはまやかしだ! 思い込みだ! 世界なんてそう易々と手に入れられるものじゃない! 君には分かるのか? この世界には多くの人間がいて、それぞれの価値観を持っている。そんな彼らをまとめるのが長としての務めだ。君にはこの世界の重さが、尊さが分かるか?」

「そんなものは知りませんし、知る気も有りません。私は世界が欲しいんです。それにどれだけの価値が有ろうと関係ありません」


 嬉々として自らの野望を語るメルン。その言葉にシウルは怒りを滲ませる。


「君は……狂っているよ」

「言われなくても分かってます」

「ウロス、シュル、フェーザ。君達も妹を止める気は無いんだね」

「そうでなければここにいません」


 獣人奴隷を代表してウロスがシウルの問に答えた。シウルは諦めたようにため息をつく。


「君にこの国を渡すわけにはいかない。首を討たれても文句は言わせないよ」

「望むところです」


 メルンが応じると同時に、マスターウォートが率いる死体の軍勢がうごめきだす。


「それでは動かすとしましょうか。しかしあなた達は四人。それも私の兵は数だけの存在ではございません。良いのですか?」

「良いよ。でも良く考えてみてよ。私は次期皇帝……つまり軍のトップで、死んだら替えが効かない存在な訳だけど、そんな私がそう簡単に敵の目の前に出てくると思う?」


 マスターウォートの言葉に、ニヤリと笑ったメルンが答える。彼女の後方からは数台の獣人力車が兵士達を乗せて走ってきた。シウルは眼を見開く。


「まさか、最初からこのタイミングを狙って!?」

「普通なら最初から兵士を連れるのが常識ですよね。まぁ、今回の場合はお兄様に私の意思を伝えたかったので、最低限の戦力としてウロス達にだけは来てもらって、他のみんなには遅れて来てもらいました。ウチの軍師の計画に狂い無しですね」

「またカミシロ君か」

「マサキは参謀です。軍師はまた別の人? です」


 そんな応酬をしているうちに獣人力車は到着する。生者の軍勢と死者の軍勢が激突する。

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