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傀儡使いの老紳士

 とある城。現在はメルンを落とすための前線基地のような役割のここでシウル・ラクノンは、協力者であるマスターウォートと向き合っていた。


「これからどうするつもりかな? どんなに兵を送ろうが、敵のノアと名乗った獣人一体に壊滅させられてしまう。時間を変えたり、数ヶ所から攻めたりしても無駄。どこからともなく現れて、一つの部隊を相手にしたと思えば次の部隊の前に現れる。その戦い方は残虐で、姿を見せただけで兵達の士気を激減させる」

「その上故意に兵士を数人残して、こちらに報告させていますからね。厄介な相手です」

「そう思うのなら、なぜ私に無断で兵を出した!? このままでは無駄死にだ。今すぐ撤退を命じる」

「必要ありません。手は打ってあります」


 平然とした態度のマスターウォートをシウルは睨む。


「手を打っている? 兵士達を無駄に死なせる事がか?」

「訓練された兵士達を軽くなぶる怪物。それを倒してこそ、シウル様の名は上がるのです。もっとも、倒すのは別の者でしょうが」

「それは誰かな? 君?」

「さぁ、分かりません」


 軽い口調のマスターウォートに、シウルは苛立ちを隠さない。


「ふざけているのか」

「いえいえ、滅相もない。……倒す可能性があるのはとある少年少女の誰かでしょう」

「少年少女?」


 意味深な言葉をシウルは反芻する。マスターウォートは笑みを浮かべる。


「そう言えば、ご紹介がまだでしたね。こちらには件の勇者達を連れて来ております。そして彼らにも、兵士に紛れて向かって頂いております」

「白々しいね。しかもその姿を私に見せないとは」

「そうおっしゃると思いました。では、見に行くと致しましょうか。いざ、ロヴルードへ」

「ふん」


 おどけた態度のマスターウォートにシウルは鼻を鳴らした。シウルはマスターウォートと、彼が連れている少女の後を追う。その少女はシウルにとって見覚えのない顔だった。


「ところで、そちらの女性は?」


 マスターウォートに投げかけられた問。だが、それに答えたのは少女自身だった。


「私は魔王軍配下四乱狂華の一人、永井真弥。以後お見知りおきを」

「……ああ、よろしく」


 淡々と自己紹介した真弥に返事をして、シウルはその背中を追った。


 ◇



「またくだらんものを俺に喰わせようとするのか」


 自分達の陣地に攻め込んだ来たシウル兵を見て、空中にたたずむノアはつまらなそうに呟いた。


「ノ、ノアだぁー!」


 空を見上げた兵士が叫び声をあげ、次の瞬間にはその首が――正確にはその首を含めた多くの首が飛んでいた。鋭い爪、鈍重な尻尾、鋼鉄をも噛み砕く牙、風を斬り裂く翼、身体のパーツ一つ一つが凶器であるノアは一網打尽に兵士達を葬り、その骸を食らう。緑色の肌は一瞬にして鮮血の朱に染まった。リノルーヴァ帝国は人族を上回る身体能力を持つ獣人族が多数いることで知られているが、そんな彼らでもノアの動きを眼でも追えず、傷を付けられず、攻撃を耐えられない。


「魔術師部隊、弓兵部隊、弾幕を張れ!」


 この隊で隊長を務める男が命じる。武勇、智謀共に優れていてシウルからの信頼も厚い男だ。彼の命令通り矢や魔術攻撃が空中に舞い上がったノアを狙う。


「つまらん」


 ノアが翼を動かすと、流星群の様な攻撃は一瞬にして勢いを失った。そんな中で彼は意外そうな表情になる。


「ん?」


 彼が無効化した攻撃の数々。その中に、勢いを殺されなかった攻撃が混じっていた。それは命中こそしなかったものの、違和感を覚えさせるのに十分だった。


「不思議かい?」


 兵士の中でも若い男がそんな事を言う。成人になりたて――十五歳で成人と認められるこの世界の基準でだが――のその声の主をノアは見つけ出す。すると声は続く。


「君の考えている事が手を取るように分かるよ。ぼく達を人ではなく食べ物としか思っていないのはどうかと思うな」

「よく分からんが、威勢が良い――」

「今だよ!」


 ノアの言葉の途中で声は張り上げられる。するとノアに向かって魔術による攻撃が来る。彼は瞬時に気付く。これら・・・の攻撃は翼では振り払えないと。だから彼は高度を上げて回避する。


「どうやら、楽しめそうだ」

「そうかよ!」


 肉食獣らしい笑みを浮かべるノアに、炎の弾丸が飛ぶ。ノアは降下して適当な兵士の体を掴んだ後に再び上昇、それを盾代わりにする。


「チッ、胸クソわりぃ……だが!」


 舌打ちと同時に炎の弾丸を止めたのは面貫善。彼の攻撃は魔術ではなくユニークスキル『燃やしバーン』によるものだ。炎を体内から生み出し、それを自在に操る事が出来るその能力は、撃ち出した炎をラジコンの様に自在に動かすことも可能だ。それにはある程度の集中が必要である為、善としてはあまり使いたくはないが仕方ない。炎はノアの高速移動にも劣らぬ速さでそれを追う。だがノアも上下左右にクネクネ飛んで、時折菓子袋からスナック菓子を取る感覚で地上の兵士を拾い、喰う。彼が上げる悲鳴は兵士達の士気を奪った。


「速さなんて、俺には関係ない」


 その言葉の直後、空中のノアの背後に一人の少年がいつの間にかいて、短剣を振り下ろそうとしていた。百瀬練磨、任意の場所に瞬間移動する事が出来るユニークスキル『跳びジャンプ』の持ち主だ。彼の攻撃をノアはヒラリとかわす。


「まあ、待てって」


 ノアのかわした先に、再び練磨が現れる。その喉元に刃を突きつける。だがその皮膚は彼の想像以上に硬かった。


「クッ、あんなにチョコマカ逃げてたんだから、案外脆いんじゃないかと思ったんだがよ」

「そうか」


 ノアは練磨の腕を掴んで食べようとする。その寸前で練磨は地上に戻った。


「ヘタレ」

「いや、俺あのままじゃ食われてたから!」

「無駄にカッコつけた台詞からのアレじゃぁねぇ」

「仕方ないだろ!」

「でもそんな練磨が好き」

「俺もだ、美央」

「イチャイチャする前に状況を考えようかバカップル」


 練磨と何故か抱き合っている少女は、久崎美央。練磨と美央を呆れながらたしなめたのは伊藤美奈だ。


「一人で寂しい美奈ちゃんがひがんでくるから、私も頑張るね、練磨」

「ひがむか!」

「気をつけろ、美央」

「うん!」


 美奈のツッコミを無視し、練磨の激励に嬉しそうに頷いた美央は、好き勝手に暴れるノアを見る。


「強さなんて、私には関係ない」


 恋人の台詞を踏襲した美央。次の瞬間、ノアの動きが固まった。


(何……だ?)


 ノアは不快感を覚える。美央のユニークスキルは『揺らしシェイク』。地面を揺らす能力でも空気を揺らす能力でもなく、指定した相手の心を強制的に揺さぶる能力だ。いかに心が強くとも、いかに体が強くとも、絶対に防御不能な攻撃である。その代わり、能力の効果は持続しない。すぐに体勢を戻したノアは美央へと向かう。だが――


「させないよ!」


 叫んだのは美奈だ。彼女のユニークスキルは『織りウィーヴ』。特別な効果を持つ布を作り出し、それにより着る者の力を上げる衣服等を作れる能力を使って彼女が作り出したのは網。飛んでくるノアを待ち構えるように発生させた。


「くだらん」


 それだけ呟いたノアは、布の網を斬り裂こうと速度を上げる。右腕を振りかぶり、そして振り下ろす。だが、網は決して破ける事なくノアを包み込んだ。


「何!?」


 容易く斬れると思った網が健在である事に驚愕するノア。全身を使ってそれを破こうと試みる彼だが、力が入らない。


(なるほど、そう来たか)


 網に触れると力が抜ける事に気付き、しかしノアは怒るのではなく獰猛な笑みを浮かべた。自らは肉弾戦しか出来ないノアだが、しかし戦うために手段を選ばない相手を卑怯だとは責める気など湧かず、ただ歓迎する。


「今だ!」


 少年の言葉を合図に、遠距離からの魔術攻撃や矢が放たれる。網により防御力が下がったノアをダメージが襲う。


「くっ……良いぞ! もっとだ!」

「何アレ、ドM?」

「何でもいいから、とどめを刺さないと」


 攻撃を受けて笑うノアに美奈がドン引きし、数原椿が神御使杖を構えて呪文を唱える。膨大な攻撃は見た目に反して強靭な網を破壊し、ノアは解放される。ボロボロに傷付き、至る所から血を流していた。全身が悲鳴を上げるのも構わずに仁王立ちする。その痛々しい姿に兵士達は圧倒される。


「ふん……良いハンデだ。ここからが本当の勝負だ」

「いや、悪いけどこれでもう終わりだよ」


 冷たい口調で言うのは、勇者達のリーダーである少年、藤川秀馬だ。両手持ちの剣を構えてノアへと斬りかかる。ノアは空中に退避しようとする。だが……


「君の動きは分かっている」

「!?」


 敵が高く舞い上がる前に秀馬は助走をつけて跳躍。そして愛剣を一気に振り下ろす。ノアの左から右腰にかけて直線に斬痕が描かれる。秀馬のユニークスキルは『読みリード』、相手の心を読む能力である。次に相手がどう動くかを知る事が出来るそれは、接近戦において無類の有用性を見せる。


「ぼくだって積極的に君を倒したい訳じゃない。でもね、こうするしかないんだよ」


 血に濡れた剣を振り上げ、ノアにとどめを刺そうとする。するとそこに、新たな声が掛けられる。それは秀馬に――秀馬達にとって聞き覚えのある声だった。


「同じ言葉を返させて貰うよ、『読む者リーダー』」


 その声に秀馬は、椿は、善は、美央は、美奈は、練磨は振り返る。そこにいたのは眼帯を掛けてパラソルを開くゴスロリドレスが特徴的な美少女だった。だが秀馬は一瞬にして、それが少女ではなく少年であると分かった。


「か、神代君!? そのかっ――」

「この格好には何も言わないでくれると嬉しいな。それにしても驚いたよ。まさか僕の敵が君達だなんて」


 秀馬の言葉を遮って、神代聖騎は柔和に笑う。すると秀馬は人が変わったように慌てふためく。


「いや違うんだよ神代君! これには事情が――」

「事情なんて関係ないよ。重要なのは君が、君達が僕の目の前に立ちはだかっているという事実。同じ言葉を返させて貰うと言ったよね。……僕だって君を積極的に倒したい訳じゃない。でもね、こうするしかないんだよ」


 聖騎はパラソルをバサリと閉じる。それを上ではなく前――秀馬に向ける。その先端から黒い光が発射される。呪文も無しに。その行為に兵士達はおろか、秀馬達勇者も驚きに眼を見開く。黒の光は秀馬の背後、白髪の老紳士に向かって行った。だが、老人は無傷である。


「これはこれは、君達の世界では老人を労る慣習が無いのかな? カミシロ・マサキ君」

「僕は老人か若人か、男性か女性かという枠組みで人を判断する事が嫌いだからね。僕にとっての基準の一つは強者か弱者か、もう一つ挙げるなら敵か味方か。残念だけれど、強者で敵である君を労るつもりはないよ、マスターウォート」

「これは驚いた。私の名をどこで知った?」


 聖騎に名を呼ばれ、マスターウォートは本気で驚いた顔をする。


「さぁね、そこの彼なら教えてくれるんじゃないかな」

「そうか、ならば後で話を聞くとしよ――」


 言葉を最後まで聞かずに秀馬を指差し、聖騎は再度攻撃を加える。だがそれはマスターウォートに届かない。兵士がその前に立ち塞がったからだ。その兵士には首から上が無かった。


「やれやれ、厄介だね」

「お互い様だよ、少年」


 死体を好き勝手に操る事が出来る能力『死体傀儡マリオネット』、それがマスターウォートの能力である。聖騎やサリエル達が持つ、死んだ者の魂を操る事が出来る『死霊召還ネクロマンシー』とは対称的な能力である。


 かくして、新たな戦闘が始まった。

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