ぼくのかんがえたさいきょうのかみがみ
聖騎が覗く部屋。一面が濃紺に塗装され、光の粒が散りばめられているそこは、夜空、あるいは宇宙を想像させた。その中でも一際存在感を示す星々がある。ここは礼拝堂である。そんなこの部屋の奥には法衣を身に纏った男がいて、周囲の者達に書物を読み聞かさせていた。その内容は英雄譚であった。過去に罪を犯した神々が償いの為に困難を乗り越える話は、人々に勇気を与える。
今彼が話しているのは、所謂神話である。今でこそメルンは『平民の母を持つ美少女』という肩書きで民からの人気を保っているが、時が経ち、彼女を上回るカリスマ性を持つ者が台頭すれば、立場は危うくなる。そこでメルンの立場を磐石のものにするために聖騎は神話を創り、利用する事を考えた。即ち、この世界には昔すごい神がいて、メルンはその末裔だという話を広めようとしている。ちなみにその神は、彼女の母方の先祖という設定である。もしも父方の先祖なのであれば、彼女の最大のライバルとなるシウル・ラクノンも神の子孫ということになってしまう。
その神話の語り部は、腰を悪くして仕事が出来なくなった農民である。聖騎はロヴルード、及び周辺都市の働きたくても働けない人を集めて、彼らに神父やシスターになってもらう事を考えた。しかしそれには問題があった。文字を読むことが出来る農民はごく少数しかいなかったのだ。
だが、文字が読めない者達にも仕事が与えられている。メルンはかねてより、身寄りの無い子供を引き取る孤児院の経営を考えていた。そこで彼らには出来る限りで子供達の面倒を見ることを頼んだ。無論、給与は与える。
しかし、それだけでは赤字になる。だから聖騎は『神を常にあなた達を見ている』『神に敬意を示した者には救いが与えられる』などといった言葉を吹聴した。だからと言って、人々はそう簡単に神を信じない。そこで、言葉に説得力を持たせる為に手を打った。敬虔な信者を装ったサクラを用意し、その者に聖騎は妖精族の魂を付き従えさせ、何でも言うことを聞くように命令した。すると民衆は怖いもの見たさでお布施を渡すようになる。その者にも聖騎は姿を見せずにこっそりと魂を与え、力を手に入れた錯覚を与える。やがてより多くの者がお布施を渡すようになったところで、聖騎は魂を与えるハードルを上げた。即ち、ある一定以上の金額を払わなければ力は手に入らないようにした。これにより『信仰心の高さはお布施に比例して神に伝わる』という話が、聖騎達が何を言わずとも勝手に広まり、礼拝堂兼孤児院の維持費、ひいては館の改装費用を、増税しないままに集める事に成功した。
「相変わらず君は本当に最低のクズねぇー、マサキ」
聖騎の背後から声をかけてきたのはサリエルだ。
「褒めたって何も出ないよ? サリエル」
「褒めてないわよ。頭おかしいんじゃなぁーい?」
「あはは」
サリエルの罵りを聖騎は笑って受け流す。それに少しだけ不快感を抱きつつも態度には出さず、話し掛ける。
「それにしても、随分経ったわねぇー。私達が契約を結んで、メルンと協力関係になってから。あの時メルンの名前なんてほとんどだぁーれも知らなかったけれど、今では人族の大国二つに広く知られてる」
「もう数えるのも嫌になるくらいの時が経ったね。でも、もう少しだよ。もう少しでメルン様は皇位について、僕も権力を手に入れられる。ラフトティヴ帝国も協力関係にあるし、この世界の人族全てを思い通りに動かせるようになるのも遠くない」
「でも、私達を邪魔する者もいる」
長い銀髪を煌めかせ、サリエルは言った。その言葉に聖騎はシウルの顔を思い浮かべる。空撃巨人との戦闘後のリノルーヴァ帝国を、メルンとシウルの父、ギザ・ラクノンは統一した。しかしその後ギザは表舞台に姿を見せず、自らが皇帝になったという宣言をする事を予想していた聖騎を肩透かしにさせた。
国民もそれに戸惑う中、シウルは自分が皇位につくと大々的に宣言。それに負けじとメルンも皇位につく意志があることを明言。リノルーヴァ帝国は二つの勢力に別れた。シウル派陣営には弟、妹達の他に国内でも有力な貴族達がつく一方で、メルン陣営は少数の貴族のみがついた。だが、メルンの平民からの人気は凄まじく、シウルの支配する領地の民も表向きは彼の兵士となりつつも、心の中ではメルンの味方になりたいと思っている者も多くいた。しかしそれは、彼らの領主が許さない。
その後、二勢力の小競り合いが繰り広げられるようになった。とはいえ、シウル軍が一方的に攻めてきて、メルン陣営がそれを迎え撃つという形ばかりであるが。メルン陣営は飛び掛かる火の粉こそ振り払うものの、自分達からは攻めない。ただひたすら、内政に力を入れていた。それを取り仕切るは、以前サリエルが説得した貴族ダイバン・シノード、メルンの新帝国で宰相になる予定の男である。
「あの男も何だかんだちゃんとやってくれているわね。能力こそあれど、権力や地位には興味の無い彼は、ウチにとってぴったりの人材ね」
「彼だけじゃない。僕達側の貴族は数でこそ向こうに負けるけれど、それぞれの得意分野に特化した少数精鋭。ラフトティヴ帝国からの協力者も含めてね」
メルンとシウルの戦いの鍵を握るのは、『リノルーヴァ帝国』の同盟相手であるラフトティヴ帝国だ。二勢力の闘争が始まった時、国の実権を握るマニーラ・シーンはシウル側につくことを宣言した。だがそれより前に、メルンは皇弟キリル・ラフトティヴとの婚約をした。皇帝の弟とはいえ、無能かつ性格が悪い事で有名なキリルを支援する貴族など、当初は存在しなかった。だがある日、突然キリルは人が変わった。
「本当に単純ねぇー。ろくでなしの皇族が宗教に目覚めた途端に力を手に入れて、戦場でも先頭に立って戦うようになったと思えば大活躍で、それを見たラフトティヴの民は掌をあっさり返した」
「不良がちょっと良いことをするだけで好感度が上がる現象の応用だよ。元々人気者だったシュレイナーが人一人助けたところで、多くの人はそれを当たり前だと認識する。でも、評判の悪かったキリルの善行にはかなりのインパクトがあった。そして思う。『あのキリルを改心させた神の教えとは、どれだけのものなのだろう』とね。全部茶番な訳だけれど」
聖騎はキリルに接触し、メルンとの婚約を取り付けた。リノルーヴァ帝国を見下しているキリルはその申し出をとんでもないと拒否したが、聖騎が少しばかり本気を見せたところ、失禁と共に首を縦に振った。シュレイナーは弟の婚約を心から祝福し、マニーラは腑に落ちないものを感じた。唯一シウルはその婚約に反対したが、当事者同士が表向き――メルンは婚約相手がキリルであることに不満はあるようだがその辺りは割り切っている――同意している事もあって結婚は実現し、国と国とでの同盟が成立した。
しかしここで問題が起きる。シウルとメルンが対立したが、前述した通りマニーラはシウルを支持し、キリルはメルンと婚約した。元々キリルが持っていた力はシュレイナーの下位互換だった。だが、キリルは変わった。それに一番驚いたのはラフトティヴ帝国民だ。彼らはキリルを改心させた上に強くした『神』を恐れ、貴族もこぞってお布施を寄付すると共に、メルン陣営への協力を申し出た。ラフトティヴの皇帝を味方に付けたシウルと、貴族を味方に付けたメルンとの戦力は拮抗している。
「それにしてもマサキ」
「うん?」
「自分が考えた、無駄に設定が凝っている神様の話をみんなに聞かせるって恥ずかしくない?」
サリエルの真顔での指摘に、聖騎は不敵に笑って返す。
「ふふっ……そんなことは無いよ」
「えーっとぉー、ロヴルード七曜大罪神。過去に大罪を犯し、その罪を創造主の名の下に償う最強の七柱の神。絶対神サンディ・インヴィディア、叡智神マンディ・アワリティア、武闘神チューズディ・グラ、時空神ウェンズディ・アケディア、慈悲神サーズディ・イーラ、創造神フライディ・ルクスリア、そして統世神サタディ・スペルビア。彼らは世界を、時空を、自然を……あらゆる概念を創造し、管理し、維持するために戦う」
英語とラテン語が混じった神の名前と共に簡単な設定をサリエルは口にする。だが聖騎は笑顔をキープする。その笑顔は引きつっていた。
「あはははは! いつ聞いても素晴らしい設定だね!」
「あ、開き直った」
「むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない」
聖騎の態度は一瞬にして変わる。サリエルは何も言わずに憐憫の視線を注ぐ。
「いや……設定を考えている時はとても楽しかったんだ。それを紙にまとめて、それを基にお話を考えていた時も楽しかった」
「そうね、あの時の君は輝いていたわ」
「そう意地の悪い事を言わないでよ。……お話も書き終えて、神父さんにそれを渡して、集まってきた人達につたない朗読をしているのを聞いて、僕はやっと気付いたよ。自分がした事の痛々しさに」
「私は最初から気付いていたわ」
「日にちを重ねる毎に話を聞く人も増えていった。そのうち何度も話を聞きに来て、覚えた話を町中でするような人も出てきた。とてもありがたくて素晴らしい話としてね。彼らは真面目な顔をして、僕のこじらせを一所懸命聞いているんだ。あはははは……これが笑わずにいられるかな?」
渇いた笑いが聖騎の口からこぼれる。するとサリエルは顔を真面目なものにする。そして一言。
「マサキ、またシウル軍が攻めてきたそうよ」
サリエルは他のレシルーニアからの報告を聖騎にも伝える。
「ノアを出して」
「はぁーい」
聖騎が命令するとサリエルは間延びした口調で答え、部下にその旨を伝える。
「まったく懲りないわねぇー。毎回毎回攻めてきて、それをノア一人で片付けてるというのに」
「とはいえ、相当派手に暴れてもらっているからね。まぁ、今回もいつものようにやってくれるさ」
「だと良いんだけど」
そう呟くサリエルだが、彼女の軍師としての勘は違和感を訴えていた。