協力者達
ロヴルードに建てられた工場。その地下では新型の魔動人型兵器の建造が行われている。聖騎の要望を元にアジュニンが設計し、ローリュートがデザインしたそれを建造しているのは、ローリュートの他にラフトティヴ帝国の技師達が関わっている。聖騎が話を付けた、対巨人用魔動人型兵器ヴェルダリオンの建造により利益を得ている貴族の協力により進んでいる。その中の一人、リノール・ノキトスは単に技術者としての腕だけではなく、とある特殊な能力を持っている。それは、あらゆる物体の中に存在する異空間へのゲートを作り出す能力。この能力によって機体の中に存在する異空間にアクセスし、機体を操る事が出来る。逆に言えば、この能力を持っている者がいなければヴェルダリオンは造れない。
「本当に助かりました、リノール卿。ご協力に感謝致します」
「構わないさパラディン卿。私に新たな世界の存在を教えてくれた恩は返させて貰うよ。このノキトス家の血に誓ってね」
ヴェルダリオンの製造技術は本来、ラフトティヴ帝国の最重要機密事項であり、その技術を他国に公開する事は固く禁じられている。それに伴いノキトス家にはかなりの数の監視がついていたのだが、巨人との激闘後の騒乱に乗じて聖騎やその仲間達と共に国外に渡った。彼がそうするに至った理由は異空間『棒輪の間』の存在を知ったからだ。彼の一族が代々所有する特殊能力『異空接続』は、物体の中の異空間へのゲートを創る能力であるが、彼らには空気を『物』として考える発想が無かった。だが、その概念を聖騎に教えられ、半信半疑のまま能力を使ってみて初めて、『棒輪の間』を見た。その名の通り、棒と輪のようなものが辺り一面で煌めく光景にリノールは神秘性を見出した。そして、この空間の事をもっと知りたいと思った彼は、聖騎への協力を誓った。
「それでは、これからもよろしくお願いします」
「期待していてくれ。きっと君も満足できるようなものが出来るはずさ」
「楽しみにしています」
新調した仮面とローブのフードを被ったまま頭を下げた聖騎は、次の目的地に向かう。別の建物のこれまた地下には、一体の巨人が寝転がっていた。その名はミーミル。聖騎が以前奴隷として購入した、知能の高い巨人である。その巨躯には数人の人間が群がっている。彼らに何やら指示を出している、痩せこけた、薄い白髪の老人へと近づく聖騎。すると老人の方も聖騎の接近に気が付いた。気が付いたが、無視して自分の作業に集中する。聖騎もそれに何を言う事も無く、ミーミルに視線を向けた。
老人の名はティト・サイド・マッスエン、生物学者である。元々リノルーヴァ皇族の下で獣人族の体を改造して、最強の獣人奴隷を造る研究をしていたが、コードネーム『七番目』――ノアを造った際に『目につくもの全てを破壊する』という欠点を持って生まれた事にいち早く気付き、それが成長する前に行方をくらませた。ノアは当時の、ティト以外の研究者、及び実験体『一番目』から『六番目』までを殺害し、自分の胃袋の中に入れた。そのティトは聖騎がラフトティヴ帝国にいる間、サリエルの説得により、協力する事を示した。
彼が行っているのはミーミルの体の改造である。以前から科学者として巨人族の体を弄ってみたいと思っていた彼は、聖騎の申し出を快く引き受けた。その内容は、巨人族であるミーミルを魔法が使えるようにする、である。一般に、魔力を持っているのは魔族、妖精族、人族のみであるとされており、魔力があればあるほど、多くの空気中に存在する微小な粒子『魔粒子』を体内に取り込んで操る事が出来る。もっとも、このメカニズムを理解している者は、この世界でも少ない。ちなみに聖騎は、世界の中でも例外中の例外であるシュレイナー・ラフトティヴによる『光幻術』の修行の際にこれを知った。
多くの人間は『魔力が強ければ強い魔術が使える』というざっくりとした理解をしている。何の道具も使わずに魔粒子を操る行為を『魔法』と呼び、これは一般的に魔族や妖精族のみが使える。一方、発動に呪文や道具が必要とされるのが『魔術』だ。一見魔法は魔術の完全上位互換のように思えるが、魔法を使う際には、魔術によって何がしたいかを具体的に脳内でイメージしなければならないというデメリットがある。一方魔術は「消費する魔力の量」「形や数」などの情報を呪文によって入力する事が出来るので、イメージの必要性が薄い。その為、同程度の技量を持つ魔法使いと魔術師が戦えば、スピードの上では魔術師に軍配が上がる。
だがあえて聖騎はミーミルに『魔法』を使えるようにすることを進言した。イメージが必要な魔法は、使用者の感情に左右されると考えたからだ。この改造手術を行う前に、聖騎はミーミルと話をした。彼は巨人族という種族の繁栄を願っていて、その為になら何でもやると言った。聖騎はそれに対する協力を誓い、力を与える代わりに自分の力になって欲しいと頼み、ミーミルはそれに応える事を約束した。その眼に宿る強い想いを認めた聖騎は、魔法を使いこなせるだろうと思った。
「進み具合はいかがですか?」
聖騎はティトに問い掛けるが、答えはない。強いて言うならば、あからさまに迷惑そうな視線が答えか。いつもの事なので、聖騎も特に気にしない。だから何も言わずにその場を去ろうとしたのだが、そこで声が掛けられる。
「……あと百個くらい」
「分かりました」
ボソリという呟きに聖騎は答える。ティトがリクエストしたのは、神御使杖を作るために必要不可欠な神力受球の基になる、魔臓と呼ばれるものである。妖精族と魔族は空気中に含まれる魔粒子をエネルギーに変換する器官を持っている。それが魔臓である。魔臓は生きたままの妖精族の腹を開いて取り出し、温度を保ったまま加工して神力受球を作ることが出来る。そしてティトは、水属性の魔法を操る妖精族の魔臓を希望している。これを沢山集めて一つの大きな魔臓のような役割を果たそうとしている。だが魔臓はとても取り扱いが難しく、いくつあっても足りない。だから聖騎はレシルーニア達に妖精族を狩りに行かせて、魔臓を集めさせる。
ともあれ聖騎は建物を出て、館へと帰還する。館の改装工事は続いていた。彼の主メルン・ラクノンは皇帝になった暁には、このロヴルードを帝都にしたいと考えている。つまり、この館は未来の皇帝が住む場所となる。そんな建物が以前のような小さなものでは格好がつかないため、改装を行っている。無論、その為にはかなりの費用がかかる。だがメルンは、増税する事なく資金を集めている。そのからくりが、館内でいち早く工事を終えた部屋にある。
(少し様子を覗いてみるかな)
そんなことを考えながら、聖騎はその部屋に向かい、扉をそっと開けて中を見る。