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魔王軍の勧誘

「ナターシャ」

「な、何でしょうマリーカさん」


 王宮を出て、魔王軍が来たという北方へと走るマリーカは、彼女から少し遅れて走るナターシャに向かって言う。


「あなたは先程エリス様の部屋の前で立ち往生されていましたね」

「そ、それは……」


 ナターシャは口ごもりながらも内心で叫ぶ。


(それはマリーカさんがあんなことをしてたからですよね! 確かに私も悪いですけど!)


 その叫びが聞こえたかの様にマリーカは言う。


「何事が有ろうとも、自らのすべき事を全うしてください。それこそが王家に仕える者の努めです。私のあの時の行為は、あなたを試すためのものです」

「本当ですか?」


 ナターシャは走りながら、ジトリとした視線をマリーカに向ける。しかしそれをマリーカは無視して新たな話題を切り出す。


「それはそうとナターシャ、『勇者伝説』にはこのような状況は記されていないのです。つまりこれは『わざわざ記すほどでもない事』もしくは『本来ならば起きる事の無かった事象』であると考えられます。前者ならば嬉しいのですがもしも後者だった場合、厄介な事になるかも知れません」

「で、でも、確かに王都まで直接攻めてくるのは珍しいですけど、魔王軍なんて私達は何度も撃退しているじゃないですか? 厄介だなんて……」


 問いかけをスルーされたことが少し気になりつつもナターシャは答える。


「ええ。今まで通りならば、ですが。しかし気になる点が2つあります。1つは、直接この街に魔王軍が攻めてきた事。そしてもう1つは、勇者様方がいないこの状況で彼らが現れた事です。勇者様方は私達を遥かに凌駕する戦闘力を有しています。それを見計らって現れた可能性があります」

「でも……だからって、そんなのは偶然ですよ! それなら魔王軍が勇者様方の動向を把握している事になります。そんなことはあり得ませんよ」

「はい、確かにその可能性は低いです。ですが、そういう可能性が有る事は頭の片隅にでも入れておいてください」

「わ、わかりました……」


 腑に落ちないながらも頷くナターシャ。すると彼女たちの進行方向から激しい怒鳴り声が上がっていた。それに気付いたマリーカは言う。


「そろそろ着きそうですね。気を引き締めてください、ナターシャ」

「わかってますよ、マリーカさん」


 敵を目指して2人は疾走する。



 ◇



 一方で卓也は、魔王軍が攻めてきたという北とは正反対の南へと向かっていた。その途中に「街に魔王軍が来たから建物に避難しろ」との声を聞いた彼は迷う。魔王軍は気にせず仲間達が待つ洞窟に向かうか、それとも魔王軍の方に行くか。しかし自分が戦力になり得ない事を理解している彼は、南へ向かう足を止めずに走り続けた。脚は遅いものの、体力がほぼ無尽蔵な彼は肉体的には疲れていないが、精神的な疲れは相当溜まっている。


「早く行けって言われても、俺にはどうしようも無いよなぁ……。なんであんなに慌ててたんだろう、マリーカさん」


 卓也は疑問を呟く。いつもクールな彼女の動揺した様子を不思議に思いつつも、彼にはその理由など見当もつかない。


「うーん、分からない。だけど信じるしか無いか……」


 決意した卓也は走り続ける。すると彼は右手に痛みを感じる。


 ――ドクン


 卓也を時折襲う右手の疼き。彼のユニークスキル『疼きティングル』によるものである。


「うっ……またか!」


 疼く右手を左手で押さえる卓也。しかし疼きは止まらない。


「本当に何なんだよこれは!」


 彼は苛立つ。何の役にも立たない能力。卓也はこれを嫌悪している。


「黙れよ、この役立たずの分際で!」


 自分の右手に顔を向けて怒鳴る卓也。事情を知らない者が見れば、彼を奇人だと判断するだろう。だが現在住民には避難勧告が出されている。よって、彼を見ている者は存在しない。


「あらあら、どうしたの? ボク。自分の右手に向かって何かを言ってると思ったら、キョロキョロと周りを見ちゃって」


 しかし本当に存在しないのであれば、このような台詞が発せられる事はあり得ない。卓也本人が言わない限り。そして卓也は言っていない。不思議に思った卓也が辺りを見回すと、そこには胸元が大きく開いた露出の高い服を着た一人の女が笑って立っていた。長い紫色の髪を弄る姿は妖艶なものだった。だが、その肌は青白い。人間の様でいて少し違う女を見て、卓也は思わず身構える。


「だ、だれ……ですか?」

「うふふふっ、人に名前を聞くときは先に自分から名乗るべきじゃなくて?」


 オドオドと戸惑う卓也を、女はたしなめる。


「えーっと……古木、卓也…………です」

「そぉ。変わった名前ねぇ。私は魔王軍配下『四乱狂華しらんきょうか』が一人、ファレノプシスよ、タクヤ」


 ファレノプシスの自己紹介を聞いた卓也は驚く。この世界の人類を滅ぼそうとしている存在が目の前にいることに。『四乱狂華』という言葉に聞き覚えは無いが、目の前の女がただなら無い存在で有ることは卓也にも容易に察せられた。


「魔王軍だって!? どうしてここに? そもそもいつの間に?」

「私は魔王ヴァーグリッド様の命令でここに人を探しに来たのよ。その為に王宮に向かっていたのだけれど、その途中で見付けたあなたが少し気になってね……本題に入るわ。ねぇ、タクヤ。『勇者』という言葉に聞き覚えはあるかしら?」


 ファレノプシスの問いに卓也は返答する。魔王軍を名乗ったこの女に本当の事を話すべきか迷ったが、彼女が放つ威圧感に圧された彼は正直に話す。


「ああ、俺はクラスのみんなと一緒に、勇者としてこの世界に召喚された」

「クラス……?」

「えっと……友達……みたいなものだ」

「なるほどねぇ、とにかくあなたも勇者の一人なのね?」

「……一応は。でも、他のみんなは勇者として強い能力を手に入れたけど、俺だけスキルもステータスも弱かった。だから、本当に俺が勇者なのか、と言えるかは微妙だ」


 落ち込むように卓也は呟く。するとファレノプシスはハッとしたように問いかける。


「少し聞きたいんだけど、あなたって仲の良い子はいるかしら?」

「えっ? いや、一人幼馴染みの女の子がいて、ソイツは俺にいろいろ話しかけてくるけど、それ以外にはいないけど……」

「そう……もう一つ悪いけど、あなたってさっきあなたが言ってたクラスっていうものの中でいじめられてたりする?」

「えっ、あっ、その……まあ、はい」


 歯切れが悪いながらも卓也は認める。するとファレノプシスの表情がパッと明るくなる。


「これは幸運ね。タクヤ、あなたは恐らく、私が探していた人物よ? まさかこんなにあっさり見つかるなんて思ってもみなかったわ! 色々と聞きたいことは有るけれどその前に……ねぇタクヤ、私と一緒にヴァーグリッド様のところに来てもらうわ。私たちの仲間になるためにね」


 ファレノプシスの笑顔は卓也にとって魅力的なものだった。しかし彼は戸惑う。


「なんでですか? 今の話を聞いて俺を連れていくメリットなんて無いと思いますが……」

「その辺りは追々説明するわ。今はすぐに行きましょう」


 そう言ってファレノプシスは卓也の手を取る。しかし卓也はそれを振り払う。


「あら、嫌なの?」

「俺は魔王軍なんかにつくつもりはない」


 毅然として言う卓也に、ファレノプシスは面白がる様に言う。


「へぇ、どうしてそんなこと言っちゃうの?」

「俺はこの世界を守ると決めたんだ。お前達の仲間になんかならない」

「そっ。でも関係無いわ……ボレアス」


 ニヤニヤと笑いながらファレノプシスが呟くと、その場に強風が吹き荒れる。卓也は姿勢を低くしてなんとか耐えるが、少しでも気を抜けば飛ばされるという状況である。


「なっ……!」


 風が止み、卓也が頭を上げると、そこには水色の皮膚で巨大な翼を持つ龍の姿があった。


「あなたの意思には関係無く、私はあなたを連れていくわ。つまり、あなたに拒否権は無いの」


 ファレノプシスの表情は笑っている。しかしその奥に、有無も言わせぬ気迫を卓也は感じた。 何より、先程洞窟で見たものと同程度の大きさの龍を呼び出した存在に恐怖を覚えていた。


「うふふっ、この子が怖いのね。でも大丈夫よ、私が何も言わなければ暴れたりなんかしないわ。私はこの子を制御しているの。もしも私の気に入らない行動をしたら、どうなるか分かるわよね?」


 卓也は龍――ボレアスとファレノプシスを一瞥して身をブルリと震わせる。目の前の絶望に抗う気は失せていた。


「分かった。アンタと一緒に行くよ」

「良い子ね。それじゃあその前に……」


 ファレノプシスは黒い笑みを浮かべる。


「ちょーっと暴れさせてもらうわ」


 その言葉と同時にボレアスは大きく口を開く。そしてそこから、キラキラと輝く水色の光が放たれる。

 

「何!?」

 

 その光はファレノプシスに向けられた。驚きの声を漏らしながら跳躍、して攻撃を回避。彼女がいたところが凍り付く。彼女は反撃すべくボレアスに飛び掛かろうとするが、その姿が見付からない。


「どういうこと……?」


 辺りを見回した彼女は頭上にボレアスを発見。そこに開いた右掌を向ける。彼女の右目が水色に輝いた次の瞬間、掌からはボレアスが吐いたものに似た光が発射され、空気を凍てつかせる。光はボレアスに命中。しかしボレアスはビクともしない。そこでファレノプシスは気付く。


(そうか……これは幻術ね。あの子がやっているのかしら?)


 彼女は卓也を睨む。しかし彼は何が起きているのか分かっていないような表情をしていた。


(迂闊だったわ……あの無能を装った仮面の下で何を考えているの?)


 疑問に思いながらファレノプシスは集中する。目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませてしもべであるボレアスの位置を探す。そして彼女は叫ぶ。


「くさい!」


 不意に、彼女は強烈な刺激臭を感じる。ファレノプシスは鼻をつまむも、その臭いは消えない。目を開くと、突然声をあげた彼女に驚いた卓也の表情があった。


「バカに……して…………!」


 ボレアスの事を諦めた彼女は卓也を黙らせるべく、彼に右掌を向ける。魔王のもとへと連れていく為に殺しはしないが、しかしここで彼女に新たな疑問が生じる。


(この子は自分が弱いと言っていた……。アレが本当なのかウソなのかは分からないけれど、ウソだとしたら彼が目的の『勇者』ではないことになる。じゃあ、私が勇者を回収するために現れる事を見越して、偽者の勇者としてここに来たのかも知れない。この子、何者なの?)


 一瞬でその思考を絶ち切り、再び右目を輝かせたファレノプシスは卓也を凍らせるべく冷気を出す準備をする。だがそこで、彼女の背後で空気の温度が下がった。それを感じ取った彼女は高速で振り返り、防御など考えずに攻撃を放つ。


「調子に乗るのもいい加減にしなさい」


 怒気を声に滲ませるファレノプシス。しかし、自らの放った冷気は地面を凍らせたのみであることと、自分への攻撃が無く、騙されていたことに気付いた彼女は舌打ちをする。


「くっ……オークみたいな醜い姿の癖に生意気な真似を……!」


 睨むファレノプシスの視線の先には、依然として状況が読み取れない様子を見せている卓也がいた。白々しいと感じたファレノプシスはあまりの怒りに叫ぶ。


「ふざけるなあああああ!」


 当初の余裕を消し、感情を剥き出しにした彼女は再び卓也への攻撃を実行しようとする。しかし彼女を違和感が襲う。右手を動かそうとしても動かないのだ。


(いや、この感覚もウソ。本当の私の体は動いているけど動かないように感じているだけ……。そして私は自分がどのように右手を動かしたかくらい覚えてる。さっきは調度私の正面に手を向けたはず。ここから場所を調整して…………待って! もしかしたらこの感覚さえも騙されているかもしれない)


 疑心暗鬼に陥るファレノプシス。彼女は気付いていなかった。最初のボレアスの攻撃の回避には成功したものの、その後はずっとボレアスの吐く冷気を食らっていたことに。そして、彼女の体は冷気によってほとんど凍り付いていたことに。


「ああもう、相変わらず臭いし!」


 その叫びを最後に、ファレノプシスの意識は途絶えた。

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