誇り高き風華(2)
剣と魔法のファンタジー世界には似つかわしくない音――銃声が鳴り響く。弾丸は次々と、アルストロエメリアの身体を貫く。だが、彼女もただ呆けているだけではない。風のバリアで自身を囲うと、弾丸は無力化される。
「私の不意を突いたようだが、それは二度と私に通用しない」
痛みに顔を歪ませてアルストロエメリアは走る。フレッドはピストルを撃つが、弾丸は風のバリアに阻まれる。
「シット!」
フレッドは舌打ちし、身体を地面に転がせて刀撃を回避。その後素早く立ち上がり、数秒前に自分がいたところに銃のグリップ部分を叩き付ける。
カキーン、と甲高い音が鳴り響いた。刀と銃がぶつかり合い、火花を散らす。
「ええい、鬱陶しい!」
「それはボクの台詞だヨ!」
二人は互いの武器を引く。相手の出方を伺う二人。アルストロエメリアは敵を過小評価していた事を悔やみ、警戒心を高める。そして、風の刃を作り、フレッドへと飛ばす。近距離から放たれた高速のそれにフレッドは反応し損ねた。右脇腹が抉られる。
「ううっ……!」
呻くフレッド。激痛に集中力を奪われた事により照明の魔術が解除される。
(私の勝ちだ)
フレッドは咄嗟に呪文を詠唱する。しかし、魔術は発動する瞬間が一番魔力を消費する。再び照明魔術を発動しても、継続時間がそれほどないまま魔力を切らしてしまうのではないか。その葛藤が隙を生んだ。光一つない暗闇の中、アルストロエメリアの刀が迫る。音もなく近寄り、フレッドの腹を貫いた。
「がぁぁぁぁあっ!」
絶叫し、吐血し、フレッドは気を失った。
「フレディィィィィィッ!」
「よくも!」
フレッドの叫びに仲間達が怒りを示す。その闇の中、一点の光が灯る。その光は徐々に大きくなる。
「灯りと言えばコレじゃろう?」
オークを全滅させたコーラムバインが炎で洞窟を照らした。なお、この時相棒の龍はオークとの激戦により倒れた。彼に心の中で礼を言いつつ、コーラムバインはアルストロエメリアを睨む。
「ふん、魔力の無駄遣いを」
「ならば、魔力を使いきる前にお主を倒すまでじゃ」
アルストロエメリアは風を、コーラムバインは炎を飛ばす。二つの攻撃はぶつかり、威力が上だった風が炎を散らせる。
「チッ」
「言っただろう……貴様では私に勝てないと」
コーラムバインは舌打ちしながら、こちらの戦力を確認する。現状で立っているのは自分の他に創平と静香だが、二人ともかなりの傷を負っている。フレッドと小雪、そして自分を乗せた龍が倒れていて、マリアと煉、ロウンがどうにか起き上がろうとしている。
(ならば……こうするのじゃ)
コーラムバインはこれまでとは比較にならないほど大きな炎の塊を作り出す。
「はぁぁぁっ!」
「無駄だ」
撃ち出された炎の塊は風により書き消される。しかしコーラムバインは諦めずに再び巨大な炎を生み出した。
「くどい」
アルストロエメリアは魔法ではなく刀を振ることによって発生した風で炎を消した。
「ふん……つまらない奴じゃのう。素直に焼かれていれば良いものを」
「それは私を焼ける炎を出してから言うことだ」
「そうかそうか……しかしお主、動きが鈍ってきておるぞ。お主なら避けた方が早いのではないか?」
その指摘にアルストロエメリアは淡々と返す。
「避けるも攻撃を無効化するのも大して変わらん」
「本当にそうかのう……? お主、ぴすとるとやらによる傷があるようじゃが、見ているだけでも痛そうじゃぞ?」
「それは貴様が軟弱なだけだ。この程度の傷、どうという事はない」
会話の最中にも繰り返し炎を出すコーラムバインと、炎を消すアルストロエメリア。
「確かにお主は心が強靭と見える。そんな痛み、確かにどうという事はないのじゃろう。じゃがな、どんなに我慢が出来ようとも傷があるのには変わらん。その傷だらけの体は、お主の高速移動に耐えられない。違うかの?」
コーラムバインの指摘が図星だったのか、アルストロエメリアは眼を細める。その反応にコーラムバインは笑う。
「ほうほう、ならばこうじゃ」
コーラムバインは左手に大きな炎の球を作り、それを圧縮させる。高威力狭範囲のそれを撃ち出す。
「舐めるな!」
アルストロエメリアはそれに対し、回避して対処する事に決めた。いざ身体を反らしそうとした彼女の体が悲鳴を上げる。
「がぁっ!」
激痛に悶えたアルストロエメリアに炎の球は容赦なく命中する。
「ぐっ、うぅぅぅぅぅ!」
「これはとんだうつけじゃのう。普通に刀を振れば無力化できたものを、挑発に乗ってわざわざ避けようとしおって。……ふふっ、可愛いのう」
ニンマリと笑うコーラムバインはまた、炎の球を作る。これまでで一番大きな炎の球は風船が膨らむようにどんどん、どんどん、どんどん大きくなっていく。洞窟の天井はジリジリと削れ、砂がザーザーと雨のように降る。
「これで終わりじゃ」
コーラムバインの全力を込めた、人三人程はまるまる飲み込めそうな炎の球が発射された。それに地面に転がるアルストロエメリアは顔を向ける。
「くっ……」
その眼に諦めの色は無い。敬愛する魔王の命令によりここに来た彼女は絶対に諦めない。
「うぅぅぅぅっ……、このぉぉぉ……!」
悲鳴を上げる身体に鞭打って、アルストロエメリアは立ち上がる。構えるは、愛刀『空』 。魔法による風を生み出すにはある程度の集中力が必要とされる。それは今の彼女にとってまどろっこしい。彼女は「ただ剣を振るだけ」というシンプルな方法で風を起こすことを決めた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全身全霊を込めて、刀を一気に振り下ろす。全力の一閃は暴風を生み、炎の球を蹴散らし、その向こうにいるコーラムバインを吹き飛ばす。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
敵を撃破し、アルストロエメリアの呼吸は荒くなる。その敵の顔は笑っており、アルストロエメリアにもそれが感じ取れた。何のつもりだ、そんな疑問を口にする前にコーラムバインは言う。
「言ったじゃろう? これで終わりじゃ、と」
何が、と思った瞬間、アルストロエメリアの腹部に激痛が走る。そこには銀色の刃がキラリと光り、腹を貫いていた。
「がはっ」
吐血。それは内臓が傷付けられたことを意味する。
「……な、ぜ…………がぁぁっ!」
突き刺さる刃は彼女の体を縦横無尽に駆け巡り、肉を切り、骨を断つ。緑色の血液が噴水の水のように吹き出る。朦朧とする意識の中でアルストロエメリアはコーラムバインの声を聞く。
「何故か、妾の中にはこんな情報があったのじゃが……」
それを前置きとしてコーラムバインは言う。
「お主は本来、広い範囲の情報を正確に察知する能力を持っておる。現に最初は周囲の情報を元に上手く多数相手に戦っておったな。じゃが、お主の性質として一つの事に集中するとそれ以外の事が見えなくなる様じゃ。故に、ぴすとるの攻撃にも気付かなかった。……そして、妾におちょくられて怒ったお主は、妾の分かりやすい必殺の一撃への対処に集中した。それ以外を切り捨てて」
長々と続く彼女の言葉の意味を吟味するのも面倒くさいアルストロエメリアは考えるのをやめた。だが、コーラムバインは構わず続ける。
「確かに妾一人ではお主に負けていたであろう。一つの事に集中するのに長けているお主は、一対一の戦闘で最大限の力を発揮する。じゃが、今回はそうではなかった……おっと、既に寝ておるか」
アルストロエメリアの意識が無いことに気付いたコーラムバインは掛けられた声の方向に視線を移す。
「お前……俺が動けなかったらどうしてたんだ?」
「さあの。その時はその時じゃ」
声の主は煉である。彼は力を振り絞り、ユニークスキル『浮かし』によって剣を飛ばし、コーラムバインに集中するアルストロエメリアにとどめを刺したのだ。
「奴が動きを鈍らせていたのは傷のせいだけではない。奴は麻痺毒を食らっていた」
「いつの間に毒など……?」
「小雪は触れた相手に毒を与える能力を持っている。恐らくは奴の剣を受けた時、能力を発動したんだろう」
「コユキ……ああ、あやつか」
煉に示された方に首を向けるコーラムバイン。そこには煉と同じように意識を取り戻したマリアが小雪に回復魔法をかけていた。その後フレッドに、そしてコーラムバインを乗せてきた龍に同じことをする。回復量こそ微々たるものだが、それでもマリアは魔法をかける。ロウンも立ち上がり、創平と静香も無事である。
「今の戦いは、決定打になりうるダメージを与えられたのが不意討ちだけだった。創平のカウンター、フレディの銃、そして俺の剣。……一回戦は勝利したが、ここからが本番だ」
そう言う彼の視線の先には、コーラムバインの炎によって照らされている、緑色の巨龍がいた。体力が一定以下に下がったアルストロエメリアがスキル『極限時龍化』により、龍に変身したのだ。龍になった魔族は普段とは桁違いの戦闘力を誇る。
「ブォォォォォォォォォォォオッ!」
暴風のような咆哮が、二回戦のゴング代わりとなった。