燃える豚
時は遡る。妖精王オーベロンとの戦闘で手負いとなった司東煉達は、振旗二葉が消えている事に気付く。彼らは二葉を探しに行くべきか、放置すべきかで迷った。クラスメートである二葉を見捨てる事は彼らにとってきついものがあるが、この手負いの状況で向かうのは危険で、下手すれば更なる犠牲者が出る可能性もある。そもそも、二葉が自分の意思でその場から消えたのであれば追う必要は無いという結論に達した彼らは撤退を決めた。石岡創平などはそれでも彼女を心配していたが、割り切る事にした。彼らは来た道を戻る。なお洞窟内はフレッド・カーライルの光属性魔術により照らされている。
今ここにいるのは比較的無事な創平、フレッド、小雪、静香と意識は保っているとはいえ傷が深い煉、マリア、ロウンという面々である。龍人族のリーダーであるロウンは人族を恨んでいるが、魔王軍への不信感から共闘することになっている。とはいえ、現在の彼を戦力として期待する事は難しい。
「大丈夫でしょうか、振旗さん」
「大丈夫だと、願うしかねーだろ」
「そうですね……」
小雪の不安げな呟きに、創平が答える。ちなみに今は静香がマリア、小雪が煉、そして体の大きいロウンを創平とフレッドが二人がかりで運んでいるという状況である。静香の能力で大きな龍に変身して怪我人を全員運ぶことは可能であるが、今後何があるか分からない以上魔力の無駄遣いは出来ないという理由で、今のような状況になっている。彼らはゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。
「それにしても、やっぱ魔王軍ってやべぇよな。あの妖精王一人でオレ達全員やられるトコだったし。あんなのがワラワラいたら、オレ達全員でかかっても倒せねー気がするけどよ」
「そうだよね……結局相手の戦力とか分からないままだし」
「ですが、流石に彼は魔王軍の中でも上位でしょう。妖精王という肩書きもそうですけど、私達には四乱狂華のハイドランジアを倒したという経験もあります。四乱狂華レベルの敵がそんなにいるとは思えません。ただ、強敵が沢山いる事は覚悟しなければいけないでしょうが」
「オー、暗い事ばっかり考えてても気が滅入るだけネ! そろそろ休憩でもしようヨ!」
「そうだな、フレディ」
そんな会話をする彼らはフレッドの提案により背負っていた者達を置き、そして自分達もその場に腰を下ろす。
「……悪い、な」
「気にしないでください、煉君」
ぐったりとしながら謝る煉を小雪は慰める。そして創平は携帯していた干し肉を鞄から出す。
「煉、食えるか?」
「……ああ」
煉は頷き、干し肉を受け取る。それを小さく千切り、口に入れて咀嚼する。
「……本当に、すまない」
「気にすんな。立場が逆だったらそこにいたのはオレだ」
「だが……」
「だーかーらー、そうやって自分を責めんなって」
申し訳なさそうな煉に創平はわずかに苛立ちを見せる。
「創平……?」
「お前がここにいるオレ達の中で一番強いのも分かる。そうなる為にお前が一番努力してたってのも分かる。でもな、オレ達だってそれなりに頑張ってるし、それなりに強いつもりなんだよ」
「……」
創平に言われて煉は俯く。他の面々は何も言わずにその様子を見ていた。その場に沈黙が訪れる中、バサバサという何かが羽撃く音が風を伴い響いた。
「敵……?」
静香が不安げに声を漏らしながら戦闘態勢に入る。他の動けるメンバーもそれぞれ武器を執る。煉やマリア、ロウンも立とうと試みるが上手くいかない。
「くっ……」
悔しげに呻く煉を創平は叱咤しようとする。だがその前に風音の主である影が現れた。小雪とフレッドが魔術を詠唱しようとすると、影からは声が発せられた。
「ま、待つのじゃ! 妾、妾じゃぞ!」
影の正体――それは巨龍だった。そしてその背中に乗るのは魔族の幼女、コーラムバインだ。その声を耳にした小雪たちは戦闘態勢を解く。
「コーラムバインさん! どうしてここに!?」
「お主らが魔王軍の所に行ったのでな、少々様子を見に行こうと思ったのじゃ」
「私達を心配してくれたんですね!」
「べ、別に心配などしとらんわ! 最初は放っておこうとも思ったのじゃが、どうなったのかが少しばかり気になっただけじゃ」
「それって心配してくれているって事ですよね?」
「う、うるさいわー!」
ツンデレなコーラムバインに小雪は礼を言う。だが、コーラムバインは素直な反応をしない。彼女は地面に倒れている煉を発見する。
「レン! 無事なのか!?」
「ああ、問題ない」
「しかしすごい傷じゃ……。お主ら、一体何と戦っていたのじゃ」
コーラムバインは神妙な表情で煉を見ながら質問する。
「妖精王、とか言う奴だ。アイツはたった一人でオレ達全員を全滅寸前にした。煉とマリアがアイツをどうにか食い止めてたけどどうにもなんなかった。あの戦いについていく事すら出来なかったオレが言えた事じゃねーんだけどな。フレディが何とかしなければヤバかった」
創平は悔いる様に説明する。コーラムバインは頷く。
「成程……随分と苦戦した様じゃな。妾ももっと早く行くべきじゃったかのう……」
「いや、何だかんだでオレ達は無事だったんだ。アンタまで自分を責める必要ねーよ」
「妾までとな?」
「ああ、煉も自分を責めてんだよ。そんな必要ねぇんだけどな」
創平の言葉に煉は気まずげに目を逸らす。コーラムバインはふむふむと頷く。
「なるほどのう。話を聞いた限りじゃと、レンに落ち度は無さそうじゃが」
「そうなんだよ。アンタからも言って――」
創平の言葉は不意に遮られる。そこに豚の様な顔の巨漢――魔物オークが現れていたからだ。
「オイオイ……空気の読めねえブタ共だな」
「すぐに片付けるヨ!」
創平達は再び戦闘態勢に入る。余裕を見せてはいるが、彼らは全員疲れが溜まっている。それを見抜いたコーラムバインは前に出る。
「待つのじゃ。ここは妾に任させて貰うぞ」
「でも……」
「遅い」
コーラムバインの右手がゆっくりと上がり、腕を地面に対して水平にする。
「消し炭にしてやろう」
呟きと同時に彼女の小さな手から炎が出る。みるみるうちに大きくなったそれは一匹のオークを丸々包み込む。そのオークが悶え苦しむ一方で別のオークの魔の手が迫る。
「甘いぞ」
しかし彼女は動じずに、左手から炎を出す。撃ち出された炎の弾丸はオークの特徴的な鼻にヒットする。臭いをかぎ分けるために神経が集中している鼻にだ。オークは苦しげに叫ぶ。
「ブヒィィィィィィイ!」
「そうか、もっと欲しいか」
コーラムバインは妖しげに笑う。その妖艶な幼女を残りのオーク達はブヒブヒと鼻息を荒くして囲む。所詮彼女の腕は二本、全員でかかれば倒せる……そう彼らは考えた。だが――
「所詮オツムは魔物じゃのう。妾の美しき姿に思考停止してブヒブヒ言うしかできないブタ共め。燃えるが良いわ」
彼女は赤みがかった両腕を水平に広げ、回り出す。すると彼女を中心に炎が渦を描き始めた。紅蓮の渦炎はオーク達をまとめて巻き込む。
「ほい、料理完了じゃ。美味そうに焼けたかの」
オークの焼けた匂いを嗅ぎながらコーラムバインは言った。彼女の手際の良さに一同は舌を巻いた。