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墓所の老紳士

 ラフトティヴ帝国が空撃巨人及びパッシフローラの襲撃を受けておよそ三十日。都市の復興作業は巨人やヴェルダリオンが有ろうとも未だ終わらない。家を失った住民は野宿したり、周辺都市に避難したりといった状況である。


 一方で、今回の戦闘で亡くなった者達の墓も続々と作られた。この国の墓の形式は、遺体を木製の棺に入れて土に埋めて、その上に加工した石に死者の名前を彫って置くというものが一般的となっている。ずらずらと墓石が並ぶ共同墓地には今も多くの人々が訪れ、すすり泣くような声もそこかしこから聞こえる。そんな中、とある墓石の前でも一人の人物が祈りを捧げていた。


「……」


 その名は神代聖騎。墓石の前には純白の果実ブシャを置いて、目を閉じて、手を合わせている。


「食わねぇで置いとくんなら、食わせろ」


 聖騎の背後には異形の獣人ノアズアーク・キマイラが立っていて、そんなことを言う。


「だからこれはミオンのものだよ」

「ソイツは死んだんだろ」

「それでもだよ。まぁ、これは僕の世界での文化だから、理解は難しいかも知れないけれどね」


 呆れるように言いながら、聖騎は持っていた袋をゴソゴソとまさぐり、中から別のブシャを取り出してノアに渡す。リンゴ程度の大きさのそれを、ノアは一口で飲み込んだ。


「食べさせ甲斐が無いなぁ」

「もう一つだ」

「ダメだよ、これはみんなの分のお土産なんだから。結構高いんだよ、これ」

「誰のお陰でここに来られたと思っている?」


 ここにノアがいるのは、聖騎を運んできたからである。リノルーヴァ帝国に拠点を移した聖騎がラフトティヴ帝国に来るのにはかなりの手間がかかる。二国は大河によって隔てられている為船が必要であり、大河を渡ってからも山や谷を越えなければならない。しかし、飛行能力を持つノアに運んで貰えば、驚くほどの速さで国を移動できる。聖騎はやれやれと首を振り、白の果実をもう一つノアに渡した。やはりノアはそれを一口で食べてしまう。


「まったく……」

「満足だ」

「それは良かった」


 呑気にそんな会話をする二人だが、聖騎は第六感、ノアは嗅覚で何者かが近づいてくるのを察知する。二人が同じ方向に顔を向けると、そこには老人がいた。


「おっと、これはこれは。驚かせるつもりは無かったのですが」

「お構いなく」


 柔和な表情で恭しく頭を下げる燕尾服に身を包んだ白髪の男を見て、聖騎は執事を連想する。だがそれ以上に彼は違和感を覚えた。


(この気配……只者じゃないね。どこの誰かな?)


 同時にノアも声を荒げる。


「お前、何しに来た」

「私もこの墓地に用事がありまして」


 ノアの巨躯に迫られても老人は冷や汗一つ書かず平然としている。ノアは苛立ちを覚えつつも、それ以上は何も言わない。すると老人はニッコリと笑う。


「お嬢さんに獣人さん。それでは、私はこれにて」

「……いえ、こちらこそすみません。呼び止めてしまったようで。それと、僕は男です」

「左様ですか。これは失礼」


 愛嬌のある顔で老人は驚く。今の彼はゴシックアンドロリィタのドレスを着ている――厳密には無理矢理着せられているという状況である。彼の主君であるメルン・ラクノンの提案により、彼女の臣下になったローリュート・ディナインがデザインし、同じく臣下になったフレイン・ネルイーヴが製作したそれを着る事を聖騎は拒否したが、メルンにより強行された。ドレスどころかカチューシャのおまけつきである。その上、以前右眼を負傷した際に購入した漆黒の眼帯に、ローリュートが考案したパラソル型神御使杖・オーブリューを装備している。ここには完璧なゴスロリ美少女がいた。


「じゃあノア、行こうか」

「ああ」


 ノアは聖騎の体を前に抱き、固定する。当初は聖騎が背中から掴まる事を考えていたが、それではノアの高速飛行に耐えきれない為この様なスタイルにならざるを得なかった。離陸の時は周囲の墓石に配慮しろとの聖騎の命令により、そっと空中にジャンプしたノアが羽撃こうとした時、老人は言う。


「また会おう、カミシロ・マサキ」

「……!?」


 予想外の言葉に聖騎が引き返して欲しいと思った時には、かなりの距離を飛行していた。



 ◇



「それで、結局そのおじいさんが誰なのかは分からないって訳ね」

「うん」


 リノルーヴァ帝国、ロヴルード。メルン・ラクノンの保有する館にて、くし型に切られたブシャに舌鼓を打ちながらメルンは聖騎の報告を聞いていた。このテーブルにはメルンに古くから仕えてきたウロス、シュル、フェーザの他に、サリエル・レシルーニアをはじめとしたレシルーニア数名、ローリュート・ディナインにフレイン・ネルイーヴ、ノア、そして天使のような容姿の機械アジュニンといった面々がいた。


「カミシロ、私の機能の使用により、件の人物の詳細を把握出来る可能性が有ります」

「そうだね、じゃあ頼むよ」

「了解……直ちに『棒輪の間』へのアクセスを開始」


 アジュニンの提案に聖騎が頷く。するとアジュニンの双眸がチカチカと光る。当初、異世界から訪れた彼女はこの世界の言葉を知らなかったが、数日の学習により完全にマスターした。彼女の数多ある機能の一つとして、異空間への干渉が出来るというものがある。彼女が造られた世界に存在するデータベースにアクセスして情報を手に入れるという用途で使われている機能だが、聖騎により、今彼らが存在している空間と重なり合うように存在する『棒輪の間』のデータを入力することによって、そこにある情報を手に入れる事が出来るようになった。


「カミシロの証言を基に検索開始…………情報不足により絞り込みに失敗。新たな情報を求めます」

「新たな情報ねぇ……見た目の情報は伝えたしなぁ。お墓に用があるって言っていたから、あの戦いで家族とか知り合いを亡くした人なのかな? これで条件が絞れる気がしないけれど」

「検索開始……情報不足により絞り込みに失敗。これ以上の情報を求めるのは困難であると判断。本ユニットはエネルギー残量の低下によりキューブモードに移行」


 一方的にそんな事を言った挙句、アジュニンの体はバラバラに分解され、立方体を作る。


「またエネルギー切れか。空気中の物質を取り入れてエネルギーに変換という話だったけれど、相当効率が悪いような。一日の起動可能時間は三時間位。元の世界では空気を構成する気体の成分の影響でもっと長く動けると聞いたけれど」

「マサキ、分かる言葉で言って」

「そんなに難しい事言ったかな? この世界がどうなのかは知らないけれど僕の世界の空気は窒素が八割弱、酸素が二割くらい、他にアルゴンや二酸化炭素などが少しずつ含まれていて……」

「バカにして……!」


 首を捻るメルンは不機嫌になる。今ここで聖騎の言葉を理解できたのはサリエルやローリュートくらいである。空気が複数の気体によって構成されている、という概念は科学が発達していないこの世界の人間にとって理解が難しい。よって、メルン達の頭が悪いのではなくサリエル達が異常なのである。聖騎もそれを承知の上でメルンをからかっている。ゴスロリを着せられている事に対するちょっとした報復である。


(しかし、僕の名前を知っているというのはどういう事だろう。ラフトティヴ帝国で僕が名乗ったのはローリュートとフレイン、ミオン、そしてノアの前のみ。その時周囲に人がいなかったことは確認している。でも、シウルは僕の名前を知っている。シウルから他の誰かに伝わった可能性も有る。有るけれども……あれだけの気配を放てる人がいるのだろうか)


 わめいているメルンを適当に相手しながら聖騎は思考を巡らせる。


(そうか、人ではなく魔族ならありうるかも。あの肌の色は人族のものかと思ったけれど、魔族の肌の色は個体によって色々だから、人に近い色だった事も考えられる。もしくは変身する能力を持っているか。魔王軍にはクラスでも何人かが所属を強いられているらしいし、僕の名前を知っていてもおかしくない)


 聖騎は表情を輝かせる。だがアジュニンはしばらく、立方体の状態でいなくてはならない。


「ねぇローリュート、例のアレの完成はまだ?」

「もうちょっとしたら出来そうよ」

「そう、楽しみにしているよ」


 ローリュートの報告に聖騎は安心したように言う。彼が依頼したのはアジュニンに接続し、その内部の情報を見る為のモニターと、それを操作するための入力装置だ。アジュニン自身がこれに関わった事により、容易に実現が出来る。それさえ完成すれば、アジュニンが休憩キューブモードの時にもデータベースにアクセスし、好きな情報を手に入れる事が出来る。


(館の改装も順調に進んでいる。新型ヴェルダリオンの開発もラフトティヴの貴族達の協力により順調。資金徴収の為のアレももうすぐ準備が出来そうだし、何もかもが良い感じだ)


 内心でそんな事を考える一方で、聖騎の脳裏にはマイナスな考えも浮かぶ。


(何かが厄介なことをしてくる。シウルかギザか魔王軍か、誰が邪魔をしてくるかは知らないけれど、そうそう簡単に物事は進まない、そんな気がする)


 無意識に表情が険しくなる聖騎をローリュートは見逃さなかった。

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