集う異端者達
帝都は惨状そのものだった。建物という建物は崩れ、そこかしこに死体が転がっている。死は免れたが大怪我を負っている者も少なくなく、他の都市から派遣された兵士達によって運ばれ、回復魔術が使える魔術師はあちこちで忙しく魔術を使う。
そんな中で、ラフトティヴ大宮殿はほぼ無事な状況で形を残している。だが、更に驚異的なのは、この大陸でも最大の建築物である英雄ヴェルダルテの銅像が全くの無傷であることだ。瓦礫の中で雄々しく建っているそれは、民に勇気を与える。
(確かにこの銅像は莫大なお金を掛けて造られたのだろう。でも、だからといって、こんなに大きな銅像が無事だなんて信じられない)
帝都にたどり着いた聖騎は銅像を見て考える。パッシフローラが起こした地震は、遠く離れた彼の所にも影響を及ぼしていた。
(衝撃を上手い具合に緩和させる構造やら素材が使われている……としたら、他の建物にもそれが応用されていてもおかしくない。いや、銅像と宮殿だけで素材をすべて使いきった、という事も考えられなくは無いけれど……)
その疑問を誰かにぶつけたい聖騎だが、今、フレインをはじめとする兵士達は大忙しで、そんな話をしている暇など無い。
(でも、これだけは優先して話さないとな)
腕の中の冷たい死体に意識を向けた聖騎は、兵士にマニーラの居場所を聞き出す。彼女が今忙しい事は聖騎にも容易に想像できたが、後回しにする気にはなれなかった。やがて、次々と部下に指示を送っている彼女を発見した。
「マニーラ様。内密にお話ししたい事が」
「それは今すぐでなくてはいけませんか?」
「マニーラ様が今すぐにでも知りたいであろう事についてです」
マニーラは聖騎のローブ腹部の膨らみに目を向ける。そして、表情の見えない彼を胡散臭げに見てから、副官の女に後を任せて、大宮殿の一室に向かう。
「それで、話とは?」
「こちらです」
警戒するマニーラは聖騎に話を促す。聖騎は短い言葉の後に、ローブの下からミオンの死体を見せる。腕も脚も失っているが、その表情は安らかだった。
「ミオン!?」
その無惨な姿にマニーラは思わず声を上げ、聖騎からその体を奪い取る。
「どうして……どうしてこのような事に!」
「私を守る為にミオン様は亡くなりました」
淡々と質問に答えた聖騎をマニーラは睨み付け、ミオンをぎゅっと抱く。
「どうして……あなたのようなクズが生きていて、この子が死ななくちゃいけなかったんですか!? この子はね、将来騎士として有望で、この国を守るという未来が有ったんですよ! それなのに……あなたさえ……あなたさえいなければ!」
「……クッ」
マニーラは取り乱したように怒鳴り声を上げる。それを受けて聖騎は押し殺したような声を出す。
「この子の気持ちがあなたには分かりますか!? 私が言葉足らずだった責任も有りますが、この子はあなたに好意を抱いていました! その気持ちにあなたは答えましたか!? どうせあなたのような人でなしは、表面上それらしい事を言いながらも感情は何一つ動いていないのでしょう!」
「……クッ、ククッ……」
相変わらず押し殺した声が出る聖騎。顔を伏せ、肩を震わせる彼を見て、実は彼なりにも思うところがあったのかとマニーラは思う。だが彼女は違和感を覚える。すると、聖騎の様子が急変する。
「ククククッ……ククッ、クッ…………あはははははははははははははっ!」
聖騎はあろうことか、大声で笑いだした。フードがめくれるのも気にせず腹部を抱えて、呼吸困難になるかならないかという状況に陥った。
「あなたという人は……!」
その時、マニーラの中の何かが切れた。ミオンをテーブルに置いて、その手を聖騎の首に向かわせる。
「殺してやる……殺してやる……!」
「あははははっ……はぁ……はぁ……」
聖騎も黙って殺されようとはしない。何とか笑いを抑え込み、後ろへ逃げる。だが、怒りに支配されたマニーラは聖騎を逃がさない。身体能力が勝る彼女は脚を払って転ばせて、よろけた彼を強引に押し倒す。その首を両手で締め付ける。
(良い表情だ)
怒りと悲しみに歪んだマニーラの形相を見て、聖騎は本能的にそう思った。人が作れる表情の中で最も美しいと思った。それが人として最低だと評されるべき感想であることを理屈では分かっているが、彼の高揚は止まらなかった。
「殺してやるゥゥゥゥゥゥゥッ!」
普段の理知的な態度などかなぐり捨てて、甲高い声で叫ぶ。聖騎が魂を召還して身を守ろうとして、その必要が無いことを第六感で感じ取った。部屋の扉が開かれる。
「悪いけど、ウチの参謀をみすみす殺させる訳にはいかないんだよね。たとえ人として終わってても」
「アンタの気持ちは痛いほど分かるんだけどさ、顔馴染みを殺されんのは目覚めが悪いのよ。こんなイッちゃってる変態だろうとね」
部屋に入ってきたメルンと鈴がマニーラの体を押さえ、聖騎に散々な評価を下す。聖騎とマニーラが大宮殿に向かうのを偶々見ていた二人は興味本意でその後をつけ、室外から二人の会話を聞いていた。マニーラが首締めを始めてすぐに部屋に入らなかったのは、聖騎にもそれ相応の苦しみを与えるべきだという二人の考えが一致したからである。だが、言葉通り死ぬ事までは望んでいない為、助けに入ったというところだ。ともあれ解放された聖騎は咳き込む。
「ゲホゲホッ……助かった」
「クズ野郎、殴っていい?」
「それは困……ごふっ」
鈴は聖騎の答えを最後まで聞かずに腹を殴り、聖騎はうずくまる。鈴はゴミを見るような眼で彼を見下ろす。
「取り合えずこれで終わり。これ以上文句は言いっこなし。良い?」
「ダメ……この人は殺さないと……」
「良い?」
メルンに羽交い締めにされてもがくマニーラを、鈴は語尾を強めて黙らせる。マニーラは納得はしていないものの、冷静さはある程度取り戻した。
「……はい」
「という訳で、アンタの部下は帰りを待ってるわよ。さっさと行きなさい」
「そう……ですね」
自分より歳上のマニーラにも当たり前のように命令口調の鈴。マニーラはミオンを抱いて、急いで外に出た。
「で、神代。アンタの性癖にどうこう言うつもりは無いんだけどさ、何をしようと考えてんのよ?」
「僕はクラスのみんなが無事に元の世界に帰るために頑張っているよ」
「よくも白々しくそんなことを……。まあ良いわ」
話をはぐらかした聖騎に答えを求めることを鈴は諦める。
「それじゃあ私は行くわ、メルン。本当にそんなのを身内に置いていいの?」
「まぁね。あまりにも完璧すぎると嫉妬しちゃうし、これくらいの欠点があった方が逆に良いんじゃないかな」
「アンタもアンタで大概ね。じゃあね」
「うん、ばいばーい」
鈴もその場を去っていく。部屋には聖騎とメルンの二人が残された。
「いやー、私も将来の女帝として器は大きくなくちゃ、なんて思っているけど、それでも無理なものは無理かな」
「これは面目ないですね」
「あなたは何でそんな風になっちゃったの?」
フードを被り直した聖騎とメルンも部屋を出て、大宮殿内を歩きながらそんな会話をする。
「とは言っても、生まれつきですよ」
「生まれつき、人の不幸が大好きだったって事?」
「そうですね。本当に何故なのかは分かりませんが、私は人の涙が大好物でした」
聖騎の答えを聞いて、メルンは鈴から聞いた話を思い出す。幼少期の彼が、妹の死に悲しむ咲哉を見て笑みを浮かべていたという話は、メルンにわずかながらの驚きを与えた。
「へぇ、それをどうにかしようと思った事はあった?」
「……そうですね。『普通』の人と感覚が違う人間は、社会の中では淘汰されますからね。様々な本を読めば『普通』の人と同じ感覚を手に入れられるかもしれないなんて思いましたが、無理でした。ですので私は、変わる事を諦めました」
「それで、自分が変わるんじゃなくて、世界を変えようとしていると?」
メルンの言葉に、聖騎の隠された目は見開かれる。
「そこまでお教えした覚えは無いのですが」
「大体わかるよ。私は将来の女帝だよ?」
不遜な表情でメルンは言う。顔を伏せたまま聖騎は笑う。
「女帝ですか……そうなる為にはそろそろ本格的に動く頃ですね。リノルーヴァ帝国はもうじき統一されるでしょうが、ここでギザ様――あなたのお父様が新皇帝を名乗る前に動く必要が有りそうです。シウル様よりも早く」
「もうそんな時期か……ここまで辛抱強く待ったけれど、やっと動けるんだね」
「はい。私やメルン様はこの国で、サリエルはリノルーヴァで貴族とのコネを築いた。その上ちょうど、肉弾戦において無類の強さを発揮する味方も出来た。今こそ行動の時です」
二人は大宮殿を出る。するとそこにはノアとローリュートが待ち構えていた。
「よう」
「アタシ、大宮殿出入り禁止になってるからここで待ってたわよ」
「何をしたのかな……?」
ローリュートの言葉に聖騎は疑問を示すが、ローリュートはニコニコと笑ってごまかす。
「まあ良いや。ローリュート、君は僕に協力してくれるんだよね?」
「そうよ。アンタならアタシの求める最高の『美』を見せてくれる気がするから。その為にアタシが出来る事は何でも協力するわ。たとえば、アンタの為のヴェルダリオンを造ったりとかね」
「それなら僕にもリクエストが有るんだ! 設計には口を出させて貰っても良いかな?」
「遠慮なくちょうだーい」
「じゃあまずは……」
「よく分からんが後にしろ」
盛り上がろうとしている聖騎とローリュートに、ノアがツッコむ。その様子を見てメルンは言う。
「マサキ、随分と楽しそうだね」
「いえ……そのような事は」
「その切り替えの早さは尊敬するんだけど、何だか気に食わない」
メルンは微妙な表情になる。
「何かお気に召さない事でも?」
「何というかさ、マサキって私には敬語で話すじゃん? いや、別に私だけって訳じゃないんだけどさ、ウチの陣営であなたが敬語を使うのは私だけじゃない」
「それは、メルン様が私の主君ですから」
「まあ、確かにそうなんだけど」
メルンは口ごもる。するとローリュートがニヤニヤと笑う。
「あらやだ。お姫ちゃんアタシに嫉妬してるの?」
「そういう気持ちもあるかもしれない。分かってると思うけど、恋愛的な意味ではなくてね」
「真顔でそれを言われると流石にアタシもマサキが不憫だわ。まあ、本人は微塵も気にしてないっぽいけど」
「つまり、どういう事なのでしょうか、メルン様」
人の心に疎い聖騎は、メルンが何を言いたいのか分からない。メルンは真顔で言う。
「公の場所以外では、私にもフランクに話してって言ってんの」
「はぁ」
「というかさ、正直あなたの敬語って気持ち悪いんだよね。敬意を持たれてない事がまるわかりの敬語って不快でしかないんだよね。もうぶっちゃけるけど」
不機嫌さ全開のメルンの言葉に、聖騎は軽く動揺する。
「これはこれはメルン様。すばらしい提案でございますね。流石はいずれこの世の全てを手に入れるお方……ごふっ」
「バカにしてんのが見え見えなんだけど」
あえてわざとらしい敬語で話した聖騎の腹を、短時間の間で二回目の鉄拳が襲う。一応聖騎なりの冗談のつもりではあったのだが、それが必要以上にメルンを刺激した。
「よく分からんが、お前もしかして馬鹿なのか?」
「よっぽど対人経験が無いという事は分かったわ」
ノアとローリュートが口々に言うのを聞きつつ、聖騎は腹をさすりながら口を動かす。
「分かったよ、改めてよろしくねメルン」
「やっぱりあなたはそのしゃべり方が似合ってるよ」
「そうかな?」
聖騎は首を捻る。ともあれ彼らは体を休めているミーミルの所へと向かう。彼は大宮殿の中庭の巨人が集まるスペースに向かい、彼が眠っているのを確認した。そして聖騎は言う。
「これからやる事は山積みだ。しんどいかもしれないけれど、付き合って貰うよ」
メルン、ノア、ローリュートは頷いた。
◇
リノルーヴァ帝国、ロヴルード。ここにあるメルンの館ではサリエルが謎の機械アジュニンと高レベルな議論を繰り広げていた。出会った当初は互いに言葉が理解できない状況だったが、ほんの数日経った今では完全に意思疎通を実現していた。議論のテーマは異世界について。異世界の調査を目的として創られたアジュニンがこの世界に来たのは偶然であるが、元々異世界の研究をしていたサリエルと出会った事は幸運であったと言える。高機能な中央処理装置による思考能力は高く、戦闘能力もかなりのものがあるそれには、一日の起動時間が限られていて、エネルギー残量が少なくなると立方体になって外部からのアクセスを受け付けない状態になる。今回も立方体になったそれを見ながら、サリエルは呟く。
「それにしてもすごいものがいるのねぇー。マサキが見たら喜ぶかしら」
まじまじとアジュニンを眺めるサリエルは、思い出したように呟く。
「そういえばラグエルからの連絡が無いけど、何してるのかしら?」
◇
リノルーヴァ帝国のとある都市。サリエルが身を案じているラグエルは、とある男に向かって跪く。その男は魔王の側近であるマスターウォートである。そうしているのは彼だけではない。そこには聖騎達のクラスメートだった藤川秀馬以下勇者六名がいて、ラグエル同様に身を低くしていた。
「よくやってくれたな。これでヴァーグリッド様もお喜びになるだろう」
満足げに言うマスターウォート。それを見て秀馬達は悔しげに歯を食いしばっている。一方でラグエルには生気がなく、虚ろな目をしていた。そんな彼らのそばには沢山の兵士の死体が転がっていた。その中に一つ、放つ雰囲気が他とは違う死体があった。
「ギザ・ラクノン。この国の長になり損ねた、哀れな男」
マスターウォートは淡々と、死体の名を呟いた。そして、その頭に手を触れる。
◇
聖騎達と別れた鈴は、やがて咲哉、夏威斗と合流する。亮が死亡し、その原因が裏切った梗にあるという事を鈴が伝えると、二人は怒りを見せた。翔はふさぎ込み、不良三人娘も複雑な表情をしている。その中の一人、藍は、妹の椿に連絡が取れなくなった事を怪訝に思っている。なお椿は秀馬と一緒にいる。彼らを見ながら鈴は、聖騎について思い出していた。
(アイツの笑ってた顔、咲希さんが亡くなった時に似てた。目の前で泣いている人がいて、それを心の底から楽しんでる、ムカつく顔)
鈴はその顔に既視感を覚えた。
(それに似た表情をした奴に、今日は会った。四乱狂華パッシフローラも、同じようにニヤニヤとムカつく笑い方をしてた。それに、この世界に来てちょっと経った時に会った、同じく四乱狂華のハイドランジアにも似てる気がする。あの気持ち悪い笑い方は絶対に忘れない)
そこで鈴はある可能性に思い至り、脳内でそれを馬鹿馬鹿しいと一蹴した。そんなことあり得ない。彼女は自分に思い聞かせた。
(神代もアイツらと同じ魔族だなんて、絶対にありえない)
念を入れて、そう言い聞かせた。