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呆気ない最期

 ノアにかぶりつかれたパッシフローラに、自動的に時間遡行魔法が発動する。ノアの口の中で。ノアが咀嚼する度にパッシフローラは再生し、突然臭くて暗い場所にいると思えば再び噛み潰される。しばらくそれが繰り返されていたが、飽きてきたノアは無理矢理呑み込もうとする。屈強な獣人の骨さえ溶かす胃液がパッシフローラに迫る。その様子をこの場に居る全員は呆然と見ていた。


「なあ、何だよアレ」

「俺が知るか」


 翔と亮がそんな会話をする。残り少ない兵士達も似たような事を話していた。自分達を散々苦しめてきた空撃巨人、そしてパッシフローラを一瞬にして無力化した、異形の生物。それが敵か味方かは置いておいて、ただ恐ろしかった。一般兵士の二倍はあるその体躯の中にパッシフローラが入っていく様子は、ただただ見る者に恐怖を与えた。


「お前、一体何なんだ!?」


 シュレイナーがノアに臆せず近付いていき、聞いた。ノアは言葉を返そうとしたが、噛む度に再生するパッシフローラが邪魔だったのでペッと吐き捨てて答える。


「ノア、らしい」

「らしいだぁ?」

「さっきそういうことになった」

「何を言ってんだ?」


 はっきりとしないノアの話し方にシュレイナーは混乱する。すると、液体まみれで地面に転がるパッシフローラが起き上がる。


「あなた……畜生の分際でよくもこのわたくしを……ぎゃっ」

「うるさい」


 口を開いたパッシフローラの顔面をノアは殴る。その際に首がもげるが瞬時に戻る。


「目的は果たした」

「おい、ちょっと待て」


 一応は無事であるパッシフローラを無視してこの場を去ろうとするノアをシュレイナーは呼び止める。


「何だ?」

「お前は一体何なんだと聞いてんだろうが」

「ノアと言ったのが理解できないか?」

「そうじゃねぇよ!」


 シュレイナーの言葉の意図が読み取れないノア。イライラするシュレイナーを彼はジッと見る。


「何だよ」

「いや、何でもない」

「じゃあ見んな」


 シュレイナーのツッコミを背中に受けて、ノアは跳躍の後に飛行する。彼は南の方に飛んで行った。


「本当に何だったんだ?」

「さぁ」


 そんな会話が兵士達の間でされる。だが、脅威が去った訳ではない。何だかんだでパッシフローラは顕在である。ノアの臭いが服に染みつき、彼女自身が異臭を放つ。彼女の時間遡行魔法は例外の一つとして、すでに死んでいる生物を生き返らせる事が出来ない。その理由は不明である。つまり巨人を全て失った今の彼女に残された戦力は、彼女自身のみである。だが、彼女は慌てない。


「さぁて、あの獣人の事は置いておくとしてぇ、ここでもうちょっと暴れても良いんだけどぉ、正直萎えたわぁ。まぁ十分に目的は果たせたと思うし退散ねぇ」

「あら、シッポ巻いて逃げるの? 悪臭女」

「あなた程度の挑発なんてわたくしにとって無意味だわぁ。何一つ響きはしないものぉ。サンパちゃぁん、どこぉ?」

「こちらです」


 パッシフローラの呼び掛けに、落ち着いた女の声が返ってきた。声の主はドシンドシンと音を立てて近づいてくる機械の巨人の上に立っていた。その姿を見て亮は言う。


「なぁオイ、アレって……」

「そうだ、俺が梗の為に造った奴だ……魔王軍め、人の物盗みやがって許さねぇ!」


 翔と亮は機体を取り返そうと、走り出す。するとその機体からは、彼らの聞き覚えのある声が発せられた。


「俺だよ、翔、亮」

「その声!」

「梗! お前が乗ってるのか」


 二人は機体が盗まれたものでは無いと知って胸を撫で下ろす。すると鈴が尋ねる。


「高橋、アンタの機体の上に魔族がいるみたいだけど?」

「そうだ。俺は魔王軍に協力する事にしたんだ」

「何を、言ってんだよ? 冗談だよな?」


 梗の突然の言葉に亮が狼狽える。翔も動揺していて、彼らほどではないが鈴も驚いていた。


「冗談でこんなこと言わねぇよ。お前らもいっしょに来いよ。魔王軍と戦うよりも、味方になった方が楽だぜ?」

「本気で言ってんのか? 俺達が元の世界に帰る為には、魔王を倒さなくちゃいけねぇんだぞ!」

「別に帰らなくたって良くねぇか? あっちに帰ったって、どうせ勉強だの何だのってめんどい事ばっかじゃねぇかよ。それよりもこっちの世界にいた方が楽だしな」

「ふざけんなよ! そこの女に何を言われた!?」

「サンパギータさんをバカにするな!」


 説得を試みる亮の言葉に梗は激昂する。すると置いてけぼりのパッシフローラが口を開く。


「よく分からないけどぉ、その子はわたくし達と一緒に来るという事かしらぁ? サンパちゃん」

「はい。彼とこの魔動兵器は私達にとって有用であると判断しました」

「そう。でも信用できないわねぇ。お友達と敵対した時に戦えませんでしたじゃ、話にならないわよぉ? そこの君、わたくしの言いたい事分かるわよねぇ?」


 サンパギータの報告を聞いたパッシフローラは、梗が操る機体に向かって言う。


「つまり、俺にアイツらを殺せって事か?」

「良く出来ましたぁ。同族相手でもためらいなく殺せることを証明してちょうだぁい」

「でも……」


 親友を殺せと言われて梗はためらいを覚える。そんな彼に、サンパギータが優しく言う。


「大丈夫です。あなたなら出来ます」

「サンパギータさん……」

「結果次第では、あなたをヴァーグリッド様に気に入って頂けるように私から進言いたします」


 その言葉に梗は頷く。


「分かったよ、サンパギータさん。俺はやる」

「期待しています」


 梗はヴェルダオンによる金属性魔術を発動し、金属の大剣を創る。


「なあ、本気で言ってんのか……? 本気で俺達をこ、殺すのかよ?」

「ああ、そうだよ」

「梗! ふざけんなよ……何でそんな――」

「じゃあな」


 梗のユニークスキルは、投げた物体を確実に目的に命中させる事が出来る『射りスナイプ』。その能力を使った梗は、大剣を亮の心臓部に向かって投げる。亮が回避する間もなく――回避したとしても標的を自動的に追いかけるのだが――目標を貫いた。機体のダメージは搭乗者である亮にダイレクトに伝わり、死に至らせる。


「亮ぉぉぉぉぉ!」

「高橋、アンタ自分が何やってんのか分かってんの!?」


 翔が叫び、鈴も目を見開く。二人とも亮の機体に近寄り、強制排出された亮の心臓からドクドクと流血しているのを確認する。だが、梗は動じない。


「やりましたよ、サンパギータさん!」

「これでヴァーグリッド様にも良い報告が出来そうです。では帰りましょうか、パッシフローラ様」

「そうねぇ」


 サンパギータが空間に大穴を発生させると、パッシフローラはその中に入る。梗も戸惑いながら機体をその中に移動させる。サンパギータはそれに乗ったままである。


「おい待て、何か言う事ねえのかよ、梗!」


 翔の叫びに答えは無かった。


「正義の味方メルン・ラクノン到着……って、これはどういう状況?」


 メルンが決め台詞と共にここに現れたが、場の空気に戸惑う。彼女と一緒に行動していた不良少女三人組も、状況把握に難航した。



 ◇



「へぇ、その人は魔王軍のパッシフローラだね。どうせなら食べちゃえば良かったのに」

「喰おうとはした。だが、噛んでも噛んでもまた元通りになんだよ気持ち悪い」

「それなら食べやすいように千切ってから口に入れれば良かったんじゃないかな。お腹辺りで半分にして、自分の脚とかが食べられる様子を見せつけるんだよ」

「なら、お前がやれ」


 帝都から離れて聖騎の姿を見付けたノアは、自分の戦闘の状況をざっと報告した。ちなみに聖騎は無事だったイマギニスと、もはや機能を果たしていない仮面と、空撃巨人との戦闘で満身創痍のミーミルを発見した。そのミーミルは今、ノアによって担がれている。ノアは自分の三倍はありそうな巨体を片手で軽々と持ち上げているという状況なのだが、もう片方の腕は、大量の兵士を運ぶための道具・運軍車を引いている。運軍車にはフレインが率いる部隊や、彼らが合流した兵士達、そして一人彷徨っていたキリルが乗せられている。本来牽引は巨人がやる前提で造られているそれは、獣人であるノアが牽くと台からかなり離れる。そんなノアの隣を聖騎が歩いているのだ。


「だがお前、乗らなくて良いのか?」

「疲れたら乗るよ。でも僕はあまり揺れの激しい乗り物が得意じゃないからね。そこのミーミルは人を運ぶ訓練もちゃんと出来ているみたいだから、僕の事も揺らさずに運んでくれたんだけれど」

「コイツ、喰って良いか?」

「出来ればやめてほしいな」


 物欲しそうな眼のノアに聖騎は苦笑する。そのローブは腹部がやたらと膨らんでいる。これは彼が急激に太った――――訳では当然なく、ミオンの胴体がしまわれている。死人の姿をあまり晒すものでは無いだろうという倫理観は聖騎にもあった。それはミオンの為でもあるし、彼自身が無用な同情を引きたくないというのもある。体のパーツをかなり失っているとはいえ、それなりの重さが彼の腕の中にあった。そんな彼にノアは言う。


「カミシロ。俺はお前がしようとしている事を面白そうだと思ったから、お前に協力すると言っている」

「うん」

「だが、もしもお前がつまらない存在だと判断したら、俺はお前の許を去る」


 あっさりと言い放つノア。それに聖騎は笑って返す。


「きっと君も楽しんでくれるはずさ。その為には君の協力が不可欠なんだけれどね。頼りにしているよ」

「ああ」


 ノアは短く頷いた。

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