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混獣無双

 自分に向かって飛んでくる空撃巨人達を見て、聖騎は自分の命を諦める。たった今、永遠の眠りについたミオンには生きて欲しいと言われたが、まともな武器も無く、体も動かないこの状況に活路を見出だす方が困難である。


(しかも、更に強いのが来るみたいだ)

 

 聖騎は空に、巨人とは別の、とても強い何かの存在を感知した。一体でも今の聖騎では勝ち目がない空撃巨人が十体いる上に、それより強い何かも相手にしなければならないとなると、希望を持つなど馬鹿らしいとしか思えない。だが聖騎はそこで、違和感を覚える。


(この感覚……知っている。何となく、そんな気がする)


 聖騎はその正体を思い出そうとする。だが空撃巨人は着々と聖騎に距離を詰める。


(まぁ、誰でも良いか。どうせ死ぬんだし)


 投げやりな態度の聖騎は、巨人の到着を待つ。そして彼の側に、大きな音を立てて巨大なものが落下した。砂ぼこりが上がる。聖騎はゲホゲホと咳をする。


(殺す前に嫌がらせか。良い趣味をしているね……あれ?)


 そんな感想を抱いた聖騎は、落ちたそれから気配を感じない事を訝しむ。そして目視してみると、それは巨人の頭のみだった。そして次には体も落ちてきたと思えば、また別の首、そして体も落ちる。


(何が……?)


 聖騎は首を上に向ける。そこには違和感の正体があった。それは聖騎にも一度見覚えのある、緑色の生物。筋骨隆々とした巨体には猛禽類のような翼と爪、龍の如き尻尾、ユニコーンを思わせる角に口元の大きく鋭い牙。そんな混沌とした生物は『最強の獣人奴隷』をコンセプトとして人工的に造られ、しかし奴隷としては失敗作に終わった問題児。コードネームは『七番目』だ。


(いや、アレを一撃で倒すか)


 聖騎の頭上の『七番目』が恐るべき速度で空撃巨人に肉薄し軽く拳を振るうと、まるでおもちゃの人形のように首がポロリと落ちた。そして瞬く間に、十体の空撃巨人は全滅した。頭と体が十セット、計二十の巨大物体が落ちた。


「くっ……」


 そして聖騎の側にも巨体が落下して、砂ぼこりを上げる。咳き込んだ彼が前を見ると、そこには『七番目』が立っていた。


「よう、操魂の堕天使」

「そういえばそんな称号もあったね。何の用かな」


 桁違いの戦闘力を見せ付けた異形の獣人に怯む事なく、聖騎は尋ねる。『七番目』はネコ科の肉食獣のような双眸をカッと開いて答える。


「お前のせいで死ぬところだったぞ」

「はぁ?」


 予想外の一言に、聖騎は間抜けな声を出す。『七番目』の表情は怒りに満ちている。


「あの光の柱、お前だろう?」

「まぁ、そうだけれど」


 巨人を一掃した魔術の事を言っているのだろうと思った聖騎は頷く。『七番目』は自分の眼を指差す。


「俺の眼はどれだけ離れている獲物だろうと見付けられる。そんな俺が、あの馬鹿眩しい光を直視したらどうなっていたか、お前には分からんか?」

「それは大丈夫じゃないかな、アレを誰より近くで見ていた僕でさえ、回復はしてきているし。そもそも失明はするかもしれないけれど、それが直接的な原因にはならない。それより、同じ言葉を僕から送らせて貰う。あんな無駄に大きい巨人の頭をバカスカ落として、僕に当たって死んだらどうするつもりだったのかな?」


 批難してくる『七番目』に対して、今度は聖騎が、直径一メートルはありそうな空撃巨人の頭を指差した。すると『七番目』は驚きに眼を見開く。


「何を言っている? この程度の物が当たって死ぬだと?」

「そうやって自分の基準を他人にも当てはめるのは止めた方が良いよ。自分が『普通』とは違う事を自覚するべきだ」

「あぁ? 何故そんな面倒な事をしなくてはならない?」

「面倒な事って……」


 自分がこれまで苦悩してきた事を何でもない事のように言う『七番目』に聖騎は呆れる。


「まあ良い。俺はこんなくだらない話をしに来た訳ではない。お前に話があって来た」

「今の話を持ち出してきたのが君だというのは置いておくとして、話とは何かな?」


 嫌味を言いつつ、聖騎は聞く。『七番目』は聖騎の眼を見る。すると彼は言う。


「俺はお前がやろうとしていることには興味がない。だが、お前からは得体の知れない何かを感じる」

「そうなのかな?」

「そうなんだ。とにかくだ、俺はお前についていく。俺の事を好きに使え」


『七番目』は聖騎の顔を見つめる。そして聖騎も同様だ。互いの眼を見て、彼らは目の前の相手を同志として認めた。


「分かった。歓迎するよ。ところで、君の事は何と呼べば良いかな?」

「好きに呼べ」

「それは良かったぁ。実は君の呼び方はずっと前から考えていたんだ。良いかな? 言って良いかな?」

「何をそう挙動不審になっている。言うならさっさと言え」


 勿体振る聖騎に『七番目』は苛立つ。


「ノアズアーク・キマイラ」

「ノア……何だ?」

「ノアズアーク・キマイラ。まず君は色々な獣人の体のパーツを持っている。僕の世界の神話には、同じく色々な動物のパーツを持つキマイラという生物がいるんだ。そしてノアズアークの方も神話からなのだけれど、これはノアの方舟という、色々な動物を乗せた船から名前を取っていて……」

「気持ち悪い。どれだけ自分の知識を披露したいんだ」


 嬉々として語る聖騎に『七番目』はピシャリと容赦ない言葉を掛ける。


「随分と酷い事を言うね。これは僕のアイデンティティだよ?」

「知ったことか。ノアなんとかでも何でも良いから好きに呼べば良い」

「でも確かにノアズアークは呼びづらいね。君の事はノアと呼ぶことにしよう。よろしくね、ノア」

「ああ、操魂の堕天使」


 聖騎が改めての挨拶をすると、『七番目』――ノアは聖騎を称号で呼ぶ。聖騎は苦笑する。


「いや……出来ればその呼び方は勘弁して貰いたいな」

「面倒だな。人族という生き物はどうしてそこまで呼び名にこだわる?」

「僕を人族のサンプルにするのはあまりおすすめしないな。まぁ、僕に限らずとも、一人の行動だけを見てそれを全体に当てはめるのは頂けない」

「よく分からんが本当に面倒な奴だ。それで、お前の事は何と呼べば良い?」


 心から面倒臭そうなノアの態度に、聖騎はやれやれと首を振ってから名乗る。


「神代聖騎。神代でも聖騎でも、どちらか好きな方を呼んでくれるといいよ」

「ならばカミシロと呼ぶ。文句はないな」

「うん」


 とりあえず満足したように聖騎は頷く。すると彼は、新たな気配を察知する。あまり強くはない集団と、それを追っていると思われる強大な一体の気配だ。聖騎はローブのフードを深く被る。


「どうかしたのか」

「まぁね。あぁ、今から僕は『パラディン』という名前になるから、そういう事で」

「面倒だ。もうお前の事は『面倒』と呼ぶぞ」

「それはやめて欲しいなぁ」


 そんな言い合いをしていると、兵士達の集団が必死の形相で走ってきた。その中には、聖騎もよく知るフレインの姿もある。フレインも聖騎を見つけ、驚く。


「パラディン様!? ……お逃げください! 『羽付き』がこちらに来ます!」


 聖騎は遠くから空撃巨人が高速で飛んでくるのが分かった。そして、兵士の中の一人が、聖騎の方を向いては絶望的な顔になる。


「あぁぁ……あっちからも!」


 更なる巨人の出現により逃げ道を失ったフレイン達はどうすれば良いのか分からなくなる。だが、聖騎はローブの下で笑う。そして一言。


「ノア」

「ああ」


 短く頷いたノアは一瞬で上空へと跳躍し、翼をはためかせてはフレイン達を追っていた巨人の脳天に拳を叩き付ける。それだけで巨人の首はへし折れ、その体は落下を始める。


「えっ……?」


 兵士の中の誰かがそんな声をこぼす。その間、ノアは落下途中の巨人の体を思いきり蹴って、もう一体の巨人の方へと翔ぶ。流星の如き神速で飛翔するノアは新手の巨人の真上にたどり着く。そして、丸太の様な、という比喩すら生ぬるい太脚を蹴り下ろす。巨人は木をバキバキと折りながら、林の中に落ちた。そして、ノアはそれの絶命を確認した。


 フレイン達兵士は息を飲む。目の前の出来事を瞬時に理解出来ない。圧倒的な強さを誇る空撃巨人をそれぞれ一撃で葬ったのだから。


「パラディン様、そちらの方は?」


 戦慄しながら、フレインは聖騎に聞く。


「ノアズアーク・キマイラ。私の仲間です。ノアと呼んであげて下さい」

「ノア様……ですか」


 フレイン達はこちらへと歩いてくるノアに眼を向ける。彼は何やら大きな物を持っているのが見えた。


「うあ……」


 兵士はその物の正体に気付き、呻く。ノアが持っていたのは巨人の腕。それにガブリとかぶり付いては、グチョグチョというグロテスクな音を立てて咀嚼している。


「お疲れ様です、ノア」

「むぐっ……大した事、ぐちゃっ……無い」

「うん。口の中のものを全部飲み込んでから話しましょうか」

「知るか……お前も食うか? 中々美味いぞ」

「遠慮しておきます」


 聖騎が急に敬語で話してきた事に何の反応も見せずに話すノア。その時開けられた口内には、グロテスクが広がっていた。それから眼をそらし、聖騎はフレインを見る。


「では、これからどうするつもりでしょうか。私としては色々と落とし物が有りますので、それらの回収に行くつもりですが」

「私は出来る限りの仲間と合流します」

「そうですか。では、ノア。彼らの援護に向かって下さい。羽付き巨人は見つけ次第倒してください。そして、周辺の巨人が残っていないと判断したら、私を探して合流してください」


 聖騎の命令に、腕を食べ終えたノアは疲れた顔になる。


「人使いが荒いな。それに、お前を見付けろって、どこにいるつもりだ?」

「それはその時にならないと分かりません。どれだけ離れていても獲物を見付けられる眼を持っているのでしょう?」

「チッ。分かった。……行くぞ」

「はい……パラディン様、そちらは?」


 ノアの鋭い眼に睨まれても怯まずに頷くフレインは、聖騎の地面に転がるミオンの死体を見る。頭と胴しか残っていない凄惨な死体は、激戦を物語っていた。


「ミオンは私が運びます。これを見せなければならない方もいることですし」


 聖騎はマニーラの顔を思い出しながら答えた。フレインは「左様ですか」とだけ答えて頷き、部下達を動かす。それについていくノアを見送り、聖騎も目的地を目指す。


(出来れば回収したいのは仮面、絶対に回収すべきなのはイマギニス。そして……)


 聖騎はミオンを抱き抱え、彼女に助けられた時に離れた巨人の顔を思い出す。


(ミーミルは、生きてるかな?)


 そんな心配をしながら、彼は歩く。

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