強敵と超強敵
「ったく……一匹一匹がつええクセに、それがゴロゴロいるってふざけてんのか」
帝都で最も大きな、普段は市場がにぎわっている通りには、ラフトティヴ騎士団の中でも最強の部隊である『皇帝親衛隊』が、他多数の部隊と共に円形の陣を敷いていた。その円の中心部にいる皇帝シュレイナーが立っていた。そして、その円を囲むように、十体の翼付き巨人がそびえ立つ。彼らは既に何十もの屍を生み出している。しかし兵士達も負けじと魔術攻撃を放つ。シュレイナーもその中の一人として光属性の魔術を放つ。奥義・光幻術は大量の魔力が必要とされるので、長期戦が予想される今回の戦闘では下手に使えない。また、建物の上から弓矢で攻撃する部隊もいたのだが、飛行する巨人達に直接狙われてほぼ全滅である。
「お前らぁ! 気を抜くな! 絶対にアイツらは倒せるぞ!」
シュレイナーは兵士達に何度目か分からない激励の言葉を掛ける。兵士達は「おう!」と頼もしい返事をする。戦争では負け知らずのプライドが高い彼らが、この圧倒的に不利な状況でもうちひしがれずに気を保っていられるのは確実にシュレイナーの功績である。
「私達は世界最強のラフトティヴ騎士団の精鋭です! その全力、今ここで見せる時なのです!」
「これは我々の誇りを賭けた聖戦である。武勲を立てた者は後世にも名を残すだろう!」
シュレイナーの従者であるマニーラ・シーン、そして皇帝親衛隊、ひいてはラフトティヴ騎士団全体を統括する『帝国元最強魔術師』シリューシュ・ディナインもそれぞれ円の中心から激励する。シリューシュは代々強力な魔術師を輩出しているディナイン家の現当主であり、シュレイナーが戦場に出てしばらくするまでは『帝国最強魔術師』として国内のみならず周辺国家にまでその名を轟かせていた。ちなみにローリュートの父親でもあるが、魔術師としての才能に恵まれなかった彼は自分から家を出て、神御使杖技師の道に進んだ。
マニーラもシリューシュも、シュレイナー程ではないとは言え兵士達に与える影響は大きい。彼らは士気を高め、強敵相手に立ち向かう。だが、巨人が腕を一回振り下ろすだけで大量の兵士の体が吹き飛ぶ。それが四方八方から定期的に来るのだから、普通の兵士は心が折れる。
(にしても、言葉だけじゃこれが限界か)
いかに口で頑張れば勝てると言おうと、現実問題として敵を一体も倒せていない。だからシュレイナーはマニーラに耳打ちする。
「マニーラ、正直オレの言葉、説得力無くね?」
「それでも激励はお願いしま――」
「だからさ、あの巨人が倒せる相手だって事を証明しねーと説得力無くね?」
マニーラが言葉を言い終える前にシュレイナーは畳み掛ける。マニーラは彼の言いたい事を察する。
「まさか、アレを使うおつもりですか!?」
「出し惜しみしてる場合でもねーだろ。アレを使ったらしばらく魔力が溜まるまで戦えなくなるから、その後は頼むぜ」
「確かに……そうですね。分かりました、お願いします」
マニーラも渋々納得する。シュレイナーは愛用の大剣型神御使杖・キャリバレクスを構える。
「リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・ファニール」
シュレイナーが唱えたのは、光幻術を使う時と同じ呪文だ。だが、今から彼がやろうとしているのはそれではない。聖騎にも教えていない、正真正銘の秘奥義・光創術。
「さあ……見せてやるぜ。これがオレの奥の手だ!」
シュレイナーが魔術によって生み出した光を構成する魔粒子。それは術者の思い通りにうごめき、徐々に全身に鎧をまとった騎士を形作る。左手に盾、右手に剣を持っているそれは、シュレイナーを守るように立つ。
「行けぇ!」
光の騎士は主の命令通り、一体の巨人に向かって、まさしく光の速度で飛んでいく。そして、巨人の周囲を上下左右、縦横無尽に駆け巡る。光の剣は巨人の体をズタズタに斬り刻む。いかに素早く動ける巨人であろうと、光の速度には対応出来ない。まったく抗う事も出来ず、やられるがままに倒された。兵士達は歓声を上げ、シリューシュは「あの巨人は倒せない相手ではない! お前達も陛下に続け!」と声を上げた。
「もう一匹ぃ!」
光創術を使うのには高度な想像力が必要とされる。創りたいものの形、大きさ、硬さ、温度、動作等を具体的にイメージし続けなければならないそれを操るという行為は精神をかなりすり減らす。つまり、長時間使い続ける事は困難である。だがシュレイナーは強靭な集中力で騎士を動かす。
「さあ、いっけぇっ!」
シュレイナーの叫びにも意味はある。あくまでも彼の場合、『自分の思いのままに動く騎士』 をイメージする上で、ただ黙々と考えるよりも声を出した方がイメージが捗る。彼のイメージ通り、光の騎士は隣の巨人を狙う。そして先程と同じように、巨人に対して色々な所から攻撃を加える。
「おらぁっ!」
上から、左から、右から、前から、後ろから……様々な方向から光の斬撃が巨人を襲う。巨人には先程と同様に斬り傷が刻まれていく。
「すげぇ、さすが陛下だ!」
「オレ達も負けちゃいられねぇぜ!」
「無駄口叩ける余裕があるなら呪文を唱えろ馬鹿共」
「は、はい!」
表情が希望に満ちたものになる兵士達をシリューシュがどやす。兵士達は慌てて神御使杖を構え、呪文を詠唱する。そんな中で、一人の兵士が違和感を覚える。
「あれ……? 今のは中々倒せないな」
光の騎士は一体目の時と同様にせわしなく敵を斬り続けている。だが、割とあっさり倒せた一体目とは打って変わって、二体目は中々倒れない。
「いや、気のせいだろ」
「そう、か。そうだよな」
そんな会話など耳に入らないシュレイナーはひたすら騎士を動かしていたのだが、違和感を覚える。
(全然、倒れねぇ……)
その思考が失敗だった。集中が途切れ、光の騎士はまるでそこには最初から何も無かったかのように消失する。
「しまっ……!」
どっと疲れが襲い掛かる感覚を覚えながら、攻撃を続けていた巨人を見る。あらゆる所から攻められていたそれには、傷が一つも無かった。
「なっ……!?」
シュレイナーは息を呑む。否、シュレイナーだけではなく、兵士達の誰もが目の前の出来事に呆気にとられていた。その隙を巨人達は見逃さず、丸太の様な腕を振るう。各方向からの打撃は陣形を一気に崩す。
「陣形を立て直せ!」
シリューシュは大声で叫ぶ。しかし兵士達は狂乱状態にあり聞き入れない。
「クソッ! ええい、ヴェルダリオン部隊はなぜ来ない!」
「撤退しようにも、四方八方を塞がれてはままなりません……。円形の陣形が仇になりましたか。その上陛下も……」
マニーラはゼエゼエと荒い息をするシュレイナーの肩を支えながら、この状況を打破する方法を模索する。シュレイナーの攻撃が無意味に終わった、という事実は兵士、ひいては彼女自身にとって想像以上の精神的ダメージを与えた。彼女の周囲では血みどろの地獄絵図が広がろうとしている。巨人達の蹂躙が始まった。そんな中で、彼女達のもとに声が掛けられた。
「悪いわねぇ。まさか空撃巨人があんなにあっさり倒されるとは思わなかったからぁ、ちょっと手を出させて貰ったわぁ」
ゆったりとした話し方をするその声の主は、シュレイナーが攻撃していた巨人の肩に乗っていた。ふんわりとした茶髪に、黄色人種のものとは違う、レモンのような黄色の肌の女――魔王軍四乱狂華・パッシフローラこそが、その正体だ。
「お前……魔族か?」
「うふっ、見て分からなぁい?」
呆然と呟くシリューシュの言葉にパッシフローラは答える。何故巨人族と魔族が行動を共にしているのか、彼には分からなかった。そこに、新たな声が届く。
「陛下、騎士団長!」
そこには様々な色のヴェルダリオン、およそ二十機がいた。彼らは格納庫と、この大通りの間に現れていた翼付き巨人――パッシフローラの言葉を借りるなら『空撃巨人』五体との戦闘に入っていた。激戦の末にその全てを撃破し、ここへと駆け付けたのだ。その搭乗者達は、目の前の惨劇に息を飲む
「くっ、やってくれたな! だが、俺達が来た限りこれ以上の犠牲は出させない!」
「へぇ、これが噂の対巨人兵器……」
空撃巨人に武器を向けて叫ぶヴェルダリオン搭乗者。それを、パッシフローラは興味深そうに見る。そして、巨人の肩から一機のヴェルダリオンの肩へと跳び移る。自分の体に何かが張り付いた感覚は、搭乗者にそのままフィードバックされる。不快感を覚えた搭乗者が振り払おうとした時、異変が起きる。
「な、何だ……?」
ヴェルダリオンにはこれまでの戦闘の中で無数の傷が付いている。搭乗者が誇りに思っていたそれが徐々に消えていく。
「どういう……?」
その原因も分からぬまま、ヴェルダリオンは新品同様のピカピカな状態になる。だが、搭乗者やそれを見ていた者達を真に驚愕させたのはここからだ。ヴェルダリオンを構成する無数の金属板や間接部分の伸縮素材。彼らの目の前には今、それがあった。
「……ぁ」
搭乗者は、否、搭乗者だった者は何も言えない。たった今まで自分が操っていた愛機が、突然姿を失ったのだから。機体の中から弾き出された元搭乗者はパニック状態に陥り、周囲をせわしなく見回す。何度見ても機体が姿を失っているのだが、彼にはそれが受け入れられない。何かのトリックがあるとしか思えない。そんな彼のもとに、パッシフローラはゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫ぅ? そんなにジタバタしちゃってぇ」
「あ……あぁ…………」
パッシフローラは悪魔のような笑みを浮かべて、何も言えない彼をぎゅっと抱き締める。すると、その胸の中の若い男の体は徐々に小さくなっていく。幼さを取り戻した彼のブカブカになった服は脱げ落ちる。そしていつしか、パッシフローラの胸の中には一人の赤子がいた。まるでたった今産まれたかのように泣いている。
「お前、まさか!」
目の前で起きた事を信じられないながらも、なんとか受け入れたシリューシュは顔を歪ませる。そしてパッシフローラは下卑た笑いを表情に張り付ける。
「わたくし達の知らない世界のとある国には、とっても簡単な事の喩えとして『赤子の手をひねる』なんて言い回しがあるそうよ? まったく酷い種族ねぇ、こんな赤ちゃんの手首をひねるのが簡単だなんて」
パッシフローラが何を言っているのか分かる者はいない。だが、赤子を右手で抱えたまま、左手でその右手を掴んだ彼女が何をしようとしているのかは分かる。兵士達は皆、いつでも死ぬ覚悟はあり、戦場で仲間が死んでも、ある程度は受け入れられる。だが、それが赤子の姿となれば、彼らの精神は揺さぶられた。
「やめろぉぉぉぉぉ!」
その叫びは誰のものか。だが、その叫びも虚しくパッシフローラの手は赤子の右手を容赦なくひねり、もぎ取った。
「まぁ、人族の手首なんて老若男女問わず、ひねるのは色々な意味で簡単なんだけどねぇ」
パッシフローラは赤子を、ヴェルダリオンだったものの破片の上に叩き付ける。泣き声は瞬間的に途絶えた。
「さぁ、次は誰の番かしらぁ?」
その言葉を受けて、兵士達は目の前の女がしたことの異常さを改めて思い知る。帝国でも最強の戦力とされるヴェルダリオンを一瞬で解体し、中の搭乗者を赤子に変えたのだ。その前には、空撃巨人の傷を無効化もしていた。圧倒的な存在の前に、兵士達どころか、シリューシュやマニーラでさえ気力を失っていた。
「くっ……」
誰もが諦めの表情をしている。そんな中で、啖呵を切る声が上がった。
「ハァ……これ以上、ハァ……させっかよぉ!」
その声はシュレイナーのものだった。秘奥義による体力の消耗が激しく、立つこともままならない状況だったが、気力だけは枯れていなかった。
「あらぁ、ボロボロじゃなぁい? わたくしは四乱狂華のパッシフローラ。とっても強いのよぉ?」
「知ってるよ。痛ぇ程にな!」
シュレイナーは怒りを顔に滲ませて吼える。シリューシュやマニーラ、そして一部の兵士も反応を示した。
「うふふっ、当然の反応ねぇ。ちょっと前にもわたくしはこの国で大暴れしたもの」
「忘れる訳がねぇ。四乱狂華パッシフローラ……十年前に先代皇帝――オレの親父を殺した女の名前を忘れる訳がねぇだろうがよ!」
「あぁ、思い出したぁ。あなたはあの時のおチビちゃんねぇ。もうこんなに大きくなってぇ。こう見えてもわたくしは何百年も生きててねぇ、十年も五十年も大して変わらないからぁ、時々ちょっとした事に驚いちゃうわぁ」
「バカに……すんなッ! 俺はずっとお前を殺す為に強さを求めてきた。予定よりは随分早くなったが、この時を待ってたんだよ!」
「あらぁ、怖い怖い。でも、わたくしは感情論では倒せないわよ? それだけじゃない。あなた達はこの空撃巨人達も倒さなくちゃいけないのよ?」
パッシフローラは余裕の表情で、攻撃を止めさせていた巨人達を示す。その余裕には説得力があった。シュレイナーは目の前に広がる絶望に歯噛みする。彼はパッシフローラと話すだけでもかなりの無茶をしている。満身創痍な彼だが、もしも全快だったとしても確実に倒せるとは思っていない。そんなところに新たな声が掛けられた。
「なら、私が相手になるけど?」
高い所から掛けられたその声に、シュレイナーは空を見上げる。そこには三機のヴェルダリオンがいた。カラーリングは左から青、水色、金色となっている。両脇の二機は真ん中の機体に比べて若干小さい。そして声の主は真ん中の機体に乗っている、桐岡鈴だ。
「あなたはぁ?」
「パッシフローラって言ったわねアンタ」
「そうだけどぉ?」
あくまでゆっくりとした態度を崩さずにパッシフローラは答える。
「アンタ、私の仲間の家族を人質にとったって聞いたけど?」
「あぁあぁ、なるほどぉ。あなた、マイジマちゃんとかのお友達ね。なるほどなるほど――――」
パッシフローラの言葉は、鈴の機体が放った攻撃で頭が吹き飛んだ事により止まる。だが瞬時に、その頭は戻った。
「その反応……ああ、時が戻ったのね」
「チッ、聞いてた通りめんどくさい!」
時間遡行魔法による復活に鈴は舌打ちする。追撃を加えようとしたところで、空撃巨人が援護防御に入った。
「うふふっ……さぁ、楽しみましょ」
パッシフローラの楽しげな笑いが戦場に轟く。