崩壊
「ってアンタ、リノルーヴァのお姫ちゃんじゃない!」
「ああ、もしかして、マ……パラディンに神御使杖を作ってくれたって人?」
目的地にたどり着いた二人は互いの顔を見るなり同時にそう言った。メルンが手伝ったのはローリュート・ディナイン。この都市でも屈指の神御使杖技師である。女性の様な話し方と姿をしている。だが男だ。
「マサキって言ってくれても大丈夫よ? それにしても悪いわねぇ、他国の貴族の娘ちゃんに荷物運びさせちゃうなんて。本当なら買い出しはアタシの担当じゃなかったんだけど、その担当は用事が有ってね。本当に感謝するわ」
「そんな気にしなくて良いよ。それにしても何というか、独特な人なんだね。マサキはあなたの事、まるで普通の人みたいに話してたから」
「アタシは独特なんかじゃないわ! ただ『美』を追及してるだけよ……っていうかアンタもアタシに割と普通に接してるわね。もしくは演技がとても上手いか」
「まあ、マサキ自体が男だか女だか分からない見た目だし、今更女装する人を見たところで気にしないよ……って、マサキの顔って知ってる?」
「知ってるわよぉ。っていうかアンタの体も男か女か……冗談よ、そう睨まないで」
ローリュートとメルンは初対面の割には親しげに話す。が、コンプレックスである胸の事を暗に指摘されたメルンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん、荷物運びを手伝ってくれた美少女にそんなこと言っちゃうんだぁ。私の権力でこのお店、潰しちゃっても良いんだけどなぁ」
「いかにアンタが貴族でも、外国の貴族にそんな権限は無いでしょ? ……もっとも」
メルンの言葉に突っ込みを入れたローリュートは目を細める。
「アンタが本当にこの国を支配出来る立場になれば、別だけどね」
「……あなたはどこまで私達の事を知ってるの?」
「やぁねぇ、まさか本当にそんな事考えてる訳?」
飄々とした態度で笑うローリュートを見て、メルンはハッとする。
「もしかして、カマをかけてた?」
「カマはかけるものじゃなくて掘るものよ」
「上手いこと言ったつもり?」
「あら、お気に召さなかった?」
本心が読み取れない目の前の人物を、メルンはやりづらく思う。それこそ、聖騎以上に。メルンが相手の様子をうかがっていると、ローリュートは言う。
「別にとって食おうと思ってる訳じゃないんだし、そう警戒しないでよぉ。自己紹介が遅れたわね、アタシはローリュート・ディナイン。この店で神御使杖や武器を作ってる者よ」
「知ってるかもだけど、メルン・ラクノン。胡散臭い陰謀家に便利な道具として使われてる、哀れな美少女」
今更ながら二人は名乗りあう。そしてメルンは店内に目を向ける。武器の店と言う割には、それらのものは置かれていない。とはいえ、この店がオーダーメイドの商品しか作らないという事はあらかじめ聖騎から聞いていた。別に驚きはしない。その代わり彼女の眼に飛び込んで来たのは、棚に並べられている絵の描かれた紙の数々である。メルンがそれを見てみると、洋服の絵が描かれていた。
「これは、あなたが?」
「ええ、アタシがデザインしたお洋服よ。この絵を基にウチの魔服師が、実際に服を作るのよ。今アタシが着てるのだってそうよ」
自慢げに自分の来ている服を見せつけるローリュートを、メルンはまじまじと見る。下は桃色一色のスカート、上はキラキラとラメの入った赤いシャツと、その上に薄い桃色に花柄の入った上着を着ていた。とにかく派手である。そのセンスはメルンには理解できない。
「へぇ、良い服ね」
だがメルンは賛美の言葉を口にする。確かに服のデザインのセンスは理解できない。だが、その服に込められた思いは感じ取れた。ローリュートもメルンの内心を察して口を開く。
「ま、アンタの感想は何となく分かるわ。ちなみにマサキは良いとも悪いとも思ってなかった感じね」
「あー、そうだろうね」
「でも、アタシは彼を気に入ったワケ。だからアタシは神御使杖の他にサービスでローブもあげたわ。そしてアタシは彼がこれから何をやるのか、ものすごく興味があるの」
「そうなの?」
様子が変わったローリュートにメルンは聞き返す。
「そう。異世界なんてとこから来て、あんなに強くて、思考回路がおかしくなってて……アタシの人生の中であんな人見たこと無かった。直感したわ。彼ならアタシが求める『美』をカタチにしてくれるって。それがどんなのかは分かんないけど、何となく、そう思ったわ」
そう語るローリュートを見て、メルンは既視感を覚えた。そしてその既視感の正体が、自分の事だと気付く。
「分かるよ。初めてマサキが私のとこを訪ねて来て、協力したいなんて言ってきた時は、なんて怪しい人なんだって思った。でもね、この人と一緒なら何だって出来るんじゃないかとも思った」
「へぇ……」
ローリュートはニヤリと笑う。自分達は似た者同士なのだと、彼らは暗黙のうちに理解した。
「それじゃ、私はそろそろ帰らないと。みんなが待ってる」
「お時間取らせちゃって悪かったわね。いつでも遊びにいらっしゃい。アンタに合うようなお洋服も作ってあげるから」
「でも、オーダーメイドだから高いんでしょ?」
「貴族様が何言ってんの。気前よく払ってアタシの研究費に貢献しなさいよ」
「買う気が失せる事を……。とにかくお邪魔したね。バイバーイ」
メルンは呆れながら店を出ようとする。すると、外が騒がしい事に気付く。
「何かなぁ?」
ドアを開けると、人々がかなりの形相で走っていた。何が有ったのだろうと思い外を見てみる。すると、何やら巨大な影が存在していた。
「何が有ったのよ……?」
「分からない……でも、何かヤバいって事は分かる! 行かなくちゃ!」
怪訝に思うローリュートにメルンは答え、子供達が心配になった彼女は直ぐ様走り出した。ローリュートはそれを追い掛けようとも思ったが、運動能力が低い彼がメルンを追い掛けても無意味で、逆に足枷となる可能性を危惧した為、止めた。しかし彼は笑みを浮かべる。
「さぁて、アレの試用をしてみようかしら」
ローリュートは新型の神御使杖を手に取って、店を出た。
◇
「ったく、何なのよアレは! 巨人に羽なんて卑怯すぎっしょ! デケーくせに攻撃が当たんねぇ」
「優奈、とにかく子供は連れて逃げねぇと、後で鈴に怒られる」
「逃げるってどこに?」
孤児院の外であたふたと慌てるのは、吉原優奈、数原藍、有森沙里の不良少女達だ。子供の面倒を見るのが好きな鈴に半ば無理矢理手伝わされていた。とはいえ彼女達もそれが嫌という事は無く、楽しんでいた。そんな彼女達は、突然南から飛んできては暴れている巨人に苦戦していた。現在、メルンと別れた者含めて子供たちは建物の中に閉じ込めているが、建物ごと敵に壊されてしまえば元も子もない。現在鈴は自分のヴェルダリオンであるイースフィンクを取りに向かっている。そして優奈達は三人で巨人を相手にしているという状況だった。ここにいる巨人は一体だけであるが、街中に巨人が次々と現れているという状況だ。
「仕方ねぇ、椿にちょっと力を借りる」
そう言ったのは藍。彼女のユニークスキルは、同じユニークスキルを持つ者と離れていても通話することが出来、更にステータスの値の貸し借りも出来る『繋がり』。藍は双子の妹である椿に声を送る。
『椿……今、良いか?』
『藍? どうしたの?』
椿は突然の連絡に驚いた様子で返答してきた。藍は単刀直入に用件を言う。
『なんか今すごく強い敵と戦ってんだけど、力、貸してくれっか?』
『すごく強い敵って?』
『あー、巨人族だよ。羽が生えててヤベーんだよ。マジヤベーんだよ』
藍の報告に、椿は少し考えてから答える。
『そう、ね。……うん、大丈夫。どれだけ貸せば良い?』
『出来るだけくれると助かる。今ウチら、ちっちゃい子供守っててさ、出し惜しみ出来ねぇんだよ』
『……うん。じゃあ、私の力のほとんどを貸してあげる。何かあればみんなにフォローして貰うから』
その言葉に歯切れの悪さを藍は感じた。
『もしかして、そっちもヤバかったりすんの? それならムリにくれなくても……』
『ムリにでも上げないとダメでしょ、子供を守るんだから。大丈夫、こっちには藤川君も付いてるんだから』
元学級委員で、今は勇者のリーダーである藤川秀馬の名前を出して、椿は藍を安心させようとする。藍としては心配が完全に消えた訳ではが、椿は能力を強引に送り付けた。
『それじゃあ頑張ってね、藍』
それだけ言い残して、椿は連絡を切る。藍は心の中で妹に礼を言い、飛行に伴う風圧で街を破壊する巨人を睨みつける。
「やってやるよ! ウチは元々チート。だから今はチート二人分で超チートなんだから!」
藍は助走を付けてから跳躍。巨人が生み出す風圧もものともせず、愛用の薙刀を振り上げる。
「てぇぇぇぇぇぇい!」
叫びと共に振り下ろされる薙刀。巨人の腕にスッと傷が入る。
「たぁぁぁぁぁぁっ!」
藍は薙刀を横に払い、そして右から左へと振り下ろす。腕には十字の傷が出来た。血が噴水の様に勢いよく飛び出る。巨人は体を硬直させつつ、その大きな目を彼女に向ける。
「藍だけに良いカッコさせねぇよ!」
「ステータスでは敵わなくたって!」
優奈と沙里は、藍と同じデザインでカラーリングが少し違う薙刀を持って走る。沙里は風を生み出すユニークスキル『吹かし』により加速し、飛び上がる。高く高く飛び上がり、巨人の頭上に辿り着く。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
思い切り振りかぶり、風の逆噴射による勢いを付けて薙刀を叩き付ける。さしもの巨人もその威力には耐えきれず、落下する。藍は慌てて飛び降りる。
「ちょっと沙里、もっと考えて攻撃しろ!」
「ごめーん!」
怒る藍と謝る沙里。それをよそに優奈は、巨人の落下地点を目指して跳び上がる。そして、でっぷりと出た腹に刃を突き立てた。
「ハラワタぶちまけて死ねやぁ!」
高速で落下する巨人と、高速で跳躍する優奈の刃。かなりの硬度を誇る刃は巨人の腹に突き刺さった。巨人は痛みに咆哮する。得物をぐりぐりと動かす優奈は、不意に慌て声を出す。
「……って、ヤバイヤバイヤバイ!」
「まったく!」
巨人の体は痛みの中で必死に翼を羽ばたかせた。それにより、巨体は浮上する。優奈の薙刀が刺さったまま。それに気付いた藍は跳躍して巨人の腹に取り付き、優奈の薙刀を引き抜く。そして二人揃って飛び降りる。かなりの運動神経を持つ彼女達は何事もなく着地する。
「ゴメンゴメン」
「にしても、アレで死なねぇとか無いわー。死ねよマジ」
「だよな、でも結構ダメージはあると思う」
「なら良いんだが!」
三人は横並びになり、巨人を見据える。自分を攻撃してくる煩わしい存在に苛立っているのは、誰の目から見ても明らかである。すぐに倒せる、彼女達はそう確信した。しかし――――
「って、増援かよ!」
「バカデカい声出したのに気付いてゾロゾロ来やがったか……って、オイ! 待てよ! ふざけんな!」
目の前で突然起きた出来事に、優奈は怒鳴り声をあげる。彼女だけではなく他の二人も血相を変えた。
「ウソ……だろ…………?」
彼女達の目と鼻の先で、孤児院は、空から落ちてきた新手の巨人によって潰された。彼女達の顔が絶望に歪む。
「うわああああああああああ!」
優奈の叫びが木霊した。