余裕を打ち砕く炎の龍(3)
ドラゴンには咲哉をはじめとする不良グループの他にも数名が魔術による攻撃を浴びせていたが、依然として通用していなかった。しかし接近戦を仕掛けようにも、口から出す炎と激しい動きに阻まれる。聖騎や『癒す者』真弥を含めた数名は回復に努めている。自分の魔力を他の者に与えられる『与え』というユニークスキルを持つ『与える者』の少女は回復要因をサポートしていた。
(うーん、遠距離から打撃攻撃が当てられればダメージを与えられる――かも知れないのだけれど)
魔術による攻撃は、相手の魔防の数値が高いほど効かない。従ってドラゴンの魔防はかなり高いというのが聖騎の考えである。だからといって相手の防御の値に依存する、武器による攻撃が効くという保証は無いが、やってみないと分かりようもない。武器による攻撃は一度も実現できていないのだから。
(何か無いのかな。ユニークスキルで。この状況を打開できる何か)
聖騎はユニークスキルを脳内に次々と思い浮かべる。瞬間移動が可能な『跳び』、任意の場所に壁を生み出せる『防ぎ』、魔術とは関係なく炎を自由に操れる『燃やし』……どれもこれも聖騎の琴線には触れない。
(いや『跳び』は使えるかもしれない。でも跳んで攻撃して戻っての繰り返しは効率が悪いな。決定的なダメージを与える何かが欲しい)
聖騎は回復魔術を詠唱。回復対象の咲哉を眺めながら思考を継続する。
(何気に『斬り』も微妙なスキルだよな。触れたものを斬れるっていう能力だけれど、普通に武器を持った方がリーチが長いし)
彼の視線の先の咲哉は杖から炎を出す。しかしドラゴンに通用している様子はないと聖騎は判断する。
(リーチ……かぁ。スキルの説明は『触れたもの』を斬れるというものだけれど『手で』触れたものだなんて書かれていない。少し試してみよう)
ふと思い付いた聖騎は能力によって幻聴を咲哉に聞かせる。離れた所にいる相手にも大声を出すこと無く言葉を伝えられる為、素の声量が小さい聖騎にはうってつけの能力である。
『少し試して欲しいことがあるのだけれど……』
「はぁ?」
突然脳内に響いた声に咲哉は驚く。彼の周囲にいた者は怪訝な顔をする。
『声を張り上げなくても『聴く者』の能力で君の声は聞けるから、普通に答えてくれれば良いよ。ともかく、試して欲しいことというのは……』
聖騎は説明する。咲哉は疑う。
「そんなもんがホントに出来んのか?」
『それが分からないから試して欲しいのだけれど』
あっけらかんと言う聖騎に咲哉は不信感を隠さない。しかし今のままではどうしようもない事は咲哉自身が分かっている。
「そんなら試してやるよ。……えーっと、フィア・ゴド・レシー・ファイテーヌ・ト・ワヌ・ブレン・キンプ」
聖騎に指示された様に咲哉が詠唱すると、彼の杖からは剣を形成する様に炎が現れる。
「これで『斬る』んだろ?」
咲哉はドラゴンから離れた所から炎を伸ばす。そして、ただ炎を当てるのではなく能力を意識する。
「おおおおおっ!」
咆哮と共に炎の剣が振り下ろされる。その剣はドラゴンの右肩に触れる。いかなる魔術攻撃をもってしてもダメージを受けた様子のないそれが、苦痛のために叫ぶ。肩には浅く傷が入る。
「まだだぁぁぁぁぁぁぁっ!」
咲哉はそれ以上斬るべく杖に力を込めるが、炎の剣は進まない。ドラゴンは咲哉を敵と認識し、睨む。
「うっ……」
その気迫に、前衛で戦っていた少女が怯む。しかし咲哉は屈しない。自分の魂を炎に込めるように、全身全霊をかけて吠える。
「俺は、お前を殺して強くなるんだよおおおおおおお!」
「ゴオオオオオオオオ!」
ドラゴンは叫びと共に炎を口の中に溜める。しかし咲哉は気付かない。ただ攻撃をすることだけを考えていたからだ。
(やれやれ、チャージなどさせないよ)
聖騎は内心で呟きながら、ドラゴンを対象に幻聴による爆音を聞かせる。突然の爆音に驚いたドラゴンは口の中に溜めていた炎を暴発させる。
(タイミングはバッチリだったようだね。ところでこれは防御と魔防、どっちが適用されているのかな? 後者だとしたら、あの皮膚の内部には魔術攻撃が効く可能性があるけれど)
考えながら、聖騎は咲哉を見る。魔力が切れ、杖の炎が消えていた。そして本人もかなりの疲労を見せている。
(さて、彼はよくやってくれた。ならば試してみよう)
聖騎は杖を咲哉が作ったドラゴンの右肩の傷口に向ける。
「リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・ワヌ・ラヌース・ストラ」
聖騎の杖からは光の槍が一直線に飛ぶ。すると同じことを考えていた者達が同様に魔術攻撃を傷口に放つ。氷、炎、金、木、風などの様々な攻撃は、ドラゴンを痛みに悶えさせる。全てが命中した訳ではないが、それでも十分なダメージを与えられた。
「ガアアアアアアアアア!」
ドラゴンの傷口からはドクドクと黒い液体が流れる。そして、ドラゴンが暴れることにより傷口は更に開き、後続の攻撃も次々と命中する。一度逃げようとした者達の魔術もそこには含まれていた。やがてドラゴンは倒れる。すると、秀馬が叫ぶ。
「今だ! 接近して直接攻撃だ。ドラゴンには攻撃するほどの元気が無い!」
ちなみにこれは、聖騎があらかじめ幻聴によって秀馬に伝えた命令である。それに従って、魔術よりも体術が得意な者達が一斉に走り、思い思いの攻撃を加える。ある者は剣で脚を斬り、ある者は槍でわき腹を突き、ある者は弓矢で眼を射る。足の爪の部分をハンマーで叩く者もいた。これには咲哉も加わっている。一方で魔術攻撃も止まらない。いつしかドラゴンは叫ぶことをやめていた。痛みを感じることさえ出来なくなっていたからだ。しかし攻撃は止まらない。ずっと練習し続けてきた技を使い続けている勇者達はこの状況を楽しんでおり、笑みすら浮かべている。先程まで回復に回っていた者達や見届け役の魔術師達もそれに加わっている。そんな中、永井真弥は戦慄する。
(みんな、これはもう弱いものいじめだよ……。さっきは国見君達が危ないと思ったから私も手伝ったけれど、こんなもの見てられない!)
彼女は沢山の者達に一斉に攻められるドラゴンを、卓也と重ね合わせていた。だが卓也の場合と違って、元の世界に戻るには強くなる必要があり、その為にはドラゴンを倒さないといけないという事を理解しているため、彼らを止めることも出来ない。かといって、攻撃する事も気が引ける彼女はただ立ち尽くしていた。
「ウィン・ゴド・レシー・ハンドレ・ト・テーヌ・ニーフ・リケー」
秀馬が生み出した風の刃が台風のように渦巻き、ドラゴンの傷を抉る。それを最後に、ドラゴンはまったく動かなくなった。しかしそれに気づくこと無く、勇者達は攻撃を続ける。だがそれは、ステータスカードを見ながらの一人の勇者の叫びによって止まった。
「スゲーよコレ! なんかレベルがスゲー勢いで上がってんだけど!」
その言葉を聞いた勇者達は自分のステータスカードを見る。すると彼ら全員のレベルがみるみるうちに上がっていく。人によってバラツキはあるものの、平均で20ほどレベルが上がった。そして彼ら全員に次のような称号が追加された。
巨龍殺し:巨大なドラゴンを倒すのに貢献した者に与えられる称号。ステータスの魔防の値が上がりやすくなる。
炎魔殺し:炎属性の凶悪な魔物を倒すのに貢献した者に与えられる称号。炎属性の攻撃を0.8倍にして受ける。
それに加えて、ドラゴンにとどめを刺した秀馬には次のような称号も追加されていた。
炎魔魂を継ぎし者:炎属性の凶悪な魔物を倒した者に与えられる称号。炎属性の魔術が使用可能になる。ただしその効果は、専門とする属性の7割程度となる。炎属性魔術師がこの称号を得た場合、炎属性の魔術が元々の1.5倍の効果となる。
これらを確認した勇者達は盛り上がる。自分達のステータスの大きな変化や新たな称号は彼らに自信を与えた。そしてそれは、彼らを更に増長させる。また、レベルアップに従って体力値もかなり上がったため、ドラゴン戦の疲労すら吹き飛んでいた。咲哉は意気揚々と叫ぶ。
「そんじゃ行こーぜ。もっと奥までよ」
勇者達はそれに歓声を上げて応える。彼らの洞窟探検はまだまだ終わらない。見届け役の魔術師達は反対したが、咲哉達不良グループによって殴られてシルアも含めた全員が残らず気絶させられた。
「コイツらもう、ウチらに比べたらザコだよね」
「ただウザいだけのザコなんて邪魔だからな。さっさと強くなって、魔王って奴もブッ殺して、元の世界に帰ろーぜ」
咲哉を先頭に、彼らはずんずんと歩いていく。その中で、他の者達に比べて体力が圧倒的に無い聖騎はへとへとになりながら考える。
(例の小説ではダンジョンで一人置き去りにされた主人公がなんだかんだで強敵を倒して、ものすごく強くなって、その後色々あってハーレムを作るっていう展開が多いらしいけれど、実際に彼が一人だったとして本当にアレを倒せたのかな? まあ、現実と小説を一緒にするなと言われたらそれまでだけれど)
回復魔術を自分に使いながら、思考を中断した聖騎は歩くのだった。