新たなる来訪者
「まぁ、そういう訳よ」
「へぇ……」
鈴の話を聞き終えたメルンは感慨深げに頷く。話されたのはあくまで鈴が知る範囲である。聖騎の内心など知る由もない彼女の話において、聖騎は実際以上に胡散臭く得体のしれない存在として描かれた。また、あくまで話したのは聖騎についてであり、自分と咲哉との関係については必要以上に話さなかった。
「で、今の話を聞いた上で、アンタはアイツと手を組むのを止めないの?」
「だって、話を聞く限りでは仲間にしたら頼もしそうだし」
「アンタもなかなか狂ってるわね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
メルンはにっこりと笑う。そして表情を真面目なものにする。
「でも一つ、気になる事があるなぁ」
「何かしら?」
メルンの様子を鈴は不思議に思う。メルンは真剣な表情で言った。
「マサキの女装姿、すごく気になるんだけど!」
「そこ!?」
予想外の指摘に鈴は驚き、呆れた。
◇
一方、サリエル・レシルーニアはメルンの屋敷にて首を捻っていた。
「うぅーん、本当にコレは何なのかしら」
彼女の頭を悩ませているのは、以前自分達の故郷にて発見した謎の立方体型の物体である。羽の生えた女性が描かれたその物体は、心なしか以前より大きくなっていて、両手のひらには収まらない程までになっている。
「綺麗ですね、それ」
物体を見たオオカミの獣人ウロスが感想を漏らす。ちなみにメルンの三人の獣人従者のうち、雉の獣人フェーザはメルンと共にラフトティヴ帝国に行き、猿の獣人シュルは屋敷の家事全般及び子供たちの世話、そしてウロスは領地内の政治を担当しているが今は休憩中といったところである。
「これはどんな人が何を考えて作った物なのか。気になり過ぎて仕方ないけど、どうアプローチすればいいのか分からないのよね」
「いっそ、攻撃でもしてみます? 殴ったり斬ったり、魔法でも使ってみたり」
「もったいなくない?」
「中身がどうなっているか気になりません?」
サリエルの問にウロスは問い返す。サリエルは確かに気になる、と頷く。
「まぁ、また同じものが手に入るかも知れないしね。それに研究には時に大胆さも必要だしね。じゃぁー、やっちゃう?」
「カミシロ様はどのように思うでしょうか?」
「何だかんだで怒ったりはしないんじゃないかしらぁー。あの子は物に執着するタイプじゃなさそうだし」
ウロスの心配にサリエルはあっけらかんと答えた。
「確かに、そんな気がしますね」
「それじゃぁー、まずはあなたからやってくれるかしら」
「分かりました」
ウロスは自慢の爪を立てて、まずはそっと立方体に刺そうとする。だが、固い。爪に力を入れたら折れてしまいそうだ。鋼鉄の鎧を貫いたことも幾度かある爪がだ。
「これは……想像以上の固さですね。物理攻撃では壊せなさそうな気がします」
「なら、私の魔法の出番ね。それ置いて」
ウロスは石製のテーブルに物体を載せる。そしてサリエルは傍らに炎、水、雷など、様々な属性を操る妖精族の魂を召還した。
「これだけ出せば、一つは相性が良いのがあるでしょ……まずはぁー」
最初に、金属性魔法を使う妖精族の魂に意識を向ける。膨大な魔力を注ぎ込み、堅固で鋭利な剣を創らせる。
「さぁー、さぁさぁさぁ!」
一般的な剣の密度ならば五メートルにはなりそうな量の魔力で、刃渡り二十センチ程の短い剣を創った。すなわち、とてつもない密度を秘めている。その剣を掴み、構えるサリエル。
「ま、魔法攻撃じゃないけど……」
そんなことを言いながら、サリエルは短剣を振り下ろす。するとその時、立方体型の物体に異変が起こる。
『許容範囲外と成り得る攻撃反応を確認。直ちに防衛行動に移行する』
その無機質な声が何処から発せられたのか、サリエルにもウロスにも分からなかった。そしてその言葉は彼女達にとって未知のものであり、意味を理解できなかった。だが、これだけは分かる。声は立方体の物体だったものから発せられていたことを。物体はまばゆい白色の光を放ち、そこに描かれていたような女性の姿に変化していた。それを見た二人は、現在の頭に疑問符を浮かべている。
「な、何……?」
『攻撃者の攻撃停止を確認。暫時待機して経過観察。攻撃者の使用言語をデータベースにて検索開始…………言語サンプル不足により検索失敗。より多くのサンプルが必要な模様』
眼らしきものを赤と緑にチカチカと光らせて意味不明な言語を操るそれは、背中の翼をパタパタと羽撃かせて宙に浮き、頭上には白い輪を浮かべて、金色の髪らしきものや白い衣服を風に揺らしていた。なお、常に微笑んだ顔で固定されており、口を動かさずに声を出して、まばたき一つしない。
「えっと……あなたは何物かしら?」
サリエルは戸惑いつつも質問をしてみる。言葉が通じるとは思えなかったが、他に何をすれば良いのか分からなかった。
『先程の攻撃者を便宜的にアファーと命名。アファーは本ユニットに何らかの質問をしていると推測。この質問を新たなサンプルとして再度データベースにアクセス…………検索結果、該当言語無し。只今より学習モードに移行。未知の言語使用者の存在より、本ユニットは異世界転移に成功したと判断。本部への通信……失敗。本部への通信、不可能と判断』
「ねぇー、ウロス。何言ってるか分かる?」
「いえ……」
淡々とした女性の言葉に、サリエルもウロスも困惑する。だがサリエルの中には何か熱いものがあった。未知の存在、それは知識を得ることが大好きな彼女が最も歓迎するものだ。彼女が見ていると、女性は新たに声を出す。
『この空間に漂う気体の成分を分析……窒素八割弱、酸素二割強、その他成分を確認……未知の成分を発見、本ユニットへの影響は不明……ただし微量である為直ちに影響は無いと判断。重力は惑星アースより僅かに下、気圧は同程度。以上の観点より現環境は本ユニットが活動する上で問題無いと判断』
「私のぉー、名前はぁー、サリエル・レシルーニア。分かるぅー? サリエル・レシルーニアよ」
女性の言葉を無視して、サリエルは手で自分を示してゆっくりと名乗ってみる。
『アファーが本ユニットに向けて『サリエル・レシルーニア』なる単語を強調して発言。ジェスチャーより、アファーは自らの個体名の本ユニットへの伝達を試みていると推測…………サリエル・レシルーニア』
「ええ、私の名前は、サリエル・レシルーニアよ。サリエルって、呼んでね」
サリエルは念を押すように名乗る。
『ジェスチャーより、アファーは自らをサリエルと呼称することを求めていると推測。只今より本ユニットはアファーをサリエルと呼称』
「あなたが、私の、言いたいことを、分かった体で言うわ。あなたの、名前を、教えて」
サリエルの言葉とジェスチャーから『私』、『あなた』、『名前』 の意味を理解した女性は声を出す。
『あなたは私に、私の名前を求めているのですか?』
「そうよぉー」
女性はサリエルを真似てジェスチャーしながら質問する。サリエルも彼女の言いたいことが何となく理解出来た為、笑顔と共に頷いて肯定を示す。
『了解……本ユニット、訂正します『私』は試作型異世界探査用自律機動兵器……開発コードはアジュニン……則ち、『私』の『名前』はアジュニン、アジュニンと呼称する事を推奨します』
「えっとぉー……あなたの、名前は、アジュニン、で良いのね?」
『『あなた』は『私』の言葉の一部を理解したと推測します』
よく分からない長い単語に戸惑いながら、サリエルは確認する。その反応から、アジュニンは自分の言葉が通じたと推測した。
『この環境は本ユニットに想定以上の負荷を与えると確認。外部の情報を遮断して現時点の情報の整理作業に専念。作業終了次第エンジェルモードに復帰……只今よりキューブモードに移行』
アジュニンはそのように声を出すと、元の立方体の状態に体を変化させた。サリエルは驚いて声を上げる。
「ちょっとぉー!」
「……結局、なんだったんでしょうねコレは」
ウロスは目の前の出来事に呆然として呟く。
「仕方ない、今度は別の魔法を……」
「しかし、これからマッスエン家に根回しの予定でしたでしょう?」
「それはあなたに任せるわぁー」
「私にも任務がございます。マッスエン家は皇族全滅後に姿を消して以来、やっとの思いで居場所を突き止めたのです。そして明日になればまた見失うでしょう。お気持ちは分かりますが、お願いします」
任務放棄しようとしたサリエルをウロスはたしなめる。自分勝手で面倒くさい性格の彼女にこういうことを言えるウロスは、メルン陣営でも貴重な存在である。そんな彼の説得にサリエルはしぶしぶ頷く。
「うぅーん、名残惜しいけど、研究は後でも出来るしねぇー。分かったわ」
「それは良いのですが、どうしてそれを持っていこうとしているのです?」
ウロスが指摘したように、サリエルはアジュニンを持ったまま部屋を出ようとしている。サリエルはニヤリと笑う。
「マッシエン家はこういうの好きな気がしなぁーい? 特に私がお話を聞こうとしている、獣人改造計画のリーダーだったティト・サイド・マッスエンは」
「そう言われると否定しきれませんが……」
「はいはぁーい、それじゃ、そういうことだからぁー!」
サリエルはルンルンと鼻歌交じりに外に出た。