異端者誕生(7)
「神代」
翌日の放課後、校門を出た聖騎の後ろから咲哉の声が掛けられた。
「……」
無言で振り向いた聖騎。その眼を見て咲哉は違和感を覚えた。
(何だ? しばらくしないうちに様子が変わったか?)
困惑する咲哉。すると聖騎は口を開く。
「何か用かな?」
その口調は、以前以上に人間味の無いように咲哉には思えた。だが、声を掛けた手前、困惑を押し込めて質問する。
「この前の公園での事、お前が首謀者か?」
「違うよ」
迷いなど微塵もなく、聖騎は答える。それを受けて咲哉は指摘する。
「本当に違うんなら、こんな質問されたらまず戸惑わねーか? お前はあの時捕まってたんだろ?」
「そうだね。確かにそうかもしれない」
聖騎は適当な口調で答える。咲哉は睨む。
「改めて答えろ。首謀者はお前か?」
「そうとも言えるかも知れないね。事態は僕の想定外の方向に転がってしまったけれど、そもそものきっかけは僕――いや、君かも知れない」
もったいぶった話し方で、聖騎は咲哉を指差す。咲哉は目を細める。
「どういう意味だ?」
「そもそもの発端は、君が僕を煩わせた事だよ。君がいけないんだ、君があの子を殺したんだよ」
「テメエ……!」
怒りが限界を超えた咲哉は聖騎の胸ぐらを掴む。
「ぐっ……」
「ふざけんじゃねーぞ! 全然悪くない癖に自分を責める奴だっていんのに、お前はそんな事を言うのかよ!」
「ぐふっ……そうだね、確かに僕も関わっているね。ならば僕が悪いというのも間違っていないね。でも、だからと言って君は悪くないと言い切れる?」
息苦しくなりながら、聖騎は問う。自身にも責任を感じている咲哉は何も言えず、聖騎を解放した。
「これだけは覚えて欲しいな。僕を嫌な思いにさせるものを、僕は許さない。今回は君の妹さんだったけれど、次は誰かな?」
「クソ野郎……!」
「良いのかなぁ? そんなこと言っちゃって。僕が怒ったら君の大事な人が――がはっ!」
煽る聖騎の腹を咲哉は思いきり殴る。
「殺してやる!」
「うっ……ぐぅぅぅぅぅ」
咲哉は怒りを抑えきれず、聖騎を何度も殴り続ける。すると、そこに鈴が慌てた様子で走ってきた。彼女はあらかじめここの近くに待機し、咲哉の様子を見ていたのだ。
「やめて、国見!」
「放せ! コイツは絶対に許せねーんだよ!」
「それでもダメ! 先生も来ちゃうから」
鈴は咲哉を羽交い締めにする。聖騎は息を整えてから咲哉に言う。
「ハァ、ハァ……そうだよ、君が僕を殺したりなんかしたら天国の妹さんは悲しむよ」
「アンタ、最低ね」
鈴は氷の様な冷たい視線と共に呟く。だが聖騎の感情は既に冷めていた。
「ならばどうする? 君が僕を殺すかい?」
「そんなことしないわよ、クズ野郎」
「口が悪いなぁ……。ねぇ、彼とお近付きになれたのは誰のお蔭だと思う?」
「ッ……、黙れ!」
鈴は一瞬咲哉を一瞥してから怒鳴る。だが聖騎は動じない。
「まあ良いや。ところで、僕への用は終わりかな?」
「……あぁ」
咲哉は不快そうに頷く。その答えを聞いた聖騎は無言で振り返り、家路についた。
(あーあ、つい楽しんじゃったな。人に興味を持たないようにするのもなかなか大変だなぁ)
聖騎はそんな反省をする。そんなことなど露知らず、咲哉は叫ぶ。
「クソが!」
その怒気は周囲の注目を集めた。だが、咲哉の意識にそれは入らない。
「なぁ、桐岡」
「何?」
咲哉は遠くに見える聖騎の背中を見ながら、鈴を呼ぶ。
「俺はアイツを許せない。復讐しないと気が済まない。でも、でもだ……」
咲哉は声を震わせる。鈴は心配そうにその顔を見ながら、言葉の続きを待つ。
「俺は……俺はアイツが怖い。何かしようものなら、今度は親父やお袋まで巻き込まれるかもしれない。だから、俺は直接アイツに何もしない」
「直接……?」
「奴は人に絡まれて、それに仕返しすんのを楽しんでる。それなら、これまで以上に色んな奴に目を光らせて誰もアイツに絡まないようにしてやる。これがせめてもの復讐だ」
咲哉は前を見据えて、宣言する。
「それは、色んな人に嫌われるかもしれない。今回の事件だって、アンタが田中とかに煙たがれてたっていうのも無関係じゃないと思う」
「分かってる。だからもうちょっと仲良くするようにしてみんよ。難しいかもしれねーがな」
鈴の指摘を受けて咲哉は説明する。そしてニヤリと笑って見せた。
「じゃあ、私もそれを手伝う」
「桐岡……」
「私はアンタに感謝してんの。私に出来ることが有れば何でもする。だから、何だって言って」
咲哉の目をまっすぐ見て鈴は言う。その真剣な態度に、咲哉は圧される感覚を覚える。
「感謝? 俺はお前に何かしたか?」
「ええ。アンタにとっては何でもない、普通の事なのかもしれない。でもね、私はあなたに感謝してんの。前同じクラスの男子にからかわれた時、かばってくれた事は絶対に忘れない」
「そんなことで……」
「私にとっては『そんなこと』なんかじゃないの。それで、あのね……国見」
鈴は急に緊張したように、息を荒げさせる。
「桐岡?」
咲哉は訝しむように鈴を見る。既に辺りに人がいなくなった校門の前で、鈴は数回の深呼吸の後に言葉を紡ぐ。
「私……私ね……、あの時からアンタの事が好きなの」
鈴は告白した。咲哉はその言葉の意味を一種では理解できなかった。その言葉を脳内で何度か反芻し、言葉の意味を吟味して理解して、しかしどう答えればいいのかが分からない。人から告白される事など人生で初めてである。
「えっと……、それは……」
「別に付き合ってほしいとかそういうのじゃないの。でも、私の気持ちをアンタには知って欲しかった。何があっても私だけはアンタの味方だって事を伝えたかった」
戸惑う咲哉に鈴は言葉を捲し立てる。
「そうか……」
「神代がアンタに何かしようと、私は絶対にアンタを支えて、守る。絶対に」
鈴はまっすぐな視線で咲哉を見る。咲哉は自分の心臓が高鳴るのにも気付かずに、言葉を返す。
「何つーか……お前にそう言ってもらえて、その……嬉しい。でも、正直なとこ、俺がお前の事を好きっていう訳でも無い。いや、別に嫌いって訳じゃねーし、普通って訳でもねー。好きか嫌いかって言えば好きなのかもしれねーが、お前の『好き』と俺の『好き』は違うと思う」
「うん」
咲哉の気持ちを分かっていた鈴は微笑みながら頷く。咲哉は言葉の続きを口にする。
「でも、お前が言ってくれたのと同じように、俺もお前を守る」
心臓がバクバクになりながらの咲哉の言葉に、鈴は顔を赤らめる。
「……」
「……」
互いに何も言えず、その場にはしばしの静寂が訪れた。その様子を校門の裏からこっそりと見ている影があった。
「へぇ、やるじゃん」
その影の正体は西崎夏威斗だ。久しぶりに学校に来た咲哉の様子を少し変だと思った彼は校舎を出てからの様子を隠れて見ていたのだ。聖騎と言い合っている途中に一度出て行こうと思ったが、その前に鈴が現れたため隠れたままでいた。その後二人の雰囲気が首を突っ込んではいけない雰囲気になったため、出るタイミングをうかがっていたのだ。だが、そんなタイミングなど存在しないだろうと夏威斗は思う。
「今日はしばらく二人きりにしてやるか」
そう言って夏威斗は正門ではなく裏門から学校を出ることにした。
◇
後に咲哉は鈴、夏威斗と共に学年中のいじめっ子達のカリスマ的存在となり、いじめっ子たちは聖騎に手を出すことが無くなった。自分に関わろうとする児童が激減したことにより、聖騎の『人への興味を無くす』という練習もはかどった。やがて聖騎が私立天振学園を志望していることを知った彼らは、聖騎の被害に遭うかもしれない者を救うべく、同校への進学を決めた。その後もいじめっ子の資質が有る者を支配下に置き、学校でも有名な不良生徒というレッテルを貼られることになった。