異端者誕生(4)
一週間後。聖騎は黒いランドセルに少年の服装という姿で登校した。女装姿で学校に行ったのは一回のみで、それ以降は一切着ていない。茉莉がそれを残念に思っているのは聖騎も分かったが、無視した。クラスメートの中にも残念そうな者はいたが、特に何も言って来なかった。
この一週間で、聖騎は咲哉を攻撃する為の準備をしてきた。主に情報操作である。授業中に後ろの席の者から回ってきたという体で、咲哉へのマイナスなイメージを持たせる噂を書いたメモを前の席の児童に回した。それらの内容は教室中、ひいては学年中に広まっていった。元々咲哉は同学年の児童にとって恐いと有名であり、各クラスの実力者を子分のように扱っている。
噂の内容は既に酒を飲んでいるだとか、クラス一の美少女を狙っているだとか、このクラスのいじめっ子リーダーである田中を殺そうとしているだとか、根も葉も無い作り話である。それらの話を当初は鵜呑みにする者は少なかったが、彼らの「本当にそうだったらすごい」という感情は「本当にそうであってほしい」というように変わっていき、やがて本気でそうだと思い込む者が増えてきた。そして聖騎以外の者が噂を流すようになり、国見咲哉は恐怖の象徴となっていた。
そこで聖騎は「国見咲哉を倒そう」という主旨の檄文を匿名で回した。その際の具体的な方法と、もし改善点があれば教えてほしいという旨を示して。次にその紙が回ってきた時には、様々な者の提案で紙は真っ黒になっていた。それに目を通した聖騎はそれを次の者に渡す。決行日時は本日の放課後。場所は咲哉の通学路途中にある公園。学校で事件を起こしてしまえば教師の耳に入る危険性が高くなるからだ。作戦の役割も紙に書いて決めた。なお、聖騎は何の役割にも名乗りを上げていない。
その話は学年中にも広まった。そして、それを耳にした咲哉と仲の良い者によって咲哉にも伝わった。
「なぁ……咲哉」
不安げに問い掛けたのは夏威斗だ。
「心配すんな。公園で待ち構えてるっつってんなら簡単だ。しばらく学校を出なけりゃ、向こうも飽きて解散するだろ」
「そうかも、知んねぇけどさ……」
動じた様子の無い咲哉の言葉を受けてもなお、夏威斗は心配そうである。
「まー、俺は適当に図書室で時間潰してんよ。お前は帰ってて良い」
「いぃや、オレも付き合うぜ」
「悪いな」
そんな会話の末に図書室にいた二人の元に、男子児童が息を切らしてやって来た。図書委員の児童に走るなと注意されつつ、咲哉に言う。
「ハァ……ハァ……国見! た、大変だ!」
「知ってる。だからここでこうして時間を潰してんだよ」
「じゃなくて!」
咲哉の言葉を男子児童は否定する。咲哉は怪訝に思う。
「あぁ?」
「国見が学校で時間を潰す事が相手に読まれてたんだよ。それで……」
「言いたいことがあんならはっきり言え」
もじもじする男子生徒に咲哉は苛立ちを見せる。男子児童は言い辛そうに口を動かす。
「ああ、それが……、アイツら、お前の妹を……」
そこまで言って、男子児童は再び言いよどむ。咲哉には二つ年下の妹である咲希がいる。
「ああ? 咲希に何をしたってんだ?」
「その……拉致ったんだよ! むりやり公園に連れてって、国見がここに来るのを待ってんだよ!」
「何だと……?」
卑怯なやり口に咲哉は怒りを覚え、その男子児童を睨みつける。男子児童はその気迫に怯む。それには気も留めず、咲哉は立ち上がる。
「クズ共が……! 夏威斗、今すぐ行くぞ!
「待てよ、先に先生に言うべきだ。もしくは警察か」
感情のままに動こうとした咲哉を夏威斗がたしなめる。納得して頷きかけた咲哉に、男子児童が畳み掛ける。
「それはマズい。お前の今の様子は、奴らに監視されてる。なんつーか……少しずつ距離を置いて奴らが配置されてて、余計なことをしたら学校の公衆電話から、公園にいる、ケータイを持ってる奴に電話がかかってきて、お前の妹に危害が加えられるらしいんだよ」
「ゴチャゴチャ言われてもわかんねぇよ!」
「要するに、余計な事はしないで直接公園に来いって話らしい」
「チッ」
咲哉はギリギリと歯軋りをする。彼の怒りは最高潮に達している。そこで夏威斗は言う。
「なるほどな。敵はどんぐらいいるんだ?」
「学校にどんだけ監視がいんのかは俺にも把握できてない。でも、公園には四十人くらいいるのは確かっぽい」
「ソイツはやべーな。今から仲間を集め……ようにも、それが向こうに知られたら妹ちゃんがヤバいんだよな?」
「ああそうだ、奴らの監視はとにかくヤバい」
夏威斗の次の質問を男子児童は肯定する。夏威斗は目を細めた。
「へぇ……。そんじゃ、そんなヤバい監視の中、オレ達にこんな事を教えてくれるお前も大概だな」
その指摘に男子児童は固まる。
「い、いや俺は……。そうだ、運! 運が良かったから……!」
「見苦しいぞお前」
普段にこやかな夏威斗に睨まれて、男子児童は恐怖を覚える。そこに咲哉の睨みも加わり、彼は失禁して自分のズボンが濡れていっている事にも気付かない。
「上等だ。俺達をそこに案内しろ、おもらし野郎」
怒りに反して冷静な態度で、咲哉は要求した。
◇
三人が公園に辿り着くと、そこには見覚えのある顔がいくつもあった。そこには男子のみならず女子も何人か待ち構えていて、バット等で武装していた。そして、目を真っ赤に充血させている咲希、動じた様子の無い鈴、そして聖騎が地面に体を押し付けられていた。
「どういうことだ……?」
捕まっていたのが咲希だけだと聞いていた咲哉は僅かに混乱する。確かに彼は一週間前、聖騎を助けた。これまでも、聖騎に絡もうとしていた者へ、必要以上の報復をされるのを回避させるために釘を刺していた。だが、それ以上に意味不明なのは鈴の存在だ。鈴は過去に一度同じクラスになった事があるだけで、大して話した覚えが無い。そんな彼女が自分への人質に使われている理由が分からない。
ここで鈴が捕まっているのは聖騎の計画によるものである。だが、彼自身がここで捕まる事は想定外だった。作戦への参加者が増加していく中で、聖騎の知らないところでも話が進んでいった。そこで、この作戦の中心人物にいつの間にかなっていた田中が、聖騎もとりあえず捕まえようと進言したのだ。
(やれやれ、僕はこの作戦には関わらない予定だったんだけれど。まあいいか、これでまた報復の名目が得られた。僕の計画を狂わせた上に殴った君達のこと、忘れないよ)
顔に痣を作り、聖騎はそんなことを考える。すると田中は、余裕を見せる聖騎に気分を害してその顔をバットで叩く。聖騎の鼻からは鼻血が飛び散った。
「うっ……」
(これで今日の君からは十二発目だね)
呻くと同時に聖騎は内心でそう言った。そんな聖騎の内心などつゆ知らず、咲哉は叫ぶ。
「咲希!」
「おにい……ちゃん! ……あっ!」
咲希は絶望の中で見つけた兄の姿に安堵すると同時に、更なる恐怖を覚えた。自分が捕まってせいで兄も酷い目に会うかもしれないという恐怖だ。すると彼女の髪が一人の少女によって引っ張られた。
「国見ィ! 大人しくしねぇとコイツブッ殺すぞ!」
「咲希がお前らに何をした!」
咲哉は妹の元へと走る。だが、彼女の頬を平手が襲う。
「近付くな! 大人しくしてろ」
「黙れクズ共!」
「黙るのはお前だ」
田中はずんずんと咲哉に近より、殴る。咲哉にとってそれを避けるのは容易であったが、あえて受けた。余計なことをして咲希に危害が加えられるのを恐れたからだ。
「俺はここに来た。もうソイツらが捕まってる理由はねーだろ。解放しろ」
「お前に、俺に命令する権利はねぇよ!」
田中は見せ付けるように、バットを地面に叩き付ける。
「俺の事は好きにしろ。だから……」
「だからじゃねぇよ! お前はただ、俺達に殴られてりゃ良いんだよ」
「ぐっ……!」
腹部をバットで叩かれて、咲哉は呻く。夏威斗は慌てて駆け寄る。
「咲哉!」
「おっと、お前も調子に乗んなよ」
田中とは別の者が夏威斗を拘束しようとする。夏威斗はその顔面を殴り付ける。
「何ボサッとしてんだ咲哉、やるぞ!」
「待て夏威斗……、んなことしたら咲希が」
「してもしなくても危ねぇんだ。なら、やるしかねぇだろ!」
迷いを見せる咲哉に、夏威斗は言った。咲哉は頷く。
「そう……だな!」
咲哉は田中を睨む。すると 彼の仲間が咲希を殴った。
「お前には何も出来ねぇよ、国見!」
「くっ……」
理屈の上では、何もしないよりはした方が良いことは分かっている。だが、咲哉の感情は咲希の悲鳴によってブレーキがかかる。
(どうすれば良い……?)
咲哉は脳を回転させる。その最中にも咲希の悲鳴は上がり続けた。