異端者誕生(3)
予定を狂わされた聖騎は傷薬を患部に塗りこみ、教室へと戻る。そして普通に何事もなかったかのように授業を受ける。給食も昼休みも午後の授業も普通に過ごし下校しようとしたところ、靴箱に何か封筒が入っているのを発見した。周囲の視線など気にせずにその中身を見てみると、差出人は不明で、内容は体育館裏に来てほしいとの事だった。創作物の中でしか見た事のないその手紙を聖騎は訝しむ。
(普通に指定の場所に行くのは危険かもしれない。ひとまず様子を見てみよう)
そう考えた聖騎はすぐさま引き返し、階段を上がる。そして体育館の方面が見えるような場所を探す。だが、体育館の位置的に、校舎内でその場所を見られる場所は存在しなかった。
(無視しておいた方が無難かな。今日だけで2回も痛い目に会うのも嫌だし。そもそも誰も見てない所でやられたら仕返しの正当性が証明できないし。……茉莉さんに小型のボイスレコーダーをお願いしてみようかな)
そう結論した聖騎はすぐに帰ることを決めた。彼が正門を出ようとしたところで、背後から声が掛けられる。
「ちょっとアンタ。シカトする気?」
一方的に声を掛けておいて無視も何も、と思いながら聖騎が振り返ると、そこには三人の少女がいた。見覚えのない顔だったので無視して歩き出す。するとランドセルを掴まれた。
「シカトすんなって言ってんの。鈴からの手紙読んだんでしょ」
「リンって誰かな?」
「あっ……」
聖騎が聞き返すと、少女は口元を隠す。手紙の主が鈴――桐岡鈴であることは秘密のはずだったにも拘らずあっさりと言ってしまったのだ。すると別の少女が言う。
「とにかく、鈴が待ってるんだから体育館に行けよカマ代」
「アハハハハ、カマ代ってそれマジウケる」
楽しそうに笑う少女達を聖騎は冷めた目で見る。その視線に気付いた一人の少女が前に出る。
「何その目。生意気なんだけど」
「僕は生まれつきこの目だよ。それはともかくとして、リンという人は僕に何の用があるのかな?」
「チッ……。ウチらにも分かんないんだけど。とにかく行けよカマ代」
少女達は鈴の目的を聞いている訳ではないらしい。そう思った聖騎は相手の目的が何なのか考えつつ、体育館裏を目指す。その後を少女達が追ってくる。聖騎が逃げないかを見張る役である。
(それが本当だとは言い切れない。人目に付かない所に僕を呼び出して、どうしようというんだろう)
聖騎は警戒している。彼は同年代の男子児童はおろか女子児童よりも筋力や運動能力が劣る。つまり相手が平均程度の女子一人だとしても、殴り合いになれば勝てない。相手がそれ以上いる可能性もあると考えれば、敗北しかそこにない。
(仕方ない。その分後で報復すればいいだけだしね)
そんなことを考えていると、体育館の近くまでたどり着いた見張り役の少女達はここからは聖騎一人で行くように言った。周囲を警戒しながら聖騎は歩く。そして裏へと続く角を曲がったところで声を掛けられた。
「遅い」
その声の主の顔を聖騎は見る。見覚えのない少女だった。桐岡鈴である。
「悪かったね。それで、用は?」
「チッ」
聖騎が要件を尋ねると、鈴は舌打ちで返す。そして睨む。
「アンタさぁ、調子に乗ってない?」
「そんなつもりは無いけれど」
「乗ってんの」
鈴は聖騎の言葉を否定する。だが聖騎には彼女の意図が分からない。何故自分と関わりの無い少女にこんなことを言われているのか、理由が分からない。
「そうだね、どうやら僕は調子に乗っているらしい」
「ケンカ売ってんの? アンタ」
「そんなつもりは無いよ、本当に。でも僕が普通にしているだけで、色々な人に絡まれるんだ」
「……アンタと話してたらムカつきすぎて死にそうね。本題に入るわ」
苛立ちを隠さない鈴は、改めて聖騎の目を見る。そして言う。
「アンタ、国見に色目使ってんでしょ?」
静寂。聖騎は鈴が言った言葉を吟味する。だが、どう考えても結論は一つしか出ない。目の前の少女は、自分が国見咲哉に好意を抱いていると思っている。だがそれは、断じて違う。
「何を言っているのかな?」
「とぼけないで。アンタが国見の気を引くためにわざと絡まれるようなことをして助けて貰ってるのは分かってる。そして何よりその恰好、どう考えても国見を誘惑しようとしてるじゃない!」
「うん。君は思い込みの激しい性格のようだね」
鈴の言葉を受けて、聖騎は冷静に返す。
「じゃあ何だって言うのよ! 国見はね、アンタに絡んだ連中を片っ端から倒して仲間にしてんの。それはあなたが色目を使ったからでしょ?」
「違うけれど」
否定しつつ、聖騎は内心でなるほどと頷く。いじめっ子に絡まれ、仕返しをするといういたちごっこをしていた聖騎だが、満足な報復が出来ていないうちに毎回相手が引いてしまっている。聖騎はそれを自分の報復によって懲りたからなのだと思ったがそんなことはなく、咲哉が手籠めにしているからなのではないかという仮説を立てた。
「じゃあなんで男の癖にそんな服を着てんのよ」
「自分が着たいと思った服を着ている。ただそれだけだよ」
「ウソね。あなたは何かを考えている。そうでもなくちゃ、そんな目立つ服わざわざ着ないわよ。少なくともアンタは目立ちたがりじゃないでしょうし」
鈴は鋭く指摘する。聖騎はそれに答えず、指摘で返す。
「君が言っている事は的外れだよ。的外れだけれども、仮に僕が彼の気を引こうとしているとして、君に何か不具合な事でもあるのかな?」
「バッ、ちょ、そ、そんなこと無い!」
鈴はそれまでのクールな態度をかなぐり捨てて慌てふためく。分かりやすい反応に、人の心に疎い聖騎ですら鈴の内心は読み取れた。
「何かな、そのいかにも何か有りそうな反応は」
「何も無い! 何も無いから!」
「じゃあそれで良いよ。結局僕を呼び出した用って何なのかな?」
鈴の狼狽を無視して、聖騎は質問する。すると鈴はハッとした。
「そ、そうよ! とにかくね、アンタは国見の気を引くのを止めなさい!」
「どうしてかな?」
「ど、どうしてって…………。国見が迷惑しているからよ!」
「彼が迷惑しているとどうして君にそう言われなくちゃいけないのかな?」
「関係ないでしょ!」
鈴は完全に冷静さを失っている。どうしたものかと思いつつ、聖騎は言う。
「分かったよ。とにかく色目は使わない。使っていた覚えも無いけれどね」
「それで良いのよ」
聖騎の言葉に鈴は満足そうに頷く。
(よく分からないけれど、問題は解決したらしい。しかしだ、僕が絡まれれば何故か彼は絶対に首を突っ込んでくる。まあ、お互いに何もしなければ問題は無いのであろう。……でもね僕は楽しいことをしたいんだ。ならば先に、彼を潰すか。二度と首を突っ込んで来ないようにするため)
聖騎は思考する。そして、目の前の少女を見る。
「ところで、君の名前を教えてくれるかな?」
その質問に鈴は驚愕する。
「はぁっ!?」
「そんなに驚くことかな……?」
その聖騎の態度に、鈴の顔は驚きから怒りに変わる。
「アンタ、私のこと知らずに今まで話してた訳?」
「まぁ、ね」
実のところ、鈴は過去に聖騎と同じクラスになった事がある。しかし聖騎は鈴の存在をまるごと忘れていた。そもそも、まったくと言って良いほど会話をしていないのだ。
「チッ……まあ良いわ。私は桐岡鈴よ」
「ありがとう」
礼を言いつつ、聖騎は脳を回転させた。