表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/209

異端者誕生(2)

 翌日。登校して教室に入ってきた聖騎にクラスメート達の注目が集まった。その原因は彼の格好にある。何せ、黒のワンピースに赤いランドセルを背負って登校してきたのだから、彼らの驚愕は当然であった。聖騎は昨日までは黒いランドセルを背負い、普通の少年らしい服装をしていた。


(茉莉さんもよく、買ってきてくれたなぁ。服はともかくランドセルなんて。やけに楽しそうな顔をしていた気がするけど)


 周囲の奇異の視線など気に留めずに聖騎は思う。昨日帰宅した聖騎は茉莉に「明日は目立つ格好で学校に行きたい」と言った。茉莉に理由を聞かれたが、何となくだと答えるとそれ以上の詮索は無かった。その後家を飛び出した茉莉は赤いランドセルと、少女用の服をどっさりと買ってきたのだ。流石の聖騎も対象とされている性別が違う服を買ってくることは予想外だった。ワンピースの他にもサマードレスやブラウスにスカートなど、様々な色、デザインのものが与えられた。「お好きなものをお選び下さい」と言っていた割には茉莉の中では本命の服が決まっているように聖騎には思えた。それこそが、聖騎が今着ているものである。


「うわ、オカマじゃん」

「キモー」


 女子児童からはそんな声が発せられた。他にも侮蔑や嫌悪や嘲笑の声が上がっていく。その状況に聖騎は内心でほくそえむ。これで仕返しをするための名目が立ったと。無論、その方法は既に考えてある。やがて担任教師も教室に入室した。当然の様に困惑した。


「神代君!? 何その恰好は?」

「単に着たい服を着ているだけです」

「だからと言って……。それにランドセルまで……何があったの?」

「単に背負いたいランドセルを背負っていただけです」


 担任の質問に聖騎は淡々と答える。担任としては釈然としないものがあったが、元々変わった少年だとは認識していたし、授業には真面目に取り組んでいて勉強も出来る事から好感度が高かったこともあり、それ以上の追及はしなかった。その代わり、ざわめく教室中に言い放つ。


「みんな、神代君の服をどうこう言うのはやめてね」

「でも先生、男子なのに女子の服を着ててキモいよ」

「人をキモいとか言うんじゃないの。思っても良いから口に出すのはやめなさい」


 担任の言葉は児童達には響かない。正しいのは自分達で、間違っているのは聖騎。それなのに何故自分達が非難されるのかが分からなかった。そこで口を開いたのは聖騎だった。


「良いんです、先生。僕は自分の好きな服さえ着られればそれで良いんですから」

「そうなの? もし何かあれば遠慮しないで相談しに来てね?」

「はい。その時はお世話になります」


 心から心配する担任に、心にもない言葉で返す聖騎。だが担任はその言葉に安堵しつつ、出席を取り始めた。



 ◇



 二時間目と三時間目の間の休み時間。活発な児童達はいつものように外へと出て行こうとする。このタイミングで担任は職員室へと行った。そして聖騎は予定通り、トイレへと向かう。女装しているとは言え男である聖騎は男子トイレに入る。そこで想定通りの声を後ろから投げかけられた。


「おい、そっちじゃねぇだろ? オカマ野郎」


 男子三人が嘲笑する。そしてその中の一人は聖騎の背中を蹴った。男子トイレに隣接する女子トイレ入り口の方へと倒れる。更なる嘲笑が沸き起こる。


「なあ、さっさと女子トイレに入れよ! ギャハハハハハハ!」

「ぐっ……」


 痛みに聖騎は呻く。これも想定内であったが痛いものは痛い。


「まさか、オレ達にビビって女のカッコなんかしてんの?」

「かはっ……どういう意味かな?」


 聖騎は本気で意味が分からなかった。自分が目の前の児童達を恐れている――その発想は彼には無かった。


「だーかーらぁ、女のカッコでもすればオレ達がお前を許してやるとでも思ったのかって言ってんだよ」


 いじめっ子は察しの悪い聖騎を本気で嘲る。何故男なら許されず女なら許されるのか、聖騎には本当に分からなかった。


「知らないよ。君達程度の存在が、僕の服を変える要因になるとでも思っているのかな? 本気で言っているのだとしたら失笑もの……ぐふっ」

「ペラペラと生意気なんだよ!」


 聖騎が最後まで言い終える前に、腹部に蹴りが入る。それに加わる児童は次々と増え、野次馬もどんどん来ていた。その中にはクラスメートではない――つまり、今蹴られているのが聖騎ではなく女子だと思っている児童達もいた。だが、それを止める者はいない。次のターゲットが自分に移る事を恐れているのだ。


「ほら、謝れよ。ゴミの癖に生意気言ったのをよ!」

「がぁぁっ!」


 思い切り蹴られ、聖騎は思わず声を上げてしまう。女子トイレに行かせるという目的すら忘れて、ただ生意気な相手を攻撃したいという欲求に従い続ける。


「お前みたいなゴミが、オレをバカにしてんじゃねぇよ!」

「……」


 聖騎は既に声を出すのも困難な状態になっていた。彼としては馬鹿にしたという覚えが無い。彼としてもこの世界の『多数派』の価値観に合わせようと努力はしているのだが、どうしても無自覚に人を見下してしまう。それがいじめっ子達の気に触れている。聖騎は次の授業が始まるまでこれが続くのだろうと考えた。だがそれは止んだ。


「何やってんだ? オマエら女相手に」


 そこにかけられた声により、いじめっ子達の動きが止まる。


「く、国見ぃ……! 違うんだ、コイツは……」

「良い訳すんじゃねーよ、クズ野郎」

「ぐぅぅぅぅぅぅっ!」


 小学生離れした、風の如き速さのパンチがいじめっ子のリーダー格の顔面にめり込む。そして体が倒れる。


「大丈夫かい? キミ」


 殴った児童――国見咲哉の隣にいた少年が聖騎のところへと駆け寄る。


「……うん、大丈夫」

「じゃないね。保健室に行こう。歩ける?」

「いや……次の授業が」

「すぐに戻ればいいから」


 少年は聖騎の体をゆっくり引っ張って起き上がらせる。そして聖騎の頬に手を触れ、撫でる。


「まったく、君みたいな可愛い女の子を蹴るなんて……」


 咲哉も聖騎のところへと近付き、そして顔を見る。彼は嘆息する。


「待て夏威斗。コイツは――」


 そこまで言いかけたところで、聖騎のクラスの担任が別のクラスの女子と共に現れた。


「神代君! 大丈夫!?」


 担任は心配そうに叫ぶ。そこで少年――西崎夏威斗は違和感を覚える。


「君?」

「夏威斗。ソイツは男だ」

「待てよ咲哉。こんなに可愛い子が男の子のはず――」

「だが男だ」


 咲哉の言っている事の理解が出来ない夏威斗。しかし、取り敢えず納得する。


「ああ、分かんないけど分かった。とにかくコイツを保健室に連れてくわ」


 ふらふらと立ち上がった聖騎に、夏威斗は肩を貸す。


「どうしてこんなことをしたの!?」


 担任は聖騎を蹴っていた児童達に激昂する。それを受けていじめっ子たちは委縮する。何も答えない彼らに担任は怒りが収まらない。


「黙っていないで答えなさい!」

「うぅ……」


 いじめっ子のリーダー格は気まずそうにしている。そこに咲哉が言う。


「俺達はコイツを保健室に運んでくる」

「ありがとうね。頼むわよ」


 礼を言われた咲哉は夏威斗とは反対側の肩を支える。


「行くぞ夏威斗、神代」

「おう」


 咲哉と夏威斗は歩き出した。しばらくして保健室に辿り着く。そこに養護教諭はいなかった。どうすればいいのかと夏威斗が聞き、咲哉はとりあえず椅子に座らせた。


「夏威斗、傷薬あるか?」

「んーっと……あった。コレだな」


 夏威斗室内備付の薬箱から傷薬を取る。


「君、痛いトコあるか?」

「無いよ」

「それはねーよ」


 聖騎の言葉を否定した咲哉は、蹴られていた腹部を確認しようとし、そこで思い至る。今の聖騎は何故かワンピースを着ている。つまり、腹部を見る為には下部のスカート部分をめくらないといけない。そして、ワンピース姿の聖騎の容姿は完全に美少女である。いじめっ子からは一目置かれている咲哉と言えど、聖騎の服をめくることは何となくはばかられた。だがそれも一瞬。意を決した咲哉はワンピースに手を掛ける。


「なぁ、一体どうしてこんなカッコしてんだよ。ぶっちゃけキモいんだけど」

「好きな服を着たい。ただそれだけの事だよ」

「説得力のカケラもねーな。……まー、想像は付くが」


 呆れながらの咲哉の最後の言葉に、聖騎は軽く驚く。だが彼は何も言わず、その代わりに夏威斗が聞く。


「想像が付くって?」

「元々絡まれ体質のコイツがこんなカッコをすればどうなるか。その答えが、コレだ。コイツはわざと絡まれるようにこんなカッコで学校に来た」

「いやいやいや、んな事してどうするよ。バカじゃねーの……痛あっ!」

「黙れ」


 バカと言われた咲哉は夏威斗の頭を軽く殴る。夏威斗は頭をさする。


「じゃあ、どういう事だってんだよ?」

「あのな、前言っただろ。田中のヤツが自分の椅子に犬のウンコ置かれてたって。それをやったのがコイツ。コイツはわざと絡まれるような事をして、その仕返しとしてエグい事をしようとしてんだよ」

「うわぁ……マジか」


 夏威斗は嫌そうな顔になる。椅子に座った時に犬のフンの入っていたビニール袋が破れ、ズボンが大変な事になったいじめっ子田中の話は夏威斗にとって記憶に新しい。夏威斗は口を開く。


「つーか、そんな仕返しされてもこんな事が出来る田中って何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「されたからこそ、だろ。お前、自分をウンコに座らせた奴の事許せるか?」

「許せないな」


 納得して夏威斗は頷く。そして咲哉は聖騎を見る。


「まー、お前が田中に何かしよーとしてんのは分かる。何をしよーとしてんのかは知りたくもねーがな。とにかくだ、アイツにはお前の代わりに俺の拳で仕返しをした。そういう事で良いな?」


 それは問いかけではなく断言だった。聖騎を最初少女だと思っていた咲哉が田中を殴ったのは偶然であるが、それを利用して田中を庇おうとしているのだ。聖騎は皮肉げに笑う。


「まったく……君はいつも僕の邪魔をしてくるね。飽きないのかな?」

「飽きてたらやらねーだろ」

「いっ……」


 咲哉は聖騎の腹部を軽く叩く。それが響いたようで、聖騎は呻き声をあげた。


「もうめんどくせーから治療は自分でやってろ。行くぞ、夏威斗」

「おう……良いのか?」

「良い」


 短く吐き捨て、咲哉は保健室を去る。夏威斗も「お大事にな」とだけ言い残してその後を追う。


(余計なことを……。仕掛けるのは教室の中だけでやるべきだったかな?)


 聖騎は反省をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ