異端者誕生(1)
聖騎が帝都中を観光している一方で、メルン・ラクノンも自分の仕事をしている。しかし今日入っている仕事はなかった。そんな彼女がいるのは孤児院だ。
恵まれない幼少期を送った彼女は、孤児を人一倍気にかけている。リノルーヴァ帝国の孤児院には昔から支援もしていて、聖騎が仲間になり、彼の活躍により大金が手に入いるようになってからは自分の屋敷でも孤児を拾って面倒を見ている。そして、外を歩く時は孤児を探すのが癖になってしまっている。その過程でふらりと歩いていたところ、孤児院を発見して立ち寄ったのだ。孤児院の院長に金貨を何枚か寄付だけして帰ろうと思っていたのだが、院長の老女は他国の貴族であるメルンに訝しげな眼を向けて寄付を拒否した。メルンは単純に支援したいと思っただけだという旨を伝え、子供達と一緒に遊んでみるうちに子供達からは信頼を得て、老女もメルンの誠意を汲み取った。
「ねーメルンちゃん、こっちきて」
「メルンちゃんはあたしとあそぶのー」
自分を巡っての戦いが始まった事にメルンは苦笑する。
「ほら二人とも。私は一人しかいないんだから……っていうか――」
メルンはそこで言葉を区切り、首を自分の同年代の少女に向ける。長い茶髪と鋭い目付きが特徴的な少女は、喧嘩をしていた二人の少年を説教していた。その説教はちょうど終わり、二人が仲直りしているのを見ている。しかし、メルンの言葉はケロリとした笑いと共に断られる。
「ダメ。きょうはメルンちゃんとあそびたいの」
「やれやれ、それじゃあみんなで遊ぼ。それでいい?」
「うん!」
メルンの提案に子供達は笑顔で頷く。
(やっぱり子供は良いなぁ。どこぞの参謀様と違って無邪気で、素直で)
聖騎の顔を一瞬だけ脳裏に浮かべ、メルンは子供達と遊ぶ。彼らの元気はしばらく続き、人より体力には自信があるにも拘わらずメルンはくたくたに疲れた。子供達も一人残らず疲れ、すやすやと眠っていた。園長は今日の夕食の食材の買い出しに出ている。
「お疲れ。コイツらもぐっすり寝ちゃったわね」
メルンに労いの言葉をかけるのは、茶髪の少女――桐岡鈴だ。実は彼女には沢山の弟や妹がおり、小さな子供の面倒を見るのは嫌いではない。街を適当に歩いていたところこの孤児院を見つけ、度々足を運ぶようになったのだ。
「そっちこそお疲れ様、リン」
「ま、アンタに比べれば大した事はしてないよ」
鈴とメルンは今日が初対面である。彼女達は意気投合した。だが、こうして二人きりになったのは今が初めてである。
「ねぇアンタ、神代のトコのお姫様だったよね?」
「その言い方だと私がオマケみたいだけど、まあそうだよ。君は彼の同郷の人?」
鈴の質問にメルンは頷きつつ質問を返す。
「まぁね。アンタがアイツについてどこまで知ってんのかは知んないけど」
「私も大したことは聞いてないんだけどねー。で、どうなの? マサキはどんな感じの人なの?」
「そうね、私自身はそれほど関わった訳じゃない。ただ、一言で表すならクズね」
「知ってる」
メルンが頷くと、鈴は苦笑した。
「それを知った上で協力してるのね。私が今から話す内容を聞いても、そのままでいられるかしら」
「重要なのは今のマサキが有能かどうか。多分変わらないんじゃないかな」
「そう言われるとしゃべりたくなくなるわね……」
メルンの言葉に、鈴が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ちょっと待って、君の話を聞かせて!」
「しょうがないわね……」
慌てるメルンに向けて、鈴は話し始めた。
◇
小学四年生の頃の事である。神代聖騎はこの頃にもいじめのターゲットとなっていた。少女の様な容姿であるからか、授業参観に父でも母でもなくメイド服を着た近衛茉莉が来ていたからか、単に友達がいないからか……聖騎には理由は分からないが聖騎はいじめられていた。そして聖騎は不快な感覚を覚えた時、その原因は確実に取り除く主義であった。故に、いじめへの報復は抜かりなかった。相手の机に絵の具で落書きをしてみたり、上履きに画鋲を入れてみたり、更には登校中に道端で拾った犬のフンをビニール袋の中に入れて、対象が座る椅子にセットしておいて、その上に座らせるという事までしていた。聖騎は『不快な状況から脱出する』という目的を果たす為に手段を選ばなかった。
聖騎がしたことは教師にも知られ、説教も受けた。いかに聖騎が単独で相手が複数であるとは言え、過剰防衛である。だが、説教の言葉は聖騎の心には響かなかった。しかし『頭の良い生き方』を実行しようと考えていた聖騎は反省した態度を見せた。教師を仲介人として聖騎といじめっ子達は『これからは仲良くする』という約束を結んだ。しかしいじめっ子たちは理不尽な仕返しをした聖騎を恨んでいたが、一方で報復が怖いという気持ちもあった為、聖騎から距離を置くようになった。
(つまらない……)
ある日の帰り道。学校で特に何もない一日を過ごした聖騎は内心で呟く。彼は様々な仕返しの手段を考えていた。彼の中ではいつの間にか、目的と手段が入れ替わっていたのだ。頭の中に思い描いた報復を全て実行したい。そんな欲求が彼の心中を渦巻いていた。
(でも、自分からやっちゃいけない。あくまでも『仕返し』じゃないといけない)
行き過ぎた行為をしていた聖騎が許されているのは、自分が先にやられたからという前提があるからである。自分から仕掛けてしまえば、より厳しい説教を聞かなければならない。聖騎にとって説教を受けるのは不快だ。だから、自分からは何もしない。
(『頭の良い生き方』かぁ……。よく分からないなぁ。みんなの考え方に僕が合わせていかなくちゃいけないっというのが『頭の良い生き方』みたいだけど、みんなが何を考えてるかなんて分からない。でも、これだけは分かる。僕は嫌な気持ちにはなりたくない。そう思ってたから僕はただ、自分を守った)
歩く聖騎は道路に転がる石を軽く蹴る。その行方には興味を示さずに、淡々と歩き続ける。
(でも……仕返しをしていくうちに楽しいと思えてきた。嫌な気持ちになるのを防ぐんじゃなくて、良い気持ちになる為にあれをやっていた。でも、何で僕は良い気持ちになったんだろう……)
脳内に浮かんだ疑問。その答えを導き出すことが出来なかった聖騎は思考を放棄した。
(何でもいい。とにかく僕は初めて楽しいと思えるものが出来たんだ。その為には……そうだ!)
一瞬の閃き。聖騎は表情を愉悦に染める。
「あはっ……あはははははは! そうだ……簡単じゃないか!」
高笑いを抑えつつ聖騎は言った。