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トリック

 ローブのフードを普段よりも深く被った聖騎は、真黒一色という無難なデザインの眼帯を購入した。それよりも代わりの仮面を修理するなり、新しいものを買うなりした方が良いのでは、とミオンは思ったが聖騎はそのままで良いと言った。目だけが露になった仮面を気に入った聖騎のセンスがミオンには分からない。その目の部分を眼帯で隠すというセンスはもっと分からない。


 その後も色々なところを回った。 借りてきたネコのように大人しくなったミーミルが右肩に聖騎を、左肩にミオンを乗せて、極力揺らさない様に歩く。巨人奴隷は主人を快適に運ぶための訓練を受けており、ミーミルは上手く聖騎達を運んでいた。ちなみに彼は聖騎が眼帯を買った衣服屋で服を購入した。貴族の間では、巨人を好きなように着飾ってそのセンスを競い合うのがちょっとしたブームである為、巨人用の服もかなりのバリエーションがある。普通の服より布を使い、その上作る難易度もやや高い為、値段はそこそこ高価であったが、聖騎は問題なく買えた。全体的に紺色な中で所々金色のアクセントが散りばめられた、どこか騎士を思わせるデザインだった。これも聖騎の趣味である。


 国の騎士団の訓練や、対巨人用魔動人型兵器ヴェルダリオンの建造の様子を見学したり、闘技場での剣奴と巨人の試合を観戦したり、初代皇帝ヴェルダルテの記念館を見に行ったりと、聖騎はそれなりに楽しんだ。ミオンからは娼館も勧められたが丁重に断った。聖騎としては純粋に嫌だったから断っただけなのだが、ミオンは立派なものを見るような視線を向けた。


 そして現在は、酒場にて休憩中である。ミーミルは店の外で待っていて、聖騎が買い与えた樽の酒を直接ゴクゴクと飲んでいる。巨人族はほぼ例外なく酒が好きな種族である。今後自分を運ぶのに支障が出るだろうとは思ったが、ムチだけではなくアメも必要だろうと考えた聖騎は店でも最高の部類に入る酒を買い与えた。酒場の丸テーブルに聖騎とミオンは座る。周囲では柄の悪そうな集団が、まだ日が昇っているにも拘わらず酒を飲み交わしていた。


「パラディンさんは飲まないんですか? お酒」

「はい。好きではないので。ミオン様は?」

「私も好きじゃないですし、立場上今は飲むことは出来ません」


 グラスの水を飲みながら、ミオンと聖騎は話す。その様子を見て、酔っ払った大柄の男が近付いてきた。

 

「おう、ここは酒も飲めねぇガキが来るトコじゃねぇぜ。とっとと失せな」


 男はバン! と勢いよくテーブルを叩く。しかし聖騎は動じず、ミオンも肝が据わっているようで怯まずに答える。


「そのような決まりは無いと存じておりますが」

「有るんだよ。俺達がいる時にはな。ま、お前の場合酒云々の前にそのキモい腕をどうにかしろって話だけどな」


 ミオンの四本の腕を気味悪そうに見ながら、男は言葉を返す。彼がミオンを指差して嘲笑すると、彼の仲間からも下品な笑い声が発せられた。


「そこの仮面野郎、俺の声が聞こえてんならさっさとメスヒトモドキを連れてさっさと消えな」


 男の仲間の、長い金髪の軽薄そうな男が聖騎に顔を近付けて言う。両脇に女を抱えたその男の口からは酒の臭いがして聖騎は仮面の中で顔をしかめる。ガスマスク的な機能を付け足す事を検討しようかと考えつつ、相手の様子を見る。


(僕の第六感が正しければ、この人達はそれほど強くなさそうだし、無力化は簡単にできる。でも相手の素性が分からない以上、下手に敵に回すことは避けたい)


 店内から聞こえるヒソヒソ声に耳を傾けると、自分の目の前の者達が一目置かれているのが分かった。この店の店主は「まぁたやってんのか」とでも言いたげな態度で関わることを放棄している。つまり、対処は当人である聖騎に任されている。「取り合えず目に入ったから」という理由でミオンもよく知らなかったこの店を休憩場所に選んだ聖騎は自業自得だと思いつつ、椅子から立ち上がる。


「不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。私どもはこれにて退散させて頂きます」


 腰の低い態度を心掛けて、聖騎は頭を下げる。ハッとしたミオンも彼に倣って謝罪の意を示す。しかし、男達はその対応が面白くなかったのか、絡みを止めない。


「なぁんだぁ? それが人に謝る態度かぁ?」

「せめてそのダサいマスク取ったらぁー?」


 軽薄な男と、彼に抱えられている女の一人も便乗して煽りの言葉を口にする。女の言葉に一同は笑い声をあげる。


(まったく、面倒な人達だなぁ。さて、僕とこの人達の出会いは偶然か必然か。国から送り込まれた人達で、僕が反撃したらそれをこじつけて捕えるつもりなのかも知れない。ミオンは彼らの事を知らないようだけれど、聞かされていないだけという可能性も有る。……でも、この店はよく考えず適当に選んだ。人を待ち構えさせるのは困難。それに、店に入った時は敵意を感じなかった。つまり、仕込みの可能性は低い。低いとはいえ、下手なことをするのは愚かだ。でも、顔は晒したくない。ならば……)


 聖騎が取った手段。それは逃避だ。彼は迷わず店の出口を目指してそっと走る。


「はぁ?」


 聖騎の行動に、一同は呆気に取られる。ミオンもそれに驚きつつも追いかける。酒のせいか状況の把握に少し時間がかかった男達も続く。


「テメェ、無視すんなやコラァッ!」

「ビビってんじゃねぇぞチキン野郎!」


 後方からの怒号を背中に受けながら、聖騎は水代を店主に払って店を出る。店主はまったく動じずに銅貨を受け取り、クールに頷く。ミオンは身体能力がかなり高く、男達に軽く距離を付けて店を出た。


「待ってください、パラディン様」

「ミーミル、申し訳ありませんが取り合えずどこか適当なところに運んでください」


 ミオンはそれほど疲れていない様子で言い、聖騎は店の前で酒盛りをしていたミーミルにお願いをする。


「お酒、まだ残ってる……」

「また新しいのを後で買いましょう。あのお酒も誰かが勝手に飲むでしょう」


 二人を持ち上げるミーミルは名残惜しそうにしているが、聖騎はそれを宥める。酔いが回っていないミーミルは余裕で二人を運ぶ。彼が歩き始め、男達がそれを追いかけてくるのを見ながら、ミオンは口を開く。


「パラディン様、申し訳ありません。私がもっと帝都の酒場について把握していれば」

「ミオン様が謝る事ではございません。あの店を選んだのは私なのですから」

「でも……」

「本当に気にしないでください。現に私達は無事なのですから。……ところで、彼らについて何かご存知でしょうか?」

「申し訳ありませんが……私には分かりません」


 聖騎の質問に、ミオンは申し訳なさそうに横に首を振る。聖騎は自分の考えが杞憂だったのだろうかと思う。すると今度はミオンが質問する。


「あの、すみません。先程気になる事があったのですが」

「何でしょう」

「奴隷商店での『ゲーム』の時に、異常に長い間あの方を傷付けていましたよね? 確かにナイフは薄く入れていましたが、それでも新たな傷が出来ていた事には変わりませんし、新たな血だって流れました。もしかして、何か仕掛けがあったんじゃないですか」


 ミオンは不思議そうな顔でそれを聞く。聖騎が見た所では純粋に知りたがっているだけのように思えた。だが、彼は答えをはぐらかす。


「こちらの手札は、そう易々とお教えできませんよ」

「そう……ですよね。すみません、変な事を聞いて」

「こちらこそすみません。………願わくは、直接あなたに使う機会が来なければ、と思っております」


 冷たく言い放った聖騎に、ミオンはハッとして俯いた。

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