余裕を打ち砕く炎の龍(2)
勇者全員でドラゴンと戦う事を決めたシルアだが、彼女には誤算が有った。ドラゴンと戦っている咲哉達はクラスの中では不良として恐れられている者達であるということだ。普段は自分がターゲットにされるのが嫌で、卓也へのいじめに便乗していることもあった。だからこそ彼らは、咲哉達を積極的に助けようとは思えない。少なくとも、強大なドラゴンと戦ってまで助ける価値が有る人間であるとは考えていない。故に、シルアの呼びかけにも応じない。
「んん、想定内ですな神代氏」
「そうだね。だからこそ手は打ってあるよ」
柳井の言葉に答える聖騎。咲哉達はのしのしと歩く巨大なドラゴン相手に遠距離から魔術で攻撃していた。しかしそれが通用する様子が無かったため、近距離からの物理攻撃に切り替える。
「元々俺は魔攻より攻撃の方がたけーんだ。なら……」
剣を構えた咲哉は走る。友人たちも同様だ。先頭を走る咲哉がある程度ドラゴンに近づいた瞬間、ドラゴンの眼の色が変わった――――ように聖騎には思えた。
「はあぁぁぁッ!」
剣を振り上げた咲哉は跳躍する。次の瞬間、ドラゴンは咆哮と共に口から炎を吐き出した。そして自らに攻撃しようとしている咲哉をはじめ、彼の友人達も炎に飲み込まれる。
「ぐぅっ……」
咲哉は呻く。聖騎はすぐさま回復魔術を彼らにかける。
「おもしれーな。そうだ! 俺はこんな戦いを待ってたんだ。互いの全力をかけた死闘って奴をな」
咲哉は戦意を失っていない。 むしろ増していた。仲間達も同様だ。
「やっぱり彼らはダメですね。早くなんとかしないと」
「なんとかっつっても……どうすんだよ」
「バラバラな民衆を動かすのはカリスマのある指導者ですよ」
聖騎は意味深に笑う。
◇
洞窟の入り口付近。ドラゴンから逃げるため洞窟を脱出しようとしている勇者達の前に藤川秀馬が立ち塞がった。
「悪いけど、君達をここから出すわけには行かないんだよ」
両手を広げる秀馬。
「うるさい! 俺達には関係ない。あんな自分勝手な不良達がどうなろうとな」
「そうよ! どうしてあんなのの為に戦わなくちゃ行けないのよ?」
秀馬には次々と非難が浴びせかけられる。しかし彼は表情を引き締めたまま動じない。
「あのね……ぼく達には元の世界に戻るという目的がある。忘れた訳じゃ無いよね? ぼく達はみんなで帰る。だからこそ、誰一人欠けてはいけない」
「でも……あの人達はいらないよ!」
秀馬に反論したのは、普段は大人しい女子生徒だった。彼女は続ける。
「あの人達がいたせいで私がどれだけ怖い思いをしたか……。はじめの頃は神代君で、次は舞島さん。そして今は古木君がターゲットになってるけど、もしも私の番が来たらと思うと……。ねえ藤川君、あなたには分かる? いつ自分がいじめられるか分からないという恐怖が。そんな怖い人達が一気に消えるチャンスなんだよ? 私は多分、この時を待っていたのよ」
彼女の叫びは悲痛なものだった。そして、他の者達も彼女に同意するようにうんうんと頷く。 だが秀馬は動じない。
「なるほどね。ところで、ぼくのユニークスキル『読み』は君達の心を読むことが出来る。だからぼくは、君達の気持ちが分かるよ」
秀馬の言葉に勇者達――特に女子は嫌悪感に顔を歪ませる。気にせず秀馬は続ける。
「勝手に能力を使ったことは悪いと思っている。本当にごめん。でもね、ぼくは君達が国見君達を怖がりながらも、彼らが死ぬことを恐れている事も知っている。嫌っているとは言え、知っている人が死んでしまうのは嫌だよね」
「う、うるさい……!」
先程の少女は秀馬を睨む。
「まあ、でも割りきれないよね。彼らは今までそれだけの事をしてきた。……でもね、その感情論は一旦忘れて事実だけを考えてみて。エリスさんが言うには、魔王と呼ばれる存在を倒さないと元の世界に帰れないとの事だけど、敵がかなり強いと思われている以上、出来る限り多くの戦力が必要だ。だから今は彼らを『仲間』ではなく『駒』だと考えるんだ。彼らは役に立つ。そんな彼らを自分のために利用する。そう考えれば、貴重な戦力をこんなところで失うわけにはいかないと思うんだ。違うかな?」
勇者達は黙る。そして考える。するとぽつぽつと声が上がる。
「そうだな……俺達自身の為にアイツらが必要かもしれない」
「それに、あの人達を私達で助ければ恩を売れるかも」
「よく考えたら僕達はここでは力が有るんだ。ここで助けることで国見君達より僕達の立場を上げられるかもしれない。これは下克上のチャンスだよ!」
勇者達の中で「すぐに戻るべき」という流れが生まれる。秀馬の言葉を受けても気が進まなかった者達もいたが、彼らも流れに呑み込まれ、咲哉達を助ける事にした。
「みんな、ありがとう。じゃあすぐに助けに行こう! ……あ、そうだ」
満足げな表情で軽く頭を下げた秀馬は思い出したように呟く。勇者達がそれをいぶかしんでいると、彼は口を開く。
「ぼく達だけではあのドラゴンを倒せないかも知れない。だから誰か、街に戻って援軍をお願いしに行って欲しいんだけど……」
そのタイミングで、『観る者』山田龍が現れた。後ろには古木卓也をつれている。
「その役割は彼がふさわしいと我は思いますな。戦闘においては役割を持てない彼以外ありえない」
「……そうだね。古木君、頼めるかな?」
龍の推薦に秀馬は納得する。
「わかった……やるよ」
「じゃあ今すぐ行ってきてよ。エリスさんの所に」
「お、おう」
卓也は走る。その速度は高いとは言えないが、彼は懸命である。
「じゃあ、ぼく達も急ごう」
勇者達は走って戻っていく。そして龍の近くに来た秀馬が彼の耳元でささやく。
「彼をどうやってここにつれてきたんだい?」
「怖いから逃げようと提案したらついてきてくれましたな」
「そうか……ところで、君達が読んでたというネット小説では古木君のような人がこういうダンジョンにおいてけぼりにされるんだったよね?」
「そうですな……だからこそあの方は古木氏を出すように仕向けたのですな。『勇者伝説』の正体を見極める為に」
「なるほどね。まあとにかくぼく達も倒しに行こう。ドラゴンを」
秀馬は級友の所へと走り出す。すると龍は口を開く。
「ところで藤川氏、先程能力を使って心を読んだと仰られてたが……本当ですかな?」
秀馬はその問に答えず走るのだった。