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奴隷商店

 他に数件の店を見回ったところで、聖騎達が次に向かったのは奴隷商店だ。ちなみにこれは聖騎のリクエストである。元奴隷であるミオンはそのリクエストに躊躇いを覚えたが、なるべく要望は聞くという方針なので素直に頷き、国内でも最大規模の奴隷市場に案内した。


「どうもどうも初めましてパラディン様。こちらへはどういったご用で?」

「いえ、奴隷商店というものを一度きちんと見ておきたいと思いまして」


 聖騎を出迎えたのは、背が低く――聖騎よりは高いが――、小太りの中年の男だった。胡麻をするような態度の彼に聖騎は動じずにやり取りする。ミオンは顔がひきつくのを必死に抑える。


「そうですかそうですかぁ。それでは早速、ウチの商品をお見せしましょう。ささっ、ついてきてください。234……おっと、多肢族のお嬢さんはどうなさいます?」

「……パ、パラディンさんと一緒に行きます」

「大丈夫ですか? お気を悪くされても何の責任も取れませんよ?」

「大丈夫です」


 謎の数字で自分を呼ぼうとして訂正した男の言葉にも動じない様子でミオンは答える。商人は念を押すが、聖騎の監視という仕事を全うする為に首を縦に振る。自分以外にも監視役がいることを知っていても、だ。


「それでは、早速案内させましょう」


 男はそう言うと、店員と思わしき女に案内を命じる。彼女に連れられて店の奥に入った聖騎とミオンを鉄のような臭いが歓迎した。人族や獣人族の他に、多肢族や巨人族が種族毎に分けられて『陳列』されていた。そこで聖騎は疑問を抱く。


「おや、アレも多肢族なのですか?」


 彼の示す先にある多肢族の檻には、腕や脚が人族より多い者の他に、逆に腕が一本しか無い者や、頭が二つある者もいた。それを『多肢族』と呼ぶのは間違っているように聖騎には思える。その問には店員ではなくミオンが答える。


「元々、私のように腕が人族より多かったり、脚が多かったりする個体はメジャーで、昔のラフトティヴ人は私達の祖先を多肢族と名付けたんです。その後彼らのような個体がラフトティヴ人に見付かったのですが、『どうせ多肢族と似たようなものだろ』みたいに考えた彼らによって、多肢族として一括りにされたのです。元々は住んでいた地域も生まれたルーツも全然別なんですけど」

「そうなのですか。ありがとうございます」


 苛立ちを隠そうとしつつも抑えきれていないミオンの説明に、聖騎は頭を下げて感謝を示す。その仮面の中にどのような感情が有るのかミオンには読み取れない。それをよそに店員の女は口を開く。


「商品には、戦争などで捕らえたり、破産した為に身売りしたものと、生まれた時から奴隷として育てられたものがあります。後者は前者に比べて飼い主に従順ですが、値段も高いです。また、筋肉量や見た目の美しさにも値段は比例します」

「なるほど……」


 聖騎は商品から、自分へと敵対する気配をいくつか感じる。それがマニーラからの刺客としてなのか、それとも『パラディン』という胡散臭い存在が自分達を値踏みしに来たことに対する嫌悪感なのかは、聖騎には判断がつかない。


「ところで、おすすめの商品などはございますか?」

「そうですね、あの辺りの獣人族は力が強い上に調教が行き届いていますのでおすすめです。他にも……」


 聖騎の質問に、女はいくつか挙げる。それらのほとんどが、聖騎に敵意を抱いている者だった。


(やっぱりこの店もグルか。『観る者ウォッチャー』や『聴く者リスナー』が読んでいたというネット小説では主人公が『信用できるから』という理由で奴隷を買うのがお約束だとは聞いたけれど、ここは国でも最大規模の奴隷市場なのだから、国の息がかかっているのも当然か)


 そんなことを考えながら、聖騎は質問を重ねる。


「巨人族はあまりおすすめ出来ないのですか?」

「はい、知能もあまり高くないので複雑な命令を出すことは難しいですし、そもそも置いておく場所を確保するのも困難な上に維持する為の食費もかかるので個人の方にはおすすめできません。採掘作業や建築作業など大掛かりな工事を行う団体か、貴族が道楽として買うくらいですね」


(この言葉を信じるならば、巨人族が敵の指示を受けている事は無いだろうね。その割にはやたらと僕に敵意を剥き出しの個体がいるようだけれど)


 女の説明を受けて、聖騎は自分に敵意を示す巨人族がいる檻へと歩いていく。そこにいる緑髪が特徴的な巨人族は体こそ他の個体と変わらないものの、顔立ちはやや幼げな少年のように聖騎には思えた。全身の生傷は、激しい戦闘の果てに付けられたものだろうと聖騎に思わせた。


(巨人族は一般的に知能が低いとされている。確かに平均的にはそうかもしれない。でも、本当に巨人族全員の知能が揃って低いのだろうか。例えば、こうやってここに来た僕を見て他の個体が何も反応を示さない中、一体だけ敵意を抱いている彼は本当に知能が低いのか)


 すたすたと歩いた聖騎は檻の正面にたどり着く。女もミオンも、聖騎はただ漠然と巨人を見たいだけなのだろうと考える。そこにいる巨人達は誰も彼も呆けている様子で、自分達が奴隷として使われている事すら知らないのだろうと思っている。だが、聖騎には分かる。一体だけ聖騎に敵意を抱きつつも、それを気取られないように振る舞っている巨人の存在を。


「巨人族には私達の言葉は通じるのでしょうか?」

「短い言葉なら理解は出来るようです。長い言葉の理解は難しいようですが」

「そうですか」


 女への質問の答えを聞いて、後ろを振り向いていた聖騎は頷く。そして正面を向き、宣言する。


「あなたを買います」


 聖騎が例の巨人を指差してそう言うと、ミオンと女は意味が分からない様な顔をする。


「どういう事ですか? パラディンさん」

「ああ、巨人族は飼う為の場所を確保しないといけないんでしたね。陛下直々にお世話になっている身としては軽率な行動でしたか?」

「いえ……パラディンさんが何を買おうと基本的には何も言わない方針なのですが、どうしてその巨人さんを買おうと思ったんですか?」


 ミオンは聖騎の意図が理解できずに質問する。


「道楽です」

「道楽……」

「まあ、それは良いのです。ただ、彼を飼う事になれば場所の確保が必要となりますね。陛下のお心遣いを無下にすることになり申し訳ないのですが、彼を置ける場所に住む場所を移す事になりますね」


 聖騎がそう答えると、ミオンはハッとする。しかしすぐに表情を戻す。


「いえ……大宮殿なら巨人奴隷用の部屋もありますし、宿泊する部屋については問題ないかと思います」

「左様ですか。ならば助かります。……店員さん、よろしいでしょうか?」


 今度はミオンから女へと首を向ける。


「私にはお客様が購入する商品に口出しする権利はございません。その個体……312は狩りによって手に入れたものなので安価ですが、比較的大人しいとはいえ調教はそれほど行き届いておりません。よろしいですか?」

「はい」


 女の淡々とした確認に聖騎は頷く。すると最初に聖騎と言葉を交わした男がこの場に来た。


「ほうほう、これはまた意外な選択をなさりましたね。他の商品はいりませんか? 二つ以上ご購入で、二つ目以降の商品の値段は半額となりますが」

「いえ、こちらだけで構いません」

「そうですか。それでは金貨五枚となります……ですが、パラディン様次第ではもっとお安くなるかもしれません」


 男の言葉に、聖騎は仮面の中で眉をひそめる。ミオンは苦虫を噛み潰した様な顔になる。


「どういうことでしょう?」

「簡単なゲームをする権利がパラディン様にはございます。上手くいけばかなりの額のお金を手に入れる事が出来ますが、失敗すれば厳しいペナルティかございます」

「ゲーム、ですか?」


 下卑た笑いをする男に聖騎は聞き返す。


「はい。実際に見て頂いた方が早いでしょう。こちらへどうぞ」


 男は聖騎をとある部屋へと案内する。ミオンはそれにはついて行かずに嫌そうな顔でその場で待機し、先程の案内役の女も動かない。部屋で男と聖騎を待っていたのは、簡素な椅子に座っている全身傷だらけの人族の少女だった。長く伸びている金髪には艶がなく、表情からは生気が失われていた。虚ろな目が部屋に入ってきた聖騎に向けられず、ただ一点へ呆然と視線を注いでいた。そこには無機質な灰色の石壁があるだけで、彼女が何を見ているのかは聖騎には分からない。


「これは商品ではありません! 元々我らの国に滅ぼされた国の王女様だったというこれが、ゲームに使われるおもちゃです。ルールは簡単! このナイフを一回これのどこでも良いので刺せば、銀貨を一枚差し上げます。二回で二枚三回で三枚……そして百回なら、なんと金貨一枚です! ただし、これが死んでしまうようなことになれば、パラディン様が本来貰えるはずだった二倍の金額を払って頂きます」

「もしも払えなければ?」

「その身をもって、払って頂きます」


 つまり、失敗して金が払えなければ奴隷になるという事である。元王女の少女は息も絶え絶えであり、いつ死んでもおかしくないように聖騎には思える。


「なるほど……しかし、彼女はすぐにでも死んでしまうのでは?」

「そう思われたのならお受けにならなくても結構です。ゲームは強制ではございませんので。あぁ、ちなみに言っておきますが、これに回復薬を与えたり魔術を使うなどして回復をさせるのは禁止です」


 男は注意事項を伝える。聖騎はそれを聞いて答える。


「そのゲーム、乗りましょう」

「あなたならそう言ってくださると信じておりました! ささ、どうぞ!」


 ニンマリと笑った男は聖騎に短いナイフを渡す。 聖騎はそれを受け取る。


「では、お好きなタイミングでどうぞ」

「遠慮なく」


 聖騎は少しも躊躇わずに、少女の腕に切り込みを入れた。

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