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ハッピーホワイトフルーツ

「申し訳ありません。お手を煩わせるような事をしてしまって」

「いえ、案内するのも楽しみですから!」


 仮面にローブ、そして背中に大鎌型神御使杖・イマギニスといういつものパラディンスタイルの聖騎が謝ると、ミオンは四本の腕で「いえいえ」と手で仕草をする。その光景は傍から見れば異様な物だった。現に奇異の視線がそこに集まっているが、ミオンにとっては慣れたものであり、聖騎はそもそもそんなものを気にしない。その代わりに、奇異の視線の中に紛れている監視の視線は感じ取っている。『第六感』のスキルもそれなりに使い続けることにより、元々は人の存在を感じ取る程度の事しか出来なかったが、現在は自分に敵対する者の存在をより強く感じ取ることが出来るようになった。


「まずは……市場から案内しましょう。パラディン様もゆっくりと見回った事はありませんよね?」

「そうですね、生活する上で最低限必要なものはそちらに用意していただいておりますので、私が自ら買い物をする必要はありませんしね」

「市場は民の皆さまで賑やかで良いところですよ。特に用が無くともブラブラ歩いているだけで楽しいです」


 心の底から楽しそうな顔のミオンには、多肢族である彼女への侮蔑の視線が集まっている。まともな人間なら「本当に楽しいのか?」という疑問を抱いた事だろう。だが、まともな人間ではない聖騎はミオンの心の中になど関心を持たない。重要なのは敵か、味方かだけだ。


「あの八百屋さんに行ってみましょう!」


 ミオンが明るく言うと聖騎もそれに頷き、彼女が指し示す方向へと歩く。観光の話を持ち出した彼が企てる『計画』には特に影響は無い。しばらくはミオンに導かれるままに行動する予定だ。


「らっしゃぁい! パラディンさんッスね! おっ、ミオンの嬢ちゃんも一緒か」


 褐色禿頭の中年男性の威勢の良い声が聖騎とミオンを歓迎する。


「こんにちは」

「エガーさん、早速ですがパラディンさんにアレを!」

「了解、アレだな」


 ミオンが銀貨五枚を取り出して何やら注文をすると、八百屋の中年男性エガーは店の奥に行き、リンゴ程の大きさの白くて丸い物を持ってきた。


「それは一体……?」

「コレはこの辺りが原産のブシャっつー果物ッス。一度食べたら病み付きで、もうコレ無しじゃ生きられねぇって思うぐらいには美味いッスよ! 巷じゃあ『幸せの白い果実』なんて呼ばれてるぐらいッス」


 聖騎の質問に、エガーは嬉々として説明を始める。だが、その説明を受けて聖騎は懐疑心を持つ。


(うん。怪しさ全開だね。ブシャという名前も偶然だろうけれどアレの隠語を彷彿とさせるし、『コレ無しじゃ生きられなくなる』とか『幸せの白い~』とか完全にアレだよね。ダメ。ゼッタイ)


 故郷における薬物を思い出した聖騎が戸惑っていると、ミオンはエガーに皿とナイフを注文した。差し出されたそれを受け取ったミオンは下の二本の腕で皿を持ち、その上でブシャにナイフで切り込みを入れて皮を器用に剥いていく。オレンジ程度の厚さの皮を剥き終えると、中からは艶やかな光沢のある果肉が出てきた。聖騎がライチのようだという感想を持ったそれを、くし型に切り分け終えた時にはエガーが新たにフォークを持ってきていた。


「どうぞ!」


 ミオンはフォークで切り分けられた一欠片を刺すと、聖騎の顔の前へと持ってくる。仮面を被っている

 聖騎だが、その仮面は口の部分をスライド式に上にずらして、口を露出させる事が出来る。そしてこの機能はミオンも把握している。


「……」


 聖騎は反応に困る。今ここでミオンが切って見せた果実が安全なものなのか、果実自体が安全だとしても使われたナイフに毒が塗られていたのではないか。どうしても疑わずにはいられない。すると、彼の異を汲み取ったのかミオンはフォークに刺さった果実を自分の口に入れる。もぐもぐと咀嚼した彼女は即座にキラキラとした笑顔になる。


「うーん! やっぱりブシャは美味しいです!」

「って、嬢ちゃんが食うんかい!」

「だって、仕方ないじゃないですか! 仕方ないんですよ!」

「何だその自問自答みてぇな何かは!」


 ミオンはエガーと漫才を繰り広げる。無感情にその様子を眺めていた聖騎は皿へと視線を移す。


(やはり何も問題は無いのかな……?)


 聖騎が見たところ、ミオンは普段よりテンションが高くなっているように思える。これが演技なのか、ブシャによる作用なのか判断に迷う。そこにエガーが声をかける。


「パラディンさんも一口どうッスかい? 嬢ちゃんがこんなになっちまうくらい美味いッスよ」

「エガーさん、それ私が買ったものですよ!」

「わりぃわりぃ、銀貨は返すよ」


 手掴みでとったブシャを食べるエガーにミオンはぷんぷんと怒りつつ、さりげなく自分ももう一口食べる。聖騎は周囲に人が集まっているのを感じた。謎多き人物である『パラディン』に元々国民は興味津々であり、そんな彼が珍しく市場に来ているという噂は既に広まっていた。


(やれやれ、もっと人が集まる前にここから立ち去りたい。その為には……)


 聖騎は本来、人に注目されるのが何より嫌いな人種である。元々公の場に出る時のみ『パラディン』の衣装で過ごして普段は神代聖騎として行動する予定であったが、大宮殿などという否が応でも目立ってしまう場所に強制的に住むことになってしまった事により、常にパラディンでいるしかなくなっている。


(仕方ない。これを食べずに立ち去るような事になれば、更に面倒な事になりそうだからね)


 内心ですらそんなことを言う聖騎だが、実際にはミオンとエガーの様子を見て自分も興味が沸いたのである。決して自覚はしていないが。ともあれ、近衛茉莉のハイレベルな料理を食べて育った彼の舌は、未知の果実を求めている。


「それでは、私も頂くとしましょう」


 聖騎がそう言ってフォークを取ると、ミオンが嬉しそうに顔をほころばせる。そして仮面の下部をスライドさせて口を露出させると、周囲にいた小さな少年達が「おお!」と声を上げた。それらを無視して、聖騎は果実を口に入れる。


「……!」


 その瞬間、仮面に隠れた聖騎の目が見開かれる。純白の果実が放つ甘い芳香が口一杯に優しく広がり、聖騎は全身が何かやわらかいものに包まれたような感覚を覚える。「ずっとこのままでいたい」という誘惑をどうにか断ち切って弾力のある実を噛むと、今度は爽やかな酸味が口内を刺激した。やがて甘味と酸味が混じり合った事による新たな味は、聖騎に新たな異世界に飛ばされたのではないかという疑念すら持たせた。ゆっくりと、ゆっくりと噛んでいくうちに、溶けるように口内から消えた。


「これは……」


 口から無くなってもなお、独特の風味は聖騎に快楽を与えている。周りの視線など忘れて、聖騎は素で感想を漏らす。


「……美味しい」

「でしょう?」


 ポツリと呟かれたその言葉に、ミオンはまるで自分の事のように答えた。そしてエガーも満面の笑みを浮かべて言う。


「さぁ、皆さん! あのシュレイナー陛下に張り合った謎の凄腕魔術師パラディンさんも絶賛のブシャ! いつもなら銀貨五枚のところ、なんと今だけ銀貨一枚! あの高級果実を銀貨一枚で食べられるチャンスだよ!」


 突然の宣伝にミオンの口が「えっ」という形で固まる。ブシャを満足そうに食べている聖騎の様子を見ていた人達は羨ましそうにゴクンと喉を鳴らしていた。しかし銀貨一枚の価値は聖騎の世界でおよそ千円。つまりブシャは五千円ほどの価値である。一般庶民にとって憧れの果物でありつつも、中々手が出ない高級品だ。しかしそれが今なら千円程度で手に入るという。果物一つに出す値段としては以前として高価であるが、ブシャ気分一色になっていた庶民達は一斉に八百屋へと駆け込む。


「ここは逃げますよ、パラディンさん」

「う、うん?」


 未だ夢心地の聖騎の手を引っ張って、ミオンは走り出す。彼女の背後では日本人に負けず劣らずの同調意識を持っている民達が口々にブシャを求めていた。


 ある程度走って八百屋から離れたところでミオンは足を止める。この世界の平均よりも体力が低い聖騎は激しい疲労感を覚える。


「はぁ、はぁ……。大変な事になりましたね。あっ、すみません。無理矢理走らせちゃって」

「いえ……大丈夫です」


 息を切らして謝るミオンに、聖騎は疲れを見せないように短く答える。


「それにしても参っちゃいますよねー。エガーさん、急にパラディンさんを使って商売しちゃうんですから」


 ミオンは無意識に敬語を崩して話す。聖騎はそれを全く気にせずに答える。


「目的の為には手段を選ばない……という姿勢は嫌いではありません。目標の大小に拘わらずです」

「そうですか……。もしかしたらお気を悪くしてるんじゃないかと思ったんですが」

「心配しなくて大丈夫ですよ」


 そんな会話をしながら二人は歩く。その最中、道行く人々の視線を相変わらず浴びた。背中に背負ったイマギニスを使って吹き飛ばしたいという衝動を抑えつけている聖騎にミオンは言う。


「パラディンさんがブシャを気に入ってくれて何よりです。あんなに美味しそうに何かを食べるのを見るの、初めてだと思います」

「そう、でしたか?」


 仮面で顔は口以外隠していた聖騎は、思わぬ指摘に戸惑う。


「そうですよ! なんというか、幸せだなっていう感じが伝わってきました。私も初めてブシャを食べた時のことを思い出します!」

「そう……ですか」


 自分の内心を見透かされた様で、聖騎は不快感を覚えつつも押し殺して返答する。彼はブシャの美味に心奪われた事を恥だと思っている。あれを味わっている時、外部の情報を完全にシャットアウトしていた。もしもあのタイミングで敵が襲いかかって来ていたら、一巻の終わりだったかもしれないと思うと寒気すら覚える。そんな彼をよそに、ミオンは語り続ける。


「ああ、この世にはこんなにもおいしいものがあるんだ! このまま生きていけば、もっとおいしいものに出会えるかもしれない! そんなことを思っちゃいました。本当にブシャは私にとって生きる希望で……ってすみません! 長々と語ってしまって」

「いえ」


 自分の語りに恥ずかしくなったのか、ミオンは顔を赤らめて話を打ち切る。聖騎も特に気にした様子を示さない。実際に気にしていないのだが。


「そ、それじゃあ、次の所に向かいましょう!」


 未だ残る恥ずかしさを誤魔化すようにミオンはそう言った。

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