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消耗

「――はい、怪しい様子は有りませんでした。ただ、昨晩の高笑いが少々不可解ですが……体力も限界なのでしょうか」


 朝。ミオンは自分に聖騎の監視命令を出した張本人であるマニーラ・シーンに、監視結果と共に見解をを報告する。


「確かに常人なら疲れておかしくなっても仕方ないかもね。演技の可能性もあるとして……。他に何か気になることはある?」

「いえ……。ただちょっと真面目な人だなぁーとは思います」


 数日間監視した上での感想を口にするミオン。マニーラは訝しむ。


「真面目?」

「はい。お酒も飲みませんし、常に一生懸命何か考えている感じがしますし、それに、その……私にも、えっと……」

「手を出さない、と」


 最後の言葉を言いよどむミオンをマニーラが補足する。ミオンは控え目に頷く。


「は、はい……」

「まあ、あなたの出自を考えればそういった男性を珍しいと思ってしまうのもわかるわ。でもね、あの人は敵よ。むしろ真面目にやられたら困るの」

「それはそうですけど……最近見るからに疲れてる感じで、正直ちょっとかわいそうかなって」

「かわいそう……?」


 マニーラはミオンを睨む。ミオンは自らの失言に気付く。


「あっ、すみません!」

「別に良いのよ。そうね、やっぱりあなたの役割も交代制にした方が良いかしら」


 淡々と紡がれるマニーラの言葉にミオンは眼を見開く。マニーラへの忠義を誓っている彼女にとって、そのマニーラから役立たずという評価をされるのはきついものがある。


「いえ、私はちゃんとマニーラ様の使命を全うします! あなたからの御恩には必ず報います!」

「それなら頼むわ。『凰雛おうすう隊』の中では最も優秀なあなたに、私は期待している」

「はい! お任せください!」


 ピシリと姿勢よく立ち、金色の首輪に手を当ててミオンははっきりと答える。


「では、今日もよろしくね」

「行ってまいります!」


 ミオンは退室し、マニーラは独り言を漏らす。


「まったく、男嫌いのミオンならこの任務が最も相応しいと思ったんだけど……。そもそも、本当にパラディンが男なのかが正直疑わしい」


 協力者であるシウルからはパラディンが男であると聞いている。しかしその見た目は少年とも少女ともつかず、おまけにミオンの可憐さに心が動かされないとなればマニーラが疑うのも無理はない。


「謙虚に振る舞う一方で、唯一自分が入る時に浴場には決して誰にも近づかないで欲しいと要望を伝えた。何やら人の気配を感じる能力を持っているらしく、近くに誰かがいると服を脱がない。故にあの人の体を見た者はいない。徹底してるわね。実は女なのか、自分が謎深い存在であるとアピールしているのか、それとも体に何かコンプレックスでもあるのか……」


 女性にしてはやや低めの声が、部屋に木霊する。


「まあそれはいいわ。同世代の者達――性格な年齢は知らないけど成人前くらいよね――とは違って酒にも女にも興味を示さない。なにより、ミオンの『腕』を見てもこれといった反応を見せなかった。そりゃあ、あの子がちょっと気にしちゃうのも仕方ない」


 この世界全域において、一般的には十五歳が成人になる年齢だとされている。飲酒も建前上は成人と共に解禁されるという事になっているが、実際には成人前に酒を飲む者が多数派であり、十歳に満たない飲酒者も少なくない。なお、聖騎はちょうど十五歳であり、ちょうど成人になったばかりの年齢である為マニーラの見立ては僅かに間違っている。


 そしてミオンという少女は、ラフトティヴ帝国南部の僻地にひっそりと暮らしている希少種族『多肢族』である。その名の通り、腕や脚といったパーツがこの世界の『多数派』とされる人間よりも多い種族である。ミオンの場合は腕が左右に二本ずつ、計四本存在する。多肢族の歴史については追々説明するが、その見た目により人々から嫌悪される傾向にある。しかし、その利便性から奴隷としてよく使われ、ミオンも奴隷として売られた。当時の主人から劣悪な待遇を受けていた彼女を高額で買い取って自分の配下にしたのがマニーラである。


「ミオンを紹介した時、パラディンは仮面を被っていた。それでもまったく反応を見せず、何一つ言及をしなかった。多肢族のラフトティヴ国外での知名度はほぼ無いに等しいし、仮に見た事があったとしても珍しい事には変わらないから何かしらの反応はするはず。それなりに目にする機会が多いこの国の国民ですら、自分の身の回りの世話をすると言われてミオンを差し出されたら、正直な所嫌悪感を表すでしょう」


 そこまで言った彼女は、以前シウルから聞いた話を思い出す。


「パラディン――カミシロ・マサキは異世界からこの世界にやってきた……可能性が高いらしい。異世界なんて信じられないけど、もしかしたら彼の出身の世界では多肢族がありふれてるのかもしれない」


 彼女の推測は的外れであるのだが、それ程までに彼女にとってパラディンという存在は『異常』であった。


「あの人物が味方であればどれだけ良い事か。あの人物が真に民を想う気持ちを持っていればどれだけ心強い事か。しかし私の直感とシウル様の話では、アレは完全な悪。鬼神の如き戦闘力により民の敬意を集め、その民を利用して何か良からぬ事を考えている外道。暗殺を企てようにも決して隙を見せず、如何なる時も気を抜かない曲者……しかし、その生真面目さこそが仇となる」


 マニーラはニヤリと笑う。


「常に監視の目があるという状況は、あなたの精神を徐々に蝕んでいる。地道だけど効果的な方法によってね……。血反吐を地にぶちまける時も近いかしら……ふふっ……うふふふふふふっ……っと」


 笑いが押さえきれなくなったマニーラはドアのノック音ミオンの声を聞き一瞬気分を害するも、すぐに表情をいつもの理知的なものに戻して、ドアを開ける許可を出す。ドアは開く。


「何かしら?」

「はっ……パラディン様についてなのですが、先程『この帝都を観光したい』と言ってきまして……案内役を申し出たらそれを快く許してくれまして、準備があるから待っていてくださいと伝えてからここに来た所存です」

「観光……何か企んでるのは確かね」


 ミオンの報告を受けて、マニーラは顎の下に手を当てて思案する。そして口を開く。


「それじゃあ、帝都内の監視を強化するわ。基本は私が今から指定する場所に案内してあげて。もし行きたい場所があると言ってきたら……そうね、その場合は尊重してあげて。私なりに彼が行きたそうな所を考えて、根回ししておくから」


 その前置きの後に、観光ルートを説明する。それをメモし終えたミオンは頷く。


「……はい、分かりました!」

「じゃあ、頼むわよ」

「お任せください!」


 元気に答えたミオンは急いで聖騎の許へと向かう。一応『世話役』という立場である以上、世話の対象を長々と待たせるわけにはいかない。彼女の検討を祈るマニーラは一瞬フラつき、自嘲する。


「やれやれ……。神経が磨り減らされるのはこちらも同じという訳ね。……でも、やらなくちゃいけない」


 自分の両頬を思い切りパンッと叩き、気合を入れる。やるべきことは山の様にある。休んでなどいられない。

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