第四章エピローグ・小者志願者
「ふむ、随分と色々な所が騒がしい事になっているな。勇者達は広くこの世界に影響を与えているようだ」
天原考司郎は観察結果を暫定的にまとめたレポートを眺めてそう言った。
「全てを把握するのも骨が折れる。それに任務を果たしてくれたようだな、君の妹は」
天原はキャスター付きの椅子を回転させ、後ろへと振り向く。そこには、この学園の高等部の学生服に身を包んだ女子生徒がいた。彼女はにっこりと笑う。
「二葉は本当に優秀な子ですから」
女子生徒の名は振旗一葉。この天振学園高等部の生徒会長で、振旗二葉の双子の姉である。そしてこの『コロニー・ワールド計画』にも学園の理事長の娘として参加している。
「それにしても、君もこの春、高校三年生になっていたんだったな。進路は決まっているのかね?」
「先生みたいなことを言うんですね」
「私はこれでもこの学園の副校長、つまり紛れもなく先生だ」
「そうでした。どうしてもこの部屋にずっと引きこもってる研究者っていう印象が強すぎて、忘れてました」
一葉はおどけるように小さく舌を出し、質問に答える。
「東宮大学に行こうかなー、なんて思ってます」
「この計画に携わり、生徒会長としての仕事もこなしながら目指されるとは、私の母校も舐められたものだな」
「でも、天原博士だって高校生の頃全然勉強しないで入試に臨んだんでしょう? 子供の頃、お爺様から聞きました」
「ああ、君の祖父が一位、私が二位の成績で入ったよ。懐かしいものだ。君の父も東宮大学に成績一位で入学していたな。君もそれに続く気はないのかね」
「一位になんて別になりたいとは思いませんよ。ビリでも良いから取り敢えず入って、後は留年しない程度にゆるーくやっていきます」
「もう一度言おう。私の母校も舐められたものだな。そうは思わんかね、神代君」
あっけらかんとている一葉の言葉を受けて、天原は淡々とした口調で室内の神代怜悧へと振り向く。天原同様に東宮大学出身である怜悧は二人の会話になど気にも留めずにモニターを注視していた。その表情は、彼女の美貌が台無しになるほどに歪んでいた。ハァハァという喘ぎ声も漏らしている。
「やれやれ、まぁた愛しのヴァーグリッド様か。自分の分身と自分の理想の男性像が話しているとここまで興奮できるものなのだろうか」
「天原博士もやらないんですか? 理想の女性像を創るの」
「私のようなジジイが自分で創った理想の嫁に興奮していたら色々とアウトだろう」
その答えに一葉は、荒く息をしながら左手を股間に伸ばす怜悧を見て「アレはアウトじゃないの?」と疑問を抱いたが、声に出さずに呑み込む。彼女の視線に気付いた天原は話題を変える。
「それにしても、君は行ってみたいと思わないのか? コロニー・ワールドに」
「いずれは行きたいと思ってますよー。でも、しばらくはまだこの安全地帯にいたいですね」
「なるほど。実に君らしい答えだ」
「向こうの世界からこちらの世界に来る方法は検証中なんでしょう? 自由に世界と世界を行ったり来たり出来るのなら考えますが」
一葉は確かにこの研究には興味がある。しかし同時に、自分の安全は絶対に確保しておく程度には常識人でもある。その点において、妹の二葉とは決定的に違う。
「君は将来、大物にはなれないだろうな」
「小物上等です。この日本という国はさほど欲張らなくとも、普通に堅実に生きる事は難しくありません。ましてや、才能と容姿と生まれた家に恵まれたこの私の人生はイージーモードです」
「そうだな……。向こうの世界のものをこちらに移動させる技術が確立すれば、この国の資源の問題も解決できる。魔術についても解析が進めば、エネルギー問題も解消できるかもしれない。故に日本は、否、この世界は豊かになる」
「その為のお手伝いは私もしたいと思っています。コロニー・ワールド計画は、私にとって理想の世界を創る事に繋がりますから」
一葉は小さく笑う。決して強欲ではないが、後で自分が楽をするための投資は惜しまない。それが振旗一葉という少女の生き方である。
「大学を卒業し、君が正式に我々の一員となる時を楽しみにしているよ」
「大学院まで行くつもりはありませんので、五年後が多分その時ですね。……それにしても、アレは……?」
怪訝な表情の一葉の視線の先には、数人の研究員が楽しげにプログラミングをしている姿があった。彼らはどこか嗜虐的な笑みを浮かべている。
「ああ、アレはちょっとした報復だよ」
「報復、ですか?」
首を傾ける一葉。
「知っての通り、ここにいる研究員はこの学園で教師としての仕事もしている。その中でも彼らは中等部の授業を受け持ってる。すると当然、今異世界にいっている彼らとも触れ合っていた訳だよ」
「はい」
「まあ、基本的に中学生というのは反抗期真っ盛りの時期と言われている。現に不良と呼ばれるような生徒は何人もいてね、彼らはストレスに苛まれていた。特にあそこの彼は旧中等部3年2組の担任だったことも有って、色々大変だったそうだ」
「それで報復ですか……なんというか……」
器が小さいですね、と言いかけて一葉は言葉を止める。だがそれを見透かしていた天原は笑う。
「君の気持ちもわかるさ。でも、彼らは元々教師になんかなりたくてなった訳では無くて、本業はこの研究だ」
「まあ、私だって数年前は中学生でしたし先生方のお気持ちは分かります。それはともかくとして、報復って何をしているんです?」
「不良生徒達が集まっているラフトティヴ帝国は古くは巨人の脅威に晒されていた。しかし、勇者たちの手を借りずとも、現在のこの国の民にとって巨人は脅威ではない。……だが、これまで未確認だった……という設定の極めて強い巨人がいたとしたら……」
「まさか……」
一葉は察する。つまり彼らは強い巨人達を新たに生み出し、それと不良生徒達と戦わせようとしているのだと。
「しかし、ラフトティヴには神代博士の息子さんがいたはずでは?」
「今更そんなことを気にするような母親じゃないさ」
その言葉に、改めて一葉は怜悧の異常さを再認識する。
「本当に苦労が尽きないですね、神代聖騎君は。色々頭を悩ませてるところに、とばっちりで強敵との戦いを強いられることになるのでしょう?」
「そうだな。まあ、なんとかなるだろう。何せ神代君の血を引いているのだから。それに……おっと、喋りすぎるところだった」
突如言葉を切る天原に一葉は何も言わない。
「まあ、私は決して権力者ではありませんし、何も口は挟みません。引き際をわきまえるのは小物の鉄則です」
「やはり君は賢いな。大成功も大失敗もせず、長生きするだろう」
「ありがとうございます。では私は少し用事が有りますので」
そう言って一葉は立ち上がり、未だ発情中の怜悧を尻目に退室していった。
現時点での勇者達の動向
ラフトティヴ帝国
神代聖騎 国見咲哉 西崎夏威斗 桐岡鈴 佐藤翔 鈴木亮 高橋梗 吉原優奈 数原藍 有森沙里
ヘカティア大陸(北の大陸)
舞島水姫 永井真弥 黒桐剣人 山田龍 柳井蛇 土屋彩香 草壁平子 宍戸由利亜 振旗二葉
エルフリード王国王都
武藤巌 緑野星羅 渡瀬早織 御堂小雪 鳥飼翼 浅木初音
リノルーヴァ帝国方面
藤川秀馬 数原椿 面貫善 伊藤美奈 百瀬練磨 久崎美央
地下洞窟
司東煉 石岡創平 波木静香 御堂小雪 フレッド・カーライル
エルフリード王国北部
古木卓也