監視役
大宮殿の一室にて目覚めた聖騎は自分の状況を思い出して内心で歯噛みする。
(しまった……。つい意識を緩めてしまった。どれだけ寝ていたのかな……?)
頭痛に頭を押さえながら体を起こす。窓から射す日差しから現在が昼間である事を感じ取った彼のもとに声がかけられる。
「お目覚めになりましたか!?」
ぼんやりとする意識の中で、聖騎はその人物の顔を見る。ラフトティヴ帝国にしばらく滞在する彼の世話役を務めている少女だったことを思い出した。名前はミオン。名字は名乗られていない。金色の首輪が存在感を主張する、活発そうな雰囲気の少女だ。
「ああ……おはようございます。私がどれほど眠っていたのかはご存知ですか?」
「はい。えーっと……パラディン様がお倒れになったのは昨日の夕方なので、まる半日以上眠っていたことになりますね」
「左様ですか。ありがとうございます」
何日も眠り続けていた訳ではないと分かり、聖騎は安堵する。そして、枕元に見つけた仮面に手を伸ばす。この国の中でも聖騎は常に仮面を被っているが、ミオンにはその中身を見る事が許可されている。同じく聖騎の素顔を知っている皇帝従者・マニーラ・シーンの命を受けて、聖騎の世話役の任に就いている。
「御食事はいかがでしょうか?」
「そうですね……お願いします。量はそれほど多くなくて構いませんが」
「承知しました!」
ミオンはペコリと頭を下げて、部屋を出て行こうとする。そこに聖騎は声を掛ける。
「申し訳ございません、メルン様は現在どちらにおられるかご存知ですか?」
「メルン・ラクノン様はケイルズ家にて招かれていると聞いてます。……ああ、そうでした。パラディン様がお倒れになられた時にメルン様があなたを背負ってこの部屋までお運びになっていたんですけど、パラディン様が目覚めたら伝えて欲しいという言葉を預かってます!」
「伝言ですか」
ミオンの言葉に聖騎はわずかに興味を示す。
「はい。パラディン様は少々働き過ぎなので、お休みになった方が良いと……」
その言葉を告げるミオンの顔は気遣わしげだった。それにはまったく意識を向けずに、聖騎は考える。
(うーん、やはり少し無理をし過ぎているのかな……? でも、無理をしないと国を手に入れるなんて出来ないし……。今日の予定はシュレイナーとの訓練と情報収集。情報収取は本当はレシルーニアに任せたかったけれど、この国には来ていない。まあ、仕方ない)
レシルーニア――妖精族にとってラフトティヴ帝国という国の悪名は高い。人族を憎む妖精族が出てくる原因を作ったのが過去のラフトティヴ人であるのだが、詳細については今は割愛する。
(厄介なのはこの子がどこに行っても着いてくるところ。世話役なんていうのは建前で真の目的は僕の監視というのは明らかだし、僕がそれに気付くことくらい向こうも想定済みだろう。その上でこの子ともマニーラとも友好的に接しなければならない。はぁ……異世界に来ても相変わらず、人と関わるのは面倒だなぁ……)
聖騎がどんよりとした思いを抱いていると、ミオンが様子を伺っていた。そこで聖騎は伝言を伝えた事による反応を示していなかった事に気付く。
「ああ、わざわざありがとうございます。もう出ていって下さって構いませんよ」
「はい! では御食事をお持ちします!」
ミオンは改めて頭を下げ、退室する。それを見届けた聖騎はため息をつく。
「はぁ……」
しばらく敬語ばかり使っているな、と聖騎は思う。ラクノン家の家臣として仕えている以上、主に対して敬語を使うのは当然であるが、『パラディン』を演じている間は誰にでも敬語である。『パラディン』のキャラ設定を間違えたと後悔している。
(まぁ、今更どうしようもないけれどね)
聖騎は現在の思考内容から意識をそらす。そして、窓の外に意識を向ける。だが、決してその外を覗こうとはしない。
(二人か……。随分と警戒されているものだね。当然だけど)
四乱狂華ハイドランジアとの戦闘によって手に入れたスキル『第六感』は聖騎にとってかなり重宝している。近くにいる生物の存在を感じることが出来るその能力は、常に彼が監視されている事を教えている。
(問題なのは、見張り役が日によってローテーションで変わっている事。それが無ければ、脅すなり買収するなりして逆に利用できるのに。少しでも怪しい事をしているのを見付かれば、色々と面倒な事になる)
聖騎は再びため息をつき、壁に背中を預ける。
(でも、こうして席を外している時間が有るとはいえあの子は――ミオンは毎日僕のところにいる。利用するなら、アレより良いものはないね)
ミオンという十歳前後の少女はその幼い姿に反して、国でも屈指の格闘能力を持つと言われている。魔術は使えないとはいえ槍を用いた格闘戦は大人にも劣らず、マニーラからも一目置かれ、直属の部下にまでなっている。
(さて、ならばどうするか……)
聖騎の思考はそこで打ち切られる。ミオンが笑顔と共に彼の為の食事を持ってきたからだ。
「お待たせしました! ではどうぞ!」
邪気の無い笑顔で運ばれた食事を見て、聖騎は呟く。
「それよりも……」
「ああ、失礼しました!」
ミオンはペコリと頭を下げるとフォークを掴み、盆に載っているパンをちぎり、自らの口に入れる。次に水の入ったコップを同じく水に載っていた空のコップに注ぎ、それを飲む。今度は同様にスープを口に運び、ソースのかかった肉を食し、野菜も食べる。これは食事に毒が入っていない事を示すためのもので、聖騎が食事の度に毎回やらせている事だ。肉と野菜に関しては聖騎が指定した場所のものを口に運んでいる。
「はい、安心して頂けましたか?」
「お陰様で。毎回助かっています。では、頂きます」
にこやかな笑みを浮かべるミオンに礼を言い、聖騎は食事に取り掛かる。ミオンは彼が食べ終わるのを部屋の外に出て待つ。食器を片付けに行くのも彼女の仕事だ。外に出るのは自分を気にしないでゆっくり食べて貰うための気遣いであるのだが、否応なしに彼女の存在を感じ取ってしまう聖騎としては落ち着かない。
(本当に、疲れる……)
この国特産の巨人の肉を口に運びながら、聖騎はげんなりとするのだった。
◇
「今頃パラディン……いや、カミシロ・マサキの神経はかなり磨り減っているでしょう。現に昨日は倒れたそうです」
大宮殿の一室。ソファに腰を下ろすマニーラ・シーンは、テーブルを挟んだ向こう側にいる人物に向けて妖しく笑う。
「そうですね。御協力、感謝致します」
「こちらこそ、あなたのようなお方と手を組めて幸せでございます。……シウル・ラクノン様」
マニーラと向かい合う人物――シウルは柔和に笑う。
「いえ、無力な私の言葉を信じて頂き、感謝の言葉も見付かりません」
「そう卑下しないで下さい。あなたが私に教えていただいた今後の方針――それは我が国が更に強くなる為に非常に合理的。それに、あれだけの誠意を見せられれば、首を横になど振れません」
マニーラとシウルは互いに信頼の表情を浮かべる。そして、それぞれが持つ葡萄酒の入ったグラスをコツンと鳴らす。
「では、今後とも宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
葡萄酒に口を付けた二人は満足げに笑う。ふと思い出したように、マニーラは発言する。
「それにしても、あなたに協力されるという魔族の方……本当に信用できるのでしょうか?」
その問に、シウルは表情を引き締めて答える。
「信用するしかありません。この世界の問題はこの世界の人間で解決するべきです。人族同士で戦争が行われるという状況も、魔王軍による驚異も我々だけでどうにかする……何が目的かは知りませんが、異世界人の介入など許しません。協力者――マスターウォートも、その為に尽力してくれています」
眉目秀麗なシウル真剣な表情にマニーラは心惹かれるのを感じながら、うっとりと頷いた。
◇
藤川秀馬をはじめとした勇者六人はエルフリード王国の兵士達と共に、ラグエル・レシルーニアと名乗った妖精族に導かれてリノルーヴァ帝国へと向かっていた。優雅に翼を動かしているラグエルの背中を見て、面貫善は秀馬に耳打ちする。
「なぁ、アイツマジで信用できんのかよ?」
『読み』という相手の心を読むユニークスキルを持つ秀馬に善がそれを聞く。すると、秀馬は声をひそめて、気まずそうに答える。
「それが……読めないんだよ」
「はぁ!?」
善は思わず声を上げる。他の勇者が何事かと視線を向けるが、ラグエルは特に反応を見せない。秀馬は善をたしなめる。
「しっ……!」
「あっ、悪ぃ悪ぃ……。それはともかく、どういう事だよ、心が読めねぇって」
声のボリュームを落とした善が改めて質問する。
「そのままだよ。心を読もうとしても何も見えない。何というか、空っぽみたいな感じなんだよ」
「よくわかんねぇけどそれヤバくねぇのか? このままノコノコついてって大丈夫なのか?」
「神代君がぼく達を頼りにしているんだ。行かないわけにはいかないよ。もしも神代君の名前を騙った何者かによる罠だったとしても、それを無視するの気持ち悪いと思うんだ」
「それは、確かにな……」
善は納得して頷く。言葉を捲し立てる秀馬の様子に何となく違和感を覚えたものの、特に気にせずにひたすら歩き続ける。