友達
ラフトティヴ帝国皇帝シュレイナー・ラフトティヴと神代聖騎の交流に伴い、帝国とラクノン家は同盟関係にあった。シュレイナーと、ラクノン家の代表としてラフトティヴ帝国に来ているシウル・ラクノンはこの事実をそれぞれの国内、及び周辺国家に大々的に発表。この二勢力の関係性は盤石なものとなった。
これを機として、ラクノン家当主ギザ・ラクノンは国内及び国外に向けて宣言。未だラクノン家配下に無かった勢力も続々と降伏を宣言した。ただし彼らは、ギザが皇帝となる事を面白いとは思っていない。いずれその地位を引きずり落とすという野心を持っている者が大半だ。
ともあれ、ラートティア大陸最大の国であるラフトティヴ帝国と、それとはかなりの差を付けられつつも第三の大国であるリノルーヴァ帝国の大部分を手に入れたラクノン家との同盟はこの大陸のパワーバランスが大きく傾く事となる。この強大な勢力に対抗できる人族の勢力は存在しない。
ただし、やはりと言うべきか、同盟といっても二勢力の関係は対等なものではない。ラフトティヴ帝国が戦力を与える見返りとして、ラクノン家には農産物や資源などを貢ぐことを求めた。それにリノルーヴァ国内からは不満が起きたが、ギザが力によって鎮めた。
しかし、力による一方的な支配は民の不満を膨らまさせた。そこでいち早く立ち上がったのが、ギザの娘であるメルン・ラクノンである。自分に歯向かったメルンに対してギザは、他の領地が貢ぐべき分を彼女の領地で賄うように言った。メルンの領民は苦しい生活を強いられたが、彼女の勇気を称えた。この事件は領地の外にも知られ、メルンの評判は高まった。これはラフトティヴ帝国にも伝わり、いたく感心したシュレイナーはリノルーヴァ帝国に求める貢物を減らし、メルンの名声は高まった。
「……なんて、随分と都合が良いね。何をしたの、マサキ?」
ラフトティヴ帝国との同盟を結んだ後の出来事を改めて振り返ったメルンは傍らに立つ神代聖騎に質問をする。
「シュレイナー陛下とお友達になっただけですよ、メルン様」
「お友達……君には似合わない言葉だね」
黒い笑みを浮かべての聖騎の答えをメルンはバッサリと切り落とす。
「随分と心外な事を仰いますね」
「事実でしょ。友達っていうのは対等な関係のことだけど、あなたは誰のことも対等だと認めないでしょ?」
「……ご想像にお任せします。ところで、メルン様こそご友人はおられるのですか?」
メルンの指摘に口を濁しつつ、質問を返す。メルンはそれに「うっ……」と口ごもった後に声を震わせて答える。
「ほ、ほら……ウロスとかシュルとかフェーザとか……」
「彼らはどちらかと言うと家族ではありませんか?」
「えっと……そうだ、領民の人達といっしょに農作をやって絆を深めたりとかして一体感を感じたりしてるし! 一仕事終えて、みんなで一緒にお茶を飲んだ時のあの感覚は、人生で一度も泥に触れたこともないようなあなたには分からないだろうけどね!」
メルンに捲し立てられて、聖騎は思わず黙る。友人がいたという経験が無い彼は、メルンが言ったような者達が本当に友人と呼べるのかを本気で判断しかねている。なお、彼は決して泥を触れたことが無いという事はない。幼少期は一人で黙々と泥団子を作っていた事もあった。そんな彼の沈黙をどの様に受け取ったのか、メルンは言う。
「まあ、分かってるよ。一応貴族の娘として生まれた以上、一般の民と同じ立場でなんていられない。本当は絶対に嫌だけど、時には多くの民を救うために何人かを見捨てるっていう判断をしなくちゃいけない時が来るかもしれない。人の上に立つっていうのは、そういうことだから」
「……そうですね。そしてあなたはいずれ、今の領民など比較にならない程の民を背負わなくてはいけません。その為の第一歩が、これからのパーティですが」
彼らは現在、ラフトティヴ大宮殿の一室にいる。目的は聖騎が言ったように、パーティに出席するためである。ラフトティヴ帝国内の貴族が集まり、深交を深める事を目的としたこのパーティにおいてメルンと皇帝シュレイナーを出会わせる事が、聖騎の目的である。
「で、私にシュレイナーと結婚してほしいって?」
「そうですね……私としては別の方と婚約を結んで頂く事を考えていたのですが、シウル様はそれをお望みの様です」
「ふーん、でも権力とかで言えばシュレイナーの方がずーっと上だし、この世界で一番味方にしたら心強いといっても過言じゃないでしょ? どうして別の人と?」
唇に人差し指を当てて、メルンは疑問を口にする。
「強すぎるからですよ。私が結婚相手の候補として考えていたのは、シノード家の次期当主であるネイド様です。リノルーヴァ国内では中々の力を持つシノード家ですが、我々には及びません。故に、我々が主導権を握ることが出来ます」
「ああ、シュレイナーと結婚しちゃったら、私はシュレイナーの言うことを聞かざるを得ないという事だね。それに、ラフトティヴ家の人間になっちゃったら、リノルーヴァの皇帝になるっていう私の目的も果たせない」
「はい、メルン様を退けた隙を突いて自らが皇位に就くのがシウル様の目的でしょう」
「シウルお兄様かぁ……」
昔からあまり好きではない兄の名を、メルンは反芻する。
「シウル様はかなりの曲者です」
「生まれた境遇や色んな才能に恵まれてるくせに、昔から努力を欠かさなかった、完全無欠のシウルお兄様。……本当に妬ましい」
メルンの最後の言葉に、聖騎は軽く驚く。彼女がシウルを面白く思っていないのは以前から知っていたが、妬んでいるというのは意外だった。彼が何も言わないでいるとメルンは続ける。
「それに、妬ましいのはシュレイナーもだよ。戦闘の才能にはシウルお兄様やお父様よりも更に恵まれてて、こんなに大きな国の頂点にいる。……でも、いや、だからこそ――――」
メルンは表情を引き締める。親しみやすい雰囲気で民との距離感が近いことで有名な彼女だが、そこには黒い何かがあるように聖騎には思えた。
「だからこそ、私はシュレイナーを色んな意味で越える。その上でシュレイナーと結婚したら、この国でさえも手に入れる事ができる。間違ってる? マサキ」
メルンが口にしたのは、野心。普段は民の男性達を惹き付ける可憐な相貌には、ギラギラとした感情が渦巻いていた。彼女をただの善人だと思っていた聖騎は、互いに利用しあおうとは言いつつも一方的に利用する腹積もりであった。だがそれは間違っていると直感した。メルン・ラクノンは自らの目的の為に自分を利用しようとしている。だが、不思議と不快感は無かった。むしろ、一応の味方として頼もしいとさえ思った。
「はい、その通りでございます」
だから聖騎は恭しく頭を下げる。そこには彼なりの敬意が含まれていた。
「ほんっとうに認めたくないけど、私はあの男の血を引いてる。だからかな? 私はこの世界の頂点になりたいなんて思っちゃってるの。まあ元々はそんなつもりは無かったんだけど、あなたと組み始めて、色々やっているうちに気付いた。私は自分より恵まれてる人を見る度にムカついてたって事に」
「……」
「だからね、私は一番になるの。リノルーヴァとかラフトティヴとかっていう規模じゃなく、ラートティア大陸っていう規模でもなく、東西南北の大陸全てを含めたこの世界で、私は一番になる。手伝ってくれる? マサキ」
それは、世界征服を宣言しているとも言える内容であった。それに聖騎は笑わずにはいられない。
「あはっ……あははははははははははははは!」
突然笑いだした聖騎に、今度はメルンが戸惑う。彼女は聖騎がここまで感情をむき出しにするのを見たことが無かった。
「マサキ……?」
「あはは……申し訳ございません。……いえ、メルン様が私の想像以上のお方で、それに今更気付いた私の見る目の無さに笑っていたのですよ」
聖騎は笑いをどうにか抑えて釈明する。
「ふぅん。それで、答えはまだ聞いてないけど。あなたは私を手伝ってくれるの?」
メルンは改めて問い掛ける。
「この世界で一番になられるのなら、魔王ヴァーグリッドを倒さねばなりませんよ?」
「当然」
「それ以前に、私達を阻む敵は多いです。シウル様にシュレイナー様……それに、私達が知らないだけで同じことを企んでいる者がいるかもしれません」
「分かってる」
「あなたのみならず、あなたの従者達も危険に巻き込むことになります」
「覚悟は出来てる」
質問をされているにも拘わらず、聖騎は逆に質問をする。それにより彼女の決意を改めて知った彼は、先程の大笑いとは違う、人の悪そうな笑みを浮かべて、質問への回答をする。
「ならば、全力をもってお手伝いしましょう」
「頼むよ。君が何を考えてるのかは相変わらず分かんないけどね」
「いずれお話ししましょう」
互いに腹に一物ある二人は、皮肉げに笑って手と手を取り合った。
(三国志で例えるとラフトティヴ帝国が魏、リノルーヴァ帝国が蜀……そしてエルフリード王国が呉といったところかな。リノルーヴァとエルフリードは単独では絶対にラフトティヴには敵わないけれど、この二勢力が合わされば凌駕は出来るかも知れない。しかし、ラフトティヴを倒す事とは即ちシュレイナーを倒す事。でもそれが国民に知られれば、国は混乱に包まれて使い物にならない。本当に厄介な国だよ)
聖騎は思考を巡らせる。
(それでもやる事は単純だ。この国の上層部だけに、僕達の強さを知らしめればいい。表向きは支配下の勢力として接しつつ、裏では逆に支配する。……でも、シウルは必ず僕の思惑に気付く。そして、絶対に僕達を妨害してくる。厄介だ。実に厄介だ。さて、どうやって片付けるか……あれ……?)
そこまで考えた所で、聖騎は体がふらつくのを感じる。最近は多忙により睡眠時間を削ってきたしわ寄せが、彼を眠りに引きずり込んだ。
「ちょっと、マサキ!?」
突然の聖騎の異変に、取り残されたメルンは慌てふためいた。