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名家の次女

 振旗二葉はオーベロンが暴れている最中、一人こっそりと地下牢を上がり、ヴァーグリッド城の一階へと出た。周囲を見渡し、監視役がいないかを入念に調べつつ、進んでいく。


(敵の戦力はどれくらいなのかしら。さっきの妖精さんレベルの敵がウジャウジャいたらちょっと――いや、かなり困るけれど)


 慎重さと大胆さを両立して行動する彼女の目的は、この建物に存在する、とある人物と接触するためである。


(魔族だから人物じゃなくてマブツかしら……でも、漢字にしたら魔物になっちゃって紛らわしいから人物で良いわね)


 そんな事を考える彼女は、実は故意にこの世界に現れた。天振学園の創設者である祖父や理事長である父の話を幼い頃から聞いていた彼女は、彼らが携わっていたコロニー・ワールド計画に興味を抱いた。そして、自らの意思でこの世界に来ることを決意した。その為だけに歳を二つ誤魔化――すなわち普通より二年遅れて学園の中等部に入学した。彼女は父から聞いた、研究についての経緯を思い出す。



 コロニー・ワールド計画は神代聖騎を巻き込むという前提で考えられている。もっと言えば、天振学園自体が神代聖騎をコロニー・ワールドに送り込むために創られた。40年前、現在の学園がある場所は、ほとんど人の目に触れる事のない森林地帯であった。そこの地面で謎の巨大な輪を発見したのが二葉の父である、振旗葉一郎だ。当時少年だった葉一郎が昆虫採集の最中に偶然見つけたそれを彼の父、誠一郎に報告したところ、それがこことは違う別の空間に繋がっている事を導き出した。その後、ここを詳しく研究するための機関を創る事を、誠一郎の友人である天原考司郎と共に決めた。


 研究の為には、様々な学者を集める必要があった。元々振旗家は学者の家系であり、誠一郎には多くの著名な学者とのコネがあった。その為の研究機関として学校を創ることとなった。だが、大学を創ってしまうと、その研究内容が国によって調べられ、公のものになってしまう危険性があると考えた。そこで、理系に特化した中高一貫の進学校という隠れ蓑を被った、私立天振学園が完成し、10年前に開校されることとなる。ただし工事中も研究は常に行われていた。


 校舎を造る際に、葉一郎が発見した謎の輪――後に『繋世ゲート』と名付けられた――の上に重なるように、一つの教室を設置した。『繋世ゲート』の周囲の空気からは、今までに発見されていない物質が複数発見された。そしてそれらの一部は、電磁波による影響を受けやすい性質を持っていることが分かった。そして周辺の昆虫や動物の体を分析したところ、一般的な個体には見られない物質によって一部の体が構成されている事が分かった。しかしそれによりどのような変化がもたらされたのかは分からなかった。しかし、20年前に研究チームに加わった神代怜悧により、未知の超常現象を引き起こす可能性を秘めている事が発見された。怜悧はその後も数多くの功績をあげて、研究チームのトップにまで上り詰めた。


 そして『繁世ゲート』の向こうに数多の世界が存在することが確認された。そして『繋世ゲート』は不安定なものであり、時によって違う世界と繋がっている事が分かった。『繁世ゲート』の名前が付けられたのもこの頃である。研究チームは異世界が電磁波によって影響されやすい物質で構成されているという仮説の下に、世界を電子化して、データ化して、コンピュータによりその状態を観察、及び操作を可能とすることを目指した。ただしそれらはなかなか上手くいかず、誤って世界を壊してしまったり、やっとの思いで成功したと思いきや、試験的に送ったモルモットがその世界の環境を破壊してしまったりと、気の遠くなるような失敗を繰り返した。その世界の住民からすればたまったものではないが。


 ともあれ、彼らが弄った207番目の世界――コロニー・ワールド0207――は調整が上手くいった上に、この世界と似た文化を持っている事が分かった。そこに住む生物もこの世界のものとほぼ類似しており、絶好の研究材料となった。あらゆる生物の身長や体重、酸素量に脳活性率等、そしてゲームの『ステータス』のように数値化したものを把握し、それを管理する事が出来るようになった。そこで研究チームは、この世界に人間を送る事を決意。その被験者第一号として誠一郎が自ら名乗り出て、結果的に異世界転送に成功した。だが、異世界に着いた数分後、彼の体に異変が起こる。激しい呼吸困難を起こし、その後窒息により死亡した。彼の体の状態は、研究チームのコンピュータからも確認していた。後に、体内にコロニー・ワールド0207を構成する物質――後に『魔素』と名付けられる――が欠乏していた事が判明。体内の魔素の割合を一定以上にしたモルモットは無事に生き延びたにも拘らず何故かと考えた結果、動物の種類によって必要な体内の魔素の割合が違う事が判明。警察にもコネがある振旗家は死刑囚を借りて実験し、人間が異世界で生き延びるのに必要な魔素の割合が判明した。ちなみに彼らは二葉達が送られた時代よりも過去の時代に飛ばされた。彼らのうちの何人かはコロニー・ワールド0207における伝説となっている。実験をする上では長く生き残る必要があり、その為には高い戦闘能力が必要とされた。故に彼らのステータスは世界のパワーバランスを揺るがす程に設定された。


 そして、15年前に神代聖騎が誕生する。コロニー・ワールド計画に利用されるために生まれた彼を使って実験する上で、怜悧は様々なタイプの少年少女を集めて、彼らが突然異世界に飛ばされたらどうなるか、という実験を企画した。これは、近衛茉莉が少女時代に読んでいたという漫画のシチュエーションにヒントを得たものだ。実験に参加するのは聖騎以外は普通の少年少女を使う予定であった。それを嗅ぎつけた京都の組織が司東煉と御堂小雪を送り込むこととなるのだが。そして、これを知った二葉は年を偽って聖騎と同じ年に入学することを決めたのだ。そして彼ら36人は三年間同じクラス、同じ教室で過ごし、教室周辺の繋世ゲートからの影響を受け続け、体内には必要な魔素が溜まった。生徒の一人である舞島水姫が途中で不登校になるというアクシデントがあったが、これについては想定済みであり、教室内の空気を極秘に水姫の家へと運び、充満させた。余談であるが、生徒たちが呼吸する事により、彼らの体内の魔素は空気中に逃げ出す。その空気を吸った彼らの家族や友人などは少なからず影響を受け、異世界に飛ばされても無事でいられた。更に余談であるが、研究チームの一人が、子供達を異世界に送る実験のシミュレーションを小説として書き、インターネットの小説投稿サイトに公開したところ人気を博し、多くのフォロワー作品を生み出した。


(まったく、あの研究チームは天才揃いね。頭のネジがどこかに行った人ばかりとも言えるけど)


 迷わずに異世界に行く事を決めた自分を棚に上げて、二葉はそんな事を思う。彼女は手に持っていた薄い紙束に視線を注ぐ。この世界で広く使われている羊皮紙には建物の見取り図が描かれていた。


(えーっと、上の階か……)


 この見取り図はヴァーグリッド城のものである。これは研究チームが極秘に彼女に与えたものである。そしてそれには、彼女が出会おうとしている人物の居場所も記されている。


(歓迎してくれるかしら? バーバリー・シーボルディは)


 神代怜悧の分身とも言えるその魔族の名を、内心で呟いた。

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