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魔王と妖精王

「そうか、マスターウォートは順調か」

「はい、リノルーヴァ帝国の支配もいずれは実現出来ましょう」


 ヴァーグリッド城の一室。魔王ヴァーグリッドは部下のサンパギータからの報告を受けていた。


「しかし、ロウンからの連絡は途絶えたか」


 ロウン――古くから親交のある龍人族の族長は、ヴァーグリッドの命令により、突如地下牢を逃げ出したとの報告があった獣人を捕える為に追っていった。だが、どれだけ経っても帰ってくる気配が無い。


「彼の者は手負いだった。ロウンでも捉える事は可能であったであろう。彼の場所にいるはずの、本来の力を失ったコーラムバインが手を貸したとしてもだ」

「ロウン様達龍人部隊を撃退できる勢力は限られています」

「そうだ。恐らくはエルフリードの勇者達がこちらに向かってきている」

「迎え撃ちましょうか」


 サンパギータは無表情で質問する。ヴァーグリッドは静かに横に首を振る。


「いや、そなたが行く必要は無い。そうだな、オーベロンを行かせるとするか」


 オーベロン。その名にサンパギータは内心驚きつつも、主に無駄な言葉を挟まない。


「承知しました。では、直ちに伝えに参りましょう」

「頼む」


 そう言いつつも、ここにいるサンパギータは動かない。だがこの瞬間、彼女とまったく同じ姿のメイドが城を出て、『オーベロン』のもとに向かった。



 ◇



 ヘカティア大陸東部の森の中。霧が立ち込める泉の側に一人の妖精族がサンパギータからの言葉を聞く。


「なるほど、俺に人族を殺せと要請するのか。この妖精王・オーベロンに。ふん、ヴァーグリッドも分かっているではないか。流石、俺が認めた存在なだけはある」


 オーベロンは、妖精族最強の種族と目されるノレボの族長であり、少年のような容姿であるが、数百年の時を生きている。オーベロンの名はヴァーグリッドに与えられたものだ。彼は水面に映る自分の顔を満足そうに眺めながら、自信ありげに言う。


「しかし、敵は恐らくロウン様達龍人族を撃退した相手です。ご注意を」

「龍人族……フン、あんな劣等種族など誰でも倒せる。それで、敵は地下牢の下にある穴にいるのであろう?」

「はい」


 オーベロンの確認に、サンパギータは頷く。


「ならば簡単ではないか。ふふふ……久々に人族を殺すことが出来る……!」


 オーベロンは楽しそうに笑う。普通の妖精族は、同種族間のみで、離れた相手との意識の共有を可能としている。だが、オーベロン達ノレボという種族は、他の種族の意識を一方的に読み取り、そして自分の言葉を伝える事が出来る。それでいて、自分達の非公開にしたい情報を他の種族から読ませる事は出来ない。また、精神に衝撃を与える魔法による戦闘力も高く、故に妖精族最強の種族だと云われている。そして、そのノレボの中でも最強であるオーベロンは妖精王と呼ばれ、多くの妖精族から敬意を受けている。これに対抗できる唯一の種族がレシルーニアだと言われており、レシルーニアが漆黒の肌と銀髪が特徴的な一方で、ノレボは純白の肌と金髪という、正反対な特徴を持つ。


 オーベロンは配下の水を操る種族に、地下牢の奥の穴へと大量の水を流し込むように命じた。


「溺れ死ね。劣等種族よ! フハハハハハハ!」


 忌み嫌う人族が間抜けに溺死することを想像したオーベロンは楽しげに笑う。しかしその直後、その顔は険しくなる。


「だが、人族とは生に対する執着が強い、意地汚い種族だ。そのくどさを甘く見てはならない。迎え撃つ。俺は人族をいずれ全て滅ぼす。ヴァーグリッドは何をトチ狂ったのか人族を味方に率いれ、四乱狂華の地位さえ与えた」

「謀反を起こすおつもりですか?」


  サンパギータはオーベロンを睨む。


「そんなつもりは無いさ。奴はあまりにも強い。それに戦いを挑むなど愚かなことだ。どこぞの劣等種族と一緒にするな」

「しかしヴァーグリッド様に不満をお持ちなのでしょう?」

「確かに不満はある。だが、俺の奴への感情は好意の方が上だ。それとも何だ。奴のありとあらゆる全てを肯定しなければ敵対する事と同じだとでも言うか?」


 オーベロンは皮肉げに笑う。それにサンパギータは首を振る。


「いえ」

「それならば良い。とはいえこの大陸で人族共を見る度にイラついていたのは事実だ。少しは発散させてもらうぞ……」


 言葉の途中でオーベロンの表情が曇る。先程水属性魔法を使わせた配下の妖精族からの報告が入ったからだ。その内容は「穴から水が勢いを増して返ってきた」というものだ。敵の小動きを跳ね返す能力者がいるのだろうとオーベロンは推測する。似たような能力を持つ妖精族を知っているからこそ、その結論に思い至った。


「くっ……忌々しい」


 オーベロンは思わず声に出す。この大陸で過ごす上で魔族等と言葉を交わす習慣が身に付いている事により、彼は度々独り言を声に出して言う。他の妖精族に敵に備えるよう伝え、自身もその場へと向かう。



 ◇



「ったく、何だったんだ今のは」


 大型龍に変身した静香は仲間達を背中に乗せて飛行し、天井の穴を抜け、地面に足を付けて仲間達を下ろし、変身を解除していた。そして全員で歩いていたところにとてつもない量の水が流れてきた。そこで、攻撃を跳ね返す能力を持つ創平が激流を返し、やれやれと呟いた。水量はかなりのもので、それを全て跳ね返すのには決して少なくはない魔力を必要とした。


「恐らく、あの人造獣人族を捕らえる為に送り込んだ龍人達が帰ってこないから、敵――つまり俺達の事だが――がいると判断して、攻撃してきたんだろう」

「でもよ、龍人だって仲間だろ? 死んでんのを確認もしてねぇのに、攻撃してくんのかよ?」


 煉の分析に創平が突っ込みをいれる。彼は、先程意識を取り戻した、龍人族の族長ロウンを見ている。煉達が問い詰めても口を割る気配が無かった彼だが、水の攻撃を受けた事に対して不信感を募らせていたが、それを言葉に出すことはない。


「まあ、コイツらも一枚岩では無いということだろう」

「なるほどなぁ」


 煉の結論に創平は頷く。それを尻目に二葉はロウンに顔を近付け、ねっとりとした声でささやく。


「ねぇ……、いい加減教えてくれない? 魔王軍が捕らえた人族は今、どうしているの?」


 だが、その問に答えは返ってこない。何を言おうとも、攻撃を加えようとも、ロウンはまったく答えない。


「今攻撃してきたのはあなたの仲間よね?」

「……」

「もしかしてあなた、お仲間からバカにされているんじゃない? いや、あなたというよりは獣人族あなたたちかも知れないけど」


 その言葉に、ロウンはあからさまに反応を見せた。


「貴様ッ!」

「あらー、やっぱり種族がコンプレックス? 獣人族――」

「黙れ! 俺達はこの世界の何よりも誇り高き種族だ!」

「はーい、今の状況をわきまえてねー」


 怒りに震えるロウンを二葉は煽る。そして自分を殴ろうとした彼に手を触れ、ユニークスキルにより体力を奪う。ロウンの体からは力が抜ける。


「くっ……」

「さっきも言った通り下にいたあなたのお仲間は全員倒したし、その一部は私達のお腹に入ってる。なかなか美味しかったわ。とにかくあなたは、ここでは弱者なの」


 二葉が嘲るように笑うと、ロウンは歯ぎしりをする。


「悔しいのは分かるわ。それに獣人族が人族を憎む理由も分かる。何しろ人族は獣人族を奴隷として扱ってきたんだから。私達は奴隷なんか使ってないなんて言ってもどうにかなる問題じゃない。でもね、純粋に、あなた達の生死も確認してないのに構わず攻撃してきた相手を許せる?」


 ロウンは、何を考えているのかが読み取りにくい二葉の表情に苛立ちを覚える。


「黙れ。俺達はヴァーグリッドに恩がある。多少の犠牲は覚悟の上だ」

「あなたは本当にそれで納得しているの? もしもあなた達の仲間が生きていたとしても、今の水で溺死しちゃってたわよ?」


 水の攻撃が来る、そもそもの原因が自分達にあるという事実を棚に上げた二葉の言葉に、ロウンは考え込む。獣人族の知能が人族よりやや劣るというのは本当なのだなと、彼女は思った。


「ああ、そうだな。気に入らない」


 ロウンの口から出た答えに、二葉は内心で侮蔑の笑みを浮かべた。

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