真相
「アレ、舐めプだったよな?」
観客席には国見咲哉をはじめとする不良勇者達も来ていた。そして試合が終わるなり、西崎夏威斗は呟く。この場は興奮した観客の歓声に包まれていたが、近くにいた者には何とか届く。
「なめぷ……って?」
「舐めプレイ……ゲームとかで敵を舐めて、本気を出さないって事」
少し頑張って声を張り上げる数原藍に質問され、夏威斗が説明する。そこに佐藤翔が口を挟む。
「つまり、神代は皇帝を舐めてたら負けたって事か? ダセー」
彼に同調して、何人かがクスクスと笑う。すると桐岡鈴が発言する。
「そうじゃないわよ。アイツは勝つ気が無かったのよ」
「はぁ? どういうコト?」
「ここで勝ったら、色々めんどくさくなんのよ」
吉原優奈に聞かれて鈴が短く答えつつ、咲哉の方を見る。咲哉は目を逸らす。彼は何も言うつもりは無いようだ。鈴はやれやれと呟く。
「ま、そういう事よ」
「だからどういうコトだし!」
優奈は不満そうに叫ぶ。
◇
一方、別の場所にはローリュート・ディナインとフレイン・ネルイーヴが来ていて、聖騎達の試合を見ていた。フレインに気絶させられたローリュートだが、彼が試合を楽しみにしていた事を知っていたフレインに叩き起こされ、闘技場に向かった。
「へぇー。強いコトは分かってたケド、ここまでやるとは思わなかったわ。アタシの忠告を聞いた上で、最高の試合をしたわね。ま、アタシの作品を使ってるんだから、これくらいはやってくれないとむしろ困るケド」
ローリュートが満足げに言う一方で、フレインは開いた口が塞がらない程に驚いている。
「光幻術を見破ったのは、第六感のスキルね。なんか魔王軍の中でも強いのを倒したときに手に入れたスキルだとか書いてあったわね……ってフレイン、どうしたのよさっきからアホみたいな顔して」
「ア、アホって言わないでください! いやだっておかしいでしょう!? いや本当におかしいでしょう!?」
フレインの凛々しい顔は驚きに歪んでいた。ローリュートは聖騎のステータスカードの情報から彼が何をしたのかを推測したのだが、それを説明されればフレインとしては驚かずにはいられない。
「やっぱりあの子は面白いわね。戦闘力も財力も権力も持ってるし、いっそ着いていっちゃおうかしら」
「えぇ!?」
フレインはまたしても驚く。
「まぁたアホみたいな顔してる」
「だからアホって言わないでください! あの方にローリュート様が着いていくのであれば、私も着いていきます! しかし、ラフトティヴ騎士団はそう易々と抜けられるものでは有りません。勝手に国を出たのが発覚すれば、制裁を受けます!」
「バレなきゃ良いじゃない」
「私だって出来る限りバレないように努めますよ! でも、絶対に見つからないとは言えませんよ!」
フレインは叫ぶ。
「まぁまぁ落ち着いて。別に本当に行くって決めたワケじゃないんだから」
ローリュートに宥められて、フレインは落ち着きを取り戻す。
◇
そして闘技場控え室。試合に出場した二人及び、その身内の人間がここにいる。そしてこの部屋の中央では、シュレイナーの怒号が響き渡る。
「ふざけやがって! そんなんでオレが喜ぶとでも思ったか!?」
「落ち着いてください」
バタバタと暴れるシュレイナーを、従者のマニーラ・シーンが羽交い締めにして宥める。彼の視線の先には仮面にローブの聖騎が立っていた。その横にはシウル・ラクノンもいる。そのシウルが質問する。
「あの光の中で何があったのかな? パラディン君」
「出来れば話したくはないのですが、仕方有りませんね。ただ、この件は内密にして頂きたいのですが」
聖騎がそう言うと、マニーラは部下達に席を外すように言った。彼らは聖騎を不信な目で見ていたが、マニーラに言われれば仕方ないと言わんばかりにその場から立ち去る。ここは聖騎、シュレイナー、マニーラ、シウルの四人だけとなる。シュレイナーも一応落ち着いた様子になっている。
「それではお話ししましょう。構いませんか? シュレイナー様』
「……勝手にしろ」
聖騎の確認に苛立ちを隠さず、シュレイナーは頷いた。聖騎は話し始める。その内容をまとめると次のようになる。
フィールドを光で覆ったのは、そこの様子を観客に見せないため。
その後、魔術攻撃一撃でシュレイナーを戦闘不能にし、回復魔術をかけた。
光が晴れる頃にはシュレイナーの意識が戻る。彼が起き上がろうとするタイミングで聖騎は倒れ、シュレイナーの勝利を過剰に演出する。
説明を受けたシウルはなるほどと頷く。マニーラは苦い顔で俯く。しかし当のシュレイナーだけは、何も分かっていないように不満を漏らす。
「だから、何でお前が倒れる必要があったんだよ! 勝負で勝ちを譲られても、嬉しくとも何ともねぇんだよ!」
「あなたの為ではありません。この国の民の為に、私は負けました」
「どういう事だよ」
シュレイナーは聖騎を問い詰める。
「あなたはこの国における絶対的な存在です。そんなあなたに勝つ者が現れた場合、国民はどうなるでしょうか?」
「あぁ? それならソイツ、つまりお前が新しく英雄扱いされるんだろ?」
「残念ながら、そうはならないでしょう。心の支えとなっていた『あなたという英雄の絶対性』が失われれば、間違いなくこの国は荒れますし、その矛先は私にも向かうでしょう。つまり、私はあなたの作り上げたこの国に負けたのです。よってこの試合は紛れもなく、私の負けです」
詭弁だと聖騎は思う。そしてこの場の全員が同じことを思っていた。
「じゃあ、何でわざわざ俺を一回倒して、回復させたんだよ」
戸惑いながらのシュレイナーの問に、聖騎は思わず笑いを溢してしまう。
「ふふっ……お忘れですか? この試合の目的を」
「あなたの力を我々に知らしめる事、ですか?」
マニーラが思い出したように呟く。聖騎は頷く。
「お分かり頂けたでしょうか? これが、我が勢力と手を組む事による利点です」
シウルは自分の手柄であるかのように自慢げに、マニーラとシュレイナーへと告げた。マニーラは悔しそうに頷く。
「分かりました……。私の一存では決めかねる問題ですのでこの場では何も申せませんが、必ずや、良い答えを持って参ります」
「期待しています」
先日の会談での自信に満ちた態度がどこかに消えたマニーラに、シウルはわずかに侮蔑するような笑みを見せる。マニーラは歯噛みしたくなる気持ちを必死に押さえ付ける。
(この前の会談では内心で相当イライラしていたんだろうなぁ)
聖騎はそんなことを考えつつ、仮面の中の口を開く。
「シュレイナー様、一つお聞きしたい事があるのですが」
「何だ?」
「先程の幻術、あれは一体何でしょう?」
試合の最中に、聖騎にはシュレイナーの姿が二人見えたと思いきや、何もいないはずの場所に彼がいた、という現象を見た。それが何なのか、聖騎は疑問だった。
「あれは俺の家に代々伝わる奥義・光幻術だ。説明すんのもちょっと難しいんだが、俺達が見てるのは全部光なんだよ。光幻術ってのは、相手に光の……えっと、何て言えば良いんだ?」
「要するに、光の粒子を操る事によって、対象の脳に誤情報を流し込んで、幻視を見せるという魔術なのです」
「そう、そうだ!」
言い淀んだシュレイナーの言葉をマニーラが補足する。聖騎はこの世界の人間が、ものを見る仕組みを理解していた事を意外に思うが、獣人族の人体実験をしている国がある時点で今更だなと納得する。そして、かつて幻術を愛用していた聖騎はシュレイナーに言う。
「もし宜しければその奥義、私にも伝授して頂けませんでしょうか?」
「何ということを! 光幻術はラフトティヴ皇家にのみ伝わる格式高き奥義です。あなたのような外の国から来た方になど――――」
「おう、良いぜ」
「ほら、陛下も仰っているではありませんか。余所者に奥義を教えるなど……って、えっ?」
マニーラが血相を変えて捲し立てるが、あっけらかんとしたシュレイナーの返事に戸惑う。そんな彼女を見ながら、聖騎は問う。
「よろしいのですか?」
「ああ。お前なら俺以上に光幻術を使える――なんとなく、そんな気がする。それに、ほんっとうに不本意だが、お前がわざと負けたお陰でこの国は守られたんだ、その礼ぐらいさせてくれ。だが、その代わり俺からも頼みたい事がある」
未だ不満に声を荒げているマニーラを尻目に聖騎は問い返す。
「何でしょう?」
「俺に稽古を付けてくれ」
その言葉にマニーラは勿論の事、聖騎やシウルも驚かざるを得なかった。
「どういう事でしょうか」
「言葉のままだ。俺は人族最強だの何だのと、与えられてきた称号に満足してた。だが、お前には全く歯が立たなかった。俺はもっと強くなりたい。その為に、お前の力を借りたい」
そう言われても、聖騎は困る。彼の強さは努力も無しに手に入れた、圧倒的なステータスにある。
「そんな……私に教えられる事など何もございません。運良く生まれながらに高いステータスを持っていた、ただそれだけの事です」
「それでも良いんだ。俺は強くなりたい。本気のお前を倒せるくらいに」
シュレイナーは全力で熱意をぶつける。聖騎としては困惑するしかできない。そもそも聖騎は、シュレイナーの戦い方次第ではあっさりと負けていただろう。俊敏性と防御と体力が低い彼の基本戦術は、ハッタリをきかせ、精神的威圧をかけた上での、敵が接近戦を挑んでくる前に高威力魔術による短期決戦である。敵に近付かれ、格闘攻撃を食らえば、一瞬でダウンする。勝つにしても負けるにしても、勝負は長く続かないという特徴がある。
稽古を付けろと言われても、どうすれば良いかなど分からない。だが、自分も頼み事をしている以上断れないと聖騎は思った。
「分かりました。精一杯やらせて頂きましょう」
「おう、光幻術もしっかり教えてやるから覚悟しろ」
シュレイナーが手を差し出すと、聖騎は思わず手を取った。マニーラは何やら疲れたような表情をしており、シウルは軽く笑みを浮かべている。
(こっちは一応上手くいったのかな? さて、サリエルの方はどうなのだろうか)
聖騎はそんなことを考えた。