光と光
ラフトティヴ闘技場。世界でも最大クラスの闘技場である。武芸が盛んなこの国では、兵士達による試合が度々行われている。兵士の勝敗を予想する賭けも盛んだ。
闘技場の観客席は多くの国民で賑わっている。彼らの目当ては、本日ここで試合をする皇帝、シュレイナーである。圧倒的強さによる国民的人気を誇る彼のカリスマは半端なものではない。
彼らの視線の先にあるフィールドの中央では、派手な格好をした男が立っていた。
「親愛なる帝国民諸君! まもなくここでは熱い熱い戦いが行われる! この戦いの審判を務められる事を、私は非常に光栄に思っている!」
興奮した様子で声を張り上げるその男に、観客は沸く。この男は闘技場の名物審判であり、国民からの人気も中々のものである。
「試合の時間を今か今かと待ちわびている諸君の為に、早速選手を紹介しよう! まず東から出てくるのは、北東の大国リノルーヴァの有力貴族、ラクノン家に支える、一瞬にして百万の敵勢を倒したという逸話もある仮面魔術師、パラディィィィィィィィン!」
紹介を受けたパラディン――神代聖騎が東からフィールドに出ると、観客席からは歓声が上がる。光沢のある漆黒のローブに、白い仮面。そして右手に掲げた大鎌イマギニスは見る者に禍々しい印象を与えたが、だからといってブーイングをする者はいなかった。次に審判は軽く深呼吸をしてから、一際大きな声を上げる。
「それでは諸君もお待ちかね! 西から出てくるのは大陸最大の我が国、ラフトティヴ帝国を統べる人族最強の男! 武勇伝は数知れず! 初代皇帝ヴェルダルテ・ラフトティヴの生まれ変わりとも言われる我らが英雄! シュレイナァァァァァァァァ……ラフトティィィィィィィィヴ!! この男の戦いに! 諸君! 刮目せよぉぉぉぉぉ!!」
審判は声が裏返る程に叫ぶ。観客の歓声も、聖騎の時より何倍も大きく、その圧に聖騎は思わずよろけそうになる。そしてシュレイナーが姿を現すと、歓声は更に大きくなる。鼓膜が破れる観客が何人も出るのではないかと、あの聖騎が心配するほどだ。しかしシュレイナーは慣れた様子で、客席に腕を振っている。そして聖騎の姿を見るなり言う。
「おう、パラディン! その鎌がお前の神御使杖か!」
「はい。マニーラ様からご紹介頂いたジルルード工房のものではございませんが」
「あのオカマ野郎に作って貰ったんだろ? 俺のはソイツの師匠であるガインが作ってくれたヤツだ。さしずめ、師弟対決ってトコだな」
「せめて、あなたの記憶に私の名を残せるように頑張ります」
シュレイナーは腰に提げていた、やたらと豪奢な飾り付けがされている剣を聖騎に見せる。その剣身は紅く、ヒロイックなデザインだった。そして着ている鎧、剣と意匠が統一されているかのように、勇者然としている。も死神を思わせる聖騎と、如何にも正義の味方らしいシュレイナーは対称的だった。
「おーっと、これから戦う者同士、言葉を交わしているぞ! では両者、戦闘準備はよろしいでしょうか?」
審判が実況をしている事に聖騎は違和感を覚えるが、それがこの世界、あるいはこの闘技場の常識なのだろうと考え、納得する。
「いつでも大丈夫です」
「オレも、いつでも良いぜ」
聖騎とシュレイナーは審判に準備が出来ている事を伝える。
「分かりました! では……試合開始ぃ!」
その合図と同時に聖騎は呪文を唱える。
「リート・ゴド・レシー・トゥハンドレ」
呪文はここで終わる。それと同時にイマギニスを振り下ろすと、その刃の部分からは三日月の様な光の塊が飛んだ。
「リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ」
すると同時に、シュレイナーの剣身から光の刃が飛び出した。三日月型の光と激突し、消費魔力量が劣るにも拘わらずシュレイナーの刃は霧散した。三日月はシュレイナーに命中する。
「ぐぉ……!」
「なんとパラディンはシュレイナーと同じ光の魔術師だったぁー! そしていきなりシュレイナーに攻撃を当てた! これは想像以上の強敵だ! どうする? シュレイナー!」
明らかにシュレイナーに肩入れしている審判の実況に、観客達は歓声を上げる。シュレイナーの実力を絶対視している彼らは、この程度で負けるなどとは微塵も思っていない。
「やるじゃねぇか。おもしれぇ! リート・ゴド・レシー・ニネハンドレ」
シュレイナーは先程よりも大きな刃を放つ。聖騎も同様に攻撃を放つと、拮抗した二つの魔術はフィールド上を光で覆った後に、互いに打ち消しあった。観客席は盛り上がる。
「へぇ、ならこれはどうだ? リート・ゴド・レシー・トゥハンドレ・ト・ワヌ・ファニール」
聖騎はシュレイナーが唱えた呪文の「ファニール」という言葉に聞き覚えが無いと思った。シュレイナーの剣から放たれた光が聖騎を包むが、ダメージを受けた様子がない。観客席から「おお!」「来たー!」などという声が聖騎の耳に届く。何事かと思いつつ、半球状のバリアで身を包む。しかし次の瞬間、彼は異変に気付く。シュレイナーの姿が、いつの間にか二人になっていた。
(一体何を……?)
疑問に思いながら、聖騎はイマギニスを振るう。打ち出された光の塊は片方のシュレイナーに命中し、そして霧散させた。
(つまり、アレは偽者か……いや、違う!)
そう考えた聖騎がもう片方に狙いを付けようとして、その矛先を変える。
「リート・ゴド・レシー・ハンドレ」
イマギニスから放たれる魔術は、何もない所で何かに当たったように爆発する。するとそこにはシュレイナーが現れ、後方にあったシュレイナーの姿が消えた。
「なんとパラディン! ラフトティヴ皇家に伝わる奥義・光幻術を見破ったぁぁぁ!」
審判は本気で驚いた様に叫ぶ。観客席からもどよめきの声が湧く。シュレイナーは小さく笑って呟く。
「ったく、何でバレたんだ?」
「リート・ゴド・レシー・トゥサザン・ト・ワヌ・オラン・フロール」
シュレイナーの言葉を無視して聖騎が呪文を詠唱すると、フィールド全体を強い光が覆った。その様子は観客席や審判席から見えない。
「なんという事だ! フィールドが見えなくなってしまったぞ! このままでは何も実況出来ない! パラディン、一体何を考えているんだぁ!?」
まばゆい景色に、観客からは不安や戸惑い、怒りなど様々な感情のこもった声が上がる。当初はシュレイナーの勝利を信じて疑わなかった彼らだが、対戦相手の得体の知れなさに感情が揺れる。
「あっ……」
観客の中の誰かが声を漏らす。フィールドの中には人が一人だけ立っている影が見えた。シュレイナーと聖騎は近い場所にいた事から、二人のうちどちらか一人だけが立っている事になる。
「そこにあるのは一つの影! そこにあるのはシュレイナーか? それともパラディンか?」
審判も緊張したように言う。やがて光は晴れる。そこに立っていたのは仮面とローブ姿の魔術師――パラディンだった。足元にはシュレイナーが倒れている。観客達は目を疑う。
「な、なんと、立っていたのはパラディン……。つまりこの試合の勝者は――あっ」
審判が勝利を告げようとした瞬間、聖騎の体が後ろへと倒れる。それと入れ替わるように、シュレイナーがゆっくりと立ち上がった。それに観客はしばし戸惑っていたが、状況を把握するにつれて興奮していった。
「最後に立ったのはシュレイナァァァァァ! この試合、勝者は我らが皇帝、シュレイナー・ラフトティヴだぁぁぁぁぁぁあ! あの光の中で何があったかは後で聞くとして、今はこの男の勝利を祝おうではないか! そして、我々をここまでヒヤヒヤさせたパラディンにも敬意を!」
審判の言葉など聞かずに、観客達はシュレイナーの名を何度もコールし、会場のボルテージは最大となった。
「……」
そんな中、シュレイナーだけは険しい表情で聖騎を睨み付けているのだが、観客の中にその表情が見えている者はいなかった。