煮え切らない無能
聖騎達の戦闘を問題視している者がいた。彼らのパーティの監督をしているシルア・マーデリーである。
「おいカミシロ、フルキが全く戦闘に参加出来ていないじゃないか」
「しかしマーデリー先生。上手く行っているこの流れを止めるのは得策では無いと思いますが」
「お前達は今日が初めての魔物との戦いだ。そもそも上手くいかないのが当たり前なんだ。それに私もいる。お前の守りは私が担当するから、フルキに能力付与魔術を使って戦わせろ」
「分かりました」
聖騎は頷く。そして卓也の方を見て言う。
「それじゃあ、前にいるネズミを相手にしてくれるかな?」
「お、おう」
聖騎に指差された方角を卓也は向く。
「攻撃呪文は分かるかい?」
「えーっと……ノ、ノ……」
「ノマ・ゴド・レシー・テーヌ・ト・ワヌ・ボル・ストラ。これで無属性のボールを飛ばすことが出来るよ」
「えっと、ノマゴ、ゴ、ゴダ・ワヌ…………」
「違う違う。これは基本魔術だよ? 能力も無いくせに努力もしないなんて最悪だね。今から君に覚えさせるのは難しいだろうから魔術は諦めて体術で戦って。武器は持っているんだよね?」
聖騎達勇者には1人1本ずつの杖『神御使杖』と、任意でそれぞれ好みの武器が与えられている。なお、聖騎は一応ナイフを選択した。
「おう、剣を持ってる」
「じゃあそれで斬ってきて。付加魔術使うからね。リート・ゴド・レシー・ファイテーヌ・ト・ワヌ・オラン・アープ」
聖騎の杖から放出された光が卓也を包み込む。
「これは……」
「君の能力を全体的に上げたからそれなりには戦えるはずだよ。効果が続くのは10分くらい。さあ、走って」
卓也は頷き、指示された方向へと走る。すると、彼が思っていた以上のスピードが出た。
「う、うわあああ」
そんな彼を視界から外し、聖騎は他のメンバーの回復をしたり、遠距離の敵を倒す。
「リート・ゴド・レシー・ハンドレ・ト・ハンドレ・ラヌース・ストリム」
聖騎の杖から現れた100本の槍が川のような流れを作り、飛んでいく。10体程のネズミを一気に葬る。
(これはオーバーキルだったかな?)
聖騎はふと自分のステータスカードを取り出す。レベルは5まで上がり、魔力、魔攻、魔防が大きく上がっていた。体力と俊敏も少しは上がったが、攻撃と防御はほとんど上がらなかった。
「随分と偏ったものだな。ここまで偏ったステータスはお前とフルキ以外見たことないぞ」
カードを覗き見したシルアが言う。
「そうですね……理由はあるのでしょうか?」
「さてな。性格によってステータスが決まるっていう話はよく聞くが、本当かどうかは知らねぇ」
「控え目な性格の人は魔攻が高くなって攻撃が低くなる、とかでしょうか?」
「かもしれねーな」
そんな話を聖騎がシルアとしていると、前方で戦っていた咲哉達の言葉が耳に届く。
「あー? 役立たずのてめーが何でここに?」
「マーデリー先生が俺も戦うように言ったから……」
咲哉は魔術で生み出した炎や、自分のユニークスキルによる斬撃で次々とネズミを倒す。特に苦戦していた訳でもなく、むしろ楽しんでいた彼にとって卓也は邪魔だった。
「知らねーよ。どっか行ってろ」
「でも……」
卓也は口ごもる。すると龍と蛇が発言する。
「古木氏、ネズミがそちらに向かいましたぞ。戦うならやってみたらよろしいと思いますぞ」
「貴殿の戦い、見てみたいですな」
「わ、わかった」
卓也は頷き、剣を構える。しかし、それ以上動けない。剣を持った手が震え、戦うことが出来ない。
「う……」
彼は恐れていた。その剣で相手の命を奪うことを。相手が人間では無いとは言え、そこには躊躇があった。
「何をしているのですかな貴殿は。ノコノコと出てきて何もしないとかありえない」
「やる気が無いのなら帰って良いですぞ」
「おい、『な』! そっちに1匹行ったぞ」
「その呼び方はあんまりですな、国見氏」
「そっちこそ、そのきめー呼び方やめろ」
咲哉に言われながらも、『な』こと龍は得物の槍で敵を貫く。そこに蛇が魔術を放つ。
「ツーリ・ゴド・レシー・トゥテーヌ・ト・テーヌ・グラヌス・バイード……草を生やさせて貰いますな」
ネズミを蔓のようなものが縛り、そこから芝のようなものが生えてきた。芝はネズミからエネルギーを奪い取り、成長していった。そして全てのエネルギーを搾り取られたネズミは無惨な姿となって倒れる。その姿は卓也に衝撃を与えた。
「な、なっ……」
「驚くことなどありませんぞ。我々は催眠術を受けて、魔物を殺すことへの耐性を付けたはずですぞ」
「……」
卓也は黙り込む。しかしネズミはわらわらと出てくる。卓也以外の3人はそれを次々と屠る。時折聖騎の遠距離魔術も飛ぶ。
「つーかここにいられっと邪魔だ。やる気がねーのなら引っ込んでろ」
咲哉は苛立ちを隠さずに言う。その苛立ちを発散するかのように、彼はネズミを倒していく。
「おう……」
卓也はとぼとぼと、聖騎のもとへ歩いていく。
「何をしに来たのですかな」
「ただ邪魔をしに来たとしか思えませんぞ」
「んん、ありえませんな」
「ゴミですぞ」
そんな会話を背に受けながら卓也は悩む。
(あのネズミは怖い……。だけど、俺が平気でネズミを――生き物を殺すことになるのはもっと怖い。もしもそれに慣れたら……俺は……)
卓也は俯く。何かを傷付ける事が嫌いな彼は、戦うことで自分が変化することを恐れていた。
「君は何をしたかったのかな?」
「俺は戦いたくない……」
聖騎の問いに卓也はボソボソと答える。
「だ、そうですよ。マーデリー先生。彼は勇者としての役割を放棄するのでしょうか?」
聖騎の視界に卓也はいない。
「……ふむ」
「僕は別に良いと思いますよ。彼がどうしようと彼の勝手です。こういうものは向き不向きがあると思いますし」
「……そうだな」
シルアは考え込む。彼女は卓也が真っ先に戦うことを決意したと聞いて、彼に一目置いていた。しかし、それが戦うことを放棄するのなら、残念だと彼女は思う。
「まあ、私も別に強制するつもりはない。お前達は無理矢理この世界に連れてこられたのだからな。嫌だという気持ちも分かる。だがな、これだけは言っておく――」
シルアは鋭い眼差しを卓也に向ける。
「――お前だけが戦いたくない訳では無い」
その言葉を受けて卓也は周囲を見渡す。同じパーティのメンバー以外にも、他のパーティの者達が戦っているのが見える。その中には、彼の幼馴染みの永井真弥の姿もあった。杖から魔術を使って、ネズミに攻撃をしている。辛そうな表情をしているように卓也には思えた。
「……」
卓也の中の天秤が揺れる。
「まあ、君がずっとウジウジ悩んでいる展開なんて誰も望んでいない訳だよ」
「展開ってお前……」
ジトリとした目をシルアは聖騎に向ける。
「まあそれはともかく、いつまでここに居続けるのでしょうか。魔力が尽きない僕が回復魔術を使い続けることで彼らはずっと戦い続けられますけれど、そういう訳にもいかないでしょう」
「そうだな。一度昼休憩をとってからもうちょっと奥に進むっていう予定だ。というかそろそろ休憩の時間にしても良いかもな。ちょっと提案してくるわ」
シルアは声を張り上げて、他の魔術師に休憩を提案した。そして全員がこれに承諾する。もともと、聖騎ほどの魔力を持つ者は存在しない。よって、彼のパーティ以外の者たちは疲労していた。
「チッ、まだまだ暴れたりねーんだけどな」
「ただ、作業ゲー状態になってたので我は少し飽きましたな」
「同感ですぞ」
聖騎のパーティメンバー達も休憩をするため引き上げた。