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第0話

これは箸にも棒にも引っかからなかった残念な小説です。それでも書いた以上は誰かに読んでもらい、出来れば楽しんでもらいたいと想っています。よろしければ感想を頂けたらと願っております

あと、毎度の事ですが誤字脱字はご愛嬌という事でお願いします。PCで読まれることを推奨します

AFTER THE END


 天無遥 男 享年十七歳

 死亡原因:頭部強打による脳挫傷

 死亡原因:登校途中時、車に轢かれそうになっていた少女を助けた為


 正直言って死ぬのは怖くなかった。

 イワユルお年頃ってヤツで、これからの人生を達観してたのが原因だ。

 適当に高校を卒業して、適当に大学に入って、適当に仕事して、その内結婚して、家族が出来て、そして年老いて死ぬ。ひょっとしたら上手くいかないかもしれないけど、結局はこの当たり障りの無いレールに戻ってくる。

漠然とそう信じ、無意味にその幸福の可能性を卑下してた。

そんな人生は実にクダラナイツマラナイと嘆いていた。

努力はせずに才能は無いと溜息を吐き。それなりの幸せに漬かりながらも不幸だと嘯く。

だからだ。車に轢かれそうになっていた少女に手が届くと直感した時、欠片の躊躇いも無く迫り来る車の前に飛び出せたんだ。

そりゃ助けるだろ? 下らない人生の俺と、可能性として俺より凄いかもしれない少女。比べるまでも無い。しかも、俺は英雄として死ねる。燃えるじゃねえか。

だけどよ。その時の俺は勿論、気付いてなかった。

いや、あの子を助けられた事には胸を張ってるさ。何てたって人生最初で最後の大手柄だからな。けど、ここでの生活を始めて、かつての人生が結構な幸せだって気付いたんだ。

両親がいて、妹がいて、愛犬がいて、家があって、そこには家族がいた。

友達がいて、好きな人がいて、ムカツク奴がいて、居場所があった。

生まれながらにしてキズナを持ち、親に守られ、ただ日々を過ごしただけでツナガリがあった。世界にはそうじゃない奴も居るだろうが、少なくとも俺はそうだった。

つまるところ幸せだったんだ、多分、それなりにさ。

年を重ねればその事に気付けたんだろうけど、その前におっちんじまったからな。

ココも嫌いじゃない。けどさ、知り合いになったオッサンは急に消えちまった。顔見知りのネエちゃんはイカレたクソ野郎に殺された。ペットの野良犬は急にシニカルな人語しゃべり出してエサにケチをつけやがる。俺は一昨日も仕事で腹に大穴が開いた。

じつにココはロクでもねえ場所だ。あの退屈で平和な日常が愛おしい。

なにより、俺自身もいつ消えるか定かじゃない。前触れもなく。霞のように。

こええ、凄くこええ。まだ終わりたくない。終わりたくない。

だからこそだ。消え去る前に、かつての人生で出来なかった事をしてやる。

俺は何かを成し、何者かになる。

そう、己の立てた誓いを、高潔な騎士のように守りぬくんだ。

そう、彼女を守るのだ。彼女に守られたように。そして、生き抜くんだ。


彼、天無遥が最後に耳にしたのは助けた少女の泣き声だった。それは紛う事無い恐怖の声音だったが、彼女が何よりも恐れたのは、自分を助けてくれた年上の少年が目の前で死に逝く事であった。

彼女は遥に縋りつき、泣き叫んでいた。その事が遥にとって何よりも誇らしい事であった。彼にしてみれば、自分の事で、他人がここまで感情が揺さぶられるという経験が初めてだからである。彼にしてみれば、それは自身の存在の証明であった。

彼の人生を総じて受けた事の無い、まさに絶命の痛みは脳の働きにより遮断され、いや、ごまかされ、その為に他の感覚が妙に覚醒し、落ちゆく意識の間際でありながらその少女の悲鳴だけは鮮明に記憶に刻まれていた。

少女には申し訳ないと思いながらも、その声は彼にとって勲章だった。

そうして、彼の感覚は立ち昇る煙のように虚無へと四散していった。

かくして彼の人生は終わりを迎えた。有体に言えば死んだのだ、彼は、その時に。


刹那の意識の断絶、その後に彼の意識は再びの覚醒を迎えた。どれ程の時間が流れたのか定かではないが、彼の意識が無かった以上その間はどれ程の長さであろうとも、刹那である。

彼が再び意識という水面に浮上した時、判然としない思考が始めて知覚したのは音だった。それはどことなく懐かしい、柱時計が時を刻む音。その振り子がゆれ、歯車が噛み合いもたらされる悠然かつ正確なリズムは、今の今まで“死”という状態にあった遥の感情を宥めた。そう、彼は今、通常の精神状態ではなかった。

無自覚に湧き上がる恐怖。無意味に喚きたくなる衝動。混沌の極みにある意識。

 それらは如何に剛毅な人間であろうともその瞬間に生物の本能として確実に味わう感情であったが、遥はその事を理解できず、目覚めた瞬間からその制御不可能な感情に揺さぶられ、溜まらずに叫びそうになった。

 しかし、その柱時計の不変の調はそんな彼の精神を宥めすかしたのだった。

 そして、どれ程の間横たわっていたのだろうか。落ち着きを取り戻した遥は重い瞼を開き上半身を起こした。

「身体が重い……」

 僅かに身体を動かしただけで、全身が錆び付いたかの様に悲鳴をあげ、痛みを訴えかけてくる。全てを放棄して横になりたいという欲求に何とか抗い、遥は体を解しつつ室内の様子を伺った。

 部屋自体は広くなく、部屋は円形を描いていた。その丁度中心に配置された丸机、その上に置いてあるランプの灯火だけがこの部屋の唯一の照明だった。

 部屋には窓が無く、扉を除いた全ての壁に本棚が敷き詰められていた。ランプの薄い光だけではその本棚の上部まで照らし出せず、この部屋の高さがどれ位かは測れない。

「まったくカビ臭え部屋だな。こんな場所で本なんて読んでる奴は相当に陰気だな」

「陰気で悪かったね」

「うおっとっ!」

 独り言をぼやいたつもりが、思いがけず返答があり、心臓が早鐘を打った。彼が眼を凝らしてよく見ると、丸机の横で本を読む人影が存在した。未だに全身に力が入らないながらも何とか立ち上がると、恐る恐るとその人影に近付いた。

そして遥は驚愕の余り目を見開く事になった。ランプの火が揺らめく横で、優雅な挙措で本を読んでいる青年の容姿、それは彼が今まで見てきたどんな男女よりも美しかったからである。

 白雪姫もかくやと言うほどに澄んだ白い肌、本物のルビーもかくやと言う程に高潔な紅の瞳、天に輝く太陽もかくやと言う程に眩く煌く金髪。その顔立ちは一流俳優も霞む黄金比であり、彼の着こなしている燕尾服と相俟って、高位の貴族の如き高潔さをかもし出している。完全なる人間が目の前に存在しているのだ。

 遥はあまりの美男子に思わず後ずさり、写真を撮ろうと最早持っていない携帯電話を探してポケットをあさってしまった。

「まあ、一先ず落ち着いて席に座りたまえ」

 まるで一流の音楽でも聴いた気になるほどに美しい声に促され、遥は丸机の横に置いてある椅子に腰掛けた。座った瞬間に身体が沈み、この椅子が相当な高級品だと理解した。

「私としては持て成すならば淑女の方が断然良いのだが、この部屋への来客は珍しい。故に、君に茶を出すのも吝かではない。飲みたまえ。自分で言うのもなんだが良い葉だよ」

 そう青年は言ったが茶を入れる動作はない。遥は不思議に思ったが、そんな彼の鼻腔をアールグレイ特有の柑橘の臭いが刺激した。

 ふと机の上に視線を落とすと、湯気と上品な香りを立ち昇らせる紅茶が置かれていた。

 遥は驚きこそしたが、既に死んだはずの自分がよく分らない場所で意識を取り戻したという神秘体験をしている最中なので、すんなりと受け入れる事が出来た。

「予め言っておくけど、君は既に死んでいるよ。まあ、物質界(アッシャー)ではという意味ではあるがね。言うなれば、今、君は幽霊って訳さ。何、心配はいらない、君の助けた少女は今もアチラ側で元気で暮らしているよ」

 今度ばかりは遥も驚き、眉を潜めた。青年は彼の心を読んだかのように、完璧に彼の疑問と不安を言ってのけたのだ。しかも、現世の出来事の報告付きで。

「驚かないでくれ。ここは私の精神世界だからね。君の精神は筒抜けさ。とは言え、下手な手品を見せびらかしてばかりでは、せっかくの来客者に失礼だ。聞きたい事は聞いてくれたまえ」

 青年は本から視線を逸らすことなく淡々と話を進めた。遥は一先ず考えを纏める為に用意された紅茶に口をつけた。一含みした瞬間に強い香りと特有の薬草っぽい味が口の何に広がり、強張った感情を解きほぐした。

「持て成して頂いて有難う御座います。ですが、人と会話しようってのに、視線をコチラに向けないのは失礼だと思いますが」

「君も中々面白い事を言う。考えても見たまえ。音さえ伝われば会話は出来る。だというのに必要の無い行動をとるぐらいなら、別の活動をしたほうが有意義ではないかね。君が私が視線を送りたくなるほどに美しい淑女ならば喜んで視線を向けるが、君は残念ながら私の審美眼に適うには些か凡庸だ」

 眼を合わせて会話する程の相手ではないと宣言されたにも関わらず、彼も青年の持論をもっともだと納得した。何もムサイ男の顔をマジマジと見ながら会話する必要性なぞ欠片も存在しないだろう。彼は高校で熱血男性教師に説教を食らわされていた時に、せめてこれが美人女性教師ならばと妄想していた事を思い出していた。

「そりゃそうですね。納得ですわ。じゃ、確認したいんですけど、俺って本当に死んだんですかね?」

 青年は返答するまでも無いと肯定の意味を込めて鼻を鳴らした。そして、今さらながらその事実が急速に重みを増して遥の心に圧し掛かってきた。

 間違った行動をしていないと確信してはいるが、後悔が無いと言えば嘘になる。

 家族や友人に二度と合えないという現実がここに来て確かな実体を持ったのである。人は孤独に弱く、彼は関係を全て失ったのだ。全身が震るえ、心が疼き出す。

「一度物質界を離れた魂が戻る術はほぼ不可能だ。はっきりと言って上げよう。無理である。君が素晴らしき日常を取り戻す事はね」

 都合の良い夢想は、どこまでも平静な青年の躊躇無い言葉によって摘み取られた。

「……そうですか」

 今、遥の胸中には後悔ばかりが放流されていた。それは僅かの内に水量を増し、彼はその濁流に飲み込まれ、息も出来ずに喘いでいた。

「生を終えるという事象の持つ意味は決して軽くないという事だ。何もかもを失うのだからな。……しかし、再び歩み出せないという意味ではない」

 それの持つ意味を理解できた遥は、自分のこれから向かう先を思い描いた。

「俺が行くのは天国か、地獄なんですか?」

「いやいや。君は天国のような調和の行き届いた詰まらない世界に行きたいのかね? それとも君は地獄のように悪辣な環境で暮らしたいと願う特異性癖の持ち主なのかね?」

「だったら、どこに行っすか?」

「それは行ってからのお楽しみだよ」

 青年は相も変わらず本に視線を注いだまま、さぞ愉しげに口元を綻ばせた。一方、益体の無い問答を行った遥は、青年のノラリクラリとした物言いにいい加減、ヤキモキし、苛立っていた。当然である。彼は自分の向かう先も、今後の進むべき活路も、何もかもが、未知という漆黒の幕に覆いかぶされ、それは生前よりも遥に濃いのだ。

 彼は今、不安で仕方なかったのだ。

「……君は、生前は自分に才能がなかったと嘆いていたようだね?」

 急に振られたその問いに、遥はただ困惑した。それは彼が衝動的に命を投げ打った本質でもあったからだ。自分に執着心がなかったから、簡単に捨てることが出来たのだ。

「その質問に意味があるんですか?」

「君に頼みがある。それに応じてくれるならば、君の才能を一つ教えてあげよう」

 遥の質問は無視される形となった。しかし、その事で彼は怒りを感じなかった。それよりも遥に強い困惑を感じているからだ。それは正体の知れない恐ろしい青年に、彼が悪魔と契約してでも知りたい情報を提供されつつあるからではない。

 青年と出会ってから一度も向けられなかった、美しくも強く何よりも底知れない光を宿した瞳が、彼をしっかりと捉えているからである。

 遥はまるでスフィンクスに謎掛けをされているような、生きた心地のしない気分であった。その選択を誤れば全てを失うような錯覚を抱かせるのだ。

「先にあんたのお願いの内容を聞かせてくれないっすか?」

 遥の答えに青年は笑みを深めた。やたら容姿が整っているだけに、それだけで青年の放つ威圧感が濃くなった気がし、少しばかり後ずさった。

「君がこれから向かう先を少し操作して、ある少女と出会うようにしむける。君はその機会を活かして彼女と知り合いになり、君のできるうる限りを尽くして、彼女を守って欲しい。なに、途中で約束を放棄しても構わないさ。君の人生だからね」

 思いのほか軽い内容の依頼に遥は拍子抜けした。少女を守るという点からどういう状況なのか想像できなかったが、途中破棄が可能という言葉が殊更その内容の重さを軽くしていたのだ。故に、彼は二つ返事で首を縦に振った。

「いいですよ。俺の出来る限りであれば」

「それは重畳。では君の素晴らしい才能を教えよう。……それはね……」

 遥は緊張の余りに唾を飲み込んだ。青年の言葉を鵜呑みにするつもりは無いが、それでもこの底知れぬ青年の言ならば、真理を孕んでいるのではないかと思わずにいられなかった。もしも、自分の行く先に一度(ひとたび)の生が待つのであれば、それを活かしたいと。

「それは、私に出会えた事だよ、天無遥君。そして、これがその証明だ」

 彼の言葉が言い終わるや否や、青年の人差し指が遥の額に触れた。その瞬如、遥の視界が急速に歪み出した。まるで、排水溝に吸い込まれる水のように景色が渦を巻いている。

 そんな異常な事態の中でも、彼の聴覚は今わの際と同じように冴え渡り、青年の言葉を確かに聞き届けた。

「君よ、再誕おめでとう。しかし、人生という書の頁は風に吹かれ、めくれる様な早さでその余白を埋めていく。惰眠を貪っていたら、直ぐに終わりを迎える。

一度失った人生ならば、次こそは心を満たさねばなるまい。

 君よ、何かを成せ、何者かになれ。それこそが、生の証明なのだから」

 青年の牧師の如き説教めいた台詞を記憶に焼き付けた。そして、遥の意識が暗転する直前。狂った視界が一瞬だけ像を結んだ。そこには古く、されど、決して揺らぐ事のない、一柱の柱時計が聳えていた。だが、その盤面には刻を示すべき指針が存在していなかった。

 まるで、悠久を生きる大樹には時の概念など不要と告げるように。

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