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bang

作者: 玩具リオン
掲載日:2026/10/12

 ママは僕を捨てた。

 子どもの頃、人質になったことがある。なんでかわからないけれど犯人は僕とママを狭い部屋に入れて包丁を突きつけた。とても大きな包丁で、刺されたら命がないことはすぐにでもわかる。ママと僕は手枷をつけられて、壁際にうずくまっていた。

 その男はずっとにやにやと笑いながら僕たちを二人を見ていた。アリの自由研究みたいに、観察するみたいに。ママは「子どもは助けてください」って言ったけど、犯人はにやにやして包丁を振るだけ。僕は怖くてお腹が空いてきて何度もママ、ママって叫んでいた。

 ママはしばらくすると、僕を一瞥してから犯人に突進した。ママは包丁に刺されて死んだ。生き残ったのは、僕だけだった。

 僕はママの目を忘れない。突進する前、僕を一瞥した、あの冷たい目。あ、見捨てられたんだ──そう思った。


「子どもだけは、息子の命だけは助けてくださいぃぃぃ……」目の前の女が言う。僕がマチェットを振り上げると、面を伏せて蛙みたいな声で嗚咽した。すぐ傍に子どもがひっついて「まま、まぁまあああ」と泣きじゃくっている。少しうるさいが、仕方ない。僕は子どものほうの腕を切りつけてから、人差し指で「しー」のポーズをした。声は一層うるさくなったが、女が子どもに覆い被さったので音量はトントンといったところだろう。

 僕は今日、やっと夢が叶いそうだ。僕の子どもの頃の傷を癒す。そのために、この母子には生贄になってもらう。二人とも一緒くたに、仲良く殺してあげよう。子どもはママと一緒のほうが絶対いいのだから。

「まま、まま……」子どもの声が段々と弱まってくる。お腹が空いちゃったのかな? 二日は餌をやっていないから、そうかもしれない。もちろん僕は適度に休憩を取らせてもらっている。管理人役も大変なのだ。

 あ……なんか、この子の声聞いてたら思い出してきたな。そう、人質になっているとき僕は、この時間がずっと続けばいいのに、と思っていたんだ。殺されない時間が。下手に動くと犯人を刺激してしまうことは、幼いながらにわかっていたから。

 なのに、なんで? ママは先走ってしまったのだろう。あのままじっとしていれば、二人で助かったかもしれないのに。僕はママが傍にいてくれることが一番だったのに。


「大人しくしてろよー」と僕は優しく刃の背で坊やの頭を叩いてやった。母親のほうには笑顔を向けてあげる。ただ愛おしい、後ろ手に枷をつけられながらも、互いに互いを思いやるこの親子が。

 目の前にある絆が僕を幸せな気持ちにしてくれる。このまま仲良く二人一緒に死なせてやれば、それはすごくいいことだ。僕の心は純粋な愛に満たされるし、この二人の絆は永遠だ。僕は神父になれるかもしれない。

 ほら、今だって親子で見つめ合っている。母親の慈愛に満ちた瞳……あれ? 母親が立ち上がった。僕のほうに向かってくる? おい、座れよ。殺すぞ。ああ、僕に勢いよくぶつかってきたぞ、生意気だな。一瞬意識がぐらっときた。僕が背中から倒れたからか。腰が痛い。この女、殺す。今すぐ!

 と、マチェットは? ああ、あんなところに。女が取ろうとしたけど、残念! 僕が先に掴んだんだな。はい、刺しました殺しました。顔面を切りつけたら奇声を発したので、今度は肩口から斜めにブスリ。念には念を入れて、もういっちょ喉元にブスリ、これで大丈夫だろう。刃を引き抜くのに苦労した。そしてこの刃はじきに錆びてしまうので、ただちに子のほうも殺さなくては。

 子は放心状態だった。まん丸にひん剥いた目は母親の死骸に注がれている。うるさくなくて都合いい。僕は愛の使徒として、この子を母親と一緒の武器で、一緒の部屋で、一緒に殺してあげよう。


 僕の頭に痛みが走る。何かを思い出したような電流が駆け巡った。そういえば僕は、どうして生きているんだろう。生き延びているのだろう。

 あのとき、僕だけ生き残ったのはなぜ? 僕はそれを覚えていない、僕のママは確かに犯人に殺されて死んだ、僕は? 僕はその後どうなった?

 頭を押さえると手に血がついていた。返り血か? と、マチェットを持つ手が脱力する。刃が下にいる子どもをすれすれで掠めて落ちた。

 もう一度、頭痛。パン、という破裂音は、さっきも聞こえた気がする。視界の隅に、拳銃を構えた誰かが見えたような気もするが、身体が動かない。僕はいつから地面に横たわっていたのだろうか。わからない。

 ボンヤリしていると、子どもと目が合った。子どもは、捨て犬のような表情をしていた。

「ママと一緒になれなくてかわいそうに」呟いてから、僕は彼へ笑顔を向けてやった。

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