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『真実の愛』がトレンド入りして詰みかけた令嬢の話。

作者: 椿
掲載日:2026/09/23




デジタルタトゥー。

それは決して消すことのできない傷跡。


「ティリス!お前との婚約は破棄する!」


そんなことを白昼堂々と言ってのけたのは私、ティリス・モーガンの婚約者であるマルセール・カイゼル伯爵子息だった。


なぜ、この場なんだろう。

どうして、帰宅してから粛々と手続きをするのではいけなかったんだろう。

確かに私たちの婚約は政略だ。

けれど、こうして仲良くなるために月に一度会う機会を設けていたし、それなりにうまくやっているとも思っていた。

それがよりによって。

私には考えてもわからなかった。


ここは我がモーガン伯爵領でも観光地として有名な春の花が咲き誇る庭園。

デートスポットとして恋人たちや、散歩をする夫婦が多くいる。

つまり、それだけ人目が多いということで。


そして、近年その便利さから爆発的に人々の手に広がっている第三の目。

別世界から来たという元聖女で現在の王妃様の希望によって作られたスマートフォンも人の数だけ向けられていた。


文通でのやり取りを主にし、パーティやお茶会に参加して噂は広がっていったあの頃とは拡散速度も、その噂の本質も何もかもが違う。


その便利さゆえ簡単につける嘘と、本当が入り混じるスマートフォンの中の擬似空間には今日も貴族や有名人のゴシップが尾鰭をつけながら溢れていた。


やれ、どこの貴族が女を買いまくっている。

やれ、どこの貴族の坊ちゃんがお母様のことが大好きすぎて婚約者を蔑ろにしている。

やれ、あの貴族が脱税しているんじゃないか。などなどなど。


中には洒落にならない誹謗中傷などもあり、便利になった反面、ここ数年で爆発的に広がったため取り締まる法律も決まっていなかった。 


新聞の売り上げは落ち、皆がスマートフォンに目を向けて言いたい放題やりたい放題になった現代社会。

私たち貴族は民の目をより気にして生活しなければならなくなったのだ。

貴族でなくても、だけど。


そんな世の中だから、白昼堂々と告げられた婚約破棄はいい見せ物になっていた。

向けられる多くのスマートフォン。

私達の身分がバレるのに時間はそうかからないだろう。

下手すれば王家の所有する影より優秀なんじゃないかと言われている特定班と呼ばれる人間達も中には存在するようだし。


「…はぁ、詳しい話は馬車か屋敷に戻ってからにしませんか?」

「断る。逃げようとしたってそうはいかない。」


別に逃げようなんてしていない。

いや、しているか。

でもそれはマルセール様からではなく、大衆の目線からだけれど。


彼には昔ながらの貴族の子供っぽさがある。

聞き分けが悪く、やたらプライドが高くて、他者を見下す、柔軟性に欠け頭も悪い。

時代錯誤な人間だ。正直言って嫌いなタイプ。

それでも領地のためだからとこの政略婚約も受け入れていたのに。


私はため息を抑える気にもなれなかった。

もう勝手にしてくれ。と。

一度刻まれ始めたデジタルタトゥーだ。

もう私の手には負えない。

どうせ、さまざまな憶測が飛び交う中で、内容を変えられながら世間に流出されるのは免れない。


「…婚約破棄の理由をお聞かせいただいても?」

「真実の愛だよ。」

「………は?」

「出ておいで、ミスティ。」


聞いたこともないような優しい声でマルセール様に呼ばれてすぐ近くの木からひょっこりと顔を出したのはおそらく平民だろうミスティと呼ばれた少女だった。

貴族のように整えられているわけじゃない。

けれど素材からして可愛らしい見た目の子だった。


「あの、私…すみません。

でも!マルセール様に恋をしてしまって!!」

「ミスティは何も悪くない!

私がお前に惚れてしまっただけなんだよ!」


何を、見せられているんだろうか。私は。

ミスティの潤んだ大きな瞳。

それを抱きしめるマルセール様。


彼らはつまり、貴族の義務など放棄して不貞を働いたと声を大にして言っているのだが、恋に酔った二人はそれに気づいてない。

でもこの場でそれを問い詰めたところで大衆にネタを提供するだけだろう。


二人だけの世界に夢中になっているのをいいことに、私は痛む頭で必死に考えた。

どうせこれだけの人々に見られているのだから婚約破棄そのものは避けられない。

なら、いかに私が損しない方向に動くか。

向こう有責にするにはどうすればいいのか。

大衆の目を逆に利用するにはどうすればいいのかを。


「…お二人のお気持ちはよくわかりました。

真実の愛、素敵ですね。

私、応援いたしますわ。」

「「え?」」

「もとより、モーガン領とカイゼル領の事業提携のための政略婚約ですから、私に気持ちはありませんし、マルセール様も気持ちのない女と一生を過ごすより愛する女性と生涯を共にしたいでしょうから。」

「…いい、のか?」

「もちろん。」

「あぁ!マルセール様!!」

「よかったなミスティ!!」


怒りもしない、悲しみもしない、逃げもしない。

ここで怒ればきっと悪女に、悲しんだり逃げたりすれば振られた女として、あることないことを言われるだろう。

そんな辱めを受けるくらいなら私はただ二人の仲を肯定する。

もちろん私達の関係性を告げた上で。

喜び抱き合う二人、周囲にはそれが美談として伝わるか、それとも貴族としての責務を放棄した阿呆と伝わるかはわからないけれど、傷を最小限に抑えるにはこれしか思いつかなかった。


「では私は失礼いたしますわ。

手続きの方は進めてまいりますのでご安心なさってください。」

「ありがとう!!冷たい女だと思っていたけど、いいやつだったんだな!」

「ティリス様にも好きな人ができるといいですね」


余計なお世話だ。

愛よりも金。恋よりも身分。

私は貴族の責務を放棄して易々と婚約破棄を受け入れた阿呆な女と言われたくはないから急ぎ実家に戻りお父様と相談して領地のためにいい相手を探さねばならない。


「私達に障害なんてないんだよミスティ。」

「素敵ねマルセール様」


「……それではごきげんよう。」




吐き気がする二人の世界から私はさっさと逃げ出し、用意されていた馬車へ急ぎ実家に戻るよう伝える。

そしてすぐさまスマートフォンを自分のカバンから取り出し調べてみたら案の定だった。



【速報】モーガン伯爵令嬢、婚約破棄される

1:名無しの民

これマジ?


2:名無しの民

マジマジ。

彼女と現場に居合わせたけど修羅場。


3:名無しの民

「真実の愛」とか言ってた。

これ写真ね。


4:名無しの民

モーガン領の庭園じゃん。


5:名無しの民

この女誰?特定班は?


6:名無しの民

まかせろ。もう特定済みだ。

ミスティっていう庭園近くの酒場で働いてる平民だよ。


7:名無しの民

モーガン伯爵令嬢は逃げたの?


8:名無しの民

逃げたね。

 

9:名無しの民

逃げるな令嬢

戦え


10:名無しの民

そうだそうだ!戦え!




……


そして『真実の愛』『アホな貴族』『逃げるな令嬢』などの検索ワードがトレンド入りをしているのが嫌でも目に入った。

私は逃げていないのに。


「もう噂になってる…」


早すぎる気もするがそれが現代社会。

いつ撮られたのかわからない私の写真やマルセール様の写真もあって胃がキリキリと痛んだが、願ったところで投稿が止まることはなかった。


そしてピコンピコンとうるさく鳴り出す通知音。

全て友人や、親族から連絡だった。


「…詰んだ。」


それすなわち、もう貴族社会にも流出し始めているということ。

どこの誰だかは知らないけれど、特定班の仕事が早すぎる。


「……馬車じゃ遅いわね、もっと早い乗り物が必要になるわ。」


関係あるようで全く関係のないことを考える。

人はこれを現実逃避と呼ぶのだろう。

私はそっとスマートフォンの電源を切った。




結果として、私の予測を遥かに超える形で『真実の愛』の噂は広がりを見せた。


平民であるミスティはなんの後ろ盾も持たないから実家まで特定され、貴族同士の事業を結ぶための婚約を潰したとして散々な嫌がらせを受けたようだ。

そして夜逃げする形で一家丸ごと姿を消した。


マルセール様は実家から勘当。

けれど顔が割れてしまったせいで碌な仕事につけずいい暮らしができているとはとても言えないみたいだ。

「助けて欲しい」と私に一度だけ会いにきたこともあったけれど、その頃には新たな婚約者ができていて彼が追い払ってくれたからそれももうない。


「ふんっ僕のお嫁たんを虐めるからこうなるんだな」

「……まだ結婚はしてませんけれど」

「はぁ!そんな冷たい視線も素敵だよ!ティリスたん!」


私はあの婚約破棄の後、噂に振り回されながらも急いで新しい婚約者を探すことになった。

変な噂のある令嬢は迷惑だと断られることが多い中、巡り会ったのが彼、ガルディウス・ディアグラム様。

完全に名前負けしているし、少しばかり変わっているが悪い人ではない。

私にまつわる噂のほとんども消してくれたし。


彼はスマートフォンの普及によって無法地帯になりかけたデジタル世界を取り締まるために国が大急ぎで発足したデジタル部のトップで、「特定班を特定するのが僕の仕事さ!最強のヒーローなのさ!」なんてやたらと早口で鼻息を荒くしている姿をよく見かける。


「…確かにこの現代社会なら騎士よりも、兵士よりも最強のヒーローかもしれませんね

私にとってそうであったように」

「…えっ」

「?どうかしましたか?」

「い、いや…絶対に気持ち悪がられてると思ってたから」

「自覚があったんですか?

確かに私のことをティリスたんと呼ぶその変な喋り方は如何なものかなと思いますけど。

普通に喋ったらいいのに。」

「いやそれは…仕事仲間と喋ってる時の癖で…」

「…流石に結婚式の時にそれは嫌です。」

「努力します。」

「…仕事が落ち着いたら衣装の相談にのってくださいますか?」

「勿論であります。

ティリスたんの魅力を最大限に発揮するためにはレースを極力少なくし、シルク生地をふんだんに使った…「ガルディウス様?」…はい」

「時間はあるんですからゆっくりね」

「はい」

「頑張ってください、正義のヒーローさん。」

「っはぁ!ティリスたん!こんな仕事すぐに終わらせてみせるから待っててね!!」

「はいはい。」


再び机に向かってぶつぶつとつぶやく彼の後ろ姿に私は小さく笑みをこぼした。





最後までお読みいただきありがとうございました。

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