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第4章3話 交差線上-2

フィンと謙一郎は、

お互いに携帯を耳に当てたまま、

静かに耳を澄ませていた。


数秒の沈黙。


そのあと、

まるで合図をしたかのように、

二人は同時に口を開いた。


「……Hello?」/「……もしもし?」


「Ah—」/「あっ……」


言葉が重なり、

すぐに途切れる。


再び、沈黙。


二人とも、

なぜか自分の母国語で話そうとしていた。

意識したわけではない。

ただ、自然に口をついて出たのだ。


沈黙を破ったのは、フィンだった。


「Are you… really Kenichiro Moriyama?」

(君は、本当に守山謙一郎なのか?)


数瞬の間を置いて、

返ってきた声は、日本語だった。


「イエス。私は守山謙一郎です。

 あなたは、フィン・モーガンですか?」


――あれっ。


謙一郎は、自分でも違和感を覚えた。


数分前までは、

英語で問題なくメールを書けていたはずだ。

頭の中にも、確かに英語は浮かんでいる。


それなのに、

口を開くと、日本語しか出てこない。


(……英語が、出てこない)


一方のフィンも、

日本語で返事が返ってきたことに驚き、

ならば、と日本語で答えようとした。


だが――


「……」


喉が、動かない。


頭に浮かぶのは、

アルファベットの羅列。

英語の単語と文法だけだった。


「Sorry… I don’t speak Japanese.

 Is it okay if we use English?」

(すまない。日本語が話せない。

 英語でもいいか?)


英語での会話が始まった。


謙一郎も本当は流暢な英語で返したかった。

だが、なぜか頭の中は日本語だらけだった。

まるで、入れ替わりが起きる前の自分に戻ったかのようだ。


拙いながらも、日常会話程度の英語はもともとできていたため、なんとか会話を続ける。


「話したいことはたくさんありますが、

 あなたはフィン・モーガンさんで合っていますか。

 そして……私と、入れ替わってしまってますよね」


一瞬の沈黙のあと、

フィンが答えた。


「ああ。間違いない。俺はフィン・モーガンだ。

 変な夢を見たあと、朝目が覚めたら、

 いつのまにか日本の“長野”って場所にいた。

 おまけに周りからは、

 『おまえは守山謙一郎だ』って言われてな」


謙一郎は、息を呑んだ。


「……私もです」


声が、わずかに震える。


「朝起きたら見知らぬ天井、見知らぬベッド。

 何が起きたのか、全く分かりませんでした。

 それで……隣人のデイビッドに、

 『おまえはフィン・モーガンだ』と言われたんです」


電話の向こうで、

フィンが低く息を吐く気配がした。


「……やっぱりな」


それは、答え合わせの言葉だった。


二人の体験は偶然ではなく、

同じ異変の裏表だった。


自分と同じ境遇――

いや、自分と入れ替わった人物が、

確かに電話の向こうにいる。


それだけで、

張り詰めていた状況が、

ほんの少しだけ明るくなった気がした。


その後も、

いくつか質問を交わしながら現状を確認したが、ふと国際電話であることを思い出し、急に電話料金が心配になった二人であった。


最終的にはメールで近況を報告しつつ、

近々、"実際に会って話そう"という結論に落ち着いた。


通話を切ってしまえば、

また連絡が取れなくなるかもしれない。

そんな不安もあった。


だが同時に、

今後も必ず連絡が取れる――

根拠のない、しかし妙に確かな予感もあった。


何かが、

少しずつ動き始めている。


「それじゃ、あとはメールで」


「ああ。話せてよかった。ありがとう。

 またメールする」


名残惜しさを残しながら、

どちらともなく通話を切った。


通話が切れたあとも、

謙一郎はしばらく携帯を手にしたまま、動けずにいた。


部屋は静まり返っている。

だが、ついさきほどまで確かに“つながっていた”感覚だけが、

胸の奥に残っていた。


――元に戻れるかもしれない。


ほんのわずかな可能性が、

確かに生まれた。


もちろん、根拠はない。

方法も、見当はつかない。


それでも、

一歩前に進んだことだけは確かだった。


謙一郎は、

思わず小さく笑った。


「……やれることを、やるしかないな」


誰に向けた言葉でもない。

ただ、自分に言い聞かせるように。


長く、暗いトンネルの先に、

かすかな灯りが差し込んだ気がした。


――そして。


フィンもまた、

通話を切ったあと、

しばらくその場に立ち尽くしていた。


胸の奥が、妙に温かい。


説明のつかない状況。

戻れる保証のない未来。


それでも、

確かに“話せた”。

入れ替わった人物が、

この世に存在してくれていた。


「……よかった。元に戻れるかもしれない」


小さく、そう呟く。


だが次の瞬間、

ふとした違和感が胸をよぎった。


――本当に、よかったのか?


長野の空気。

朝の静けさ。

早苗や娘の顔。

剣道場の風景。


この一か月の記憶が、

雪崩のように押し寄せてくる。


それでも、

なぜか完全には拒めない自分がいた。


「……おかしいな」


元に戻りたいはずなのに。


この生活を、

”悪くない”と思い始めている自分に、

フィンは、ほんの少しだけ戸惑っていた。

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