第4章2話 交差線上
謙一郎が、フィンとのあいだに生まれた
かすかなつながりを感じ取り、
胸の奥で静かに喜んでいた、
その一方で――
長野にいるフィンは、
意味不明な文字列が並ぶメール画面と、
自分が返信してしまったという事実に、
得体の知れない驚きと不気味さを覚えていた。
しかも、英語で。
しかも、本来の自分の名前で。
しばらくして、
再び“Unknown”からメールが届く。
またしても、意味を成さない文字の羅列だった。
ただ、なぜか無視することができない。
フィンはもう一度、
先ほどと同じ文面で返信を送った。
それからも、
“Unknown”からの意味不明なメールは何度も届き、
フィンはそのたびに、
少しずつ言い回しを変えながら返信を続けていた。
だが――
状況は一向に前へ進まない。
意味は通じず、
正体も分からず、
ただ時間だけが削られていく。
次第に、
フィンの胸の内に苛立ちが溜まり始めた。
「はぁ……やっぱり詐欺メールなのか」
「……でも、なにか大事なメールのような気もするんだよな」
スマートフォンを握ったまま、
独り言をつぶやき、
小さく息を吐く。
「……次で、最後にするか」
フィンは短い英文を打ち込んだ。
≪Sorry, but the text is garbled and unreadable.
This will be my last reply.
From Finn≫
(すまない。文字化けしていて読めない。
これを最後の返信にする)
送信ボタンを押す直前、
どこかでそれを引き止める自分がいた。
だがこれ以上、
正体不明のメールに
心を割き続けるわけにはいかない。
フィンはその迷いを押し殺し、
静かに送信ボタンを押した。
⸻
パソコンの前に、
しがみつくように座っていた謙一郎のもとに、
フィンからの“最後のメール”が届いた。
「おいおいおい……待ってくれよ。やめないでくれ」
思わず、声が漏れる。
「これは……元に戻るきっかけになるかもしれないんだぞ……」
焦りが、胸を締めつけた。
フィンの元妻との関係を悪化させた時――
いや、それ以上の焦りだった。
自分の人生そのものが、ここにかかっている。
どうすればいい。
言語を変えるか?
――いや、きっと同じ結果になる。
別のアカウントから送る?
――それも意味はない。
どうする。
どうしたら相手に伝わる?
自分が本当の守山謙一郎であること。
入れ替わってしまった相手であること。
いくら考えても、答えは出なかった。
やがて、
半ば投げやりになりながら、
謙一郎は文面を考える。
もう、余計な挨拶も説明もいらない。
言いたいことは、ひとつだけだ。
これが最後になるかもしれない。
そんな不安を抱きながら、
祈るように、そっと送信ボタンを押した。
⸻
フィンのもとに、
再び“Unknown”からメールが届く。
さっきの返信で終わりにするつもりだった。
あけずに削除ボタンを押そうとする。
だが――
またしても、あの得体の知れない予感が指を止めた。
次こそ、
なにか大事なことが書かれているかもしれない。
そんな感覚が、
はっきりと胸に残っていた。
恐る恐る、メールを開く。
≪俺は君で、君は俺だ。
守山謙一郎より≫
短い言葉だった。
だが、それは確かに意思を持ち、
はっきりとした日本語で書かれていた。
そして――
今度は、“守山謙一郎”という名前が、
はっきりと読めた。
「Far out!!!!!」
(マジでっっっ!!!!!)
思わず声が出た。
自分が入れ替わった人物の名前。
それが、そこにあった。
メールをもう一度よく見ると、
いつのまにか“Unknown”と表示されていたはずの送信者名が、
“Finn Morgan”へと変わっていた。
何かの悪い冗談か。
やっぱり詐欺メール。
こんなイタズラが流行っているのか。
――いや、違う。
これは本物だ。
俺と入れ替わった、
本物の守山謙一郎からのメッセージだ。
根拠はない。
だが、確信があった。
そうと決まれば、やることは一つ。
電話だ。
ちまちまとメールを続けるのは性に合わない。
なにより、
本当に“相手がいる”ことを、
声で確かめたかった。
すぐにでも電話をかけようとしたが、
この一か月の日本生活で、
自分本来の電話番号をすっかり忘れてしまっていた。
もちろん、
謙一郎のようにメモなど残していない。
仕方なく、
今手元にある携帯の番号――
つまり、本来の謙一郎の電話番号をメールに書き、
電話がかかってくるのを待つ。
数分後、
スマートフォンが震えた。
着信表示。
差出人は――
Finn Morgan
自分自身から電話がかかってくる――そんな体験をした人間が、これまでにいただろうか。
フィンは、
一瞬だけ目を閉じる。
そして、
覚悟を決めて通話ボタンを押した。




