第3章6話 交わりて融ける
フィンが剣道の大会で重要な活躍をした日と、
謙一郎が息子たちと再会を果たしたその日は、
奇しくも、同じ一日だった。
二人はそれぞれ、
はっきりと言葉にはできないものの、
確かな手応えを胸の奥に感じていた。
そして同時に、
自分がこの人生に、少しずつ馴染み、
調和し始めている――
そんな、得体の知れない感覚を覚えてもいた。
その日の夜。
二人がそれぞれの場所で眠りにつくと、
また、あのおかしな夢を見た。
白い。
どこまでも白い。
音も、影も、境界もない。
またしても二人は、
まったく同じ“白い深淵”の中にいた。
(……はぁ。また、ここか)
その思いが、
謙一郎のものだったのか、
それともフィンのものだったのかは分からない。
ただ、白い光の奥で、
確かに"何か"が待っている気配だけがあった。
二人は示し合わせたわけでもなく、
その気配の方へ歩き出す。
一歩、また一歩。
進むにつれて、
自分自身の輪郭がはっきりとしてくる。
前回の夢よりも、
明らかに、現実に近い感覚だった。
そして、相手の姿もまた、
少しずつ、しかし確実に見えてきた。
互いに、
自分と入れ替わった相手――
謙一郎とフィンであることを、
説明もなく理解していた。
話しかけようとする。
だが、今回も声は出ない。
それでも、姿ははっきりと見える。
表情も、仕草も、
以前よりずっと近い。
二人は、同時に手を伸ばした。
今度こそ、触れられる――
そう思った瞬間。
磁石のように引き寄せられ、
二つの存在は、境界を失い、
ゆっくりと融け合っていった。
白い深淵が、わずかに脈を打つ。
次の瞬間、
世界は白から黒へと反転し、
二人は、強く押し出されるように夢から放り出された。
***
夢から覚めた謙一郎は、
跳ね起きるようにして周囲を見回した。
だが、そこにあったのは、
期待していた光景ではなかった。
広い部屋。
広いベッド。
そして―― 一人きり。
日本に戻れたのではないか、
一瞬そう期待した自分を、
彼は苦く笑う。
ここは、
シドニー。
フィン・モーガンの自宅だった。
いったい、あの夢には、
どんな意味があるのだろう。
触れ合った瞬間、
確かに"交ざった"感覚があった。
だが、それは戻るためのものではなく、
むしろ――逆なのではないか。
(このまま、
俺がフィン・モーガンとして生き続けることになるのか?)
そんな考えが、
胸の奥で静かに膨らんでいく。
もう、
元の自分には戻れないのではないか。
謙一郎は、
押しつぶされそうな不安を抱えたまま、
天井を見つめ続けていた。
***
一方その頃、
フィンは長野の布団の中にいた。
夢から覚めた――はずだったが、
目を開けることもなく、
すでに、深い二度寝に落ちている。
その顔は、
不安も疑問も知らないまま、
ひどく穏やかだった。
白い深淵のことなど、
もう、意識の片隅にも残っていない。
だが、
彼の胸の奥にもまた、
説明のつかない何かが、
静かに根を下ろしていた...たぶん。
それが、
これから二人をどこへ導くのか。
そもそも、
意味のある出来事なのかどうかさえ、
まだ、誰にも分からない。




